夜明けの晩
綾峰家最奥へと赴いて二週間後に一族への正式な披露目があった。その席で改めて私は綾峰本家の人間として紹介された。
最奥から地上へと帰って全てを大叔母に報告すると、大叔母は複雑な顔をしたがそれでも私を家族として迎え入れてくれた。
それから今現在、私の数少ない友達と言える律達。
私自身もいまいち把握しきれていないあの夜の出来事をどう話したものかと迷っていると、あの場にいた鷹槻が「気持ちが落ち着いて、それで話す必要があれば話したい事を話せばいい」と言ってくれたのでそうすることにした。だから年が明けた今も、実はまだ話せていない。あの晩、鷹槻が千歳の部屋へとやって来れたのは彼らの協力の元だったようだから何かあったのだということは気づいているだろうが、私が話さない以上話すまで待ってくれるらしい。
そして年末年始は両親も一時帰国して綾峰家で過ごした。
何があったかまでは流石に話せなかったが綾峰の跡取り候補になった、と話した時は二人して固まって、とりあえずささやかに反対された。私が一般家庭、一般育ちだと言う事を一番よく知っているのは何と言っても両親だから無理もないが。それを絶対に今更退かない! と大騒ぎして、両親も「まぁどうせ他の親族が今さら認めないだろう」くらいの意識で認めてくれた。
それでも久々に会ったお父さんとお母さんは、ここに来るまでより私がずっと生き生きしていると喜んでもくれた。確かに以前の私は復讐心にも似た感情ばかりに突き動かされる、今になって思えば根暗で性格がねじ曲がっていて、両親も心配だったのだろう。
ちなみにお父さんはもしかしたら『当たり』なんじゃないかと思ったりもしたが、当人にはそんな素振りは全く見られず、私の猫かぶりはこの人から遺伝したに違いないという見事な猫を被って大富豪邸宅暮らしを満喫していた。根っからの庶民派だと自負するお母さんは委縮しきっていたが。
それから私に一応友達(薫子や四葉達)が出来たと知るとこれもとても喜んでくれた。嬉しそうに皆に私をよろしく頼むと頭を下げていたから、本当に私は心配をかけ通しだったんだなと少しばかり罪悪感を覚えた。
そして三箇日を過ぎた頃に両親は帰国。何かあったらいつでも連絡しなさい、と言って大叔母のご厚意でファーストクラスで帰って行った。久しぶりに家族に会うとやっぱり私みたいな人間でも別れは寂しくて、少しだけ泣きそうになった。素直に家族の存在が嬉しくて、愛してくれているのだと分かっただけ、少しは私も進歩したのだろうか。
それからは猛勉強の日々。
鷹槻達と同じエスカレーター式私立高にコネで入れるとは言っても、コネだからこそプライドこそ大叔母の面子をつぶすような真似出来るわけがないし、いざ入学しても全然授業についていけないようじゃ困る。ただでえ私立と公立じゃ授業の進度も違うというのに、一年以上も学校に行っておらず、内申点はゼロだ。ちょっとやそっとの勉強じゃ駄目だろうとそれこそ普通の受験生以上に勉強していた気がする。
そしてあっという間に時は過ぎて入試を終え、それなりの手応えを感じたところで無事に春から鷹槻達と同じ高校に通うことが決まった。
「そうか。入学決まったかぁ」
合格を報告して一番、千歳は笑って喜んでくれた。
「がんばってたもんな。新年に入ってからは全然遊びに来なかったし退屈だったんだぞ」
「俺が来てたろうが」
鷹槻が呆れがちに振る舞われた紅茶にたっぷり砂糖を突っ込んで口にする。
千歳の部屋での優しいひと時。ローテーブルに美味しそうなケーキやスコーン、チョコレート、サンドウィッチなどが夜も遅いというのに並べられている。
「だってお前、かわいくないことばっか言うじゃんか」
千歳が拗ねたように口を尖らせる。
「俺がかわいいこと言ったら不気味だろうが」
「うん。それはそれですっげー不気味」
千歳は真顔で答えて、それからまた楽しげに声を上げて笑いだした。
あんなことがあった後、千歳との関係はどうなるんだろうって心配もしたけれど、千歳自身は何事もなかったように接してくれる。
鷹槻もそう。全ては最初に会った日と変わらないように、楽しくてわけがわからなくて、でも大好きな時間に還って行く。
「……そうだ!」
アフタヌーンティーのごとくテーブルいっぱいのお菓子を見て思い出した。
「今日ってバレンタインじゃない? だからチョコ渡そうと思ってたんだけど、こんなにあるんだったら邪魔になるかな」
「チョコ?」
千歳が目を輝かせる。子供みたいだ。
そんな顔をされると何だか本当にコレを渡していいのか困ってしまう。
「や。作ったんだけどさ、ベルギー産でもブランド物でもない、て言うか私が作ったごくごくありきたりでかつ美味しいかも微妙な……」
「けっこう美味かったぞ」
しどろもどろな私に、鷹槻は目の前のサンドウィッチを選びながら言った。
「え、何だよ。鷹槻はもうもらったのか!?」
千歳が軽く不満そうに私を見る。
すると鷹槻はどうでもよさそうにサンドウィッチから目を逸らさずに言った。
「昼間、薫子と四葉と一緒に俺ら全員にくれたんだよ。女同士で交換もしてた揚句、その上俺達はチョコを用意してないのかとか聞いてきやがった」
「昨今は男性も女性に渡すものでしょ?」
「だからって堂々と『チョコくれ』はないだろ」
鷹槻は呆れがちに溜め息を吐いた。
「だって鷹久と標葉さんと令はくれたよ。くれなかったのは鷹槻と律だけ」
「バレンタインは女がくれる日でいいだろうが。だいたいあれだろ? どうせ今日チョコをくれてやったって、お前らホワイトデーにも何かよこせとか言ってくる気だろ?」
「当ー然」
にこぉっと笑うと鷹槻は冗談じゃない、と私から目を逸らしてサンドウィッチを頬張り始めた。
「そっかそっか。じゃあ俺も結恵に何かあげないとな」
千歳はにこにこと言うと部屋の隅の簡易キッチンに向かって、しばらくしてカップをふたつ持って帰ってきた。
「ほら。結恵だけじゃかわいそうだからな。鷹槻にもくれてやろう」
笑顔で千歳は私達にカップを手渡してきた。カップからは甘い濃厚な香りが。
「ホットチョコ?」
「そ。この間ロイズの通販で買ったんだ。なかなか美味いぞ?」
にこにこと笑って千歳は自分の分のカップを取りに行った。
千歳は何気に通販好きだ。まぁこんな地下にずっといるのだから無理もないが。
特に各地の美味しい食べ物が気になるらしく、何かとお取り寄せしては私たちが遊びに来た時に振る舞ってくれる。
「男からのチョコなんて気色悪ぃ」
「別に無理して飲まなくてもいいぞー」
「もらえるものはもらっとく」
鷹槻は何だかんだ言いながら嬉しそうにカップに口をつけた。彼も美味しいものが好きだから、よっぽど嫌いな人間からとかでない限り断ったりはしないだろう。
ちなみに学校ではバレンタイン、鷹槻はあちらこちらの女子からチョコを渡そうとされるらしいが、よほど親しい人間以外からはもらわないのが彼の流儀らしいと薫子から聞いた。最初それを聞いた時、私がチョコをあげても突っ返されるのではと思ったが、一応受け取ってくれたのでひと安心した。
さすがに私だって、それなりに仲良くなったと思った相手に突き返されたら傷つくし。
そんなことを考えながら私もホットチョコに口をつけた。
「おいしい」
甘くて美味しくて体が温まる。思わず頬も弛む。
「だろー?」
千歳が嬉しそうな顔で戻ってきて私の前に座った。
「こんな美味しいものもらった後にチョコ渡すの悪い気がしてきた……」
「何で?」
「だって本当にそんな大したものじゃないんだって。手作りとかしないで買ってくれば良かったー!」
一応ここに来てからお世話になりっぱなしなんだから感謝の気持ちをと思ったのだけど、舌の肥えてそうな綾峰家の人々相手にとんでもない無謀を働いたかもしれない。そして突っ伏する私に、鷹槻が至極冷静な口調で言った。
「だからお前のも美味かったって」
「……お世辞でもありがとう」
「俺がお世辞とか言う出来た人間に見えるか?」
顔を上げると、真顔で鷹槻が偉そうにふんぞり返っていた。本当に王様め。
「思いまセン」
よし、と言うように鷹槻は頷くとカップ片手に息を吐いた。
「だいたいな。俺達は毎年四葉の作る、こしあんとチョコと味噌をブレンドした恐ろしい食い物といっていいのかも微妙なものを完食してるんだぞ?」
「味噌……」
果たしてそれはチョコに入れていい物なのだろうか。
こしあんも微妙な気はするが……。
「あいつは驚異的に料理センスがないんだ」
そう言われると今日チョコをあげた時、とってもいい笑顔の四葉とは対照的に、皆の顔が曇っていったのを思い出す。それでもその場で「食べてねぇ」と言った妙に威圧感ある四葉の笑顔に圧されたのか皆無言でチョコを食べていた。
令の涙は嬉し涙じゃなかったのか。四葉からのチョコ、まだ食べてないのにどうしよう。
「そんなわけだから、とっととこの誰からもチョコもらえず、挙句の果てに自分でチョコ買ってるかわいそうなジジイに早いとこ渡してやれよ」
「お前、本当かわいくないな」
鷹槻の毒舌に、千歳は乾いた笑いを浮かべる。
そんな二人を眺めながら私は持ってきた紙袋からリボンでラッピングした箱を二つ、ローテーブルの上に置く。
「二つ?」
千歳と鷹槻が同時に聞いてくる。
「ホワイトチョコと普通のチョコのなの。ちょっと多く出来たからどうかと思ったんだけど。……よかったら鷹槻も食べて」
昼間食べさせて、今は軽食を食べていて、その上さらにチョコを食べろっていうのもどうかと思うんだけど。
鷹槻はじっと二つの箱を見ていたかと思うと、そのうちのひとつの箱を手に取った。
「どっちがホワイトチョコ?」
「え、そっちだけど」
片方を指さすと鷹槻はその箱を手に取った。
「じゃあ俺はこっちもらう。昼間もらったのにはホワイトチョコなかったからいいだろ?」
「おい、俺もホワイトチョコも食いたいんだけど」
千歳が鷹槻に手を伸ばすと、鷹槻はさっと立ち上がってそれをかわした。無表情に、けどしっかりとチョコの箱を持って。
「じゃあ俺はそろそろ帰る。ホワイトデーにはちゃんと何かしらくれてやるからありがたく思え?」
「ありがたくって……何であんたそんなに偉そうなのよ」
私の軽いツッコミをスルーして、鷹槻は慣れた調子で千歳の部屋の隠し扉の前に立った。
「じゃあな」
そう言ってさっさと鷹槻は部屋を後にした。まるで風のように。
「な、何だったんだろ? 鷹槻」
何だか今日はいつにも増して変だった気がする。
すると千歳が笑いながらチョコの包みを開けていた。
「嬉しいんだろうな」
「チョコが? だって鷹槻、くれる人いっぱいいるって薫子が言ってたよ」
「嬉しいんだよ」
更に笑って千歳は言った。
「バレンタインだから」
「何それ。もうちょっとわかりやすく言ってよ」
「これ以上分かりやすく言ったらあいつがかわいそうだろー?」
「あいつって鷹槻? 何で?」
「……不憫だなぁ、鷹槻」
だから何が不憫なんだろう?
疑問だらけの私を置いて、くつくつと笑いながら千歳は包み紙をとった箱を開けた。
「トリュフ?」
箱の中にはココアパウダーのついた丸いチョコが八個。
「トリュフ……ではないと思う。前にお母さんに教えてもらったやつで」
「あ、中がスポンジ」
人の説明を聞かずに千歳はひと齧りしたチョコを見てぱぁっと顔を輝かせた。
千歳のマイペースは健在だ。
「そう。スポンジケーキをちぎって丸めてチョコでコーティングして、それでココアをふるったやつなの」
「へぇ。本当に美味い。初めて食ったー」
にこにこと千歳はひとつめのチョコを食べ終え、既に二個目に手を付けていた。
「……ケーキ固いけど、平気?」
スポンジを丸めて入れるのはいいけど、ケーキだった時の柔らかさはチョコに根こそぎ奪われてしまい、けっこう固くなっているのだけど。
「ん、平気。新触感って言うか美味いよ。マジで。結恵も食う?」
「んーじゃあひとつ」
「よし。じゃあ口」
「……口って何?」
千歳はきらきらしい笑顔で私の前にチョコをひとつ差し出した。
「何って、「あーん」ってやつ?」
その言葉に、顔が一気に沸騰したかのように熱くなる。触ってもいないのに、耳まで熱い。
「なななななな何言ってるの!?」
「何って食わしてやろうって言ってんじゃん。ほら、口」
千歳はどこまでも平然と、でもその笑顔を崩すことなくチョコを持ったまま言ってくる。
脳みそまで沸騰しているに違いないと思いながら、私が口を開けると千歳はにっこりと笑って口の中にチョコを放り込んできた。もぐもぐと必死に口を動かしていると楽しげに聞いてきた。
「俺と鷹槻の言ったとおり、美味いだろ?」
正直味なんてとてもわからない。わからないけれど必死に首を縦に振った。
千歳はそんな私の様子を見てまた笑いながら新しいチョコを口に入れた。
そんな風に二人で真夜中のお茶会をしながら他愛ない話をしていると、あっという間に時間は過ぎていく。
本当はもう堂々と千歳の部屋に来てもいいのだけど鷹槻は微妙なところらしく、やはり夜こっそり来ることが多いので自然と私も夜に足を運ぶようになっていた。
あの日、リクの部屋へと行った日以来、千歳はどこか元気がなかったから鷹槻も私も口には出さなかったけど千歳が心配で出来るだけ顔を出すようにしていた。
――あれからリクはどうなったか。
リクはまた深い眠りについた。
今度は呪いによる仮死状態でも何でもなく、純粋な眠り。
私が鷹槻の父親たちの前で宣言してしばらく、リクは糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
すぐさま秘密裏に綾峰お抱えの医師が呼ばれちょっとした騒動になりかけたが、ただ眠っているだけだと分かり私と鷹槻、千歳は『もう遅いから』と大人の子供を追い払う常套句でリクの部屋から追い出された。
それからリクはあの部屋でまだ眠っている。一度として目を覚まさないまま深い深い眠りについている。
詳しい原因は現代の医療技術を以てしてもわからなかったらしいが千歳が言うには、長く自身に呪いをかけ続け、気力体力が削がれたからだろうとのことだった。呪いのことなんて私は何一つ分からないけど、千歳は千歳で大昔から不老になってから自分なりに色々調べていたらしい。
とにかくリクは現在も綾峰の監視下で昏睡状態だ。
彼女の目が覚めた時どうなるのかなど想像もつかないけれど、少しでも千歳の心が安らかであればいいって思う。
「はー甘いものって癒されるなー」
呑気な笑顔で持ってきたチョコやら元からテーブルの上に置かれていた軽食やらを完食した千歳を見ながら、そう思う。
その笑顔が唐突に私に向けられる。
「結恵? 何だよ、ぼーっとして」
「あ、えーと……」
別にぼーっとしてたつもりはないけれど、千歳の目にはそう映ったらしい。
「もしかして眠いのか? あーもうこんな時間だもんな」
ひとりで納得したように、千歳は地球儀型の時計を見た。
午前四時半。深夜と言うより既に早朝だ。いつの間にそんなに時間が経ってたのか。
チョコのラッピングに思ったより時間がかかって、ここに来た時間自体がいつもよりも遅かったんだけれど。実はリボンだとか包装紙だとか相手にかなり四苦八苦したのは千歳達には秘密だ。
雑誌の特集見て練習していたのに慣れないことはするものじゃない。つくづく自分は女の子らしいことに向いていないという事実に直面せざるをえなくて何だか軽くへこんだ。やればやるほどぐちゃぐちゃになっていったリボンと包装紙を思い出し、知らず溜め息も漏れる。
「結恵ー? 眠いならもう部屋に戻ったらどうだ?」
千歳が気遣うように言ってくれる。
「いや……眠いわけじゃないんだけどさ」
千歳の気遣いが嬉しい半分、自分の不器用さが情けない半分でますます息が重くなる。
「何て言うか、私って本当に普通の女の子ってカテゴリから外れちゃったよなーと思って」
すると千歳は目を瞬かせて言った。
「……何を今さら」
その言葉がざっくり突き刺さる。確かに今さらだけど、今さらだけど……。
普通の女の子は人魚の肉だの呪われた金持ち一族だの、そんなものに自分から足を踏み込んだりはしないだろう。顔のいい同世代の親戚達と初対面から火花散らして協力関係になったりする十五歳もそうそういないだろう。さらに親世代の学校の先生なんかよりやたら威厳溢れる親戚相手に啖呵切ったりもしないだろう。
こうしてひとつひとつ冷静に考えると自分は十五歳女子としてこれでいいのかと軽く疑問が湧いてくる。
「結ー恵ー? 何だよ、へこんでる?」
「べーつにー……」
「そんな人生悲観したみたいな顔でそう言われてもなぁ」
呆れがちに千歳は言う。それから俯き加減な私の頭に手を置いて撫でてきた。
「『普通』ってのが全国でも全世界平均でも何でもいいけどさ、それって言うなら没個性的ってことでもあるだろ? それを望む人間も多いんだろうけど、俺は他人と違った自分の道を選ぶ人間のが好きだぞ?」
優しい手に嬉しさと安堵を覚え、目頭が熱くなる。
顔を上げられずにいると、小さく笑う気配がした。
「ま、結恵くらいの年は悩むだけ悩め。そのほうが面白い大人になれる」
「面白いって」
お笑い芸人じゃないんだから、という気持ちで千歳を見上げる。
すると千歳はにこにこと屈託なく笑っていた。その笑顔を見ていると反論する気も失せる。
「……じゃあせいぜい面白い大人になれるように頑張るよ」
「うん。楽しみだなー」
言って千歳はまた笑う。それからふと、思いついたように言った。
「面白いと言えばさ」
「ん?」
「ずっとここに籠り切りってのも退屈なんだよな」
「? うん」
千歳が何を言おうとしているのかわからず、つい曖昧に返してしまう。
「最後に屋敷の外に出たのって、義将がガキの頃なんだよ」
祖父が子供の頃。祖父はこの間八十歳で亡くなったのだから、子供の頃を十歳と考えて……。
「それって七十年は前ってこと!?」
「多分それくらいだな。第二次大戦前だったと思う」
軽い調子で言う千歳に言葉を失う。
これはもう箱入り息子とか大事にされてとかそういうレベルじゃない。監禁レベルじゃないか。
「よく今まで無理矢理外に出なかったね!? 出させてもらえなかったとは言え」
「んー出せって言えば出れたんだろうけど、俺自身がけっこうどうでもよかったんだよな」
急に冷めた声で千歳は言った。
「何か自分が生きてるって意識も薄かったし、あんまり興味なかったんだよ。自分がどうするとか。だから外に出たいとか、どうしたいとか考えなかったからさ」
それは私が今まで見てきた千歳からは想像もつかない。私が見た千歳はマイペースで、よく笑って、楽しいことが好きで、明るい性格で。少なくともあの正式な夜の一件がなければ、信じられなかったと思う。
奇しくも千歳の別の一面を知ることになった、リクの部屋へ行った夜がなければ。
「……でも今は……違う?」
恐る恐る尋ねると、千歳はにっこりと笑った。
「違うからこうして言えるんだよ」
「……ごもっとも」
だからここにいることを退屈って感じるんだろう。そんなことを考えていると、千歳が子供のように無邪気な笑みで言った。
「だからさ、これから少し外に出てその辺歩いて来ようと思うんだ」