夜、深まり
夜明け前の暗がりの道を、迷うことなく慣れた様子で二つの影が抜けていく。
「よろしかったので? あのようなことなことを言う者を本家に置くなど」
義鷹の後を歩く和典は未だ表情に困惑を残しながら尋ねる。義鷹は振り返らずに答えた。
「……構わないだろう。所詮はまだ子供。いずれはこの『呪い』の重要性が分かるだろう。最早綾峰の呪いの影響は当家だけの問題ではないのだ」
世界的企業と化した綾峰が万が一にも瓦解することがあれば、大規模な経済的混乱は避けられない。
綾峰家が零落することがあったとして、被害が及ぶのは綾峰一族だけじゃない。傘下の企業、関連企業、今や世界的企業となった綾峰家が終わることがあれば、世界経済にも大きな影響を与えることは避けられない。
それがどれほどのことか。あの本家の子供はその重みをまだ分かっていない。
まだまだ視野の狭い、経験浅い、世間知らずの子供。
「それに、万が一にも千歳様の呪いが解けたとしても問題はないだろう」
義鷹は足を止め、綾峰家敷地内の外れにある林の奥の崩れかけた小さな木の祠の前で足を止めた。
それは敷地内の人間には綾峰家の氏神を祀っていると言われる祠だ。
「先人達も、ひとつしか手札を用意せず、五百年もこの家を守ってきたわけではないのだ」
今にも崩れそうな祠の中には格子越しに石碑を覗くことが出来る。
その石碑に崩し文字で書かれている文字は、常磐。
常磐塚と呼ばれる石碑の更に奥に守られるものを知る者は、千歳と里玖の存在を知るものよりもさらに少ない。
千歳と里玖ですら知らない、その存在。
「万が一の際には、起きて頂けばよいだけだ」
その石碑が三百年、守ってきた者に。
「常磐様に」
そこに眠る屍と呼ぶこともためらわれる屍に。
「必要ならば、常磐様にお言葉を賜ればいい」
それがどれだけ人の道から、世の理から外れたことだとしても。
歪んだ形で生き続ける千歳。
歪んだ術で死にながらに生きる常磐。
何がこの家を歪ませたのか。
何が真の歪みなのか。
今となっては誰にも知れない綾峰家の、呪いという名の秘密。