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真実は黒の子

 一度気を落ち着けようと思ったが、色々な事がめまぐるしく頭を巡るばかりだ。

 千歳が神隠しにあった先祖二人のうちの一人で。

 本当に予知し、予言してきて、不老長寿で。その不老を長引かせるのに私の血が必要で、そのくせ私は千歳のために出来ることなんて何もなくて……。

 そして多分、本家が絶対的な権威を持つのは人魚の肉と同じ『当たり』の血の人間が産まれるからだろうと、混乱する頭の片隅でいやに冷静に考える自分がいた。

「わけわかんない……」

 額に手を当て俯き、思わず口から零れた言葉に千歳は笑う。

「だよな。神隠しに予知に人魚に不老長寿。普通驚くよな」

「驚いたって言うか……」

 顔を上げると千歳と目が合った。今にも泣き出しそうに見えるその目と。

「……千歳は五百年くらい生きてきたんだよね?」

「うん。実はギネスに載れるくらいご長寿なんだよ、俺」

 戸籍はないけど、と言って千歳はまた小さく笑みを零した。

「だからさ、もう俺自身が何かを犠牲にしてまで生きようなんて思わないんだ」

「え?」

 千歳の陰るような笑顔が胸に刺さる。

「子供達は、里久が遺してくれた子達は俺を望んでくれた。その子供達もそのまた子供達も。望んでくれるなら俺は生きたいって思う。けどそうでないならいつ死んだっていいと思うんだ」

「千歳……」

「結恵が『当たり』だって広まれば、もう結恵は永遠にこの家から逃げられなくなる。死ぬまで綾峰に縛られることになる。それを嫌だと思うならそう言っていいんだ。結恵は選べる。自分でこの家の『当たり』になるかどうかを」

 それはこの家に縛られるか、それとも何事もなかったかのように日常に返るかを選べるということ。

 そこでふいに気付いた。

「おじいちゃんは選んだの? 私と同じように当たりだったおじいちゃんは……」

 私と同じように当たりだったという祖父。けどその祖父はかけおちして家を出て、死んでもこの家に帰る事はなかった。

 本当に『当たり』だったのなら、千歳が言う通りならそんなこと出来なかっただろうに。

「義将が当たりってのはけっこう知られてた。あいつは生れた時からこの家にいたから。……だから選ばせた。この家に縛られるか、この家を捨てるか」

「どういう意味?」

 千歳は目を閉じて笑った。

「義将が好きな女ができたって言ってきたんだ。それでその人と結婚したいって」

「それって、私のおばあちゃん?」

「そう。けど当たりの人間は綾峰本家の中でも特に大事にされるから、一族の中から結婚相手を選ぶことになってる。でもそれじゃあ義将は自分の好きな相手と一緒になることもできない。だから選べって言った」

「それでおじいちゃんは選んだの? ――この家を、千歳を捨てる道を」

 私の言葉に千歳は苦笑する。

「捨てたって言ってやるなよ。俺はあいつの所有物じゃないんだからさ」

「ご、ごめん」

「別に謝らなくてもいいけど、うん、とにかくそういうことだな。あいつは結恵のばあちゃんと結婚するためにこの家を出た。当然色々うるさく言う連中はいたけど、あいつを追ったら俺が舌噛んで死ぬって大騒ぎして納まった。不老って言っても死なないわけじゃないからな。ま、あの頃はまだ桂子も結婚してなかったからそっちの子供に期待が持てるって状況だったってのもあるんだけど」

 明るく言うけれど、実際はとんでもない騒ぎになったんじゃないのか。

 この家が今まで一度として没落して来なかったのは千歳とその双子の兄が先を見てそれを予言してきたからで、もしそれがなくなったらこの先の保証なんてなくなるのだから。

 千歳の緩やかな寿命を待つか、それともその場で自害させるか。

 当時の綾峰の人々に大問題だっただろう。

 ……あれ。

 ここでようやく、つい忘れていたことがあったことに気付いた。

「ねぇ、そう言えば草次郎って人は? 常磐っていう人はどうなったの? あの人だって血を必要としてたんでしょ。おじいちゃんがこの家を捨てて逃げた時、その人は何も言わなかったわけ?」

 話を聞いていただけではとてもそうは思えないが。

 けれどその言葉がきっかけになって、次々と疑問が浮かぶ。

「そうだよ。常磐って人だけじゃない。リクって人。千歳と常磐を不老にした人は? 本家に呪いをかけた人は……」

 そこまで言って思い至る。

「ごめん。話がぽんぽん飛んで悪いんだけど、先に言わなきゃいけないことがあった」

 顔を上げてまっすぐに千歳を見る。

「ん?」

「千歳は自分をこの家の呪いだって言ったけど、違うよ。千歳は呪いなんかじゃない」

 反論なんて許さない強い声で、一寸の迷いなくそう口にする。

 だって事実だ。千歳は呪いなんておどろおどろしいものじゃない。だから自分で自分を傷つけるように、そんなことを言わなくていいんだ。

「千歳は友達で、私の遠いご先祖の兄弟で、ちょっと長生きなだけで、寂しくて、ありえないくらいマイペースで、信じられないくらい優しくって……私の大事な、大好きな人だよ」

 千歳から視線を逸らしそうになるのを、両手に力を入れて堪える。

 そうでもしないと逃げ出してしまいそうだから。

 告白と言うには足りない言葉。

 けど私にとっては告白にも相当する言葉。

 出来るなら自分の中の誰にも侵されない場所で静かに眠らせておきたい気持ち。

 自分にとってもまだまだ曖昧な、千歳に対する『好き』って気持ち。

 家族が好きって気持ち。

 友達が好きって気持ち。

 かわいい物や楽しい物が好きって気持ち。

 ……あるいは、これ以外の好きって気持ち。

 千歳に対して抱く『好き』はこの中のどれだろう?

 それともこれ以外の好きなんだろうか?

 それはまだわからないけれど、確かなのは私は千歳が大事だということ。傷ついてほしくないということ。

 そんな、自分が無価値みたいに思わないでほしいということ。

「千歳は他に代え難い、大事な人だよ」

 千歳は黙ったまま大きく目を見張った。

「呪いなんかじゃない。具体的に呪いが何かなんて知らないけど、多分人を不幸にするものでしょ? だったら千歳は呪いなんかじゃない。絶対に」

 千歳は理解不能な出来事が起こったかのような顔で私を見ていた。

「……千歳が人を不幸にするようなものなら、私のおじいちゃんはこの家を出れなかった。おばあちゃんと結婚できなくて、お父さんも生まれなくて、つまりは私もここにいなかった」

「ああ、まぁ……そうか」

 千歳の曖昧な相槌に胸を張って答える。

「そうだよ。千歳のおかげでおじいちゃんはおばあちゃんと結婚できた。私も……しんどいこともいっぱいあるけど、でも生まれてこれて良かったって思う。苦しい事も嫌な事もいっぱいある世界だけど、それ以上に嬉しい事も幸せな事もたくさんあるこの世界に生まれてこれて本当に良かったって、そう思う。それは全部、千歳のおかげだよ」

「そんな大袈裟な」

 軽く笑う千歳の顔面に手近なクッションを投げつけた。

「大袈裟なんかじゃない!」

 千歳はもろに顔面で受けたクッションを拾い上げながら、呆けたように私を見てきた。

 前にも確かこんな会話をしたな。

 今さらになって気づく。千歳は自身に対して過小評価だ。五百年も生きていれば達観したようになっても無理はないとは思うけれど、それにしたって自分をそんなに卑下することないのに。

「千歳は自分のことどうでもいいみたく言うけど、私にとってはどうでもよくないの! 家族とか友達とか、大事な人間が自分をどうでもいいって思ってて嬉しい奴なんているもんか! だからそんな風に言わないで!」

 私には大事と思える人間なんて数少ないからこそ思う。

 呆けたような顔のまま、千歳の口が何か言おうと開きかけた時。

「結恵の言うとおりだ」

 唐突に割り込んできたその声に、私と千歳は揃って息が止まりかける。反射的に声のほうを見ると、少し離れた場所に無表情なのにどこから怒りを滲ませた鷹槻が立っていた。

「鷹槻!? え、何でここにいるの!?」

「どっから入ってきたんだよ……? うわ。全然気付かなかった」

 鷹槻は私と千歳の疑問には答えず、偉そうにやってきて私の隣にどっかりと腰を降ろした。そして腕を組んで、どこの王様だというくらい偉そうに言い放った。

「普通にいつもの入口から」

「いつものって……」

 私が初めてここに来た時、鷹槻と出て行った隠し扉のほうを見るがそこは壁と一体化して全くわからない。

 一体いつ開いて、いつ鷹槻はこの部屋に入ってきたのか。全く気配がなかったのだが。

千歳は呆れ半分驚き半分に鷹槻を見た。

「今日は隠し扉だけでなく、本家屋敷全体の警備がいつもより厳しいはずなんだけど?」

「知ってる」

 ふんぞりかえって鷹槻は言う。

「だからわざわざその警備を掻い潜ってきたんだろうが。警備に抜け道ができる時間帯とか調べさせてだな」

「調べさせてって……誰に?」

 話についていけないながらも尋ねると、鷹槻はしれっとした顔で言った。

「あいつら」

「あいつら?」

 その言い方は私も知っている相手、ということだろう。と言うと、四葉達?

 目を白黒させて鷹槻を見ると、彼は黙ってろと言うように口元に人差し指を当てる。

 そして千歳に視線を向けた。

「さっき結恵の言ったとおりだからな。お前、もう少し自分のこと大事にしろよ」

 それは鷹槻とは思えないほどに強い口調で。

 いつもの淡々とした、抑揚少なで無表情な彼なんてどこにいったのかというくらい、強い意志を持った声でそう言う。

「お前はお前の事どうでもいいって思っててもな、俺らはそうじゃねぇんだよ。お前がいなくなったら俺はこれから誰に茶を淹れさせればいい? 寝れない夜に誰のところに暇つぶしにくればいい?」

 早口にけっこう勝手な事をまくしたてる鷹槻に唖然としてしまう。

 鷹槻ってこういう奴だったのか……。

 だけど鷹槻も千歳が大事なんだってことは伝わってくる。大事に思ってるからこそ怒っている。

「家が居心地悪くてどうしようもない時ここに置いてくれたこと、俺は感謝してる。こんな呪われた家、大嫌いだけどお前のおかげで今日までやって来れたんだからな。俺が珍しく他人に感謝なんてしてるんだ。素直に受け取っておけよ」

 鷹槻の言い方は一方的で、ともすれば傲慢もいいところで。

 それでも鷹槻なりに千歳に伝えようとしてる。

 私達は千歳が大事で、大好きなんだってこと。

 千歳は呪いなんかじゃないってこと。

「お前らは……」

 千歳は固まっていた相好を崩した。

 そして両手を私と鷹槻に伸ばしてきて抱き寄せた。

「んっとにいい子に育ったよ。お前らは」

「ガキ扱いかよ。クソジジイ」

「子供扱いやめてよ」

 私と鷹槻の抗議もどこ吹く風。

 千歳は私達を抱き寄せたまま俯いた。

「……お前らみたいのにこうして直で会えて、五百年生きてきて良かったって思うよ」

 呟きにも似た言葉に、私と鷹槻は顔を見合わせた。

 千歳には見えないように鷹槻は小さく笑った。つられるようにして私も笑った。

「だろ? その上俺達は千歳が今思っている以上にいい奴らだぜ?」

 鷹槻の自信に満ちた言葉に千歳は顔を上げた。

 その顔と目が合うなり、鷹槻ははっきりとした声音で言い放った。

「俺達がお前の呪いを解いてやる」

「……お前、何を?」

 千歳の端麗な顔が驚き一色に染まる。

 だが鷹槻は一切動じない。

 そしてそれは私もだ。

「私はまだ詳しい話は知らないけど、千歳はどう考えてもこの家の犠牲者じゃんか。だから、私達が千歳の呪いを解く。もう二度と自分なんかどうでもいいみたいな考え持たせないから、覚悟しとけ」

「結恵まで」

 鷹槻は千歳の腕から離れ、ぐるりと部屋を見回した。

「俺がこの家の歴史を聞いた時は『あいつ』には会えなかった。けど、この家のどこかにいるんだろ?」

「あいつ?」

 鷹槻は小さく頷く。

 その目はまさに鷹のように鋭く千歳に向けられた。

「この家に呪いをかけた張本人、里玖」

「鷹槻……リクは」

 千歳の咎めるような声音にも鷹槻は怯まない。

「俺をなめるなよ、千歳。この家のあらゆる文書は全て目を通してある。それこそ千歳が生まれた直後のものから近代のものまで」

 千歳は黙って鷹槻の言葉の先を待った。私もただその言葉が発せられるのを待つしかできない。

 そして鷹槻は口を開いた。

「千歳と常磐を不老にし、本家の血に呪いをかけた張本人、里玖はただの殺人者だ」

「……え」

 鷹槻はまっすぐに千歳を見据えていた。

 千歳は目を伏せ、重い息を吐いた。

「千歳? 何、どういうこと? 殺人者って……鷹槻も説明してよ」

 千歳は目を伏せたまま私から手を離し、ソファに深く腰掛けた。

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