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形作るもの

 鷹久はまずメモ用紙の一番上に「本家」と書いた。そしてその下に縦書きで、二ノ峰家、三ノ峰家、四ノ峰家、五ノ峰家、と左から右へと書いていった。

「これが綾峰の主な形なんだ。本家は多分結恵ちゃんもこの間の昼食会の時なんかで気付いたと思うけど、綾峰全体の中でも別格の存在。その下にこの敷地内の分家の俺達がいる」

「もっともその分家の私達も同等ではないけれど」

 そう言ったのは薫子。その表情は暗い。四ノ峰の標葉さんと五ノ峰の薫子では立場が違う、以前そんな風に言っていたことと関係するのか。標葉さんも複雑な表情で薫子を見て俯いた。

「ここでは数字の小さい家ほど強い地位を持つんだ」

 鷹久は一度目を伏せてから言った。

「序列がある。それは多分、各家の役割が関係するんだと思う」

「役割?」

「うん。例えばうち、二ノ峰は本家直轄として一族を取り仕切ることになっている。チトセグループの重要事業は大概うちがトップに立つ。それから敷地内外に住む一族を取りまとめたり」

「基本、二ノ峰は本家の代行みたいな感じだな。本家の次の権力者は二ノ峰って意識がここにはある」

 律が窓の外を見ながらさほど興味もなさそうに言う。

「三ノ峰は敷地内の法の番人とでも言うか。あの家のことは俺もよく知らねえけど確かそんな話を聞いたことがある。四ノ峰、うちや四葉の家はは綾峰とよそとのパイプ役。企業関連だったり友好関係にある家とかと敷地内を繋ぐ。そして五ノ峰は敷地内の警備員みたいなもんだ。不審者が敷地に入り込んだり、客人が妙な動きをしないように見張ったりとか。だいたいこんな感じだな」

「何かわかったようなわからないような」

 鷹槻と千歳が以前にこの家は国家だと言った。確かにそれらしくこの家を守るいくつもの役割があるということは分かったが、こう一度に言われるとさっぱりだ。またバカにされるかと構えていると予想外に律は真面目な顔をして言った。

「言ってる俺もよくわかんねぇもん。この家。つーか完全にこの家理解してる奴なんてこの中にいねぇよ」

「知ろうと思って手を突っ込んでも底なしなんだよ、ここは」

 鷹槻が小さく呟いた。

 この家の事情にはこの中の誰より通じていそうな鷹槻でもそうなのか。

 重苦しくなった空気を払うように鷹久が努めて軽い調子で言った。

「綾峰は秘密主義的なところがあってさ。この敷地内に住む家と敷地外に住む家との差は大きいし」

「敷地外にもやっぱりいるの? 親戚」

「いるね。ものすごく」

 鷹久は先に書いた本家と二ノ峰から五ノ峰をまとめて丸で囲った。

「この丸が今俺達のいる敷地内。丸の外にも一応親族はいるよ。たとえばこの敷地内の家から嫁に行ったりとか」

「あ、なるほど」

 婚姻関係によって親戚が増えて行くと考えたら、これだけ大きな家ならそれこそ無限に増えて行きそうなものだ。昔から政略結婚は地位と財力を持つ者の常套手段だろう。

「それはとりあえず置いておいて、とにかくこの敷地内は一種独特なんだよな」

 重苦しい溜め息を吐いて鷹久は言う。

「ここにいる俺達が知ってる事なんて、大人達の一握りにもいかないだろうし」

「……そうなの?」

「そーなんだよ」

 律が忌々しげに顔を歪める。

「ガキは蚊帳の外。それがこの家。今でこそ俺らもこうしてつるんでられるけど、学生っつー身分がなくなって綾峰の歯車のひとつになったらそうも言ってられなくなるだろうしな」

「家の序列に関係なく過ごせるのもガキの特権」

 令が続けた。

「綾峰の内部事情……企業とかじゃなくて、家自体のほうね、それに関しては俺達は何も知らないんだよ」

「各家の役割は知ってるけど、その役割の中心にあるものが分からないって言えばいいのかな?」

 四葉が今まで見たこともない大人びた表情をして言った。

「綾峰家は統制されている。それは本家によって。けど何故、本家がこれほど絶対的な力を持つのかまではあたし達には分からない。今時ありえないくらい封建的だと思わない? うちって」

「思う。もしかして、だから生き神の話とか考えたりするの?」

「うん。本家に予言する生き神でも何でもいるんならこの家の本家絶対主義ってのも頷けるかなーって。ねぇ?」

 律と令も四葉の言葉に頷き合う。そして令は真面目な表情で私を見た。

「結恵ちゃん、本家ってチトセグループ内でどういう役職か知ってる?」

「えっと、おばあ様のご主人が前のチトセグループの会長だよね?」

「そうそう。桂子ばあちゃんの死んだ旦那、元会長はずーっと形だけ社長とか会長とかだけ。グループ全体に関わるようなデカイ仕事とかってしたことないんだよ。言い方は悪いけど、どんな時でも絶対安全な場所にいた感じで」

「形だけ?」

 令は頷いて続けた。

「代々本家はそうらしいんだ。代表取締役とか会長とか務めるんだけどそれはあくまで形だけで、いざという時責任を取るようなのは他の分家筋なんだよ。綾峰本家に生まれればたとえどんな災禍に見舞われようと、生まれてから死ぬまで頂点に居続けることが約束されるようなもんなんだよ」

「グループ内でも一族の中でも、本家の権威は絶対。……綾峰にとって絶対的な『何か』が本家にはあるから?」

 口から衝いて出た言葉に四葉が強く頷いた。

「少なくともあたしはそう思ってる」

「綾峰、特にこの敷地内の人間ってのはプライドの塊みたいな奴らがゴロゴロいる。選民思想とエリート意識がバカみたく強ぇ自分大好きナルシストだらけだ」

 鼻で笑いながら律は言う。

「そういう奴らは他人を見下す傾向にある。そんな奴らが世襲制の形だけトップになんて大人しく従うかよ? 特に五年前に死んだ先代当主、桂子ばあさんの旦那なんて事業家としても人間としてもカスの部類に入るぜ。そんな奴に従うようなかわいらしいタマはいやしねぇ」

「律、あなた口を慎みなさい!」

 さすがに薫子が律の毒舌を止めにかかるが、律はしらけた表情で彼女を見上げただけで平然として続けた。

「何だかんだ言ったってお前だって同じこと思ってんだろ? 先代はただの無能。そのくせ女癖は最悪、趣味は度を外れた浪費。絵にかいたような駄目な逆玉の輿ってな」

「おばあ様のご主人が?」

 その存在自体は知っていたが人となりまでは知らなかった。

「本来なら本家で言うようなことじゃねぇけどな」

 ぼそりと律は私から視線を逸らして言った。

「でも悪いがあいつは最低だぜ。歴代最低の当主だって評判だ。もともと三ノ峰からの婿養子だったんだけどな。桂子ばあさんと結婚して本家の人間になり、絶対安泰な地位に胡坐ををかいていた野郎だよ。ろくでもねぇよ」

 吐き捨てるような言葉にその場にいた皆が目を伏せ押し黙る。その空気から律の言葉が全て事実なのだと知った。

「……そんなわけで先代はとてもじゃないが、人が下につくような器じゃなかった」

 場の空気を経ち切るように、律は強い口調で言った。

「だけどそんな男が自分たちのトップだってことに表立って不満を漏らす奴はいなかった。不思議な話だとは思わねぇか?」

「……確か、に」

 義理の大叔父にあたるその人が実際にどんな人だったかは知らないけれど、鷹久や標葉さんすら律の雑言を止めないような人。自分の目で見たわけじゃないが、少なくともこの家の人からあまり良くは思われていなかったことだけはわかる。

 思案し俯く私に律は言った。

「けど本家には最奥がある」

 最奥という言葉に思わず顔を上げた。そこにある律の表情は厳しい。

「『最奥』って大人達はそう呼んでいる。それがどういう意味なのか俺達は知らねぇ。けどそれが本家にある『何か』で、何より綾峰全体にとって最も重要なものだってことだけはわかる。それがあるから本家は未だに一族内で絶対的権威を持ち、この古臭ぇ封建制度がまかり通ってるんだってな」

「律。何も今結恵ちゃんにそんな話をしなくてもいいだろう?」

 鷹久が少し語気を強めて咎めるが、律は鷹久を睨んだ。

「今だからこそ言うんだろ? こいつとは一応協力関係にあるんだからな。何も言わずにこそこそするなんてフェアじゃねぇだろうが」

 口の悪さはともかく、律の意外に公平な性格に軽く驚く。

「おい、結恵!」

「なっ、何!?」

 初めて律に名前を呼ばれた。驚きでつい声が上ずってしまう。それに気付いた律は苛々とした様子で眉を吊り上げたが、一度息を吐いて言った。

「胡散臭ぇ大人に取り込まれるんじゃねぇぞ」

「え?」

「本家の人間はある程度分別のつく年頃になったら最奥へ連れて行かれる。そこで何を見て知ることになるかは知らねぇが、最奥にはこの家最大の秘密があることだけは確かだ。それがこの家を呪ってる」

「呪ってるって……」

 一体何を言い出すんだ。そんな非現実的な。

 けれど律は尚も言う。

「この家は呪われてる。俺達の知らない何かに。その呪いによってこの家は永遠に栄え続ける。そう、この家の立場の強い人間達が話しているのを昔聞いたことがある」

「呪われてるのに栄える? それって矛盾してない?」

「してるな」

 そう言ったのは今まで黙っていた鷹槻だった。相変わらず淡々と、抑揚少なに。

「けどそれが事実。この家は呪われたことによって栄え続ける。この先もずっと。……その分の犠牲を支払い続けて」

「犠牲……」

 それが呪いという言葉にリアリティを持たせる。

「人柱って言い換えてもいい」

 鷹槻はその鋭い目を私に向けた。

「本家の選ばれた人間だけが綾峰のための人柱になる。呪いが消えたらこの家の永遠は保障されなくなる。だから本来は、呪いにすがろうとするこの家の人間達こそが『呪い』なんだろうが」

 そう言って鷹槻はまた私から視線を外した。

 その横顔は怖いほどに綺麗で、今にも消えてしまうんじゃないかと思う程に儚げだった。

「た……」

「あーもう暗いっ! 話題変更ー! 何で俺らさっきからこんな暗くなる話ばっかしてんだぁ?」

 パンパンと手を叩いて立ち上がった令の声に、私の声はかき消された。

 けどあのまま鷹槻の名前を呼んだとして私は彼に何を言うつもりだったのだろう。

 何も知らない私は何も出来ない。下手なことを言って、鷹槻を傷つけるような真似はしたくない。善意のはずの言葉は時として逆に人を傷つける。何も知らないのに知ったような口を聞いて傷口をえぐることがある。

 時には何も聞かず、触れないことがいいこともある。少なくとも鷹槻に関しては生半可な気持ちで近づいてはいけないような、そんな雰囲気がある。

 思えば鷹槻も謎が多い。

 この中で一番綾峰という家のことに詳しいだろう鷹槻。

 だけど皆がその事を知っている様子はない。千歳や千歳の部屋への隠し通路について、誰も触れない血の『当たり』についても彼は知っている。

 この中で鷹槻以外に千歳の存在を知っている人はいないようだし千歳自身、鷹槻以外には会ったことがないというようなことを言っていた。

 鷹槻はなぜこんなにもこの家の事情に詳しいんだろう。

 好奇心で調べるタイプには見えないし、もし仮に好奇心で調べて知ったことならここにいる皆にも話すと思う。

 二ノ峰という本家に次ぐ地位の家の子供だから?

 でもそれならば、鷹久のほうがもっと詳しいはずだ。

 鷹久は鷹槻の兄だ。それも長男と言っていたのだから彼が二ノ峰家の跡取りだろうし、二ノ峰家という家に生まれたことで鷹槻が人より多くを知っているのなら鷹久もそうであるはずだし、あるいは鷹槻以上に知っているはずだろう。

 盛り上げようとしてくれている令の話もあまり頭に入らず、そんなことを考えていた。

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