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【短編】辺境伯に嫁げだなんて、それだけはいけません殿下!

掲載日:2026/08/13


「ローズ・バランセット! お前との婚約は破棄する!」


 卒業パーティーで突然壇上に上がった王子と、その生徒会の最悪な仲間たちがまた世迷い事を叫ぶのを、卒業生全員が胡散(うさん)臭げに見た。

 なぜこのめでたい席でそれを始めるのか理解に苦しむ。誰もが「やるだろうな」と思いつつ、まさか本当にやるとは思っていなかったのだ。


 唯一の王子で生徒会長のナルシース。騎士団長子息の護衛ヤンチャー。魔法長官子息の副会長ヘリクーツ。書記を務める教会司教子息のガーリベン。そしてもちろん王子の腕には会計に任命されているピンクブロンドの髪をツーサイドに縛った愛らしくも胸も豊かな男爵令嬢、マリンリンがしがみついている。ここまでは既に全校生徒にもおなじみの光景であり、見た目だけは良いこのメンバーを生徒たちがどう評価しているかなどクドクド説明したくないのも仕方がない。


「お前が卑劣で汚いやり口でこのマリンリンをいじめ抜いたこと、とっくに明らかになっているぞ!」

 金髪に美しいグリーンの瞳の、やり玉に挙がった公爵令嬢ローズはあきれたように、まず王子に嫌味を言う。


「あらナルシース殿下、来てらっしゃったのね。わたくしたち一か月も前から有志で卒業パーティーの準備を進めていたのに、その間どこにいらっしゃったの? 生徒会室がいつももぬけの殻で、結局生徒会抜きで全部進めましたわ。大変でしたのよ」

「……下らん。そんなことは実行委員会に任せてある。それより何だこのみすぼらしい会場は」


 生徒全員で経費節約のために制服で行うことに決めた卒業パーティーに、ひときわきらびやかなタキシードとパーティドレスに包まれて現れた王子御一行を見てローズはバカにしたように連中を見るしかなかった。

「殿下以下、生徒会の皆様が行ったことと言えば、実行委員長を勝手に任命しあとは丸投げなさるだけ。いったい生徒会のお仕事を何だと思っていらっしゃるの?」

「国政と何が違う。父上だって大臣を任命し 国政の仕事をさせている。この卒業パーティーの惨状の責任は実行委員長にある!」


 粗末な食事や持ち寄りの菓子類、安いワイン、楽団なしのオルゴールが流れる中で制服で、それでも卒業を互いに祝って談笑していた生徒たちを見回し、王子は嘆かわし気に手を頭に当ててため息ついた。

 もうダメだとその場の生徒たちが全員思った。

「それは大臣の責任だから余には関わりはない」などと言う王がいたらその者はもう王ではない。政策実施にこまごまと許可を出す判断は王がやるに決まっているし、大臣の責任は限定的で国政の全責任は王にある。でなければ誰が王に忠誠を誓うのか。この王子は父である王の仕事を何だと思っているのか?


 あきれながらローズは問う。

「一つ質問よろしいかしら? 卒業パーティーの実行委員長、どなたに任命なさったの?」

「それは……」

 王子が背後の生徒会メンバーを見る。全員戸惑ったように無言だ。そう言えば誰だったか、王子もよく覚えていない。思い出せずに口ごもる。


「ご承知あるわけないですわ。完全に失念してましたでしょう? 一か月前に誰も任命されていないことが明らかになって、急遽私が立候補して実行委員長を務めさせていただきましたわ」

「差し出がましいことを勝手に!」

 狼狽(ろうばい)した王子が逆にローズを怒鳴りつける。

「生徒会費を納めた金庫が空っぽでしたわ。いったい何にお使いになったのかしら? 私たち有志の実行委員で寄付を募って何とか自主的にここまで用意したのに、それを御批判なさる資格が殿下におあり?」


「生徒会長に無断で勝手な判断を! このことは厳罰に処すからな!」

 理不尽な王子の叱責をローズは冷静に受け流す。

「あら、学園長の依頼ですのよ。生徒会が職務を放棄して何も進んでいないからと、生徒会室の鍵も金庫の鍵も学園長立会いの下で学園所有の合鍵で開けさせていただきました。もう言い逃れかないませんわよ殿下」


 学園長は前国王陛下の王弟に当たるお方。公爵を次代に譲った後、学園で国政を支える人材を育てるべく国内の教育を取り仕切る有力者だ。その人に全部バレている!

 さすがに王子の顔もひきつる。


「そんなことどうでもよい。問題はお前がマリンリンをいじめていたことだ。証言はいくらでもある!」

 たまらず王子は話題をすり替えた。

「わ、わたし、わたし、いつもいつも、ローズ様に嫌味を言われて、怒鳴られて、勉強の邪魔をされ、服を汚されたり水に落とされたり……。わ、わたしはただ、そのことをナル様に知ってほしくて……」

 震えて王子にしがみつく男爵令嬢のマリンリン。豊かな胸がぷっくりと王子の肘で持ち上がる。


「この一か月どこにいらっしゃったの? 卒業記念だと遊び歩いて、いつもみなさんそのお方と誰か一人は一緒にいて、いつ私がそのお方をいじめたと言いますの? そんな暇どこにありますの? その方をいじめてわたくしに何の得がございますの?」

「ええいうるさい! ここにいる全員がお前のその鬼畜な所業を見ておるわ!」

 バカ丸出しな生徒会一同が一様にローズを睨みつけてうなずいた。だがそれを見て、「あ、全員で口裏合わせたな」と思わなかった生徒など一人もいない。

 もちろんローズはそんな証言証拠になるわけがない事などとっくに承知だ。


「わかりました。では法務大臣を通して訴状を提出なさいませ。バランセット公爵家はその裁判、受けて立ちますわ。関係していない証拠ならこちらにもいくらでもございますから」

 ローズがそっと入口に立つ生徒に目配せすると、その生徒は学園長にこの事態を報告すべく、会場を走り去った。


「その必要はない」

 王子は口角を上げて残忍に笑う。


「お前は婚約破棄の上、辺境(へんきょう)に追放だ。ウエスト辺境伯(へんきょうはく)の息子がまだ独身だったな。そこへ嫁げ。王都を離れて辺境の地で一生暮らし、二度と社交界に顔を出すな。これは王命だ」

 会場がざわつく。ウエスト辺境伯領は国境と荒野の境目にある国防の要。日々襲い来る魔物の群れから最前線を守る国内で最も過酷な領土である。


 みるみるローズの顔が青くなる。ぶるぶる震える。あまりのことに驚愕している!

 そして、会場の空気までが一気に変わった。それまでは強気のローズ嬢圧勝の雰囲気が、王子を恐怖の魔王を見るかの如く見る目が変わったのだ!


 この反応にはさすがに王子も驚いた。その様子を見て思いもよらぬローズの狼狽に王子は嗜虐(しぎゃく)性を丸出しにいやらしく高笑いした。もしかしたらこの女、平然とそれを受けるのではとさえ思っていたのだから思わぬ展開に王子はしてやったりと喜んだ。


「うわっはっはっは! お前に相応しい罰のようだな! その(おび)えっぷり、実に愉快だぞ!」

「いけません殿下! それだけは、それだけはいけません! だいいち王子にはそれを王命として命ずる権限がありません!」

「王太子の命令だ。王命と同じだ。そう心得よ。逆らうなら反逆罪だ!」


「いけません、いけません……。辺境伯には、婚約者がもういらっしゃいます!」



 会場がざわついた。悲鳴を上げる令嬢までいる。そして、この瞬間に、王子はこの学園の全女生徒を敵に回したことにまだ気づいていないのだ!


「婚約者がいる?」

 そんな理由かとかえって王子は拍子抜けした。その程度王命でいくらでもすげ替えができると王子は勝手に思っている。

「はい、ウエスト辺境伯家はご子息が先日卒業を前に代替わりなさり、現在は辺境伯を務めていらっしゃいます。そのご婚約者は同じく辺境に並んで国境を守る護国(ごこく)男爵のラクーン家の御令嬢です。お二人とも、卒業したらすぐ領地に戻り結婚することになっているのです。お二人を引き離すなんて、絶対にいけません!」


「そうよーそうよー!」

「なんてこと言い出すのよ王子!」

「アンタが辺境に行け!」

「あの二人を引き離すなんて!」

「絶対に許せませんわ!」

 会場の女生徒たちが一斉に抗議の声を上げる。怒声である。その凄まじい怒りを前にさすがの生徒会の傲慢(ごうまん)なメンバーたちもたじろぐ。


「王太子に対して何たる……」

 魔法長官子息の副会長ヘリクーツがそれを咎めようとするが女生徒たちの罵声は止まらない。


「バカ王子!」

「無能王子!」

「クソ王子!」

「ダメ王子!」

「誰がアンタなんか支持するか!」

「我が家は王家の支持をとりやめますわ!」

「アンタなんかもう王子じゃない!」

 書記を務める教会司教子息のガーリベンが必死に今の発言をした令嬢たちのメモを取るが、元々不勉強なうえに色ボケしているガーリベンにはもう誰がどの発言をしたのかがわからない。それぐらい会場は騒然となったのである。


 この反応にはナルシースも(ひる)む。なにしろ自分たちはモテる。女など自分たちの言うがまま。自分たちに逆らう女などいるわけ無いと勝手に思っていたのだから、こんなに嫌われていたなんてことは想定外だったのだ。

 女生徒たちが王子に対して全く物怖(ものお)じせずに暴言をぶつけてくる。こんなことができるということは、とっくに女生徒間で王子がその権限を喪失していることが周知されているということになるのだが、そんなことは生徒会の愚かな仲間たちは気付かない。むしろこれこそがローズが手を回して女子たちを支配している証拠にさえ見えた。


 王子のナルシースは、そばに控えて憤怒(ふんぬ)の顔で今にも飛び出しそうな騎士団長子息のヤンチャーに問いかけた。

「お前、辺境伯知ってるか? 武功に優れた家なんだろ? お前だったら知ってるだろ」

「カスだ。剣術の授業で手合わせしたことがあるが、俺に殴られ放題で全く反撃もできないで先生に止められたぐらいだ。何でこんなやつが辺境伯なんだと思ったね」

 ナルシースもあきれた。そんなやつが辺境伯でこの国大丈夫かと自分のことを棚に上げて思ったものである。


「なんで公爵令嬢のお前がそんな辺境伯や男爵の娘を知っていて肩を持つ?」

 いや、まずなんでその二人がこんなにこの学園の女生徒の間で支持されているのかが王子には全く理解できない。実は、この時は会場の大半の男子生徒も「誰だっけ?」と首をかしげていた。それぐらい彼らの目には()まらなかったということになる。


「お二人はこの学園の(いや)しなのですわ!」

「はあ!?」

 女生徒たちが口々に声を上げる。


「お二人の仲睦まじさ、ほほえましさ、その愛らしさは女子生徒の……、いえ、この学園の羨望(せんぼう)の的ですの」

「つたないダンスを微笑まれながらもお互いにかばい合い、照れて顔を赤らめながら踊るあの姿、ご覧になったことはございませんの?」

「いつも昼食を中庭で、お弁当を広げて日向ぼっこしながら分け合って食べる姿、素敵ですわ」

「図書館でご一緒に勉強して、二人で難問に頭を抱えているところ、可愛いですわ!」


 学園の高名な令嬢らが口々にその二人をほめるのである! 王子はもうわけがわからない。


「ミミ様がトム様に膝枕して、お二人でうつらうつらお昼寝なさっている場面、胸キュンでしたわ」

「学園庭園のバラの中で、くるくるまわるミミ様を可愛げにエスコートなさるトム様、素敵です」

「私、お二人が町中の雑貨店で、プレゼントを選んでいる姿見てしまいましたわ。あの時のミミ様の内緒にしておきたかったのにバレちゃったとしょんぼりする姿、萌えてしまいました」

「中庭でこっそり、二人でバースティパーティーしているところ、全校生徒が窓から見ていましたのよ。小さなケーキを分け合って、あーんして食べさせてあげるお姿。お二人、見られていることに気付いていらっしゃいませんでしたけど!」

「あんなに愛し合って、仲の良い幼馴染のお二人を引き離すなんて!」

「アンタ鬼か!」

「サイテ―――!」

「辞めちまえ――――!」

「廃嫡よ――――!」


 くっだらねえ。なんだそりゃと正直王子は思った。なんて貧乏くさい、ド庶民の話を聞いているようだ。毎回生徒会費や、ローズに使うべき王子経費を使い果たしてマリンリンと二人や、生徒会の仲間たちとやった豪華な遊興の数々から見ればなんとしょぼい話であることか。


 聞き捨てならないことをローズが言った。

「三年連続で学園のベストカップルになったお二人を何で引き離そうとするんですか!」

 ここで、大半の男子生徒たちも、「あーあの二人か!」と思い出した。

 王子にしてみれば学園のベストカップル賞は自分とマリンリンに決まっている。それを毎年かっさらっていたカップルがいるわけだ。

 学園祭のイベントだが、いつも自分たちだと思っていたのに別名が発表されたので腹を立てて二人会場を後にしていたものだから、そのベストカップルになった二人を王子は知らない。

 王子ナルシースは本来自分たちの賞を横取りしていたその二人に、猛烈に腹が立った。


「それほどお前が嫌がるなら、なおさらそうしてもらわねばなるまいな。辺境伯! その婚約者! 出てこい!」

 王子は会場に向かって怒鳴った。会場はざわざわと遠慮がちに二つに割れ、奥のテーブルまで道が開いた。

 そのテーブルではこの騒ぎに全く関せず、丸いテーブルに並んで座って料理を分け合って微笑み合っている二人の卒業生がいた。

 会場が一瞬で静かになり、二人、きょとんと壇上の王子たちを見る。

 王子は一瞬で激怒した。この重大な王子の宣言の前に、いったいこいつらはなにをしていると!

「聞こえなかったか! 辺境伯、その婚約者、ここに来い!」

 びっくりした二人がおずおずと前に出る。


 王子が二人を見てまず思ったのは、「タヌキか!」である。


 小柄でふくふくとしてまん丸なヘアスタイルに凡庸で糸目のぼーっとした、数学年下にしか見えないタヌキのような少年。

 それにしがみついてプルプル震える少女がまたいっそう小柄でふくふくとして平坦な丸顔にまん丸い小さな黒目で黒髪を無造作に三つ編みにして垂らした全く目立たない、目立つわけがない容姿をしている。

 まるでタヌキの(つがい)だなと思ったもので、拍子抜けした。てっきり自分たちに匹敵する美男子、美少女かと思ったのだ。

 こんなガキっぽいやつらに自分たちがベストカップル賞で負けたのかと思うと腹が立ってしかたがない。絶対に許さん。その幸せ、めちゃめちゃに壊してやりたいと思ってしまった。


 タヌキ少年はすぐに落ち着いて無言のまま、胸に手を当て王子に向かって静かに礼をする。

 そしてそっと横の少女に手を添えて優しげに笑いかけ、挨拶を促す。

 怯えていたタヌキ少女もその視線にうながされて、つたない仕草ながらもスカートをつまみ上げ身を低くして王子に礼を取る。

 その姿に女生徒たちが微笑み、理想のカップルを見るように幸せな気分で会場が一気にほんわかした気分に包まれたが、もちろんそんな空気は王子には読めるわけがない。


「おい辺境伯、名乗れ」

「国境のウエスト領からまいりましたトーマス・ウエストです。こちらは私の婚約者のラクーン男爵が一女ミミリアと申します。同窓として殿下に卒業のお祝いを申し上げます」

「おめでとうございます」

 何とも愛らしい声だった。会場には自分で自分の身体を抱きしめて身もだえする女生徒もいる。


 二人、再び頭を下げる。

「お前たちも卒業生か。トーマスと言ったな。先ほどの命令聞いていたな」

 会場の令嬢たちがハラハラする。令息たちも、さすがに一触即発の事態に緊張が隠せない。

「いいえ、聞こえませんでした。申し訳ありません」

「無礼だぞ。私は今ここのローズ・バランセットと婚約破棄をした。数々の愚行の罰として辺境に追放する。よって、お前とローズの結婚を命ずる。そっちのタヌキ娘とは婚約解消しておけ。お前もローズも辺境に引っ込んで二度と社交界に顔を出すな。これは王太子としての命令だ」


 ……


 タヌキ辺境伯は糸目の無表情で抑揚(よくよう)なく凡庸(ぼんよう)に返事する。


「お断りいたします」

「なにっ!」

 王子が目を剥いた。

「貴様、王命に逆らうか!」

 護衛のヤンチャーが帯剣の柄に手をかける!


「……王命ならもう出ています。ラクーン男爵家と共に、国境を守れと。僕はそれに従います」

「王太子の命に従わぬというか」

「はい」

「衛兵、反逆罪だ。捕らえよ」


 会場から王子の横暴に女生徒たちの悲鳴が上がるが、誰も動かない。

 当たり前だ。こんな学園ホールで行われている卒業パーティー会場の中に衛兵が控えているわけがない。だいたい身分の上では王子より辺境伯のほうが格が上だ。王の次に王子が偉いなどとどこの世界の常識か。こんな命令を聞く衛兵などいるわけ無かった。


「ヤンチャー、こいつらを捕らえよ!」

 激怒したヤンチャーがいきなり鞘ごと剣を抜いてタヌキ辺境伯に殴りつける! さすがにここでいきなり斬り付けることはしないらしい。

 辺境伯が倒れたところを押さえつけ……るつもりが、辺境伯は顔色一つ変えずに平然とその鞘に収まった剣の打撃を受ける! 微動だにしないその小柄な体にヤンチャーが驚愕する。

「貴様!」

 二打、三打する。だがまったく効いたそぶりがない!

 その打撃が横にいてあわあわするタヌキ令嬢にも向いたところを、辺境伯が令嬢を引き倒し覆いかぶさる。

「こいつ!」

 襟首をつかんで引きずろうとするが、動かない!

「逆らうか――――!」

 目を血走らせてヤンチャーがその丸めた背中を乱打するが、タヌキ辺境伯は動じない。


「なにを手こずっている! こんな奴に!」

 王子も令嬢に覆いかぶさってうずくまる辺境伯を蹴り上げる。

 だが辺境伯は動かない。生徒会全員でつかみ上げ、殴り、蹴っても、辺境伯はただ、泣きじゃくりながらもがく令嬢を守って身を丸めている。


「やめて――――!」

「ひどいわ!」

「なんてことを!」

 女生徒たちの悲鳴と抗議にも耳を貸さずに生徒会メンバーの暴行は続くが、辺境伯は動じないのだ。


「斬れええええ! 反逆者を許すな!」

 王子の絶叫についにヤンチャーは鞘を払ってその背中に抜き身の剣を振り下ろした!

 その光景を見て、会場の女生徒が何人も卒倒した。

 だが、辺境伯の服は切れて破れたが、血が吹き出したりはしなかった。

「突け! 刺すんだ!」

 王子の命令にヤンチャーが突きの構えをしたところで……。


「なにをやっておる!!!!」

 会場にとんでもない怒声が響いた!

 扉が開け放たれ、国王陛下、近衛騎士団長、そして学園長と近衛兵の一団が会場になだれ込んで来たのである!

「この馬鹿者があああああ!」

「ち、父上……ぐへあっ!」


 ナルシース王子が国王陛下に、ヤンチャーが騎士団長に、ぶん殴られて吹っ飛んだ……。




 ……パーティー会場の控室。

 国王にボコボコに殴られ鼻血も止まらず顔を腫らして正座で座らされている王子のナルシース。

 同じく騎士団長にロープで縛り上げられて吊るされているボコボコのヤンチャー。

 その横のソファーには魔法長官に拘束魔法をかけられ身動き一つできずに転がされている副会長のヘリクーツ。

 床には教会司教に神聖魔法で魂を一時的に抜かれ死体同然に転がる書記のガーリベンがそれぞれの親から尋問を受けていた。

 マリンリンは女騎士にさるぐつわを噛まされ、うーうー唸ってはいるが椅子にロープで縛り付けられている。


「……君たち、自分たちが何をやったのかわかっていないようですね」

 学園長の前王弟陛下が冷たく断罪する。

「生徒会費と王子経費の使い込みと横領。王命への反逆、王命の無資格行使。公爵令嬢への冤罪の捏造、辺境伯と護国男爵令嬢への暴行。どれも重罪ですぞ」

 その最悪な生徒会メンバーの親たちも一様にうなずいた。


「ま、ま、マリンリンは……関係ないでしょう?」

 この期に及んでまだ男爵令嬢の心配をする王子ナルシース。

「女騎士団に預け別に尋問させる。一つウソをつくたびに刑期を一年延ばすと厳命しておる。既に男爵にはこの娘を除籍させることを命じた。正直に洗いざらい吐くがよいぞ」

 国王陛下は冷たく言い、マリンリンは真っ青になり唸るのをやめた。


「で、ですがマリンリンがローズにいじめられていたのは事実……」

「まだ言うか。お前たちには騎士団、ローズ嬢にも女騎士団の護衛がついておる。お前たちはなぜか気づいておらんかったようだが、ローズ嬢にどんな罪を着せるか城下のレストランで口裏を合わせていたところまで全部報告が来ておるわ。ローズ嬢はいじめなど一切やっておらん、いや、その小娘に口をきいた事さえ無いのは騎士団の護衛要員が全員証言しておる。お前の作り話など裁判をするまでもないわ」


「ぐぉ、ぐぉえいわ、お、おでがやってたのに、ぬ、ぬぁんで……」

 王子の護衛をやっていた騎士団長子息のヤンチャーが骨折した顎でやっと吐き出したが、それをぶん殴った当人の騎士団長が忌々しげに答えた。

「お前就任して一度も報告を寄こさなかっただろう。怠慢もいいところだ。就任一か月で解任してあとは近衛騎士団で交代で陰から護衛、監視していたわ。交代で、だ。お前が王子の婚約者であるローズ嬢に暴言を吐いていたのも多くの者が証言しておる。全員が嘘をつくと思うか?」

 ヤンチャーが驚きに目を剥く。

「それに全く気付かないんだからお前はもう護衛として全く役に立っていなかったことを自分で証明しているようなもんだ。クソが」


 意識がないガーリベンを除いて生徒会全員、愕然(がくぜん)としたものである。

「当然だがローズ嬢に何の罪もない。婚約は白紙だ。いや、こちらから公爵に謝罪し賠償せねばこの件、おさまるまい。お前がいなくなればローズ嬢には結婚相手はいくらでもいる。そこは心配しなくてよい」

 王はあっさりと婚約を撤回した。


「おまけに最悪なことにトーマス・ウエスト辺境伯に手を出すとは、何たる身の程知らずだ!」

 国王が激怒する理由はまるでそれだと言いたげだ。

「な……なぜです。あんな弱い男が辺境伯でいること自体が問題でしょう」

 王子の問いに近衛団長が答える。

「ヤンチャー、お前、殴って、斬り付けて、それで(はく)をどうにかできたか?」

「は?」

「伯の一族の強さはその圧倒的な防御力だ。何者もかすり傷ひとつつけることかなわぬ。間違いなく我が国最強だ。だからこそ王都守護である辺境伯という名誉ある職務を代々任されておる!」

「し、しがし、あいづ無抵抗で一切手出しをしてごなかった……」

「お前たちなど弱すぎて相手にしていないということだ。なぜそれに気が付かぬ」

 国王がパンパンと手を叩くと、側近が部屋の外に出て行って辺境伯とその婚約者令嬢を呼びに行った。


 今日の被害者であるタヌキのカップルが入ってきた。国王陛下たちに二人、つつましく礼をする。

 斬られた制服を私服に着替えただけで、全くの無傷。茫然(ぼうぜん)とその二人を見る生徒会のバカメンバー。

 同じクラスだった副会長ヘリクーツは、そういえばこのタヌキ男、剣術授業でヤンチャーに無抵抗でボコボコに殴られ先生に止められたのに、次の授業、普通に出席してなかったか? と思い出した。もう遅いが。


「すまなかったトム、ミミ嬢。今日の非礼を詫びさせてくれ」

 王は小さく頭を下げた。本当は土下座して謝りたい。それを察して二人はそっとうなずきその謝罪を受け入れた。この件はこれで終わりだ。たぬき辺境伯は何とも思ってないらしくいつもの通りの顔であるし、ミミリア嬢もそっと後ろに隠れたままだ。


「おぬしたちは伯に助けられたのだぞ。むしろそれを感謝せよ」

「助けられた? 私たちが? なんで?」

「ミミリア嬢を殺そうとしたものは死ぬ」

「は?」


 あまりにも突拍子もない国王の言葉に王子たちが戸惑う。

「実は伯より嬢の能力のほうが何倍も恐ろしい。ミミリア嬢を殺そう、危害を加えようとしたものは必ず死ぬ。魔物でも、人間でも」

「いったいどうやって!?」

「わからぬ。不明なのだ。魔法なのかスキルなのか、加護なのか呪いなのか、とにかく嬢に危害を加えようとしたらその者はその場で死ぬのだ。辺境のドラゴン討伐で嬢にブレスを吐こうとしたドラゴンは口が開かずに頭が爆散した」


 近衛団長もそれを認める。

「嬢に突撃しようとしたマッドブルは方向を誤って崖から落ちたな」


 魔法長官も。

飛竜(ワイバーン)は竜巻に巻かれ地面に激突した。私たちも討伐に参加していたから驚いたよ」

「彼女を利用しようと誘拐した犯人は雷に打たれましたね。それも三人同時にです」

「暗殺を企てた者は間違って自分で毒があるほうを飲んだらしいな」

「酔っ払って彼女を突き飛ばそうとした男は吐しゃ物でのどを詰まらせて死にましたね」

 国王、騎士団長、魔法長官、教会司教に学園長がそれぞれが知るエピソードを披露する。


「ほとんどの魔物は伯と伯の兵団が対処する。近衛兵団さえ及びもつかぬ最強部隊だ。だが本当に危険な敵にはミミリア嬢も討伐に参加してもらうこともある。我が国が持つ切り札だ。だからこそ、伯とミミリア嬢の結婚は絶対だし、何者もそれを壊す事まかりならぬ。幸い、二人幼き時より仲睦まじく我らもそれを歓迎しておる」


 本当だとしたらなんと恐ろしい能力か。王子はとても信じられない。

「そんなのただの偶然じゃないか!」

「そう、偶然なのだ。いくら調べても何の関連も認められない。死に方もバラバラだ。だが、彼女を襲おうとしたものは必ず、どんな形でも絶対にその場で死ぬ。伯が覆い被さり嬢を守ったのは、お前たちを死なせないためだ」

「ありえない、嘘だ! 絶対何か仕掛けがある! そんな能力あるわけがない!」


 王子はわめいた。こんな奴らに負けたのだということをその高いプライドが認めない。

 国王も子息の親たちもあきれ果て、ため息ついてあきらめた……。



「ならば斬れ」

「は?」


「お前が嬢を斬れ。斬れたらすべての罪を許してやる。そこの男爵の娘も許してやろう。よいかな? トム、ミミ嬢」

 タヌキ令嬢、戸惑いながらもうなずく。なによりも婚約者であるトーマスを斬ろうとした王子たちが許せないのだ。そのまあるい黒目はかわいいが、ぷんすかとそれでも怒っているのは明らかだった。それを見て婚約者のトーマスもあきらめたように静かにうなずいた。


「ちょ、待って。私が死ぬじゃないですか?」

 あまりにもなんの危機感も感じていない二人に王子は恐怖した。

「そんなことでお前が死ぬわけ無いのであろう? やってみよ。これは王命だ。やらなければお前は廃嫡。お前も小娘も平民として市井に放り出す。後は好きにせよ」

 事実上の死刑判決であった。

 他の生徒会メンバーには言及しない。だが王子に対してもこの苛烈な処罰、他のメンバーが逃げられるわけがなかった。


「わ、私が死んだら代わりはいないじゃないですか」

「お前が心配することではない。そんなことはお前の廃嫡以前にとっくに決まっておる。それぐらい考えておいて当然であろう。いいからやれ」

 国王の命はにべもない。


「……ま、マリンリン……」

 王子が愛したマリンリンに問いかける。国王がうなずいたので彼女を拘束していた女騎士がそのさるぐつわを解いた。

「ナル様。お願い! やってみて! 私とあなたの未来のために!」

 椅子に縛られたままマリンリンは身もだえて、涙で潤んだ目で精いっぱい訴えた。

 王子はそのマリンリンの返事に驚愕した。

 この女、王子の命と、平民落ちを、天秤にかけやがったと!

 もうその場の全員が、「あーあーあーあー、そういうことか」と落胆した。


 そこで、教会司教がちょっと待ってと提案する。魔法長官も、騎士団長も。

「すみません。どうせやるなら神官を呼んで立ち合わせてください。何らかの加護がわかるかもしれません」

「魔法省の査察官も呼びましょう。魔法効果が観測できるかも」

「そうですね、あと黒魔術師なら呪いの判定もできるかもしれませんし」

「では早速準備にかかりましょう」

 ここで国王も一つ、思いついたようである。


「いやまて、一番大事な担当が欠けておる」

「どなたです?」

「医者」

「あー、そもそも王子の死因がわからないと意味無いですしね」

「ではそのように」


 四半刻後にはもう各部署の専門家がその場に集結した。

 国王陛下以下、全員が見守る中、愛らしいふくふくした少女のようなまあるい目でにらみつけるミミリア嬢の前に立たされた王子は、騎士団長に、「ほら、やれ」と剣を持たされた。


「い、いやだ――――――――っ!!」


 王子の絶叫がもう深夜の学園に響き渡った……。




           ―――――END―――――


 北海道ではエゾタヌキを見かけますが、たぬき夫婦はいつも仲良しでかわいらしいです。


 投稿翌日に日間100位以内にランキング入り、その後日間ランキング最高6位まで行きました! 誤字報告もありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
最後男爵令嬢がやって見てください!!って 堂々と叫んでたの草すぎる wwww え!?そんなに堂々と私のために死ね!っていうことあるんか!!!!!!!wwwwwwwwwwwww
ドラゴンがブレスを吐こうとして死んでるなら、たとえ守られていても切られそうになった段階で相手が死んでないとおかしくない?
タヌタヌカップルが全部持っていった。 王と王子の命もこれから持っていくし。 ところで、 >「酔っ払って彼女を突き飛ばそうとした男は吐しゃ物でのどを詰まらせて死にましたね」 は例示するには害意薄いよね。…
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