第六十一話:花の谷と成人の儀
アルヴィン・フォン・エルフェンライヒ公爵のエルフ式成人の儀、すなわち70歳の節目を祝う祝宴は、翌春、百花繚乱のエルフの谷で執り行われた。 主催は母と、その父である領邦君主。次期君主の従兄弟や、祖母も列席する、この上なく厳かな式典である。
「閣下、よくぞ予定通りにお戻りで。道に迷って間に合わないのではないかと、皆でハラハラしておりましたよ」 領主の侍従にそう迎えられ、アルヴィンは苦笑いを浮かべるしかない。 「彼の人はどうせ間に合わないし、迷ったりして余計な騒ぎを起こすだけだから、今回は呼ばなかったわ」 セシリアが事もなげに言い放つ。実の夫すら切り捨てる母の潔さに、アルヴィンは「相変わらずだな」と心中で苦笑した。
ロドルフとルピーネは、夏に控えた自分たちの結婚式と新居の準備に追われ、この地を訪れることは叶わなかった。だが、式に先立って二人からは心のこもった手紙が届いていた。 (二人には、去年もう祝ってもらったからね……) アルヴィンは正装の耳元で揺れる、白竜の牙をあしらった耳飾りにそっと触れた。彼にとっては、エルフの至宝よりも、あの冒険の記憶こそが「成人」の証にように感じられた。
エルフの王族の正装を纏ったアルヴィンの美貌は、まさに神々しいばかりだ。もっとも、周囲を見渡せば「絶世」の基準を軽々と超える高位エルフばかりで、本人としてはいつもより目立っていないつもりでいたが。
儀式では、成人を祝して代々の家宝が贈られた。 領邦君主である祖父からは、アーティファクト級の「エルフ王のマント」。高度な隠蔽と回避、さらには危機検知と自動回復の加護まで付与された、究極の守護具である。そして祖母からは、かつて祖父から贈られたという帝国の至宝、大粒のロイヤルブルーサファイアのペンダントが渡された。
「成人したからには、もう自分勝手にフラフラせず、一族の誇りを胸にしっかり励みなさい」 祖父と祖母の双方から、異口同音に「自覚」を促す説教を受け、アルヴィンはげんなりとする。
「……ところでアルヴィン。そろそろ隣にふさわしい方はいないのかい?」 従兄弟にそんな問いを投げかけられた瞬間、なぜか脳裏をよぎったのは、ダークシルバーの髪の勇敢な狼少女と、赤髪に優しいアンバーの瞳を持つ狼戦士の顔だった。 (……ありえないね) アルヴィンは軽く首を振って雑念を払う。このまま長居をすれば、祖父母の手によってお見合いの席を設定されかねない。
「そうだね、まあ、いつかは。でも今は魔道具の発明と、世界のどこかにあるという『悪魔の魔力の残滓』の調査に集中したいんだ」 (……早く帝都に戻ろう) アルヴィンは静かに決意した。この静謐とした森も悪くはない。だが、今の彼が求めているのは、もっと騒がしくて、温かくて、不器用な情熱に満ちた世界だった。
閲覧ありがとうございます
物語ももうすぐ完結です
続きが気になると思ったらブックマークやページ下部の☆を押して評価していただけると嬉しいです
作者の励みになります
感想やブックマークをいただけると手を叩いて喜びます




