第四十四話:竜香と白銀の光
家族の事を想った一瞬。 「……ルピーネ、会いたかったよ。愛しい子。こちらにおいで」 懐かしく、優しい声が響いた。 黒い霧の向こうから現れたのは、亡き祖母・ルチアの姿だった。記憶の中と同じ、慈愛に満ちたヘーゼルの瞳を細めて、優しく手を差し伸べる祖母に、ルピーネは意識が遠のくのを感じる。 「おばあちゃん……?」 ふらふらと手を伸ばそうとしたその時、ルークの鋭い声が鼓膜を打った。 「ルピィー、だめー!」
「気をしっかり持て! こいつは幻覚を使う。本人が一番見たいものを見せるんだ!」 アルヴィンが怒鳴るように叫ぶ。危ういところで正気に戻ったルピーネの真上に、悪魔の魔力の特大の一撃が落ちてきた。 「危ない!」 咄嗟に尋常じゃない速さで割り込んだロドルフが戦斧の刃でその攻撃を受け止めるが、衝撃波を殺しきれない。爆発音とともに、ロドルフの左腕が激しい炎に包まれた。 「ぐあああっ!」 「きゃああぁ、ロドルフ!」
「キュイイイー!」 空中を旋回しているルークが、必死にルピーネに何かを訴えかける。 「『竜香』を使えと言っているんだ!」 とアルヴィンが叫ぶ。ルピーネは、鞄から魔女からもらった香水瓶を取り出し、震える手でその栓を抜いた。瓶の口から、光の奔流がルークに向かって溢れ出す。
魔女が授けた秘薬は、竜の魔力を倍増させる「触媒」だった。白銀の光と紅い炎が螺旋を成してルピーネの手元に集束する。腰の紋様と指先がかっと熱くなり、ルークとルピーネの意識が完全に一つに重なる。集まってきた魔力のすべてを吸収して、ルピーネが母から受け継ぎ、アルヴィンが改良してくれた魔導スリングが、地獄の業火をも凌駕する高熱の弾丸を放った。
その燃える光の玉がクロケルの足元の『虚無』に着弾した瞬間、光の波動がその黒い穴を白く塗り替えていく。 「何だと……っ、これは……反転の、反転だとっ!?」 まだ空中に留まる『幸運の竜』の体は、山岳地帯全体を照らす太陽のごとく白銀に輝き、絶望の黒い霧を根こそぎ晴らしていった。低い断末魔とともにクロケルの姿は霧散し、後に残ったのは、魔力が抜け落ちて干からびた暗い沼の痕跡だけだった。
「……終わったんだな」 ロドルフが、無事な右腕でルピーネとルークを力任せに抱き寄せた。 「苦しいわ、ロドルフ! ああっ、大変、そっちの腕……酷い怪我よ!」 「いいんだ。ルピーネが無事でよかった。……今度こそ、お前を失うかと思った……」 ロドルフの瞳には、うっすらと水の膜が張っていた。
結局、ロドルフの左腕は、ルピーネの手厚い看護と、アルヴィンお手製の激臭の塗り薬、そして「守護のフィビュラ」の回復効果のおかげで最悪の事態を免れた。 「二、三週間もすれば、また元通りハルバードを振り回せるようになるよ」 アルヴィンの言葉に、二人はほっと安堵の笑みを漏らした。北の空には、かつてないほど清浄な夜明けが訪れようとしていた。




