閑話(ロドルフ):名前のない想い
ロドルフは男ばかりの四人兄弟の末っ子として、村の戦士の家系に生まれた。力こそが正義とされる狼獣人の社会で、幼少期から槍、剣、格闘技といった苛烈な戦闘訓練を受けてきた。実戦訓練の一環として、森の中で夜を過ごしたことも数え切れない。
二つ年下の族長の娘、ルピーネ。物心ついた時からいつも側にいた、シルバーグレイの髪とヘーゼルの瞳を持つ少女。黒や琥珀色の瞳が多い獣人には珍しいその色は、彼女の祖母からの隔世遺伝らしい。 いつも自分の後を追いかけてくる彼女を、ずっと妹のように守るべき対象だと思っていた。だが、彼女が十四、五を過ぎ、百合の花が綻ぶように美しさを増していくにつれ、ロドルフの心はざわつき始めた。
(あいつを、俺以外の誰かに触れさせたくない)
その独占欲が「恋」であるかどうかすら自覚せぬまま、例の「崖崩れ」と「懐妊」の騒動が起きた。 最初に噂を聞いた時は、どこかの男に無理やり乱暴されたのかと思い、怒りで血が沸騰した。しかし、どうも様子が違う。もしや外に想う男がいたのかと考えた途端、今度は鈍い痛みが胸を刺した。 だが、ルピーネの腹が大きくなり、村人から疎まれ孤独に耐える姿を見る中で、ロドルフは己に問いかけた。 「本当の事情がどうあれ、俺はあいつを失っていいのか」 答えは否だった。
成人の儀の夜。三日月型の銀のフィビュラを押し付けるように手渡し、闇に消えていった彼女の背中を見た瞬間、ロドルフの心は決まった。 「俺はルピーネを死なせたくない。この気持ちに名前はいらない。今まで通り、ただ、あいつを守るだけだ」
彼は手に馴染んだハルバードを掴んで、迷いなく夜の森へと足を踏み出した。




