第三十七話:『竜の物語』と『虚無』の伝承
「あんたは一人っ子かい?」 魔女の問いに、ルピーネが頷く。 「ルチアも一人娘だった。竜の血のせいだろう」 ルピーネは耳をぴくりと動かした。 「多産な獣人と違って、竜は一生に二、三個の卵しか産まぬ。竜の魔力はあまりに強大で、受け入れる母体を選ぶからな」
ルピーネは服を少し捲り、腰の紋様のようなアザを見せた。 「これも……その証なんでしょうか」 「『竜の物語』か……。これは竜人の鱗と狼の三日月が混ざり合った、あんただけの紋様になっておる。月の部分は竜人族の船のようにも見えるの」
魔女は目を細めてその紋様を指でなぞった。 「この紋様は、あんたとその白竜の魔力、そして意識を繋ぐ回路になっておる。あんたらの魔力の波長が完全に同化すれば色は薄くなり、最終的には完全に消えるかもしれん」 アルヴィンが興味深そうに身を乗り出した。 「では、獣人であるルピーネが僅かでも魔力を使えるのは、彼女自身の素養ではなく、ルークと同調しているからなのですか?」
「両方じゃな。竜の血筋という土壌があったからこそ、この娘の魔力が芽吹いた。……ところで、ルークはもう喋るかな?」 「ええ、少しだけ……。自分のことをルーと呼んだり、私たちの名前を呼んだりします」
クレメンティアは満足げに頷いた。 「リントヴルムは知性が高い。成獣になるには十年ほどかかり、性別が決まるのも何年も先だろうが、言葉を覚えるのは早いぞ。北の山岳とその麓の大森林は、何万年も前から続く魔力の循環がもっとも濃い土地だ。古竜は山の頂に近い崖地に住み、その力で『竜脈』という魔力の源泉を守っているそうだ。この子の仲間が見つかると良いのう」
その時、ルピーネの指先が不自然な熱を帯びた。無意識に指を鳴らすと、小さな、しかし驚くほど明るい「火」が灯る。 「あら……? 私、火の魔法なんて使ってないのに」
「それは、あんたの血による竜の残り香だろう。古竜の住まう地へ近づくほど、その火は強くなる。……忘れるでないぞ。その火は、『虚無』を照らす光になるかもしれんからな」
「『虚無』とは、なんなのでしょう」 ルピーネの問いに、魔女の表情が険しくなる。 「『虚無』は、すべてを無に帰してしまう闇だと言われておる。古い文献によれば、『虚無』は古の魔力が反転して生まれ、成長すれば周囲のすべてを飲み込む底なしの穴となるという」
魔女の不気味な予言に、ロドルフはルピーネの肩を力強く抱いた。 (何があっても、俺が守る。……ルピーネも、ルークも)
「ちょうど晴れた。これ以上待てばまた天候が悪化するぞ。もう出発するが良い」 外では吹雪が止み、雲の切れ間から、目指すべき北の峻険な山々が太陽に照らされて白銀に輝いていた。
クレメンティアはルピーネの手のひらに、小ぶりの香水瓶のようなものを置いた。 「これをやろう。『竜香』という魔女の秘薬だ。必要な時には、その白竜が使い方を示してくれるだろう」




