第三十六話:樹氷の魔女と竜人の末裔
雪原を北上すること十日。針葉樹が樹氷を纏い、まるでお伽話の世界のような静寂に包まれた「常冬の森」へと一行は足を踏み入れた。 「この先に、『樹氷の魔女』と呼ばれる高名な魔女が住んでいるはずなんだ」 アルヴィンは地図の一点を示す。 「陛下からも、北の大森林に行く前には必ず彼女の居所に立ち寄れと言われていてね」 馬橇に揺られていたルピーネは、その言葉に驚いて耳を立てた。
森の奥深く、寄り添うように立つ二本の巨木の幹の合わせ目に隠れるようにして、ひっそりと佇む石造りの館。そこが魔女の家だった。 「『樹氷の魔女』クレメンティア。気難しい隠者と言われているけれど、僕は陛下からエルヴィン大公の紹介状を預かっているからね」
現れたのは、70歳前後に見える、美しい銀髪を蓄えた婦人だった。しかし、年齢を感じさせない鋭い眼差しと隙のない身のこなしが、彼女が高名な魔女であることを物語っている。 「エルヴィン公とは、懐かしい名だね……」 手紙をさっと眺めた魔女が呟く。
招き入れられた居間の壁には、一面に樹氷のようなガラスや氷柱のような鏡が飾られていた。不思議と寒々しさは感じない。一行は暖炉の前の応接セットを勧められ、アルヴィンが贈った高級な茶葉で淹れた紅茶を彼女と共に楽しんだ。
クレメンティアはルピーネと、その肩に乗るルークをじっと見つめた。 「『幸運の竜』とは珍しいね。アタシも初めて見るよ……。竜を連れた娘、そしてその髪と瞳。あんた、もしかするとルチアの孫娘だね」 「祖母とお知り合いなのですか? そんな話は一度も聞いたことがなくて。祖母は私が5歳の時に亡くなってしまったので……」 「ルチアの両親とは、若い頃に知り合ってね。そうか、ルチアも死んだのか……。手紙が絶えて久しいので、そうかとは思っていたが。あの娘は、自分の血筋とその瞳の話をあんたに伝えていないようだね」
「血筋……? 私は狼獣人の娘だと聞いて育ちました」 ルピーネが答えると、魔女は小さく首を振った。 「それはあんたを守るためだったのだろう。ルチアの父ルチウス……あんたの曽祖父は、この大陸の者ではない。『竜人の国』から船で渡ってきた、竜人族の末裔だったのさ」
その言葉にロドルフが息を呑み、アルヴィンは「なるほど、それで……」と深く頷いた。 「竜人族。古の竜の血を継ぎ、人と同じ姿をしながら竜の魔力を操れるという、伝説の種族ですね」
「その通り。ルチウスは血族と別れて流れ着いた獣人の村で、狼獣人の娘と出会い、恋に落ちた。だが、竜人は伝統的に狼の種族とは相性が悪い。アタシには同族嫌悪としか思えないけどね。だからルチウスは、僅かに残った竜人の血の証である自分の角を折ってまで、獣人として暮らすことを選んだのさ。戦火を避けて移民として渡ってきた地で、新たな諍いの元にはなりたくなかったのだろうな」
「狼獣人には珍しい、お前さんのヘーゼルの瞳は、ルチウスと、その娘のルチアにそっくりだ。……そのあんたが、どうしてそのリントヴルムの子供を連れているのか、教えてくれるかい?」 魔女の言葉を聞いたルピーネは、壁の鏡に映った自分の瞳をじっと見つめた。ルークの瞳ともよく似たその色は、世代を越えて受け継がれた密やかな「竜の証」だったのだ。
ルピーネの話を、銀山での出会いからルークの誕生まで一通り聞いたクレメンティアは、深いため息と共に呟いた。 「ルチアは、あんたが竜の卵を拾うなんて露ほども思わずに逝ったことだろう。でも、死にゆく母竜は、あんたに古の竜の血が流れていたからこそ、大切な我が子の『揺籠』として託したのだろう。……誰も予見できなかった、血が呼び寄せた運命、か」




