第四話:成人の儀と別れの決意
ロドルフの18歳の成人の儀は、新月の晩に執り行われた。 狼獣人の村にとって、成人は群れの一員として正式に認められる神聖な儀式だ。広場では大きな焚き火が焚かれ、ルドルフと、この春に同じく誕生日を迎えた新成人たちが、獣の皮を纏って力強い踊りを披露する。
ルピーネは、その喧騒から離れた暗がりにいた。肩には、生後二ヶ月を経て少し大きくなったルークが静かに止まっている。 「……ルーク、静かにね。見つかったら騒ぎになるから」 ルークは理解したように、ヘーゼルの瞳を細めてルピーネの髪に鼻先を埋めた。
儀式の終盤、長老から祝福を受けたロドルフが、誇らしげに戦士の列に加わる。その胸元を、村の娘たちが贈った色とりどりの花が飾っている。ルピーネは胸の奥が少しだけ疼くのを感じながら、懐に忍ばせた小さな箱を握りしめた。 鍛冶屋の老爺が心血を注いで打ってくれた銀のフィビュラ。奇しくも三日月をかたどったそれは、月の光を反射して鋭く、美しく輝いている。
(今なら、渡せるかもしれない)
宴が最高潮に達し、人々の目が焚き火と娘たちの踊りに向けられた隙に、ルピーネは裏道を回ってロドルフを呼び出した。 「ロドルフ!」 暗がりから呼び止められたロドルフは、驚いた顔で振り返った。 「ルピーネ……どうして。お前、村の奴らに見つかったら……」 「わかってる。これ、渡したかったの。……成人の、お祝い」
ルピーネは無理やり箱を彼の手に押し付けた。 「帯飾りは贈れなかったけど。それ、銀山で掘った銀で作ったの。あなたの命を守ってくれるようにって」 ロドルフが箱を開け、銀の輝きを目にした瞬間、彼の瞳が激しく揺れた。 「お前……あの日から、ずっとこれを……」
しかし、感動の時間は長くは続かなかった。 「おい、そこで何をしている!」 松明を持った村の男たちが、二人を見つけた。光の中に浮かび上がったのは、ルピーネと、その肩にいる「魔獣」の姿だ。
「族長の娘が、戦士に呪いをかけようとしているぞ!」 「その化け物を村から出せ!」
罵声が飛び交い、誰かが投げた薪がルピーネの足元で火花を散らした。ルークが怒ったように喉を鳴らし、その瞳が赤く輝き始める。彼の周囲にパチパチと小さな雷光が走り、空気が震えた。
「だめ、ルーク! やめて!」
ルピーネは必死にルークを抱きしめ、魔法を抑え込んだ。幸い被害は出なかったが、村人たちは恐れ慄いた。父である族長が急いで間に入ってその場は収まったものの、投げかけられる視線には明確な「排除」の意志が宿っていた。
その夜、ルピーネは決意した。 このままでは、父の地位も危うくする。そして何より、ルークが自分の力を制御できず、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
「行こう、ルーク。私たちの居場所は、ここにはない」
ルピーネは必要最小限の荷物をまとめ、使い慣れた剣を腰に帯び、幼い頃母に編んでもらった投石器を懐に入れる。両親には書き置きを残した。 新月の深い闇に紛れ、彼女は村の境界線を越える。
(お父さん、お母さん、ごめんなさい。今までありがとう。ロドルフ、さようなら。銀のフィビュラが、あなたを守ってくれますように)
振り返らずに森へ足を踏み入れたルピーネ。しかし、背後の草むらがわずかに揺れた。
(馬鹿たれ。独りで行かせるわけないだろう)
ルピーネに気づかれないまま、戦斧を背負ったロドルフが、闇に紛れて追いかける。




