閑話(アルヴィンの祖父母):氷の乙女の婚姻
今から約百年前。後の皇帝である若き皇太子フィリップは、エルフの国家『エルフェンライヒ』との国際条約締結のため、帝国の代表としてその地を踏んだ。そこで彼が出会ったのが、シルバーブロンドの美しい髪を持つエルフの令嬢、エルナだった。
「人間というのは、これほどまでに直接的に想いをぶつけるものなの?」 数百年の時を、平穏を重んじて過ごすエルフにとって、情熱を隠さない皇太子の求愛は、嵐のように激しく、そして抗いがたい魅力に満ちていた。 「私の国へ来てくれ。君を私の宝として、生涯の伴侶としたい」 フィリップが繰り返した言葉に嘘はなかった。しかし、人間の「生涯」の定義と、帝国の「婚姻」のあり方が、エルナの常識とはかけ離れていることを、当時の彼女は知る由もなかった。
結婚して一年。二人の愛の結晶であるエルヴィンを出産し、待望の長子誕生の喜びに皇宮内が沸く中で、エルナは衝撃の事実を知ることになる。 「……正妃ですって? あの人に、この私以外にも妻がいるというの?!」 フィリップには、早くに政略で婚姻を結んだ病弱な妻がいたのだ。
皇族にとって後継者の確保は切実な問題である。療養中の正妃を置いて、子の産める第二妃を求めることは、人間の貴族社会においてはなんら責められる筋合いのことではなかった。だが、「唯一」の相手とその長い生涯を共にするのが常のエルフとして育ち、フィリップに純潔と一途な愛を捧げてきたエルナにとって、その状況は「汚らわしい裏切り」以外の何物でもなかった。
「私はあなたの所有物ではない。愛の安売りは御免よ」 怒り狂った彼女は、生まれたばかりの我が子を抱き上げると、強大な魔法で皇宮の門を粉砕。追いすがる皇太子の足元を氷の魔法で凍りつかせ、そのままエルフの国へと帰還してしまった。これが、帝国史上「最も短期間で終わり、最も激しい結末を迎えた国際結婚」の真相だった。
ハーフエルフとして生まれたエルヴィンは、耳こそ尖り気味だったものの、黒髪にサファイアブルーの瞳という、父フィリップの特徴を強く受け継いだ赤ん坊だった。エルフの国で育てるには目立ちすぎるという配慮もあり、その数年後、フィリップの必死の嘆願とエルナの両親による取りなしによって、エルヴィンは帝国へと戻されることになった。 強大な魔力を持ち、優れた資質を備えた皇子であった彼は、皇宮で帝王教育を受け、のちに皇太子として立太子されることになる。




