第三十話:皇族の秘密と北の異変
皇帝ラインハルトは、困惑するルピーネとロドルフに立つよう促し、温かい、だが心の奥まで見透かすような鋭利な眼差しで二人を見つめた。 「ここでは話しにくいな。叔父上、余の書斎に行こう。そなたらも一緒に来てくれ」
一行はラインハルト専用の書斎に移った。その美貌が豪華な内装に完璧に似合ってしまっているアルヴィンは、皇帝の机の向かいにある椅子にさっさと腰掛ける。ルピーネとロドルフは、これまで見たこともないような上質なソファを勧められ、居心地が悪そうに隣り合って座った。
「楽にしてほしい。どこから話そうか。まず、どうして叔父上に来ていただく必要があったか、からかな。実は、帝国の北の地で深刻な異変が起こっている」 ラインハルトはルピーネたちに向き直った。 「これは公然の秘密というか、知っている者も多いのであえて伝えるが、我が一族、帝国の皇族には三代前からエルフの血が入っている。叔父上は前皇帝である私の父の、腹違いの弟だ。父や私は叔父上に比べればエルフの血は薄いが、それでも魔力の恩恵は大きく、祖父、父、私の三代にわたる治世下で帝国の政情は安定し、類を見ない繁栄を享受してきた。……だが今、その繁栄を終わらせるかもしれない『異変』が北から忍び寄っている」
「最初に異変を感じたのは祖父だった」 ラインハルトはそう言って、壁に掛けられた巨大な大陸地図を指し示した。その北の果て、人跡未踏の山岳地帯へと続く大森林の場所に、赤いピンが刺さっている。
「僕の父である前々帝エルヴィン大公のことだ。ハーフエルフで、リヒャルト前皇帝――僕の兄の父親でもある」 アルヴィンが二人のために補足する。 「そう、祖父大公も父前皇帝もご健勝だが、世俗を離れた帝都東の離宮で、それぞれ隠居しておられる。生来の容姿の良さもあり、公の場に出れば民に無用の混乱を招くからな。何せ、90歳と70歳を超えているのに、せいぜい四十代の美丈夫にしか見えんのだ。女性たちが騒いで困る」 皇帝はアルヴィンに似たサファイアの瞳を細めて苦笑した。 ロドルフは、アルヴィン似の超絶美形な皇族たちに囲まれる光景を想像し、背中に嫌な汗をかく。 (エルフの血、怖っ!)
「……話を戻そう。北の果て、世界の魔力の源泉とされる大森林で、魔力の循環が止まりつつある。植物は枯れ、魔石は輝きを失い、原因不明の『虚無』が広がり始めているのだ。このままでは十年を待たず、帝都にある幾多の魔導装置も沈黙してしまうかもしれん」 皇帝の顔に深い陰が差した。
ラインハルトが大地図で指し示した箇所は、奇しくもルピーネたちが探している「リントヴルム」の目撃例があるという、北の山岳地帯の麓に広がる深い森だった。




