第二十五話:琥珀の酒とエルフの艶
帝都の片隅、中心街の喧騒から離れた路地裏にある酒場。 お説教兼快気祝いと称してアルヴィンに連れられてきたロドルフは、目の前に並んだ琥珀色の蒸留酒を、一気に煽った。
「……悪かったよ。初めて遭遇する魔物に対して、準備が不足していた。もうこんなヘマはしねえ」 「そうだね、功を焦った事を反省して、次回に活かすべきだ。でも、ルピーネを庇って毒液を被ったって聞いたよ。実に君らしいね」
ロドルフは鼻を鳴らした。 「……ふぅ。別にいいだろ。反省はするよ。で、結局何なんだよ。あんた、俺たちに良くしてくれすぎだ。会ったばかりの新人冒険者にエルフのマントをやったり、気軽に武器や防具への魔法付与をしたり、普通ありえねえだろ」
アルヴィンは、細長い指先でグラスの縁をなぞりながら、楽しげに目を細めた。 「いいじゃないか、先行投資だよ。僕は帝都に用があって、呼び出しを待つ間の退屈しのぎを探してたし。君たちは興味深いし、ルーちゃんも可愛いしね」 「ルーちゃんって、ルークのことだよな……?」 「どうかなぁ。どっちも、かもね?」
ニンマリと笑うアルヴィンに、ロドルフは顔をしかめた。 「確かにあいつらは可愛いけどよ……その言い方は気に食わねえな。ルピーネは、妹みたいなもんなんだ」 酒が回ってきたのか、ロドルフの口が軽くなる。 「俺は四人兄弟の末っ子でさ。隣の家にあいつが生まれて、本当の妹みたいで、可愛くて、嬉しかったんだ。一人ぼっちになりがちなあいつを、俺がずっと守ってやるんだって思ってた……」
ロドルフはグラスに残った氷を回した。 「村の連中に距離を置かれてるルピーネを見るのは嫌だった。でも、俺だけを頼ってくれるのは……正直、嬉しかったんだ。なのに、あの妊娠騒動のとき、俺は何もできなかった。あいつが一人きりで村を出ていく決意をするまで、ただ見てることしか……」 「……」 アルヴィンは黙って聞き役に徹している。
「ルピーネは強いよ。どんな辛い思いをしても一人で立ち上がって、今じゃ立派な冒険者だ。俺は、あいつを尊敬してる。だから……」 「だから、君の大切な『妹』を僕が貰っちゃおうかなって言ったら、怒るかい?」 唐突なアルヴィンの言葉に、ロドルフの動きが止まった。 月光を浴びた神像のように美しいエルフの横顔が、挑発的に微笑んでいる。
「……何言ってんだ。あんた、エルフならジジイ、人間なら未成年のくせに」 かろうじて悪態をつく。 「おや、手厳しいね。エルフの成長は特殊だけど、生殖活動は人間と同じ年齢ぐらいから可能だよ。僕くらいの歳なら、エルフとしては全盛期に入ったところだ。子供がいる者だっている」 「せい、しょ……っ」 ロドルフは激しく動揺した。ルピーネを襲ったあの「騒動」のショックが脳裏をよぎり、耳まで赤くなる。
「……っ、俺は! 別にあんたみたいな男前じゃなくても、あいつを大切にして、ちゃんと守ってくれる奴なら、誰だっていいんだ!」 絞り出すような叫びは、自分自身に言い聞かせるようでもあった。 アルヴィンはふっと立ち上がり、カウンターにもたれかかった。しなやかな指先が、ロドルフの火照った頬をゆっくりとなぞる。
「ロドルフは本当に、いい男だね。……でも、彼女に負けないくらい、君も可愛いってことも自覚した方がいいよ」 至近距離で見つめてくるエルフの瞳は、まるで群青の空に星が瞬いているようで、罪深いほどに妖艶だった。ロドルフは呼吸を忘れ、金縛りにあったようにその場に固まってしまった。
その夜、酔い潰れたロドルフを抱えたアルヴィンが宿に戻ってきた時には、もう空は白み始めていた。 (しまったな、道案内ができるぐらいには、手加減するべきだったか……)




