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第73話、建業脱出

趙雲は、諸葛亮から託された小さな錦の袋を解き、中を確かめた。そこには簡潔な一文が記されていた。


曹操襲来


諸葛亮は、呉が劉備の荊州への帰還を阻むことを予期していた。そして、劉備を動かすための策を授けていた。

趙雲はその一文を見て、かの軍師の鋭さに感嘆した。しかし、その策には納得する気持ちも確かにあったが、同時に不安も拭い去ることは出来なかった。

護衛としてすぐ傍から見ていて、それほどまでに劉備は呉の与えた生活に溺れ、緩みきっているように見えていた。


(曹操襲来を告げたとて、劉備様はこの快適な生活を振り払えるのだろうか…。)


翌朝、趙雲は劉備の寝室へと急いだ。安楽な建業での生活に慣れつつあった劉備はまだ眠たげな様子だったが、趙雲の切迫した表情を見て身を起こした。


「趙雲、どうした? 何かあったのか?」


「劉備様、荊州より急報が入りました。曹操軍が再び国境に迫っているとのこと。一刻も早くお戻りになり、指揮を執っていただかねばなりません。」


趙雲は諸葛亮の策を受けて偽りの急報を告げた。固い顔で告げられたどこか不安げなその声は、劉備の耳には、彼の緊迫感がこもっているようにも聞こえた。


「なんだと!曹操が動いただと!?」


劉備はその報せに顔色を変えた。建業での穏やかな日々は一瞬にして吹き飛んだ。荊州の危機、残してきた家臣たち、そして民の顔が脳裏をよぎる。趙雲の懸念は杞憂だった。


「すぐに戻るぞ。趙雲、出立の準備を!」


劉備が慌ただしく出発の準備を整えていると、そこへ新妻の孫尚香が駆けつけてきた。


「あなた様、荊州へお戻りになると聞きました!真でございますか?」


「尚香、すまぬ。曹操めが迫ってきているのだ。そなたはしばらく母君のもとへ戻っていてほしい。」


「いいえ!」


孫尚香は、きっぱりと言い切った。


「妻である私が、夫の危機に黙ってここに残っているわけにはまいりません。私も、お供させていただきます。」


彼女の瞳には強い決意が宿っていた。劉備は彼女を危険な目に合わせることを躊躇ったが、孫尚香は決して譲らない。

さらに、亡き麋貞のことが脳裏を過る。自分の知らないところで何度も辛い目にあっていた亡き妻。再会した時に、これからは自分の手で守ると誓ったはずなのに、結局最後を看取ることすら出来なかった。

愛するものは今度こそ己のそばで守る。そんな想いも背中を押して、劉備は孫尚香の同行を認めることにした。


劉備は急ぎ呉国太のもとを訪れ、孫尚香と共に建業を離れること、そしてこれまでの感謝を告げた。彼女は急な出立に驚いている様子だったが、優しく二人の旅立ちへの理解を示してくれた。


しかし、劉備一行が建業の城門まで来ると、孫権から遣わされた将が彼らの前に立ちはだかった。


「劉備殿、お待ちくだされ。このような急な出立は知らされておりません。ここを通すわけにはいきません。」


「なにを申すか。我が領地の危機なのだぞ。道を開けよ!」


劉備が声を荒らげるが、周瑜からの密命を受けているのか彼らは譲らない。一触即発の空気が流れる。


事を荒立てたくはないが、しかし猶予はない。力尽くで押し通るしかないか…?趙雲が逡巡していると、その時、両者が睨み合う前に呉国太が喬国老を伴って現れる。


「やはり、公瑾(周瑜の字)が手を回していましたか…。あの子は伯符(周瑜の義兄弟であり孫権の実兄、亡き孫策の字)の思いにこだわりすぎるのが困りものですね…。」


彼女は少し寂しそうな声で呟くと、城門を守る将たちに毅然として告げた。


「尚香は我が娘、劉備殿は我が婿である。我が子らの行く道を妨げることは、この呉国太が許しません。門を開けよ!」


国母として慕われる呉国太の宣言に門を守る将たちは逆らえず、劉備一行はようやく建業を出発することができた。


「劉備殿、娘を頼みますよ。」


呉国太は建業の城門のしたで、一行の姿が見えなくなるのをずっと見守っていた。


やがて長江を遡上して領境の近くまで来ると、今度は水軍を率いた一団が劉備たちの行く手を阻んでいた。幅の広い長江を封鎖するように展開されたその陣形をみるに、彼らが建業からの指示で動いているのは明らかだった。


趙雲の武勇は一騎当千といえども、船上では分が悪い。手勢は僅かであり、これを突破するのは不可能に思えた。


「ここまで来て、帰れぬのか。」


劉備が天を仰ぐ。すると、彼の妻である孫尚香が臆することなく船の先頭に立ち、正面の船団に向かって、凛とした声で言い放った。


「無礼者め。主君の妹に刃を向けるとは良い度胸だ。なれど、この私の行く手を阻む者は万死に値すると知れ!」


さらに、彼女が連れてきた百人あまりの武装した侍女たちが一斉に弓や剣を構え、眼前の船を睨みつける。その猛々しいまでの気迫と、孫権の妹という権威の前に、対する将は気圧され、攻撃をためらってしまった。


「道を開けよ!」


孫尚香の一喝に、船団はおずおずと道を開けた。

劉備は、唖然としてその光景を見ていた。自分の新しい妻は、どうやら思っていた以上に胆力があり、頼りになるようだ。


こうして、諸葛亮の策と、趙雲の忠誠、そして呉国太の想いと孫尚香の活躍によって、劉備一行は、危うく呉の安楽と陰謀の内に囚われるところを脱し、無事に荊州への帰路につくことができた。


劉備は改めて諸葛亮の見識の深さと趙雲の忠義に深く感謝した。そして、隣で勝ち誇ったような顔をしている新妻の姿にも、苦笑しつつ感謝した。


同盟相手でありながら彼らを取り込もうとする呉の強かさ、そして露わになった益州攻略の野心。曹操に対して協力した両者の間には、それぞれの立場によるズレが僅かに生じ始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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