第4話、黄巾での日々
劉備、関羽、張飛の下に、お調子者の陳が加わったことは、彼らのグループに小さくない変化をもたらした。陳は、その身軽さと口のうまさで、野営地の中を駆け回り、様々な情報を仕入れてきた。
「兄貴! 東の林の先に、まだ手付かずの畑があるって噂でさぁ!」
「大変でさぁ! 官軍の斥候が近くまで来てるって話が!」
「へへ、見てくだせえ、兄貴! どっかの金持ちが隠してたらしい、年代物の良い酒でさぁ!」
陳がどこからか調達してくる酒や、時には干し肉などのマシな食料は、常に飢えと隣り合わせの仲間たちのささやかな喜びとなった。彼の持ってくる情報は、食料調達や身の安全を守る上で貴重であり、劉備たちが他の寄せ集めのグループよりも一歩先んじる助けとなった。
劉備は、自然発生的に集まった十数名の「部下」たちをまとめ、日々の活動を組織し始めた。見張りの割り振り、食料調達隊の編成、そして、ほんの真似事ではあるが、武器の扱い方や簡単な連携動作の訓練もどきも行った。
「いいか、ただ闇雲に突っ込むな! 周りをよく見て、仲間と声を掛け合え!」
劉備自身、戦いの経験など皆無に等しい。だが、必死に考え、指示を出す。その言葉には不思議と人を従わせる響きがあった。
関羽は、多くを語らずとも、その存在感で規律を保った。時には、部下たちの前で、懐から取り出した『春秋左氏伝』を読みふけり、独特の威厳を示した。また、木切れを手に、無駄のない鋭い型を黙々と繰り返す姿は、彼の武芸の腕前の一端を窺わせ、部下たちの畏敬の念を集めた。
一方、張飛は、その(演技による)粗暴さと迫力で、怠け者や規律を乱す者を容赦なく叱咤した。
「てめえら! 何をぐずぐずしてる! やる気がないなら失せろ!」
彼の怒声は効果てきめんで、だらけた空気を一瞬で引き締めた。それは、彼がかつて「良い子」でいることを強いられた反動なのかもしれない。規律を守らず、真面目に己の役割を果たさない者に対して、彼は特に厳しい一面を見せた。
三人の個性と、陳の情報収集能力がかみ合い、劉備の班は、他の烏合の衆とは明らかに違うまとまりを見せ始めた。他の班よりも効率的に食料を確保し、無用な争い事を避け、比較的安全に過ごすことができた。
野営地の中でも、「あの劉備って班は、少し違うらしい。」「関羽様と張飛様は、やっぱり本物の豪傑だ。」という評判が、ハッタリだけではない、確かなものとして広まりつつあった。
だが、問題がなかったわけではない。集まった者たちは、元々が食い詰めた流れ者やごろつきだ。規律を守らない者、盗みを働く者、仲間内でいさかいを起こす者も後を絶たない。
劉備は、彼らをどう導けばいいのか、頭を悩ませる日々が続いた。力で押さえつけるだけでは、心からの信頼は得られない。しかし、甘い顔ばかりしていては、集団はすぐに瓦解してしまう。
(人をまとめるというのは、これほど難しいものなのか…。)
そんなある日、班の中で次の略奪計画が持ち上がった。近くの比較的裕福な村を襲い、食料や物資を奪うというものだ。
多くの者が、久しぶりの「稼ぎ時」だと色めき立つ中、一人の若者が沈んだ顔で劉備に近づいてきた。年の頃は劉備と同じくらいだろうか。どこか知的な雰囲気を漂わせているが、その表情は深く苦悩に沈んでいる。名を李といった。
「劉備殿…お尋ねしたいことがあります。」
「李殿か、どうした?」
「我々は…これからまた、村を襲うのですか? 女子供もいるような村を…。」
李の声は震えていた。彼は元々、太平道の「黄天の世」という理想に共感して参加した口だった。だが、目の当たりにする現実は、略奪、暴力、そして飢えた者同士の醜い争いばかり。
「こんなことを続けて…本当に、張角様の言われるような、民が幸せになる世が来るのでしょうか? 我々は、ただの賊徒に成り下がっているだけではないのでしょうか?」
李の言葉は、劉備の胸の奥に突き刺さった。自分自身も、略奪に参加するたびに感じていた罪悪感、そして疑問。腹いっぱい食べられるようになったとはいえ、やっていることは紛れもない悪事だ。
(俺は…何のためにここにいるんだ? ただ、食うためだけか? それなら、ただの賊と何が違う?)
李に、劉備はすぐには答えられなかった。
ただ、「…俺も、考えている。」と答えるのが精一杯だった。
劉備たちの班は、黄巾賊という混沌の渦の中で、確かに形になりつつあった。リーダーとしての劉備、それを支える関羽と張飛、彼らを慕う陳と仲間たち。だが同時に、劉備の中には新たな、そしてより根源的な問いが芽生え始めていた。
(張角様は…どう考えておられるのだろうか…。)
太平道の指導者は、この現実をどう捉え、どこへ導こうとしているのか。劉備は、張角という人物をもっと知りたい、直接話を聞いてみたいという思いを、強く募らせていくのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
班として動き始めた劉備達。しかし一方で、太平道の掲げる理想は薄れていく。
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