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第39話、鬼神墜つ

〜第二部:寄寓と葛藤〜

第4章:雌伏の時

開始です。

曹操のもとを訪れた劉備一行を、曹操は意外なほど歓迎した。そして、呂布の籠もる下邳攻略に劉備達も参戦することとなった。


曹操軍は下邳城を幾重にも包囲し、じっくりと圧力をかけ続けていた。沂水・泗水の水を引き込み、城は半ば水浸しとなり、城内の士気は著しく低下していった。


だがある日、唐突に下邳の城門が開き、呂布が突撃を仕掛けてきた。

曹操軍の陣は、一瞬にして混乱に陥った。呂布の戟が閃くたびに兵士たちが薙ぎ払われ、血飛沫が舞う。恐怖に駆られた兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。陣形は崩れ、指揮系統も麻痺しかける。


「そこまでだ、呂布!」


その混乱の中、呂布の前に張飛が立ちはだかった。その瞳は、下邳での屈辱を晴らすという燃えるような闘志が宿っていた。


呂布は構わずに戟を振るった。凄まじい風圧と衝撃。耳をつんざくような轟音。だが、張飛は退かなかった。歯を食いしばり、全身全霊の力を込めて、その一撃を受け止めた。

張飛の体は数歩後退したが、倒れはしなかった。そして蛇矛は、なおも彼の手に握られていた。


呂布の動きが、ほんの一瞬、止まった。彼は自分の一撃を受け止めた張飛を、驚きとも警戒ともつかぬ、鋭い眼差しで見据えた。


「…ふん。」


呂布は短く鼻を鳴らすと、それ以上の戦いはせず、再び城内へと引き返していった。

張飛は去っていく呂布の背中を見送りながら、まだ痺れの残る腕をさすった。勝てはしなかった。だが、確かな手応えがあった。


長く不思議な張飛と呂布の因縁は、しかしそれで幕を下ろす。その突撃が、鬼神・呂奉先の最後の輝きとなった。

城内では、長い籠城による疲弊と不満が限界に達していた。ついに信頼していたはずの配下が裏切り、呂布は眠っているところを捕縛されて、曹操の前に引き渡されてしまったのである。


曹操の前に引き据えられた呂布は、縄で縛られていることを忘れさせるかのように平然と述べた。「儂を部下にすれば、天下統一も容易いぞ。」と。


曹操は、その処遇に一瞬迷ったような素振りを見せたが、最終的には、その危険性を鑑み、処刑を命じた。


劉備は、その一部始終を、ただ黙って見ていた。処刑に口を挟むことはなかった。呂布の最期を見送り、これまでの、彼との奇妙な縁を思い返していた。


虎牢関で出会った、人外の強さ。徐州を救うきっかけとなった、兗州での反乱。敗残の彼を受け入れた日。そして、下邳を奪われた裏切り。轅門で見せた神の如き弓の腕。最後に交わした、贈り物の鹿を巡る悲劇的なすれ違い…。恩讐を超えた、不思議な縁だった。そして巨大な力を持った男の、あまりにもあっけない、末路だった。


(これもまた、乱世か…。)


劉備は、心の中で、静かに手を合わせた。

劉備が複雑な思いに沈む傍らで、他の者たちもまた、それぞれの感慨を抱いていた。


「へっ、ざまあねえや! これでようやく枕を高くして眠れるってもんだ。」


張飛は憎まれ口を叩いたが、その顔には複雑な色が浮かんでいた。


「だが、まあ、ちっとは骨のある奴だったぜ…あんな奴でもな。」


ぽつりと、誰に言うともなく呟く。


関羽は天を仰ぎ、「諸行無常…か。」と短く呟いた。簡雍も、徐州の平穏が戻ることに安堵はしていたが、やはり複雑な表情を浮かべていた。

呂布の死によって、徐州はようやく曹操の手に平定された。劉備は功績を認められ、曹操と共に許昌へと凱旋することになった。


許昌へ向かう道中、劉備たちは曹操軍の規律に目を見張った。何万という大軍でありながらその行軍には乱れがなく、兵士たちの装備も比較的整っている。道端で様子をうかがう民衆も、以前の戦乱の地で見たような怯えきった表情ではなく、静かに列を見送っていた。それは、彼の覇道が恐怖による支配ではなく、確かな秩序をもたらしていることを示しているようだった。


そして、遠くに許昌の巨大な城壁が見えてきた時、一行、特に石翔や陳隼からは、抑えきれない感嘆の声が上がった。


「す、すごいですね…。あんなに高く頑丈そうな壁は見たことがありません。」


石翔は、目を丸くして、生まれて初めて見る大都市の威容に圧倒されていた。


「 これはすげえ…。 まるで天上の都でやんすね。人も多くて活気もある。食べ物も、美味そうなのがあんなにたくさん…。」


陳隼の目にも好奇心と興奮がありありと浮かんでいる。


劉備も、簡雍も、そして関羽、張飛、趙雲ですら、その許昌の壮大さと、そこに満ちる活気には驚きを隠せなかった。


(これが、曹操の力…。そして、覇者の都か…。)


劉備はその光景に、ただただ驚嘆するしかなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

ついに呂布が退場となりました。

第4章は、曹操と袁紹のもとで、タイトル通り雌伏の時を過ごしていきます。


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