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投影(プロジェクション)モード

 ゲラゲラと笑いながら逃げ惑うゴロツキたちを画面越しに見ていた私たちの耳に、ズシン……という、八又竜が奴らを踏み潰す重苦しい音が――聞こえなかった。

 



 私は俯瞰映像に見える八又竜の巨体から目を離し、「もういいんじゃない?」とガリアスに水を向けた。




「そうですね……奴らがどうなったのか見てみましょうか。無敵要塞ガリアス・ギリ、投影(プロジェクション)モードを解除」




 ガリアスがそう令した途端、まるでそれら自体が幻であったかのように、紅蓮の炎も、八又竜の巨体も、一瞬で映像から消えた。




 今まで八又竜の巨体に隠されていた草原に――十数人の男たちの身体が転がっていた。


 よほど恐ろしかったのか、みな一様に白目を剥き、中には口から泡を吹いて痙攣し、ズボンの股間が盛大に濡れているものさえいる。


 とにかく――この後に及んでもまだ立ち上がり、このインキュバスの少年を追いかけてくる闘志が残っているものは一人もいなさそうだ。




「すべての敵性体の沈黙を確認。無敵要塞ガリアス・ギリ、防衛成功です」




 ガリアスがゲームセットを告げ、私はほっとため息をついた。




「いやぁ、それにしても凄かったわね、さっきの八又竜……あれ、どうやって出したの?」

「よくぞ聞いてくださいました。この要塞には投影(プロジェクション)モードがあります。さっきの光景は、この要塞を構成するヴァルヴァタイトの……記憶、と申しましょうか。それの再現映像でございます」

「記憶?」

「えぇ、記憶でございます」




 ガリアスは得意げに説明した。




「記憶とは、過ぎ去りし時間が持つ質量――ヴァルヴァタイトはその時間的質量である記憶を吸収し、保持する特性がございます。今の光景は先日この要塞を襲った八又竜の記憶を、この無敵要塞がそこらの魔素を掻き集めて再構成した映像ですよ」

「うーん……よくわかんないや。それってつまり?」

「要するに、単なる幻、ということですよ」




 ガリアスは白手袋で髪をかき揚げ、鼻を鳴らした。




「いわば蜃気楼のようなものです。魔素がいくら濃くとも、触れることも出来なければこの世に影響を及ぼすこともない、幻、幻影、雲霞……つまりただのハリボテですな。元々は架空の軍団を投影し、陽動作戦などに使う機能なのですが……少し発想を変えればこういう使い方もできます」

「すっ――凄い! 本当にこの要塞は無敵要塞なんだね!」

「その通りだ少年! よいのだぞ私をもっと褒めても!」

「凄い凄い! さすが魔王様の無敵要塞だ! お兄さんカッコいい!!」

「ンナハハハハハそれほどでも! ファーッファファファファッ!!」




 小鼻を膨らませて謙遜――否、ふんぞり返るガリアスはちょっとムカついたけれど、とにかくこの要塞の多機能ぶりには本当に驚かされる。


 本当に、無敵要塞の名前はダテじゃないんだな……と私が感心している隙に、映像の中の男の一人が気がついたらしく、もっくりと起き上がり、辺りをきょろきょろと振り返り始めた。




「おっ、主。一人気がついた人間がいます。ダメ押しの恫喝をどうぞ」




 その一言とともに、足元からニュンと伝声管が伸びてきた。


 私はしばし言いたいことを頭の中にまとめ――伝声管に声を吹き込んだ。




「おい、そこのタコ坊主ども。――そうだアンタだ、この児童誘拐犯め」




 うわん、と空気を震わせながら、私の声が要塞の高い城壁を震わせた。


 映像の中の男が弾かれたように顔を上げると、私の大声に頭を蹴飛ばされたのか、数人のゴロツキどもが弾かれたように起き上がった。




《今日はこれぐらいで勘弁してあげる。せっかく拾った命だもの、大事に大事に持って帰った方がいいわ》




 精一杯ドスを効かせたつもりなのに、私の声は子供そのものの声だった。


 案の定、三々五々、という感じで気を取り戻し始めた男たちは、皆目訳がわからないという表情でおろおろと虚空を見上げた。




《ただ、インキュバスの子は諦めることね。彼はこの無敵要塞ガリアス・ギリが保護した。ドラゴンが庇い護る無敵の大要塞にもう一度挑んできたいってならどうぞ。今度は今みたいに容赦しないわ。生まれてきたことを後悔するぐらいにケチョンケチョンにしてあげる》




 私は瞬時、ガリアスに目配せした。


 得たり、とガリアスが頷いた途端、先程の八又竜の唸り声が大地を揺らした。


 案の定、それを聞いた男たちの顔面が蒼白になる。




《いい? 早く自分の国に帰ってこの事を報告なさい。こちらの名前は無敵要塞ガリアス・ギリ、魔王が創りし無敵の大要塞よ。――通告は以上、()せろゴロツキども》




 その一喝に、男たちはわけがわからない悲鳴を上げ、まだ気絶したままの男たちを抱え上げ、広い草原をまるで泳ぐように逃げていってしまった。




「ンナハハハハハハ! 素晴らしい主! 御覧ください、糞も小便も漏らしたまま尻尾巻いて逃げていきますよ! なんて壮観な眺めでしょうか!」

「やった! あいつら大嫌い! 帰る途中で魔物に食われて死んじゃえ! べーっ!」




 いじめられっ子に石を投げる悪童そのものの表情でガリアスとインキュバスの男の子が快哉を叫んだ。


 よし、とりあえずこれでこの子は守れたな……と私がほっとしたような気になっていると、男の子が私の手を握った。




「とにかく、助けてくれてありがとう魔王様! 僕より小さいのにこんな要塞を動かしてるなんて! 凄い!」

「え、ええ、魔王って……!? 残念だけど私は魔王じゃないわ。それに身体は小さいけど、これでも十八歳なの。複雑な事情で成長が止まっちゃったんだけど……」

「えぇ!? 十八歳!? なんだ歳下じゃないか! 僕だってこう見えて二十一歳だよ!」




 えっ――!? と、私は手を握った男の子の一言に仰天した。




「えっ、ええ!? あっ、あなた歳上……!?」

「まぁ、魔族の子は長命故に成長が遅いですからね。……ときに少年、主に自己紹介はまだだったな? 失礼のないよう挨拶を」




 ガリアスにそう促されて、男の子はペコリと頭を下げた。




「僕を助けてくれてありがとう、魔王様! 僕はレムっていうんだ! よろしくね、魔王様!」

「い、いや、私は魔王じゃ……ああ、もういいわ。よろしくね、レム」




 私は私の小さな手で、レムの小さな手を握った。


 途端に――手のひらがビリッとしびれるような感覚があって――え? と私は顔を上げた。




 目の前に、一瞬で空気が変わったレムの顔があった。


 色素の薄い唇が薄く笑みの形を作ると、人間のそれではない牙が覗いた。


 まるで肉食獣がそうするように、レムの赤い赤い舌がその牙をちろりと舐め――幼さが吹き飛んだ目が粘つく視線を寄越してきた途端、私の心がざわっと揺れた。




 同時に、赤い瞳がすっと細まり、なんだか鼻腔に絡みつくかのような、苦く、酸っぱい――体液のような匂いがレムの身体から発した。




「うふふ、そう……魔王様はこう見えても十八歳なんだね。食べ頃じゃないか――」




 途端に――身体の奥底、一度も触れられたことのない敏感な部分の神経を優しく手で撫でられるような、甘く、不穏なざわめきが私の心を震わせた。


 ぐわーっ、と、一瞬で頭に血が昇ったのと同時に、レムの触れている手がやけどしそうなほどに熱く感じられた。




「あッ――!?」




 思わずレムの手を振り払って顔をそむけると――それを見ていたガリアスが呆れたようにレムの頭を小突いた。




「こら、レム。主相手に魅了を使うんじゃない。見ろ、主がとんでもないお顔になってしまったぞ」

「あらら、ごめんなさい。実年齢が十八歳ならイケるかなと思ったんだけど――やっぱりそのカラダのままだとまだ上手に発情させられそうにないや」

「みっ、みみみみ、魅了――!? 発情――!?」




 凄まじい単語の羅列に私がぶるぶる震えると、ガリアスが事も無げに説明した。




「今のは人間のメスを発情させてその精気を吸い取る魔法ですよ。――とにかく、レム。今後も主の精気を吸うのは禁止だ。もし吸ったら要塞を叩き出すぞ、よいな?」

「はーい。ちぇ、残念だなぁ。久しぶりに処女の青臭い精気が吸えると思ったのになぁ」




 そ、そんな、こんな小さな子に発情させられそうになるなんて――!! っていうか、こんな可愛い顔してるのに発言がセクハラ――!!


 私は恥ずかしさと、そして何故なのか少しの屈辱感に震えながらレムを見た。


 本当に残念そうに唇を尖らせて後ろ手に頭を抱えたレムからは、さっきの肉食獣のような雰囲気は消え、代わりに見た目通りの幼子に戻っていた。




 流石はインキュバス、こんないたいけな幼児にしか見えないのにすっかりとメスを喰っちまうための手練手管が備わっているらしい。


 まだドキドキしている胸を押さえていると、「そうだ、主」とガリアスが何かを思いついた声を発した。




「どうにも、この時代の魔族は人間たちに抑圧されているようです。この要塞に保護を求めて集まるように宣下されては?」




 ようやく顔のボーボー感が消え始めた私に、ガリアスはつらつらと言った。




「これから人間相手に一戦交えるんです。味方は多い方がいい。それにこの大要塞もいつまでも空っぽというわけにはいきませんでしょう。主が呼びかければレムのような酷い境遇の魔族たちにも救いの手が差し伸べられることになる。いかがでしょう?」

「おっ、おう……そうね。そういうことも今後は考えていかなきゃならないんだよね……」




 確かに、今のレムの魅了はともかく、魔王という絶対の庇護者が消えた魔族は、相当にしんどい立場に置かれているのは明白だった。


 私がこの無敵要塞の主となったということは、私は魔王に代わり、全ての魔族をこの城塞都市の中に庇い護る義務がある、ということでもある。


 それに今ガリアスが言った通り、これから全世界の人間たちがこの無敵要塞ガリアス・ギリと、私の左手の薬指にある《僭主の指輪》を狙ってここにやってくるのだ。


 味方は一人でも多い方がいい――ガリアスの進言は最もだったし、ざっと考えただけでも、この要塞都市には数万人、いやもっと大人数の人間を庇護できる規模があるのは明らかだ。




 よし、と私は頷いて立ち上がった。




「よし、それじゃあ……今後、虐げられてる魔族たちをここに収容する方法を考えましょう。おそらく簡単なことじゃないから、ちゃんとみんなで相談するわよ」




 私の言葉に、ガリアスは静かに頷き、うん! とレムは元気いっぱいに頷いた。





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