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襲撃

「おい、インキュバスのガキは本当にこっちに来たんだろうな?!」

「ああ、腕輪の反応はあの廃墟からだ! あの中に逃げ込んだに違いねぇ!」




 ゴロツキ――と、彼らを知るすべての存在にそう蔑まれる男たちは、高い丈の草を掻き分けて前進しながら、口々に喚いた。




 生まれた頃から悪行を繰り返し、大人になってからはまともに稼ぐことすら厭い、遂に人攫いに手を染めるまで落ちぶれた彼らの、人生一発逆転の目。


 それがあのインキュバスの子供であり、長い間周到に誘拐の計画を立てて実行し、そしてやっとのことで仕入れることができた最高級の商品だった。




 奴隷として番犬として優れた肉体を持つ魔族は人間の奴隷よりも値が張るのが当たり前だが、中でも一番人気であるのがサキュバスとインキュバスである。


 いわゆる夢魔は、人間の精気を吸って生きる生態上、上流階級のやんごとない変態貴族様やら、鬱屈した欲望を持て余している高位の聖職者たちには非常に人気の種族なのだ。


 それ一人を売っ払えば数年は遊んで暮らせる額で取引されるインキュバスの、しかも子供ともなると――彼らゴロツキには見たことも聞いたこともない額が転がり込んでくるのは疑いない事実だ。




 だからこそ、あのインキュバスが隙を見て逃げ出してしまったことは、彼らにとっては痛恨のミスであり、今後の栄達のためには絶対に取り戻さなくてはいけない損失だった。




「いいか、あのインキュバスのガキには手枷が嵌めてある! 魔族は魔力さえ封じてりゃあそこらのガキと大差ねぇんだ! 死なねぇ程度になら多少痛めつけてもいい、逃がすなよ!」




 ゴロツキたちのリーダー格である禿頭の男ががなりたてると、へへへ、とゴロツキたちは不敵に笑い声を漏らし、手に手に持った得物を愛おしく撫でた。


 草原を行く彼らの頭にあるのは、あのインキュバスがもたらしてくれる莫大な額の金貨と、それによって実現する様々な欲望に彩られたバラ色の未来であった。


 


 ふと、そこで――草原に風が吹き渡った。


 まもなく初夏を迎えようとする風とは思えない、湿っていて、なおかつぞくりとするほど寒く感じた風によって会話が途切れた後――今まで周囲に厚く垂れ込めていた霧が晴れ――。


 ふと、誰か声を上げた。




「お、おい……あそこにあるあの壁、なんだかおかしくねぇか?」




 ん? と、ゴロツキたちは顔を上げた。




「あん? 急になんだよ? 辛気臭ぇ声出しやがって」

「な、なんか妙じゃねぇか? あんな真っ黒な城壁見たことねぇだろ? それに……なんだか、妙に嫌な気配がしねぇかよ」




 仲間内では一番臆病で、一番心配性なその男の発言に、ゴロツキたちは立ち止まり、遥か向こうにある、街の廃墟と思しき壁を眺めた。




 こんな辺境に足を踏み入れたのは初めてだが――確かに普通、あんな場所にあんな規模の城壁が存在するものだろうか。




 どう考えても都市など創られそうにないこの辺境に、しかもそんじょそこらの城塞都市のそれと比べても格段に高く堅牢に見える城壁が立っているのも奇妙なら、しかもその壁が陽の光をすべて吸い込んでいるかのように黒一色なのも――妙といえば妙だった。


 まるで城壁全体が鋼鉄で覆われているかのように漆黒の、しかも鋭角に切り立った直線で構成された、見たこともない築城形式の壁――それは凄まじい威圧感を持ってゴロツキたちの眼前にそそり立ち、草原を吹き渡る風さえもその中に飲み込んでいるかのようだ。




 ぶるっ……と、誰かが震え声を上げた。


 皆、何故なのか、あの城壁が放つ怖気にアテられてしまったかのように、急激に無言になった。




「――おい、何ビビってんだ! いっ、いくら気味が悪くたって、あそこに通じる道さえねぇんだぞ! あんなもん無人の廃墟に決まってるだろうが! それよりインキュバスのガキだ! たんまりのゼニが恋しくねぇのかよ!」




 リーダー格の禿頭の男が怒鳴るが、何故だかゴロツキたちは意気消沈したままだった。


 どうもおかしい、何かがおかしい……あの巨大な壁が放つ不思議な威厳に打たれてしまったかのように、目に見えてゴロツキたちの足が重くなる。


 どうしよう、何故なのかは知らないが近寄りたくない……そう、その場にいた誰もが無言で困惑した表情を見合わせた、その時だった。




 キイイイイ……という、彼らが今まで一度も聞いたことのない音が頭上から降ってきた。




 はっ、と、ゴロツキたちは空を仰いだ。


 遮蔽物のない青空を行き過ぎ、太陽の光を一瞬覆い隠した、巨大な何か――それがバサッ、と一枚布をはためかせたような音を発した途端、それは起こった。




 グオオオオオオオオ! という、天地を揺るがす咆哮が大地を揺らし、ゴロツキたちはうわっと声を上げて頭をかばった。




「な、なんだよ一体……!?」




 ゴロツキの一人が悲鳴をあげた途端、「それ」はゴロツキたちの目の前に舞い降りてきた。




 ズシン……と、土埃を上げて目の前に降りてきたそれ。


 それはまるで世界さえ飲み込まんばかりの、常識外に巨大な体躯であった。




 まるで真鍮の如き、鈍い黄金色の鱗。


 まるで宝石のように輝く赤い瞳。


 強い顎の中にぞろりと生え揃った房のような牙。


 そして――ぐねぐねと不気味にうごめく、八本の首。




 そう、それは、彼らのようなゴロツキの世界観には存在すらしていなかった、空想上の伝説でしかないと信じていた存在。


 その存在があろうことか、轟音と土埃とを巻き上げて目の前に出現したのを見て――ゴロツキどもは一斉に悲鳴を上げた。




「どっ、ドラゴンだぁ――!」







 誰かが悲鳴を上げたのと同時だった。


 八本の首がゴロツキたちに向かって咆哮し、バリバリと大気を震わせた。




「うっ、うわああああああああああああッ!」




 ゴロツキたちが肝を潰して逃げ回る間に、八本の首を持つドラゴンはばさりと翼を震わせ、再び天空高く舞い上がった。


 そのまま少し高度を取ったドラゴンの口から炎がほとばしり――来た道を引き返そうと慌てていたゴロツキたちの進路方向が瞬く間に業火に包まれた。




「な、なんだよこれ……! どっ、ドラゴンなんて聞いてねぇぞ!」

「ばっ、馬鹿! ビビるんじゃねぇ! あんなもん、たかがちょっとデカいトカゲ――!」




 禿頭の男の檄は、最後まで届かなかった。


 次の瞬間、ドラゴンの顎から噴き出した猛烈な火炎が辺りを紅蓮の色に染め上げ、凄まじい高熱と光がゴロツキたちの途切れかけた威勢を圧倒した。


 誰かが滅茶苦茶に悲鳴を上げる間にも、業火はめらめらと草原一面に燃え広がり、十数人のゴロツキたちをその中にすっかり囲い込む。


 途中、逃げ遅れたゴロツキの一人が紅蓮の炎に巻かれるのが見え、うぎゃああああ! という断末魔の声が場の空気を凍りつかせた。




「だっ、大丈夫か、おい!」




 ゴロツキの一人が、炎に巻かれた男に駆け寄って抱え起こした。


 男は白目を剥き、激しく痙攣しながら失神していたものの――不思議なことに、あれだけの業火に巻かれたというのに、男の身体にはいささかの焼け焦げもなかった。




「も、もうダメだ! ひっ、火に囲まれたぞ……!」




 誰かが吐いた弱音が、その場の雰囲気を一気に絶望へと傾かせた。


 欲に目がくらんでいた分、今まではかろうじて蒸発せずに残っていた戦意も、八又竜の吐き出す灼熱を前にしては、今や完全に蒸発してしまっていた。


 ゴロツキたちはまるで狼の群れに取り囲まれた羊たちのように草原の一点に集まり、頭を抱えたり、地面にしゃがみ込んだりして、完全に戦意を喪失していた。




「どっ、どうすんだよ頭!? どっ、どこに逃げるんだ……!」

「うるせぇ、今考えてる最中だ! 喚くんじゃねぇよ! 黙れ黙れ黙れ!」

「だっ、だって、ドラゴンだぜ!? あっ、あんなもんどうやって……!」

「うわあああああああ! 夢なら覚めてくれぇ!」




 と――そのとき。グオオオオオオ、という咆哮が大地を揺らし、ゴロツキたちははっと虚空を見上げた。




 八又竜が、巨大な羽を羽ばたかせ、ばさり、ばさりと羽音を響かせながら虚空にとどまった。


 あれ? 攻撃をやめてくれた――? 一瞬だけ訪れた平和に、ゴロツキたちが呆然とその巨体を見上げた、その途端。


 太陽を背にし、巨大な影そのものになった八又竜の身体が――やおら浮力を忘れたかのように、急激に下降に転じ始めた。




 数瞬あって――ゴロツキたちはドラゴンの意図に気が付き、今度こそ全員が完全に血の気を失った。




「あっ、あの野郎――! 俺たちを踏み潰す気だァ!!」




 うわあああああああ! と逃げ惑おうににも、周りは触れれば一瞬で蒸発してしまいそうな火炎地獄。


 遁走しようとして果たせず――ゴロツキたちは頭を抱えてしゃがみ込むやら小便を漏らすやらの大騒ぎ。


 口々に悲鳴を上げ、泣き喚き、中には地面に額を擦りつけ、いないと信じていた神に命乞いを始めるものさえいる。




 そんなか弱い祈りをも踏み潰さんとするかのように、小山のような八又竜の巨体はますます下降の速度を早め――。


 やがて、隕石そのものになってゴロツキたちを容赦なく押し潰した――。





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