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ヴァルヴァタイト

「ときに主、私――無敵要塞ガリアス・ギリはいまだに未完成であることをお伝えしていませんでしたね」


 


 あの宣戦布告の明くる日、私とガリアスは広大な城塞都市であるガリアス・ギリの一角を歩いていた。


 地平線までを埋め尽くす広大な城壁――その中に切り通された路地をゆくガリアスの言葉に、ふぇ? と私は驚いた。




「未完成? これで?」

「ええ、この要塞は魔王陛下が人類との戦争前後、世界の中心とすべく設計した都市です。しかし魔王戦争は勇者の登場によって予想より遥かに長引いてしまった。そんなわけで都市区画や居住区、主要な武装以外はまだ未完成の部分も多いのですよ」




 ガリアスは大股で路地を歩いていく。八歳の肉体でしかない私が、彼の歩行速度に合わせてついていくのはけっこう大変なことだった。


 おかげで途中から早足が小走りになっているのだけれど、今は説明を聞かねばなるまい。




「うーん……具体的にどういうところが未完成なわけ? 私が見る限り、建物の中とかはちゃんと家具も揃ってるみたいだけど……」

「色々とね。なにせこの要塞の建設は魔王戦争とほぼ同時期でした。そして五百年前の魔王戦争当時、ガリアス・ギリが戦場になることは遂にありませんでしたから――」




 そこで、ガリアスはふと後ろを振り返った。


 いけないいけない、すっかりガリアスとの距離が開いてしまった。


 私が小走りに駆け寄って息を整えていると――ふと、ガリアスが私の身体に手を回し、ひょいとばかりに担ぎ上げた。




「わわ、ガリアス――!?」

「私としたことが……主を置き去りにしてしまって申し訳ございません。なにせ、この要塞に私以外の誰かがいたことがあまりないもので」




 ガリアスは完璧な営業用スマイルを浮かべた。


 いや私、外見は幼女に見えても十八歳の年頃の乙女なんだけどなぁ……なんだかすっかりと子供扱いされている気がする。


 なんだか釈然としない気持ちでいる私を無視して、ガリアスは私を肩に担ぎ上げたまま、再び歩き出した。




 しばらく歩いて、ガリアスははたと足を止めた。




「さぁ、ここです」




 見ると、そこだけ奇妙に開けた空き地が出てきた。


 なるほど確かに、他の場所のように建物や名前のわからない施設が鈴なりになっている地区とは異なり、如何にも手が回りませんでしたというようにこざっぱりとしている。




「魔王陛下が生きておられたら、ここにもそれなりの施設があったはずなんですが……」




 ガリアスはそこまで言ってから口をつぐんだ。


 しかし、数秒後にはその辛さも悲しみも押し隠してしまったかのように微笑み、私を地面に下ろした。




「さぁシャーロット・マリー・ジェネロ。ここからが操者の腕の見せ所です」

「えっ?」

「この空き地にあなたが何を作るのか、それを私に見せていただきたい」

「つ、作るって……」




 突然の申し出に、私は派手に尻込みした。




「作るって、まさかどっかから石を切り出してきて積んだり、家具を作れってこと? 無理だよ、私そんな技術ないし。それに身体が幼女だし……」

「それはご心配いりません。この要塞は知能労働の要塞です。肉体労働などさせませんよ」

「そ、それは一体……」




 どういう事? という間に、スッとガリアスがその場にしゃがみこんだ。


 石でも、金属でもない、不思議な光沢を持つ黒い敷石――そこにガリアスがそっと触れた瞬間、ムニョン、という感じで石が変形し、一塊分がガリアスの手の上に乗った。


 当然、ぎょっ――と私は目を剥いた。




「え、ええええ……!? なにそれ!?」

「ほら、手を出して」




 促された私が片手を出すと、ガリアスの手の上に乗った黒い塊が、まるで水銀のようにトロリと形を変え、私の手の上に乗った。


 黒い液体をまじまじと見た私は、思わず指でつついてみた。ぷるっ、と、触った感じはまるでゼリーのような触感だ。




「これがこの要塞を構成する鉱石です。魔王陛下に敬意を表して――そうですね、ヴァルヴァタイトとでも呼びましょうか」

「ヴァルヴァタイト――」

「ええ、この物質は魔王陛下がお作りになった魔王陛下の叡智そのもの。一度魔力を与えて硬化すればこの世のどの物質よりも硬くなる反面、一度結合を解くとこのように柔軟に形を変える特性を持っています」




 ガリアスは得意げに説明した。




「この要塞全てを構成する物質はこれ、つまり私もヴァルヴァタイト製です。つまり、この要塞はどこでも操者の意思通りに構成し、作り変えることが出来るわけですね――いや全く、我ながら素晴らしい要塞でしょう? 得意にならざるを得ませんなぁンナハハハハ!」




 ガリアスは鼻の穴を広げながら笑った。


 その所作と表情にはムカつくが、このヴァルヴァタイトには素直に感動した。


 こんな優れた特性を持つ物質がこの塞都市を構成しているという事実もそうだし、この広大な要塞都市全てが、まるで粘土のように、私の意思通りに作り変えることが出来る事実にもだ。




「さぁ主よ、前置きはこれにて終了です。早速実演に移りましょう!」




 ガリアスは白手袋を嵌めた手で空き地を示した。




「この鉱石は主の意思ひとつ、魔力ひとつで如何ようにも形を変えます! さぁ、操者であるあなたはこの空き地に何をお作りになられるや!」




 これは素晴らしい――私はニギニギと自分の掌を握ったり開いたりしながらほくそ笑んだ。


 さて、何を作ってやろうかとしばらく考えた私は――そっと右手で石畳に触れた。




「ガリアス、やる前に聞いておきたいんだけど」

「何なりと、主よ」

「このヴァルヴァなんとかって魔力によって形を変えるのよね?」

「その通りです。後はどのようなものを構成したいか頭の中で念じるだけで――」

「ふーん、そう。魔力ね……」




 私はじっと頭の中に念じ――意識を掌に集中させる。


 瞬間、ぶわあっとどこかから風が吹いて、私の髪を弄った。


 如何にもな自然の粋な演出に、おおっ、とガリアスが声を上げた。




 が――何も起こらなかった。


 シーン……と要塞は静まり返り、空の高い位置を飛んでいたヒバリのけたたましい鳴き声が聞こえた。




「……え?」




 肩透かしを喰らったようにガリアスがまごついた。


 やっぱり――と私は、鏡のような光沢を放つ石畳に映り込んだ自分の顔を見つめた。




「やっぱりか……」

「え、な、何が……?」

「ガリアス……言いにくいんだけど、私、魔力持ってないんだわ」




 ガリアスの目が点になった。は? とか、え? とかいう、現実を受け止めきれていない声でガリアスが呻く。




「常識的にさ、魔力って年齢とともに少しずつ増えてくもんじゃない? 私って八歳で成長が止まってるのよ。だから魔力量も世間一般的な八歳分の量しかないらしいんだよね」

「え、そ、それはつまり……!?」

「私にできるのはこれぐらいかな」




 私は全精力を掌に集中させ、ありったけの魔力を流し込んだ。


 途端に、ムニョッ、と黒い石畳が変化し、小さな小さな土人形が現れる。


 私がムニムニと指を動かすにつれて、土人形はひょこひょこと奇妙な動作で踊りを踊り始めた。




「まぁ、他には手から水の玉出したり、ランプに火を点けたり……それぐらいしかできないんだよね。なんかでっかいもの作るような魔力量はちょっと……」




 そう、これこそが、私がこんな辺鄙(へんぴ)な場所に追放になった理由のひとつでもある。


 この世界ではたいてい貴族は優れた魔力の才能を持ち、その叡智を一族の子々孫々に伝えていくことで領地や家を守り、王国へ戦力として供出している。


 それはつまり、裏を返せば魔法が使えない貴族の子弟は家を継ぐことができないということをも意味している。


 肉体が八歳の幼女のまま成長を止めてしまった私には、当然のことながら魔力がちょっとしかなく、父であるジェネロ公爵はこれも面白くなかったらしいのである。




 えへへ、恥ずかしながら……と頭を掻くと、ガリアスの顔が真っ青になった。




「そ、そんな……! それでは何の施設も作れないではないですか!」

「作れないのですなぁ。まぁ、気長にやってくしかないんじゃない? 魔力量も修行すれば増えてくらしいし……」

「何を悠長な事を言ってるんです!? もう全世界に喧嘩売ってしまった後なんですよ! これじゃあ攻撃どころか迎撃だって……!」

「いやでも、アンタは既に凄い兵器持ってるじゃない? アレでしばらくは凌ぐしかないよ。大丈夫だってアンタなら」

「ああああ! こんなちんちくりんが私の操者!? 一体何の冗談なんだ! ゆ、夢なら醒めてくれ……!」

「ちっ、ちんちくりん……!?」




 私が目を剥くと、うあー! と吠えたガリアスが黒髪を掻き毟った。




「全くあなたという方は……! 後先考えずに適当に事を運ぶんだから全く! これじゃあ永遠にこの要塞は未完成のままじゃないですか!」

「だっ……だって仕方ないじゃない! 私だって好きでこんな身体になったんじゃないし! それに世間一般的な幼女の水準ならこれでも十分合格点の魔力量なの!」

「それでもこの要塞には足りないなら同じことですじゃないですか! ああああもう、これから敵が続々と押し寄せてくるんですよ!? どうするんですか!?」

「うっ、うるさいわね! ちゃんとなんとかするわよ! だいたい私だってそれなりに努力ぐらいして……!」




 言い合いになりながら、私が近くの家屋の壁を右手でどついたときだった。




 バチッ! という物凄い音が発し、私の掌が灼熱した。





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そう思っていただけましたら、

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