「オレたちの戦いはこれからだ!」で終わらせたい勇者と、それを阻止したい仲間たち
「勇者よ、魔王を倒してくるのじゃ!」
王様からそんな無茶ブリを強いられた勇者は、即座に「はい!」と答えた。
彼の背後には戦士、魔法使い、僧侶がかしこまっている。
みんな幼い頃からの付き合いであり、勇者の性格は十分にわかっていた。
「では旅の軍資金として50ゼニーを授けよう。それで装備を整えてくるのじゃ」
「はい、王様!」
勇者は王様から50ゼニーを受け取ると、それを握りしめて高々と叫んだ。
「よーし、オレたちの戦いはこれからだ!」
完!
「「「いやいやいやいや」」」
すぐに3人の仲間たちが全否定する。
「まだ冒険も始まってないだろ」
「城すら出てないし」
「むしろ50ゼニーで武器屋に戦いを挑もうとしてる感じだわ」
戦士、魔法使い、僧侶に言われて勇者は「あ、そうか」と振り上げた手を引っ込めた。
「それでは王様、行ってまいります」
「うむ、くれぐれも気を付けてな」
魔王相手にどう気を付けるんだよ、と誰もが思ったが空気を読んだ。
城を出ると、さっそく勇者一行は武器屋に向かった。
旅立ちの町だけあって武器は貧相なものしか置いてなかったが、50ゼニーで買えるのはたかだか「ひのきのぼう」だけである。
「おやじ、ひのきのぼうを4つくれ」
「あいよ、40ゼニーだよ」
勇者は王様からもらった50ゼニーのうち、40ゼニーを店主に渡すと、それぞれひとつづつ「ひのきのぼう」を仲間に手渡した。
「正直心もとないが、これが今のオレたちに買える唯一の武器だ。これでなんとか乗り切ろう」
「そうだな、まずはレベルの低いザコモンスターを倒して軍資金集めだな」
戦士の言葉に勇者はコクッと頷いて、ひのきのぼうを高々と掲げた。
「よーし、オレたちの戦いはこれからだ!」
完!
「「「いやいやいやいや」」」
慌てて止める3人。
「まだ早いって!」
「ひのきのぼう買っただけじゃん!」
「町すら出てないわよ!」
戦士、魔法使い、僧侶に言われて勇者は「あ、そうか」とひのきのぼうを下ろした。
「それじゃ店主、邪魔したな」
「あいよ! また金ができたら寄っとくれ!」
勇者たちはひのきのぼうを手に意気揚々と町の外れまでやってきた。
町のゲートをくぐるとすぐに草原フィールドだ。
町中とは違い、モンスターが襲ってくる場所でもある。
慎重に慎重を重ね、恐る恐る町を出た。
近くにモンスターがいないことを確認して、勇者は言った。
「よーし、オレたちの戦いはこれからだ!」
完!
「「「いやいやいやいや」」」
慌てて仲間が止める。
「もうちょっと行こうぜ!」
「こんなところで終わったら見せ場がないじゃん!」
「普通に家出してる子どもみたいな感じになってるし!」
戦士、魔法使い、僧侶に言われて勇者は「あ、そうか」と振り上げたこぶしをおろした。
しばらく進むと、スライムが現れた。
ザコ中のザコモンスターである。
「出たな! みんな、準備はいいか!」
「おう!」
勇者パーティは連携してザコモンスターのスライムをひのきのぼうで打ち倒した。
「バタンキュウ」と言いながらスライムは1ゼニーを口から吐き出す。
「なるほど、こうやって金が手に入るのか」
勇者は1ゼニーを拾い上げ、物思いにふけった。
瞬時に戦士、魔法使い、僧侶は身構える。
勇者は1ゼニーを掲げて声高に叫んだ。
「よーし、オレたちの戦いはこれから……」
完!
「「「いやいやいやいや」」」
最後まで言わせなかった。
「まだスライム倒しただけじゃん!」
「1ゼニーで調子に乗るな!」
「この何千倍も戦闘しなきゃいけないのよ!」
戦士、魔法使い、僧侶に言われて勇者は「あ、そうか」と掲げた1ゼニーを袋にしまった。
その後も勇者一行はことあるごとに勇者の
「オレたちの戦いはこれからだ!」
と、仲間たちの
「「「いやいやいやいや」」」
が続いた。
「オレたちの戦いはこれからだ!」
「まだ最初の村についただけだよ!」
「オレたちの戦いはこれからだ!」
「まだ1ランク上の武器を買っただけだよ!」
「オレたちの戦いはこれからだ!」
「序盤のボスに絶賛苦戦中ですけどね!」
・
・
・
そんなこんなで勇者の「オレたちの戦いはこれからだ!」を阻止すること9999回。
一行はとうとうラスボスである魔王の城へとたどり着いた。
眼前にそびえる魔王城を見つめながら勇者は聖剣を掲げて叫ぶ。
「よーし、オレたちの戦いはこれからだ!」
完!
「「「いやいやいやいや」」」
もはや恒例となった3人の「いやいやいやいや」
これが記念の1万回めの「いやいや」であることを彼らは知らない。
「ここまで来たら最後まで行こうぜ!」
「ここで終わったら逆にモヤるわ!」
「サクッと倒して帰りましょう!」
仲間たちの言葉に勇者も「あ、そうか」と聖剣を鞘におさめた。
そうして突入した魔王城。
ラストダンジョンだけあって、中は過酷だった。
フィールドにはいない強敵モンスターが山のように現れ、勇者たちを襲った。
そのたびに勇者は
「オレたちの戦いはこれからだ!」
と叫び、仲間たちは
「いやいやいやいや」
と止めまくる。
4人の連係プレーは、どんな強敵モンスターも歯が立たなかった。
そしてやってきた魔王の間。
重い扉を開けて中に入ると、玉座に座る魔王が赤い瞳を光らせながら黒い息を吐き出していた。
「フハハハハ、よく来たな勇者たちよ。しかしお前たちの快進撃もここまでだ。魔界最強の余が相手をするのだからな」
魔王の言葉を聞きながら、勇者は仲間たちに顔を向けてコクリと頷く。
「よーし、オレたちの戦いはこれからだ!」
完!
「「「いやいやいやいや」」」
慌てて仲間たちが止める。
「ラスボス目の前にして『完!』はないだろ!」
「むしろここからが見せ場じゃないか!」
「なんでもかんでも無理やり終わらせようとしないで!」
戦士、魔法使い、僧侶に言われて勇者は「あ、そうか」と聖剣を握りなおす。
「おい魔王! お前を倒してさっさと冒険を終わらせるぞ!」
「ぬうう、魔界最強の余を前にして余裕ぶりおって。余の恐ろしさをたっぷりと味わわせてやる」
「とりゃ!」
「げふ!」
しかし、自称・魔界最強の魔王は勇者の敵ではなかった。
「オレたちの戦いはこれからだ」を阻止すること1万回。
彼らは知らない間にレベル99となっていたのである。
「な、なんということだ……。余がたった一撃で敗れるとは……。見事なり、勇者よ」
そう言って力尽きる魔王。
「ふう、ようやく倒せたぜ」
「オレたちの出番がまったくなかったけどな」
「でもこれで世界は平和になるわね」
これからは勇者の「オレたちの戦いはこれからだ」が聞けなくなるのは寂しいが、みんなは「これでいいんだ」と思った。
最後の最後まで勇者の物語を終わらせようとする発言を阻止続けて早三年。
ようやく魔王を倒せた。
これが望んだ結末だったのだ。
意気揚々と魔王城を出る勇者一行。
魔王がいた頃とは打って変わって、青く晴れ渡った空が広がっていた。
そして目の前には広大な大地。
勇者たちはそんな大地を眺めながら「はあ」とため息をついた。
「ここから帰るんだろ?」
「めっちゃ遠い……」
「帰るのだるいんですけど」
そう、今勇者たちがいる場所は地図にも載っていない世界の最果てだったのである。
ここから帰還するのに何か月かかることやら。
すっかり意気消沈している仲間たちに勇者は振り返って言った。
「どうしたんだみんな! オレたちの戦いはこれからだ!」
旅を続けて1万回以上の「オレたちの戦いはこれからだ」
初めて仲間たちは顔を見合わせて笑顔でうなずいた。
「「「そだねー」」」
勇者たちの帰還の旅が今はじまる!
完!
家につくまでが冒険ですよ。
お読みいただきありがとうございました。