人と〈あやかし〉
扉のすぐ裏に気配はすれど、出てくる様子はない。無理やり踏み込むかと、北瀬が管理人から借りた鍵に指をかけた瞬間。
耳をつんざく音ともに、目の前の重たい扉が、うちから壊されてふっ飛んできた。それを踏みつけるように足裏で蹴り飛ばして玄関先に叩き伏せ、北瀬が唇を引き上げる。
「はい、公妨トッピング!」
ベランダへと逃げた的場を追って、脇に隠れて控えていた那世が制止する前に、北瀬はすぐさま壊れた入口から中へと駆け込んでいった。
「あの馬鹿・・・・・・!」
舌打ちして那世は、同じように扉脇に控えていた南方たちに現場を任せ、マンションの階段を駆け下りる。
契約者を得た〈あやかし〉は、個人差はあれど、たいてい人には及ばない身体能力を発揮する。的場のように、その力を行使して抵抗や逃走を試みることなど織り込み済だ。だからこそ、非違検察課の各班には必ず人と〈あやかし〉のバディ一組配置され、逮捕時の対応を請け負うのだ。
どちらかだけではいけない。人と〈あやかし〉でなければならない。人を越える力の〈あやかし〉を逃さないように。警察側の人を外れた力が、暴力にならないように。
だから、警察内の人と〈あやかし〉のバディは、基本的に行動をともにすることが義務づけられていた。
(そこを分かってるくせに突っ込むから、あの猪・・・・・・!)
逃走を計るなら、的場はベランダから飛び降りる。北瀬は苦もなく追えるだろうが、ここは五階だ。那世では飛んで着地することなどできはなしない。
階段を数段飛ばしで駆け下りる。ベランダ側の下は、細めの公道だ。規制線を張ってあるので車も人も通らないが、だからといって好き勝手暴れられるわけでもない。
北瀬の力は、強化を受けて〈あやかし〉以上となっている。身体能力と頑強さで、並みの〈あやかし〉相手に後れを取ることはまずない。どちらかといえば心配なのは、力の行使が過剰と見なされないかということ。あと、もうひとつ、かすかに那世の胸裏に不安を呼び込むことといえば――
(どちらにせよ、また始末書はごめんだからな)
階段を下りきった那世は、靴の裏が摩擦音で唸るほどの急角度で曲がって加速し、マンションの裏手へと急いだ。