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憧れの果て


 ◇



 彼女にとって〈あやかし〉であることは、隠し続けるべきものだった。母が、自分もそうだったと、つどつど語った。だから疑問に思わなかった。付きまとう倦怠感は、幼少期からずっとサポートも受けずに我慢しとおしたし、修学旅行の思い出は、参加した友達の土産話。つい口を滑らせてしまわないように、親しい友を作ることはよせと止められ、その言葉通りにひっそりと生きてきた。


 契約相手の人間と出会って、理解を得て、華々しく活躍する〈あやかし〉だって、もちろんいる。でもそんな出来事はおとぎ話の優しい夢で、いつだって彼女は、なりたい自分を人形に託して、ひとり遊んでいた。


 仕事に就いて、よく知りもしない店員に平気で〈あやかし〉の痣を見せられる、そんな者もいるのだと知った。偽る必要も隠す必要もなく、堂々と見えた彼女たちは、とても魅力的だった。

 ああなりたい、ああなりたかったのだと気づいた時に、ある作家の作品から、理想の人形の作り方の着想を得た。対象に感じた魅力をそのままに、留めて、繋ぎ併せて、より素敵に作り変えればいいのだと。


(契約者との出会いは運命ではなかったけれど、タイミングは運命だったわ)

 本来、契約者となる人間と〈あやかし〉は、相性がいいはずなのだ。よく似た部分がある。違っていても、なぜか馬が合う。時に伴侶に、時に生涯の友に、時に良き理解者に――彼女が目にした綺麗な話は、そう人と〈あやかし〉の絆を語っていた。だが、残念ながら、彼女と契約者は違った。


 契約者の男は〈あやかし〉も女性も蔑んでいたし、彼女としても、彼の犯罪に共感も美しさも感じなかった。ただ、ちょうど彼女が、自分の衝動を押さえきれなくなってきた頃に出会ったのだ。それは、男もそうだったのだろう。


 男と出会った時、匂いがした。熟れ過ぎた果実に近い血の香りだ。人と〈あやかし〉が契約を結ぶに足る相性である時、おのずと互いにそのことが分かる。それが肌を走る痺れるような快感と、独特の好ましい匂いだ。


 絆を深め合う間柄にはなれないと確信したが、男は彼女に証拠の隠滅を、彼女は男に人形を置く場所の提供を。それだけの利害関係を求め、契約を結んだ。

 契約の手順は、互いの意思さえあれば簡単だ。昔から伝わる術の紋章を描き、決められた言葉を互いに交わし、最後に血を交わらせるため、傷つけた親指同士を擦り合わせる。


(たったそれだけ。それだけでしかない)

 そんな些細なことだけで、身命を分け合うような関係に、誰しもがなれるわけないではないか。いままで彼女が耳にした話が、やはり夢物語だったのだと、彼女は自分の契約で思い知ったものだ。

(しかも、その協力関係すらもうおしまい)


 あの卑屈なくせに自尊心が強い男は、秘しておけばいいのに自己顕示欲が抑えきれず、同じ趣味の男たちへ自分の犯行を見せつけ始めた。止めるための諍いも無駄に思えたので売買を多少助けだが、結局ぼろが出て、捕まえられたらしい。


(私の住所や名前はいっさい明かしてないし、〈あやかし〉しか殺してないけど、さすがに捜査はしてるはず。あの男のせいで、迷惑かけられるのはごめんだわ)

 ぎゅっと彼女はトランクケースに最後の荷物を詰め込んだ。こんなことで、いままで興味もなかった国外に行くことになるとは予想していなかった。パスポートを取るのに手間取ったが、行政は警察より仕事が早かった。長く重たい黒髪のせいか、目つきの悪さのせいか、化粧をのせてもきつい印象が消せない顔写真も、その隣に記された『的場望恵』の字面も気に入らないが、真新しいパスポートというのは悪くなく思えた。


 お気に入りの人形を置いていかなければならないのは心残りだが、仕方がない。今夜の便でこの国を発つのだ。一人暮らしの小さなマンションの外は、すでに夕闇色。もう出かける頃合いだ。

 その時、珍しく玄関のインターホンが鳴った。


 居留守を使えば良かったのだ。それなのに、「すいませーん」とドアの向こうから聞こえた声に、ふと、魔が差したように惹きつけられた。

 都心に近い分、古いマンション。来客の確認は、ドアの覗き穴を使うしかない。息を潜めてうかがった向こうには、金色の髪をひとつに結わいた、すらりとした長身のスーツ姿の男がいた。


「警察省刑事捜査局の者です。お話しよろしいですか?」

 にこにこと微笑みを象っているくせに、底冷えする青い瞳と目が合ったのは気のせいじゃない。身分証をかざされる。そこにいると確信されている。踏み込まれる。

 仕事が遅いと侮った警察が、この瀬戸際で牙をむいてくるなど、ひどいではないか。逃げなければと、彼女は思った。


(欲しいものを手に入れただけなのに・・・・・・!)

 法の名のもと、悪事として捕えられてはたまらない。

 なにをしても逃げなければと、彼女の顔が見る間に決死の形相に歪む。その脳裏に犠牲者の影など、一度たりとて過りはしなかった。


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