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隠しごと


 ◇



「失礼しま~す。家を調べにお邪魔しますよ~」

 高層マンションの最上階。警備会社から借用した鍵で開いた広い玄関の先へ、不在と知りながら、北瀬ははっきりと言葉を投げかけた。

 当然返答はなく、室内はしんと静まり返っている。那世と視線を交わし合うと、北瀬は一歩、玄関のうちへと足を踏み入れた。そこに転がっていた、持ち主の消えた携帯を拾い上げる。


 那世が得たかなでの親友からの証言。それによって、事態は一転した。

 奏の父母は、〈あやかし〉ではない。それは身辺調査で明らかになっていたので、奏が〈あやかし〉という考えは、慮外にしていた。

 だがここで、一家が消えた原因は、奏の異能である可能性が出てきたのだ。小学二年生で契約者を得ていることは稀だが、統計的にないとはいえない。それに、親友へ送った奏のメッセージは、今回の件を示唆しているとしか思えなかった。


『そうだよねぇ。隔世の遺伝で〈あやかし〉に生まれつくことだってあるんだから、安易に決めつけちゃいけなかったのに……状況的に、つい犯人の異能だって思いこんじゃってたよ』

 そう那世を見やりつつ北瀬が悔しげに反省していたが、当の那世本人も、隔世の遺伝とは思い至らなかったのだから仕方ない。慰めには、ならないが。


 だが、反省に立ち止まってもいられない。噛みしめて、切り替えたら、それを生かして次に進まなければならない。

 奏の異能を疑ってからの南方の決断は早かった。つまり、マンションを捜査することとなったのだ。


『ちょっと、危険な部分はあるけれど』

 そう、那世から報告を受けた南方は、思案しつつ言った。

『その子の話と、実際の事件の推移から推測するに、今回の異能は《探す》という行為が引き金になっているのかもしれないわ。それなら、探しに行かなければ、失踪はしないんじゃないかしら? 異能での判定がどう行われてるか分からないから、安全とは言えないけれど、マンションに《探しに行く》のではなく、《家の様子を調べに行く》なら、可能かもしれないわ』


 そんな言葉遊びのような、と、北瀬がぼやきはしたが、彼も否の気持ちでこぼしたわけではなかった。言葉の力と〈あやかし〉の力の関係は極めて深い。例えばこの世には、〈あやかし〉の力を弱めることができる術式というものがあるが、それもつまりは言葉だ。〈あやかし〉の力には、原始的な言葉のじゅが、大きく関与している部分がある。


『まあ、失踪の原因が奏さんの異能なら、いっそ懐に飛び込んだ方が、解決が早まるって可能性も十分ありますしね』

 そんな北瀬の旺盛な虎穴突入精神こけつとつにゅうせいしんも後押しとなり、彼らが先陣を切って、栃田家の玄関をくぐることになったのだ。


 時間も惜しいと小学校からパトカーで直行。着の身着のままの警察官姿が、息を詰めて廊下へと上がる。だが、特に異変は生じない。そのまままっすぐ突き当りのリビングルームの扉を開いても、それは変わらなかった。

 ただ、春の午後のまどろんだ陽射しが、人気のない広い部屋のうちに降り注いでいるだけだ。


「……捜査は、できそうだね」

「そうだな。だが、油断はできない。手早くすませるぞ」

 万一の危険が取り除けない以上、大勢で乗り込むわけにはいかない。少数精鋭。いまここにいるのは、ブルーズ・バディのふたりだけだ。


 鑑識のような徹底した捜査は行えないが、それでも、確認すべきことは多い。失踪時の状況把握から、疑惑の不倫の痕跡探しまで。ふたりは手分けをして、広いマンション内を調べて回った。


 栃田家の部屋は、北瀬たちが最初にのぞいた広いリビング・ダイニングのほかに、洋室が三つ。夫婦の寝室、子ども部屋、書斎といった割り振りで、どの部屋も十畳以上あり、さらに広々としたウォークインクローゼットが備わっていた。玄関にも、当然のようにウォークインのシューズクローゼット。遠景を望めるバルコニーはもちろんのこと、風呂場、洗面化粧室まで、広々と優雅なスペースを有していた。


「俺の官舎の部屋が四つは入る」

「寝て休むだけの自宅がこんなに広くても持て余すだろ」


 なにが不服なのか唇を尖らせる北瀬に、那世はつれなく返す。だいたい、彼の実家はここと似たようなものではなかっただろうか。実家が東京府二十四区内の庭付き一戸建てという時点で、彼に羨める資格はなにもない。


「掃除や整頓をはじめ、家のメンテナンスは手間がかかる。出張用の洗濯ひとつとっても、すぐに在庫を切らすお前が、この広さをまともに管理できるとは思えないな」

「いや確かに、俺のパンツ在庫はいつでも自転車操業だけどさ、せめて自分の飲み食いしたものの後始末ぐらいはちゃんとやるよ?」

 ダイニングテーブルの上は、使いっぱなしのグラスがそのまま並べられている。その脇には汚れたプラスチック容器。シンクには、出前や持ち帰りの品の温め直しに使われたらしい汚れた皿が重なっていた。


 それらを横目に、北瀬は食洗器を引っ張り出した。その中身はからっぽだ。

「……グラスやシンクの食器をここに放り込んで洗えば良かったのに」

「そうだな。それに、どうも放置されている皿やグラスの数が多い。一家の失踪は昨日のはずだが、軽く見積もっても数日分ある。とはいえ、シンクの惨状に目をつむれば、几帳面なほど綺麗な台所だからな。常日頃から食器を洗わず放置していたとは思えない」

「どっちかといえば、毎回きっちり片付けてそうだよね。見てよ、この食器棚。色と形の揃え方が、店頭ディスプレイだよ」


 スラムの掃きだめのようなシンクと、モデルルームもかくやという磨き抜かれたコンロや食器棚を見比べ、那世の視線はそのままリビングへ向かった。

「ほかにも、どうもこの家には違和感があるな」


 雑然と荒れているところと、生活の香りが消えるほど綺麗なところが混在している。テレビ前のローテブルには、酒の缶や瓶が無秩序に散乱していた。だが、そのガラスの天板からのぞける高そうな小物たちは、整然と行儀よく並んでいる。床も、日々磨かれていたのか、いまだ新築のような艶なのに、その上に埃が積もり出しているのが気になった。ソファ下やテレビもそうだ。


「洗面所も、床は髪の毛散らばってたし、洗濯籠からはワイシャツがこぼれてたけど、棚にしまわれてるタオルはめちゃくちゃ丁寧に収まってたよ」

「寝室もだ。ベッドは寝起きしたそのまま。ぐちゃぐちゃになっていたが、クローゼットの中は綺麗なものだった。グラデーションで背広が収まってたぞ」

「子ども部屋ものぞいてきたけど、あれ小学生の部屋じゃないねぇ。家具に遊びがいっさいなくてさ、欠片も散らかってないの。いっそランドセルが異質な感じだった。書斎の方がちらかってたかな」


 互いに見て来たものへの所感を述べあい、おもむろにふたりは視線を交わし合った。家の内から、言い知れぬ不穏な感覚が立ち昇り、纏わりついてきている。どこか不快で、落ち着かない。


「……住む人間が、変わりでもしたようだな」

「病的几帳面さで整理整頓する人間から、ゴミひとつ捨てられないずぼらへ? 極端な変わりようだね」

 しおれた花がこうべをたれた花瓶を眺めやりつつ、ふたりは廊下へと移動した。


「浮気をすると時間が取られたり、やる気を失うから、家事がおろそかになる場合はあるって聞くけどさ」

「それもケースバイケースだろ。体調が悪かった、他の用事で忙しかった、色々考えられる。それに、寝室にあった携帯。三つあって、軽く触らせてもらったが、そのうちひとつは画面ロックが無効になっていた。推測だが、妻の麻衣まいさんのものだ。不倫中だとしたら、大胆が過ぎる」


「確かに。あ、下衆な話題振るけど、寝室のクローゼット調べた時、グラデーションに並んでた以外にさ、麻衣さんの衣服にそれっぽい雰囲気あったりした?」

「ないな。服は大半が夫のものだった。シンプルなものが好きなミニマリストなのか、麻衣さんのは、最小限の大人しい衣服しかなかった。隠していたのなら、分からないがな」

「ふぅん、まあ、あの写真でも、あんまり派手に飾らない感じだったしね」


 歩きながら、なにか腑に落ちない風で、北瀬はちらりと廊下の壁に目をやった。備え付けの飾り棚があり、そこに写真や絵画、小ぶりの観葉植物などが品よく飾られている。


 写真の中心人物は栃田洋平だ。スポーツマンらしい褐色の肌とがっしりとした体躯。それに似あった満面の爽やかな笑顔で映り込んでいる。その隣にいるのは社員、そしてテレビで見かける若手女性タレントだ。そうした写真が、タレントの顔を変えて他にも数枚、置かれている。広告代理店という栃田の仕事ゆえの縁だろう。


 そのままふたりは玄関先に戻ると、後回しにしていたシューズクローゼットをあらためた。ずらりと並ぶ革靴はどれも磨きぬかれ、普段使いのスニーカーも名立たるブランドものだ。奥の方にはゴルフバッグがしまい込まれているが、それも安物とは思えない。


「ねぇ、見て。こんな定規入ってる」

 靴の入った棚の一番下。見えにくいように収められた、靴磨き道具を引っ張りだして北瀬が笑った。定規のところどころに、手製で三角のメモリがつけられている。


「これを靴の棚にあてると、あら不思議。きっちり等間隔に靴を置いていけます。お値段は普通の定規と変わらず据え置き。お手軽整頓グッズです」

 どこか根底に冷ややかさを残しながら、おどけた声音が躍る。と、そこに、電話の音が響いた。


「さっそく、フリーダイヤルにお電話だ」

「回線増やしてご対応しなきゃ」

 かすか引き上がった那世の口端に、肩をすくめて北瀬はぼやいた。


 電話の音は、彼らの携帯ではなく。寝室のサイドテーブルの上からだった。三つ並んだうちのひとつが、鳴動している。

 白い手袋のままスピーカーにして、北瀬が電話を取った。


「はい、どなたでしょう?」

『……あの、こちらの携帯の持ち主の方ですか?』

 一瞬、かすか戸惑いの沈黙をのぞかせて、ぼそぼそと電話の向こうから声がした。それに、北瀬は思わず那世を振り返った。その無表情の上にすら、北瀬と同じ驚きが浮かんでいる。どうも、知っている声音なのだ。


「え~っと……こちらは拾っただけデス。僕はアレクサンドリアとイイます」

『……やっぱり、北瀬先輩の声でしたか』

「あ、やっぱ、藤間とうまちゃんだった!」

 淡々と少し低めの若い女性の声。硬かったそれが、わざとらしい片言にわずかな呆れと安堵を滲ませた。


『つまりこれ、いまかけてる電話、栃田さんのマンションにあるってことですか?』

「そうだけど、そっちとしては誰にかけたの? あ、もう最初からスピーカーにしてあるから、那世も聞こえてる」

『こっちもです。長洲野さんいます。でもいったん切って、先輩のにかけ直しますね。万一、なんか変な小細工あると嫌なんで』

 高い警戒を示した藤間が通話を切ると同時に、すぐさま北瀬の携帯が振動した。それを再び、スピーカーで取る。


『お手数かけました。では、続きで。さっきの電話の正体ですけど……例の高校生へ、麻衣さんと奏さん捜索依頼をした人物のものです。審査なし、身分証のみで即日借りられるレンタル携帯。お手軽に後ろ暗いことも出来ちゃうので、ちょっと警戒しました』

「あの探し人投稿の子か」

「依頼でやってたのか……」

 驚く北瀬の柳眉に重ねて、那世が整った顔へ静かに憂いをひいた。


 一家失踪が露見する一週間前から、SNS上に上げられていた、栃田の妻子を探す投稿。藤間が割り出したその投稿主は、市内他区の高校生だった。栃田家からは遠くもないが、近くもない場所。普通に生活していれば、すれ違うことのない他人だ。


 そんな高校生が、どうして栃田妻子を探す投稿を行っていたのか――その事情を聴くため、問題の高校生に、今朝方、雛衣ひなぎぬ署へ来てもらっていたのである。

 北瀬と那世は小学校に出かける際、その後ろ姿を目にしていた。ちょうど、藤間と長洲野ながすのに聴取室へ案内されているところだったのだ。平凡な、どこにでもいる男子高校生の風体だった。


『バイトの募集サイトで、依頼は見つけたそうです。人探しで困っている人を助けるNPO法人が、SNS捜索部門の人材を探しているってことで。自分のSNSに探し人について投稿して、なにか有益な情報があったら、渡している携帯番号に連絡するだけの簡単な仕事。なのに、バイト代がいいってことで、飛びついてしまったらしいですね』


「うまい話にはたいてい裏がある。今回の事件が片付いた時に、警察に説教喰らった程度の社会勉強で済んでいればいいがな……」

「最近、騙された側が人生一発で終わるような罠が多すぎるからねぇ」

『本当にね』

 青少年の行く末を憂うふたりの言葉に、長洲野の苦笑が割り込んだ。

『今回無事に済んだなら、今後こうしたことに巻き込まれないよう、色々しっかり説いておいたよ』

 バディたちは無言で見つめ合った。それはあまり、味わいたくない優しい恐怖だったろう。そう、互いに確認し合う。


「にしても――また話が変わってきたなぁ。つまりは、夫の栃田洋平氏が、ネットを通じて立場を偽り、妻子探しを他人に頼んだってことですよね?」

『そういうことになるね。少なくとも、投稿された一週間前には、麻衣さんと奏さんはいなくなっていたわけだ』


「で、《探し》はじめた……。でもそうなると、俺たちが予測した異能の性質が違ってたことになるなぁ。自分を《探す》相手を失踪させる異能ではなかった、ってこと……?」

「だがそうなると、いま俺たちが消えずにいる、他の理由が必要になるがな。単純な能力のキャパオーバーか、たまたま発動条件にかすらずにいるからか」


『異能の正体も気になるけれど、もっと根本の、どういった理由で麻衣さんと奏さんがいなくなったのか。そして、どうしてそれを警察に相談せず、洋平さんが独自で探そうとしたのか――そのあたりも、解明したいところだね』

『ケースとしては、先にふたりが攫われ、脅迫されて警察に頼れなかったということも考えられますが、そんな痕跡、ありましたか?』


「少なくとも、手紙や書置きの類はなかった。パソコンの方はまだ見てないんで、分からないが……。ロックがかかっているだろうし、持ち帰るから、藤間の方で確認してもらえるか?」

 那世の頼みに藤間が頷けば、横で北瀬が悩ましげにうなった。


「麻衣さんが不倫してたとすると、子どもを連れて出ていかれて、あまり周囲に知られたくなかったから、ってのも、あり得はするかな。――俺は、そうじゃない気がしてるけど」

「不倫の痕跡は、ほぼなかったからな」

 最後に付け加えられた北瀬のぼやきは、どこか確信めいたところがあった。刑事の勘――ではないが、この家の様子や空気から、薄々予測されるものがあるのだろう。おそらく、那世の思い描いているのと同じものだ。できればそれは――あまり当たっていてほしくはないのだが。


 那世は藤間へ問いかけた。

「とりあえず、ここにある夫妻の携帯とレンタル携帯。パソコンの他に、そのあたりを持って帰ればいいか?」

『あと奏さんのキッズ携帯もお願いします。念のため、調べてはおきたいので』

 今回マンションに踏み込むきっかけも、奏の携帯でのやり取りだった。なにか他にも、助けになる情報があるかもしれない。

 那世の返した承諾で、いったん通話はお開きとなった。

 奏の携帯は子供部屋だ。ふたりは寝室をあとにした。


 陽のささない廊下は、その代わりにダウンライトが柔らかな暖色系の灯りを落としている。落ち着いたしつらえに、洒落た造り。また北瀬は、廊下備えつけの飾り棚に目をやり、足を止めた。


 ひかえめにこぼれる光が、白皙はくせきの肌に淡い影を落とす。切れ長の青い瞳に、長い睫毛が物憂げな翳りをそえていた。その澄むように整った面立ちは、時にはっと胸を掴まれるほど、彼を脆く危うげに魅せる。だが――


「俺さ……小さい頃、すっごいプリケツだったんだけど」

「お前にその容貌を与えたもうた神に謝れ」

 間髪なく、冷たく那世は叩きつけた。


 神だって、この儚くも風に攫われ、桜に霞み溶けそうな容貌に、『ケツ』と紡がせたかったわけではないだろう。特定宗派への帰依きえはないが、那世は神が哀れでならなかった。


 だが、丹念に作り込まれた品のいい顔は、人の悪い笑みを浮かべて言う。

「まあ、聞けって、相棒」

「お前のケツの話を聞くために相棒になったわけじゃない。それに悪いが、お前のケツにまったく興味がない。他を当たってくれ」


「ひどいなぁ。世紀の可愛さだったんだから。生後九か月の俺のケツ。あまりの可愛さに、スタジオ写真でも、ケツが主体の写真があってさ。こう、おむつはいたケツの後ろ姿から迫ったやつ」

「おい、この話、まだ続くのか?」

「で、うちの両親が可愛い可愛い、世紀のプリケツっていとおしがるもんで、その写真、しばらく家のリビングに飾ってあったんだよ。俺が、物心ついても。やめろって言ってんのに」

「途端に状況が痛ましくなったな。同情だけはしてやろう」


「まあ、それだけ俺のケツが魅惑のプリケツだったのが罪なんだけどさ」

「前言撤回していいか?」

「この家、そういう写真、一枚もないよね。写真を飾る趣味がないってわけでもなさそうなのに。家族の写真が一枚もない」

 そう、北瀬は飾られている写真立てを手に取った。そこには栃田と仕事仲間の姿はあっても、妻子の姿はない。


「いまも可愛い盛りじゃん? 小学生なんてさ。なのに自分の写真ばっかりで、我が子の写真、まるでなくない?」

「その結論に、前段のお前のケツのくだり、必要だったか?」

「比較対象としての例示はあった方がいいかなって」

 淡々とした那世の指摘にも、北瀬はどこ吹く風だ。黒く鋭い視線は、ちろりとその飄々とした態度を睨んだ。


 が、那世としても、そこは気になっていたところだった。そもそも、写真と言えば、SNSで拡散された写真もおかしいのだ。仕事仲間たちと一緒に撮った写真の端。依頼者が栃田洋平ならば、そんなわざわざ拡大や切り取りの加工が必要な写真を使わなくてもよかったはずだ。夫ならば、娘と妻の写真など、他にもいくらでも用意できるはずなのだから。


「どうも栃田洋平は、自分が可愛いらしい」

 そう笑って、北瀬は写真を棚へと戻した。爽やかなスポーツマンの笑顔から、冷ややかに視線を外して、低く歌うように言う。


「外との交流の少ない、消極的な妻」

「潔癖と几帳面が過ぎるほど、整理整頓されていただろう家の中」

 そう那世が重ねたのを合図にしたように、動き出したふたりの足は、子ども部屋に向かう前に、廊下の途中にある小さな納戸の扉の前で止まった。外からかけられる簡易な鍵が、後から取りつけられている。

 かちゃりとその鍵を外して、北瀬は納戸の扉を開けた。


「ほぉら、やっぱり。……最悪なもんが隠れてた」

 唇を引き上げながら、真反対の嫌悪をのぞかせて、北瀬が呟いた。


 主に掃除用具や生活雑貨の備蓄がしまい込まれた、一畳ほどの狭いスペース。そこに薄い毛布と飲みかけの水のペットボトルが置かれ、なぜか猫用のトイレシートがひかれていた。


「猫なんて、飼ってないのにね」

「飼わなくて正解だ。栃田洋平は……ベットはおろか、他者を愛すのに向いていない」

 納戸に落ちているのは、猫の毛ではなく、長い金糸。どうして一週間前に、妻子が先にいなくなったのか。その答えがそれだった。







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