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〈あやかし〉事案対応チーム

 人を惹きつける声だった。

「すいませーん」

 柔和で、のびやかで、張り上げてもいないのに澄み透るように響いていく。そのたった一言で、忙しないオフィスの中のいくつもの視線が、喧騒の残響をさざめかせながら、入口へと向かった。


「警察省、刑事捜査局、非違検察課(ひいけんさつか)、捜一の北瀬(きたせ)です。こっちは那世(なせ)

 そこにいたのは、声音に違わずパッと目を引く、華やかな顔立ちの青年だった。人好きのする穏やかな笑顔に、切れ長の青い瞳を細め、肩口で少し長い金糸の髪を揺らしている。

 隣には彼とは真反対に威圧感のある青年が、室内を睨みつけるように立っていた。黒い眼光は、斬りつけるに似た鋭さだ。きちんと整えられたさらさらとした短い黒髪と、涼やかさを湛えた端正な顔立ちには、冷たい印象を強く受ける。北瀬と名乗った青年もすらりと背が高いのだが、その彼よりもさらにもう頭半分ほど上背があり、だからか余計に、人を委縮させる雰囲気を纏っていた。


「先行してお邪魔してるうちの班長に、直接ここまで来いって言われて、受付で案内頼まなかったんですけど、どこですかね?」

 北瀬に尋ねられて、手近な若い刑事が慌てて飛び出してきた。


 いま、この東京府の端に位置する八房署は、重罪事件に上へ下への大騒ぎの真っただ中なのだ。そして彼らは、国内の横断的捜査を行う警察省――つまりは上位組織から、応援で寄越された特殊捜査専門チームの重要構成員なのである。

 人と〈あやかし〉のバディ。それが彼らだ。


 昔この世には、〈妖〉と呼ばれた人とは似て異なる種族がいた。人よりも強く、人の及びもしない不可思議な能力を有したが、増える力が人より弱かった。いつしか時代の流れとともに、種の力も緩やかに衰え、数も減り、滅びの道を歩み出した時、彼ら〈妖〉は人と交わる道を選んだ。結果、いまの世では、人と、人と〈妖〉の交わった末である混血の〈あやかし〉が、ともに生きることとなった。


 いまなお〈あやかし〉はみな、昔に人と交わった先祖の血の力を引き継いでいる。個人差はあれど自己治癒力や身体能力が高く、不思議な力を持っているのだ。

 しかし〈妖〉は、人と交わる時にひとつリスクを負った。それは〈妖〉が人に歩み寄った際、人が彼らに科した枷でもあったのかもしれない。


 〈あやかし〉は、波長の合う人間の契約者を得ないと、あらゆる力が使えないのだ。それどころか、契約者を得る前の〈あやかし〉は、常に身体に軽微な倦怠感が纏わりついた状態となる。そのため、普通の人間より暮らしに苦労する者が多かった。

 人と共に歩まなければ、己が力さえままならないのだ。


 そして例え、契約者を見つけ、己が力を揮えるようになったとしても、〈あやかし〉の人生が必ずしも明るく開けるとは限らなかった。


 契約者を得た〈あやかし〉は、発揮された力を生かして、社会に貢献する者がほとんどだったが、なかには力に飲まれるように、犯罪に手を染める者もいた。


 もちろん、善人もいれば、悪人もいるのは、人も〈あやかし〉も変わりない。ただ厄介なのは、〈あやかし〉には特殊な力があるということだった。つまり、それに対応可能な特別な部署も必要となる。

 それが、警察省刑事捜査局非違検察課であった。


 ようは、ここの刑事たちにとって、ただの人間には太刀打ちしづらい案件を請け負ってくれる大事な客人。それが、本日訪れた二人組の青年たちなのだ。



 だが、そうした存在は同時に煙たがる者もいる。「あれが噂の」と誰かの囁く声が、ざわめきの中に歪んで混じった。


「出来損ないの〈あやかし〉ってあいつだろ」「〈あやかし〉のくせにあんま使えないって話で」「じゃ、あっちが出来損ないと契約適合するからって、エリートコース外されたっていう」「どうせ親の七光り出世だろ。若いぼんぼんにでかい顔されなくて良かったよ」


 当人たちにとってはおそらく、興味関心をくすぐった噂話をするついでに、ちょっと悪意を含ませた程度なのだろう。そんなちょっとした陰口だからこそ、折り重なって、潜めもされずに耳に飛び込んでくる。


「待て」

 笑みを深めて、すっと一歩踏み出しかけた北瀬の肩を、那世が静かに掴んだ。

「構うな。踏み込むな。笑顔で暴力を振るいに行こうとするな」

「いや、こういうのは舐められたら終わりだからさ。まず最初に上下を示しとかないと」

「治安を守る側が修羅の規範で生きるな」

 きりりとした顔で、あまりに真っ直ぐな横暴。だが動じた風もなく、那世は淡々と紡いだ。ただただ応対してくれた刑事の顔が、色んな意味で青くなったのが不憫で仕方がない。そこへ、


「北瀬! 那世!」

 軽やかな声が大きく呼びかけて歩み寄ってきた。

「悪いわね。来いっていっといて、出迎え損ねて。対応、ありがとう」


 颯爽と現れた快活な女性が、そう若い刑事ににかりと笑う。長めの黒髪をがっと力強くひとつにひっつめ、通った鼻筋と瞳の圧が、第一印象で勢いよく見た者の視覚情報を殴ってくる。力強い空気を纏う女性だった。高身長の青年たちに囲まれているとはいえ、思いのほか小柄な体格が完全に相殺されている。


「奥の会議室借りてる。藤間(とうま)と私はもうそこが宿代わりよ。長洲野(ながすの)は、最近寝てるところ見てなかったから、さすがにいま仮眠室にいれてもらってる」

「いつものこととはいえ、ひどい。劣悪な職務環境」

「仮眠室分の慈悲がある」

「慈悲の質がひっくいんだよなぁ、この仕事」

 後をついてくる北瀬が愚痴混じりに叩いてくる軽口を、刑事課のオフィス内を豪快に突っ切る背中は、「悪いねぇ」の一言でさっさと笑い飛ばした。


「そういえば、そっちの里見署の案件は、〈あやかし〉絡んでなかったんだって?」

「ええ。遺体の盗難、及び損壊と、内容が異質だったので呼ばれましたが、結果として普通にただの刑事として捜査応援をしてきました」

「で、ようやく終わりが見えたと思った時に、南方(みなみかた)班長から連絡入って、すぐこの現場じゃないですか。俺たちのスーツは過労死寸前ですよ」

「大丈夫、大丈夫。男前だからちゃんとパリッと誤魔化せて見えてる」


 しょぼんとへたれた部下のスーツやワイシャツたちを雑に慰めて、南方はオフィスの一番奥にある会議室のドアを開いた。


「塩崎係長、お待たせしました。これでうちのチーム、こちらの現場に揃いました」

「初めまして。北瀬(ゆう)です」

「那世(りょう)です。お世話になります」

「どうも。八房署捜一の塩崎悟志です。よろしくお願いいたします」


 人好きのする丸い顔立ちの中年男性が、笑顔で席を立った。ともすれば野暮ったくなりそうな黒縁の眼鏡が、ただのスーツ姿なのに絶妙なバランスでセンス良くかかっている。

 握手をし、軽く挨拶を交わす。その彼らへ、机に山積みにされている書類や証拠品箱の向こうから、ぼそぼそとした声がかかった。


「お疲れです」

「あ、藤間ちゃん。お疲れ。アレクサンドリア元気?」

「アレクサンドリアは、元気です」


 複数のパソコンを前に座るのは、会議室の椅子と同化するようなグレーのジャージ姿。しかしその彼女の腕の中には、鮮やかなパープルピンクの巨大なぬいぐるみが抱きしめられていた。藤間の仕事の供、アレクサンドリアだ。もふもふと毛並みのいいナマコのような形に、ぎょろんとした目が特徴的である。


「藤間の方は、目が死んでるな」

「ずっとパソコンしか見てなかったんで」

 すっきりと整った色白の顔は、見る影もない疲労の翳りに覆われている。眼鏡の硝子越しですら、黒い瞳からは不眠の虚ろが溢れ出ていた。櫛としばらく縁を持てていないだろう黒髪は、短いというのにぼさぼさだ。


「でも、絶対こいつらはころ・・・・・・パク・・・・・・逮捕しようという気概で頑張りました」

「職務中だからね、よく堪えた。藤間、偉いわ」

「藤間ちゃんの強い気持ちは、手に取るように伝わってきた」

 南方と北瀬にそれぞれ両肩をぽんっと叩かれ、「恐縮です」と藤間は控えめにはにかむ。


「それで、班長。藤間がここまで怒りに燃えてる今回の件ですが」

「ああ、捜査資料はそこのちょっと厚めなの。あとで目を通しておいて」

「ちょっと、とは?」

 分厚い紙の束を手にあげられた北瀬の疑義を、聞かずに流して南方は続ける。


「概要については、塩崎係長にお願いします」

「はい。では、途中で見ていただきたい映像もあるので、藤間さんのパソコン周りに来ていただいて」

 楽しそうなチームだなぁ、と微笑ましく見守っていた塩崎の空気が、ふっと一転、固く引き締まった。


「発端は地味なもので、家電量販店からアダルトビデオを万引きした男が、余罪も自供したので、家宅捜索を行ったんです。そうしたら、男女問わず十代というのが男の嗜好だったらしく、盗品含め大量のその類のDVDが出てきました。多くは正規品で、成人の役者による学生という設定ものだったんですが、違法のものも数本含まれており、そのうち一本が・・・・・・」

「これです」

 藤間が流した映像に、会議室に重い沈黙が圧し掛かった。


「なるほど・・・・・・未成年者の拉致監禁、及び強姦か」

 舌打ちして、苦々しく北瀬が呻く。

「万引き男に聞いたところ、入手経路はネット通販。ただ、該当サイトはもう消えていました。なので、無理やりほじくり出して、暗号化をぶち破って、売り手を探そうとしたんですが、プロバイダーを複数経由してるのか、セキュリティが固いのか、痕跡が消えていて私でも探れず」


 悔しそうに藤間がアレクサンドリアを絞めつける。その背をそっと慰めた南方の手が、パソコン画面の凄惨な動画を示した。

「それで今度は、この動画を徹底的に調べ上げたのよ」

 藤間が頷く。ぎゅっと抱き潰された拍子に揺れたアレクサンドリアのぎょろ目も、怒りに奮い立っているように見えた。


「撮影技法は未熟で単純。固定カメラから撮影。映像や機器に特徴的なものはないように見えましたが、この廃工場らしき場所の室内構造、映像隅の壊れた窓の向こうの景色や、太陽光の角度、覆面の下衆野郎二人組の瞳の映り込み画像――使えるものは全部使って、八房署のみなさんと徹底的に分析、あらゆる図面、地図情報から割り出して、この撮影場所は見つけました。数年前まで個人経営されていた、車の整備工場です」

「執念」

「感服する」


 藤間の目の下の深く黒い隈が輝いている。彼女と似たような亡者の顔をした刑事たちが、書類の山脈ができたオフィスのうちに溢れていたのも納得だ。


「ただ……現場の廃工場に踏み込んだものの、特に目ぼしい証拠や痕跡はなにもなかったんです」

 藤間は口惜しげに肩を落とした。励ますように塩崎が続ける。


「ですが、そこが私有地で、工場も同一個人の持ち物であること。工場周囲が金網で囲まれているのに、破損個所がなく、出入り口の鍵もしっかりしていることは確認できました。もちろん不法侵入の可能性もありますが、この押収映像内だけでも、複数回使用しています。犯人が安全地帯としている場所なので、持ち主である可能性も高い。そのため、別路線の捜査も行いつつ、容疑者として所有者の尾行を行っているところです」


「実際、その所有者、背かっこうがこの覆面男の片方と似てるのよ。ただ、それだけではとても証拠とはいえないから、犯人とは断定できない。いまは所有工場で、犯罪行為が行われた人ってだけね。だから任意同行はお願いできるけど、現段階ではあまりに打てる弾が少ない。もし対象が犯人であったとして、しらばっくれて逃げられる率の方が高いわ」


「令状取れるだけの証拠上げるか、最悪、犯行現場押さえるしかないってことですね」

 画面の男たちへ冷ややかな視線を突き刺して、北瀬が言う。笑みの彩りが途絶えると、その切れ長な目元は、存外鋭いことに気づかされた。優美な刀身の趣だ。危うさが心の芯をぞっとさせるのに、そこにこそ魅せられる。


「しかし、状況は分かりましたし、もちろん協力も惜しみませんが、捜査一課でなく俺たちが呼ばれたのはどうしてですか?」

 那世が南方へ首を傾げた。非違検察課は、基本的に〈あやかし〉の関連が強く疑われる事件に駆り出される。事件内容は業腹なものだが、〈あやかし〉絡みとなりそうな、奇怪な部分はないように思えた。


「被害者が出てこないのよ」

 南方が困惑を深いため息に変えた。

「この映像内だけでも八名は被害を受けてる。実際はもっと被害者はいるかもしれないわ。それなのに類似案件も含め、管内及び近隣での少年の性被害の届出はゼロ。少年は少女よりも性被害を秘匿する傾向にあるから、これだけの被害だからこそ、逆に言い出せずにいるだけかもしれないけど、過小な報告としても被害があがっていないのよ。最悪の事態として、しゃべることが出来ない状態になっている可能性もあるけど・・・・・・失踪、家出関係、不審死の身元不明者リストにも、映像中の少年と一致する者はなし」


「照らし合わせ作業は、東京府内はもちろん、全国区のデータで行いましたが、それでも今回の件と関係のありそうな未成年者、及び事件は見つけられませんでした」

 そう無念そうに眉を寄せる塩崎のあとを、南方が引き継いだ。


「藤間をはじめ、映像精査に割り振られた八房署のチームには、引き続き被害少年たちの特定も進めてもらってる。ただ、これだけの被害と犯行なのに、被害者側の情報がまるで出てこないというのも不可解だから、なんらかの特異な手段で、被害者について、人の目を欺いている可能性も考えているの。だから、私たちなわけ」


「なるほど。了解しました」

「ひとまずいま、お二人には、例の工場所有者の尾行の応援に回ってもらおうと思っています。最近の報告では、車で繫華街に赴き、物色らしき動きをしてもいるそうです。なので、」

「それについてですが」

 ふいに藤間が、塩崎を遮って手をあげた。


「傾向と対策的に、今回の犯人のターゲットは、中高生ぐらいの少女っぽい小柄な少年です。繁華街で行っている行為が、本当に物色だとすると、現逮には繋がりやすいですが、その場合また未成年の被害者が出ます」

「まぁ、車で行ってるし、この繁華街から犯行現場の工場までの移動を考えると、現逮できても、その時の被害者が車に押し込められたり、脅されたり・・・・・・嫌な目にあうことは避けようがなさそうではあるよね」

 那世の手に渡された地図を眺めながら北瀬が唸れば、「それです」と、いやに強い声で藤間は言った。

「そこで私から、ひとつ提案があります」


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