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6話


 大悪魔セイレーン討伐の翌日。

 時刻は午前9時頃。


 僕の目の前には固く閉ざされた巨大な城門が鎮座していた。


「また、戻ってきちゃった……」


 ルバニア王国首都、城塞都市ラナティの城門前。


 僕を死刑にしようとしている老人を力ずくで説得する。

 シスターの提示した無茶な要求を鵜呑みに、ここまで来てしまった。


 会見の場は用意する。

 命の保証もちゃんとする。

 そんな甘言に惑わされて、昨日の僕は了承してしまったのだ。


 どう考えても罠だろう、僕のバカ!


「はぁ……しかしここまで来たはいいですけど、これどこから入るんですか?」


 王都の入口、南門は完全に閉ざされていた。

 番兵すら立っておらず、門の脇に見張り窓が据えられてる程度だ。

 ここからは入れそうにない。


「王都には直接中に入る事はできないよ、外から来た人間はまず緩衝区域となる南の外街を通らなければならないんだ」

「お前が以前通った西門は農家の出入りや荷物運搬に使う非常口みたいなものだな」


 一緒に行動しているのは鉄仮面さんと雀さんのみ。

 人狼さんは潮風にやられてしまって集落へ帰還していた。

 

「なに、南門は歩いてすぐだ、ゆるーく行こう」


 こうして2人と1匹は南の緩衝区域へと歩みを進める。

 そして宣言通り数分もしないうちに街の入口大きな関所が見えてきた。


「紫の小瓶、使います?」

「いらないいらない、手続きはすぐ終わるさ」


 鉄扉をくぐり関所に入ると、まず最初に全員が血を採られた。

 その後待合室で数分ほど待機していると、役人が出てきて通行許可を出し待合室の扉を開け放つ。

 これといった悶着もなく、僕らはあっさりと街の中へと招かれた。


「簡単に通れましたね」

「緩衝区域、って言っただろう? 街の中ではあるけど扱いは外とほぼ同じ、人の出入りを厳しくチェックするのは王都の中枢の方でこっちは物の行き来きが主流なのさ」


 関所の扉をくぐり街へ一歩踏み入れると、賑やかな喧騒が僕らを迎えた。

 南の緩衝区域は流通の窓口らしい人々の賑わいで満ちていて、なんだか昨日の港街を想起する。


 初めて訪れる街。

 それも魔物の襲撃などもない正常な街。

 ここはどんな街なんだろうか、知識欲と期待が胸を満たし始めた。


 ……が。

 そんな気持ちはすぐに消え失せた


 街に入ってすぐ僕らの目の前に、老人が1人立ち塞がったのだ。


挿絵(By みてみん)


 いかにも「私、偉い人です」なんて主張する派手な服を身に纏った老人が、僕らの目の前に立ち塞がっていた。

 背の高い老人が1人だけ。

 部下らしき人は連れていない。


「キャスパーグ卿!? なぜこのような場所に……!?」


 雀さんがその老人を見て驚く。

 その口に僕の目的である老人の名前が挙げられた。

 最強剣士だとか、元騎士団長だとか、偉そうな肩書の老人だ。


「教会の奴らの用意した場所が気に食わなくてな、少し散歩してた所だ、いやぁ偶然偶然」

「……そんな訳がないでしょう」

「それとベルナドット、こんな所でそのように殺気を出さんでくれ、兵士達がザワつく」

「……」


 老人を警戒した鉄仮面さんはすでに槍を構えていた。

 鉄仮面さんもこの老人の事をあまり好ましく思っていないようだ。


 ただ、今ここは非戦闘員も多く通る雑踏の入口。

 武器を構えるのは得策ではない。

 そんな意図の老人の提言に、鉄仮面さんは従い槍を背中にしまう。


 なんなんだろうこの人は。

 立場の高い人とは聞いているが、立ち振舞にそのような堅苦しさや威厳がない。

 どちらかといえば見回りの兵士さんや、昨日の商人さんのようなフットワークの軽さを感じる。


 そんな事を考えていると、


「まだまだ若いなベルナドット!」


 老人はその隙をついて接近!

 あれよという間に僕を肩に担いだ!


 なんという速さだ!

 そしてなんという手癖の悪さだこの老人!


 僕を担いだ老人は風のような速さで走り、街の建物の屋根へと飛び乗った。

 瞬き1つしてる間に僕の体は雀さんと鉄仮面さんから離されていく。


「この者、少し借りてくぞ」

「キャスパーグ卿!!」


 鉄仮面さんがこちらを追って手を伸ばすがあと数cmという所で関所から出てきた兵士に阻まれた。

 僕を抱えた老人は街の屋根から屋根へと飛び移り、そしてそのまま昨日のシスターと同じように出っ張りのない城壁をするすると登っていく。


「それが貴族の長のする事ですか!?」


 小さくなる街並みから雀の大将の恨み言だけが届く。

 あっというまに地上の街並は遠くなり、僕を肩に抱えた老人は30m近い高さの城壁の上へ着地した。


 城壁の上には老人の部下らしき兵士達が十数人待機していた。

 周囲は敵だらけ、下手な行動はできそうもない。


 高い高い城壁の上。

 頼れるのは自分だけ。

 一体何をされるのか……


「そう構えずともよい、まずは座りたまえ」

 

 そう言うと老人は僕を降ろし、近くの物置から椅子を取り出し差し出した。


 もしやこの椅子に毒が!?

 匂いを嗅いだり軽く槍で突いたりするが特に何もない。

 渋々言われた通りに椅子に座る。

 とくに何もない、いきなりこちらを殺してきたりはしないのか?


 警戒する僕をじっと見る老人は、少しだけ額に手を当て考え事をしたあと。

 ため息を1つ吐き、そして笑顔をたたえながらこちらに問い掛けを投げた。


「さて、君はあの女狐になんと言われここに来た?」

「へ? め、女狐?」

「大方、儂が悪者で奴ら教会が正義の味方、みたいな言い方をしていたんだろう? あのシスターは」


 まさか、女狐とは僕を殺そうとしたシスター・ジェミネを指すのだろうか。


「え、あ、いや、僕を死刑にするべきって人がいるから力ずくで説得してこいと言われて来たんですけど……」

「ははは、力ずくでか、そうかそうかなるほど」

「どういう事なんですか?」

「なるほど、君はどうやらあのシスターの計画を進めるために利用されたようだな」

「計画? 利用!?」

「説明しよう、構えたまえ、君の槍だ」

「は? は?」


 老人は鉄槍を1つ僕に手渡した。

 それは僕がさっきまで背中に背負ってたはずの槍だった。

 いつの間に盗られた!?

 というか構えろって、今から何を!?


 説明が足りない。

 圧倒的コミュニケーション不足!

 この光景にデジャヴを感じるが、まさか今から……


「安心しなさい、手加減はする」

「手加減!? え、まさか、本当に」


 戦闘。

 そう言おうとした途端。

 剣撃が老人から放たれた。 


 虫の触手よりも遅く鳥の鉤爪よりも軽い剣。


 戸惑いながらも老人の剣撃の分析を終える。

 これなら捌ける、そう思って槍を構えた。

 その瞬間。

 老人の剣が突然速くなった!


 タイミングをずらされ受けそこない、体勢を崩した僕に老人の2撃目が襲いかかる、初撃よりさらに速い。

 槍を合わせることすらできず、老人の剣先が僕の首に向かいそして……


「まぁこんなものだな」


 剣がほんの少し首筋に触れた所で止まった。

 あと1cmでも剣が進めば僕の首は飛ぶだろう。

 完全なる敗北だ。


 だが、剣はそのまま僕の首筋を斬り落とす事はなく微動だにしなかった。

 今すぐ殺すつもりはない、という事……なのか?


「あの……なんでこんな事を……」

「こんな老いぼれに負ける弱い天使でも、あの女狐の進める計画と絡めれば巨大な悪魔も倒せます、と宣伝材料に利用したわけだ」

「計画……? 宣伝……?」

「ま、座りたまえ、こんな体勢じゃ聞きづらいだろう」


 老人は剣を収め椅子に座った。

 立てと言ったり座れと言ったり、忙しい人だ。

 なんだか腑に落ちないが、抵抗するわけにもいかず仕方なくこちらも着席する。


「あの女狐、シスタージェミネは、この国周辺の流通を掌握し大砲や爆薬、弩や魔術の研究を行っている」

「流通を掌握……?」


 さらっととんでもない事をやってる、あのシスター。


「あの女狐とその上司ネルウァの婆さんは、戦闘経験のない無辜の民でも魔物と戦えるような強力な兵器を開発する事、そしてその兵器を世界中に行き渡らせる事を目的としている、実に恐ろしい計画だとは思わんか」

「……? それは、悪い事なんですか?」


 城壁の中だろうと魔物に襲われるこの世界。

 それくらいの武器はあってもいいような気がするけど……


「その計画が進めば、いずれ幼い子供や経験のない非戦闘員すら戦場に駆り出されるだろうな」

「な、なるほど、それは良くない事ですね」

「戦場に立ち魔物共の矢面に立つのは我々貴族だけでいい、貴族こそ牙無き民の盾となり矛となれと先祖代々受け継がれてきたのだがな……」


 老人はため息を付きながら言葉を続ける。


「で、そんな中、女神より遣わされた天使は君のような武に長けていない特殊な天使、しかもそれが生まれて2日で即大悪魔虫の皇を撃破というわけだ、武勇を重んじる我々貴族としては実に都合の悪い事だ」 

「そうなんですか……」

「そしてつい昨日、君はこの国の心臓部ともいえるエピダムノスを守った、元老院も君の持つ窓の権能とシスタージェミネの計画を認めざるを得なくなったのだ、あの女狐達から貴族への要求は今後エスカレートしていくだろう」

「ぐ、具体的にはどのように……?」

「もっと予算ください、だな」

「急に話が俗っぽくなったんですけど!」


 歴史だの計画だのの話が並んだ上で、終着点は結局、お金! 

 なんか、こう、がっかりだ!


「お前さんをわざわざ儂の所に向かわせたのもそういう意図あってのものだろうな」


 つまり要するに、シスターは悪巧みとお金せびりをしていて、この老人はそれに振り回されている。

 なるほど状況はなんとなく理解できた。

 ん? あれ? ということは?


「それじゃあ僕の死刑うんぬんも嘘だったというわけで」

「いやぁ儂は今もお前さんは死刑に処すべきだと思っとるよ、同様の考えを持つ老人も多い」

「なっ、なんで……はっ!? まさか上はみんな魔物の味方じゃ!?」

「んなわけあるかい、みな大事な家族や友人を殺されとるんじゃ、魔物なんぞ滅ぼす以外ないわ」 

「す、すいません……でも、じゃあなんで?」


 大悪魔を倒すという実績はちゃんとある。

 それに窓の権能と相性のいい集団まであるという。

 なのになぜ僕を死刑にしようとするのか。


「それもまた順を追って説明しよう、まずは今から500年前……」

「あの、それ長くなります?」


 すでにここまでだけで老人の話はかなりの長さとなっている。

 なのに、さらに話の風呂敷が広がりそうだ。


「そろそろ座っているのが辛くなってきたんですけど……」

「人類が魔物の脅威に晒されてから約500年、我らの祖先は東の果てにある魔物の主への進攻を幾度となく試みた」


 僕の言葉を無視し老人は言葉を続けた。


「が、進めることのできた歩みはたった10kmだった、500年かけてたったの10km、これが人類の歴史だ」

「それって全体の何割……」

「目標地点は8000km先だ」

「は、はっせん……」


 なんと目標までの到達割合、たったの0.125%!

 どうやら僕はとんでもない時代に生まれてしまったようだ、こんな状況で魔王なんて倒せるのか!?


「そんな途方もない距離の旅路も君のその神の権能があればクリアできるだろうな、それほどまでに空間を繋ぐ、という力は強力だ」

「え? だったら尚更なんで!?」


 この老人の発言は矛盾している。

 今までやりたくてもできなかった事ができるようになるのに、その手段を消そうとしているのだ。


「今まで到達できなかった所へ行けるんですよ? それなら……」

「魔王の元へ到達はできるだろう、で、その後はどうなるだろうな?」 

「その後?」

「500年でわずか10kmしか進展しない人類なんぞが魔物の大本にたどり着いて、その後、勝利を収める事ができるのか?」

「……それは」

「無理だな、無駄に兵が命を落とし魔物の餌となり、そこで終わりだ」

「な、なるほど」

「儂が危惧しているのは、気の逸った若者や功を焦る下級貴族が君の能力を使い、無駄に兵を死なせ魔物の腹を肥やしてしまう事だ」

「……」


 鉄仮面さんみたいな強い人が千人くらいいれば可能だろうか?

 それとも或いは、シスター達の兵器開発の計画が進めば?

 それとも、両方……


「我々人類がいま必要としているのは革新ではない、進歩を支える基礎なのだ、欲しいのは強い人類、それだけだ」


 ふむ、この老人の言おうとしてる事はなんとなく理解できた。


 装備の質も本体のレベルも低い人類が今、魔王に挑んでも返り討ちに合う。

 だからそれらが十分なレベルに成長するまで、神の窓という魔王へ到達する手段は邪魔なのだ。


 人類全体が強くなるまで、窓の権能なんてものは無い方が良い。

 それがこの老人の主たる思想なのだ。


 この老人の考えは概ね理解した。

 しかしその上で、一体この人は何を企み僕の前にいるのか……


「お前さんにはとりあえず死刑を、それがだめなら追放処分でもと粘ったのだが、昨日の件で完全に皆が安易な道を選んでしまった」

「とりあえずで人を死刑や追放しようとしないでくれます!?」

「故に儂はお前さんの処理をこうして独断で進める事にした」


 老人はそこで言葉を切ると。


「ひ、ひぃ!?」


 僕の首根っこを掴んだ!

 つ、ついに殺されてしまうのか!?


「ダニエラ! ダニエラいるか!」

「はいはい、いますよー、ダニエラここに」


 城壁の上から覗くはるか下方、街中の一角から返答があった。

 遠くに白い装いの兵士が一人見えた。


 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする!


「この天使の処遇、お前に任す!」


 そういうと老人は。

 

「あ、あのすいません、もしかしてですけど今から、もしかして」


 首根っこを掴んだ僕を。


「すいません待ってください自力で行けますから! 窓ありますから! それ」

「いずれ、お前さんがこの老いぼれより強くなれたならまた会おう」


 おおきく振りかぶって。


「ま、待っ」

「グットラック」


 力いっぱい放り投げた!!


 コンマ1秒前に立っていた城壁がどんどん遠くなっていき、そして地面が近づいてくる。

 30m近い高さから放り投げられた体は錐揉み回転しながら高速で落下していく!

 窓を開けようにも回転する体で開いた窓は螺旋状の軌跡を空に青く光らせるだけ!!


「あっ、これ死……」


 そう思った瞬間、地面から水がせり出した。

 いや、自分が水の中に突っ込んだのだ!


「た、助かった……?」


 しかしおかしい、落下している時見た光景の中に、水場は1㎡たりとも存在しなかったはず……


「はぁ……まったくあの人は、これでは貴族でなく蛮族ではないですか」

 

 水の外から声が聞こえた。

 同時に、緑の光とともに僕を包んでいた水が消える。

 生まれてからの4日間、何度も見た魔法の光だ。

 魔法で水のクッションが作られたのだ!


「さて、生きてますか天使君?」

「あ、ありがとうございます、助かりまし、た……?」


 状況をようやく理解し、水に濡れた石畳から立ち上がる。

 助けてくれた声の主を探し周囲を見回した。

 ……

 ……

 すると、視界に巨大な魔物の顔が入ってくる!


「ま、魔物!?」

「違う違う、こっちこっち」


 声のする方へと視線を向ける。

 魔物の反対側、そこには見知らぬ白衣の女性。


挿絵(By みてみん)


 なるほど魔物の声じゃなかったのか。

 よかったよかった……な、わけがない!  

 街の中に魔物がいるじゃないか!!


「すまんねぇ、ちょうど新鮮な魔物の死体が手に入って解剖しようとしてたところさ」

「死体、解剖……?」

「あぁ自己紹介がまだだったね、私は第14代王国騎士団長兼魔物研究局局長パトリキオス、ダニエラ・エウリュディケだ、以後お見知り置きを天使君」


 長ったらしい肩書がつらつらと並ぶが、つまりこのダニエラさんはこの国の騎士団の長で、同時に研究局の長でもある偉い人、ということか。


「ん? 騎士団長で、研究局長……?」


 研究、という単語を聞きなんだか嫌な予感が増してきた!

 処遇を任すって、僕を研究材料にするって意味なのか!?


「さてさて、ではでは」


 ダニエラさんはそう言うとブーツを石畳に響かせながらこちらに歩み寄り……

 ……

 ……

 ……身構えた僕を無視して魔物の死体に向かっていった。


「君は後だ、まずはメインディッシュをいただかないとねぇ!」

「め、メインディッシュ……?」

「いやぁしかしここまで状態のいい死体は久しぶりだ、腕がなるなぁ!! ふひ、ふひひひひひ!!」


 まるで餌を前にした猛獣のような目でダニエラさんは語る。

 まさか食べるのではあるまいな!?


「天使君、今から少々グロテスクな光景が広がるから苦手なら少し目を瞑っていたまえ」


 そう言うと彼女は、手に持つ刃物を魔物の死体に向かって振り下ろした。

 血が飛び散り、石畳は赤に染まる。


「あぁやはり鮮度の良い死体は素晴らしい! 毛細血管から内蔵まで、生きた流れを堪能できる!」


 そしてなんだか既視感のある言葉が飛び出した!

 確かその言葉の発言者は虫の皇! 

 虫魔物の元締めが人の死体を弄んでいた時と似たセリフ!


 恐怖を感じどうにか逃走経路を見出そうと周囲の地形を確認していると。

 解剖中のダニエラさんはぐるりと首を回してこちらに言葉を放った、まるで釘を刺すかのようにぐさりと言い放った!


「あぁ勿論君のことも忘れてないからね! 後でたっぷりその神の権能を調べさせてもらうからねぇ!!」


 ……逃げなければ、今すぐに!





「おいおいどうして逃げるんだい天使君」

「あんな光景を前にして逃げるなってほうが無理ですよ!!」


 ダニエラさんとの邂逅から数分後。

 高い城壁のすぐ近く。


 逃げた僕は城門を守る兵士にひっ捕らえられていた。

 親猫に掴まれた子猫のような様相で、首根っこを掴まれ手も足も出ない。


「研究はさせてもらうけどさ、別に君を殺す気はないとあの蛮族爺さんから聞いていなかったのかい?」

「聞いてませんよ!? あの人僕のこと今でも殺すべきだと思ってるって言ってましたよ!?」

「……うん、いや、まぁ、その、しかし、殺されはしなかっただろう?」

「でも剣で切りかかってはきました」

「あぁんの戦闘民族、話をややこしくしやがって!! 文明という言葉を母の腹に忘れてきたのか糞が!!」

「ひぃい!?」

「まぁまぁキャスパーグ卿ですし……それよりダニエラ様、この子どうします?」


 急に怒り一人愚痴りだしたダニエラさんを、僕を捕まえている兵士さんがなだめだす。

 なぜか頭の中に「中間管理職」という単語が浮かんだ。


「はぁ……毎度いちいち逃げられても面倒だ、君、雀の大将でもいれば流石に逃げないか?」

「雀さんも一緒に? それなら確かに安心できますけど」

「となるとこの子を南の緩衝区域へ?」

「うむ、さっそく門を開けてくれぃ」

「しかしダニエラ様、この子の出入許可はまだ発行されていないのでは?」

「あー? それなら法皇様の捺印があったような……あれ? この子がもってるんだったっけ?」


 兵士とダニエラさんは問答を続けている。

 それに聞き覚えのある単語が出てきた、法皇の捺印と。

 なんだか知らないけどあの写真があれば外に出られるようだ?

 とにかく早く外に出たい、この街には何一ついい思い出がない!!

 急いで懐から法皇のブロマイドを取り出す。

 半裸の成人男性の写真が白日の下に晒される。


「捺印、捺印あります、ここに!」

「うわぁ、何これ……」

「君こんな趣味が?」

「違います! 裏を見てください、裏を!」

「あー、これは」

「確かに……」


 法皇の印がそこに刻まれているのを確認した二人は、すぐに手続きを行い門兵へと書類を提出する。


「しかしなんでこんな物の裏に大事な印を……」

「どうせあの女狐シスターがなんか企んで仕込んでるんだろうねぇ」

「あぁ、納得」

「うちの上層部こんなんばっかだよぉ……」


 門番に書類と捺印を届けると、緩衝区域へと繋がる門はすぐに開かれた。


 僕を捕まえていた兵士さんに別れを告げ、ダニエラさんと共に緩衝区域へ帰還すると、門の近くで鉄仮面さん雀さんが待ってくれていた。


「おぉ無事だったか天使君!」


 見知った顔が出迎える。

 ほんの数十分の別行動だったのに、なんだかすごく安心した。


「は、はい! 無事かって言われるとちょっとあれですけど」

「おや、ベルナドット!? お前もいたのか! 久しぶりだなぁベルナドットぉ!!」

「げぇっ!? ダニエラ!?」

「鉄仮面さん知り合いですか?」

「……元上司と部下だ」

「こいつ元は私の騎士団にいたのさ! まぁ上と揉めて辞めちゃったんだけどねぇ!」

「その話はいい、それよりなんでお前がそいつと一緒にいる?」


 そういえば忘れていた。

 このダニエラという人、僕の処遇を任されたらしいが一体何をするつもりなのか。


「キャスパーグ卿の計らいだよ、私がこの子を研究材料としてる内はどこの勢力も変な手出しはしてこないだろう、ってねぇ」

「それってつまり、どういう事です?」

「権力闘争とか外交とか後継者問題とか、そういう面倒ごとから君を離しておきたいそうだ」


 なるほど、わからん。

 結局ダニエラさんとあの老人が僕を使って何をしたいのか謎のままだ。

 魔物を倒せばそれでいい、と言うシスターの方がまだ分かりやすい。


「それで、面倒事から離してる間、君には色んな魔物と戦って経験を積んで強くなって欲しいんだと」

「……それもまた説明になってるような、なってないような」


 ダニエラさんの説明には、強くなったあと何をして欲しいのかという、一番重要な部分の説明が抜けている。


 結論だけ言えば魔王を倒せ、なんだろうけど。

 シスター達の方には「魔王を倒す、それも強力な兵器をたくさん作って魔王を倒そうぜ!」という間の説明がちゃんとあったのだ。


 あの老人から言われたのは結局「今の人類は弱い」「だから強くなれ」の2つだけだ。

 間に挟むべき説明がいくらかすっ飛ばされている。

 何かはぐらかされてる気がする!


「私から今言えるのはここまでだねぇ、後は自力で考えてくれたまえよ」

「結局あの方は天使君の味方したいのか敵になるのかどっちなんだ……」

「両方かなぁ、あの蛮族ジジイも弱っちい天使君をどう扱うか決めかねてるんだと思うよ」

「弱っちい……」

「ダニエラ君……仮にも自国の王にジジイ呼ばわりはないだろう……?」

「え、あんな人が王様なんです!?」

「王様というよりは王様代理が正しいな、前王は魔物に襲われ崩御なされた」

「王子はまだ生まれたばかりで王女は他所の国に嫁いじゃったからねぇ」


 こんな城壁に囲まれ兵士もたくさんいる所に住んでいながら魔物に襲われ王様が死ぬとは。

 この世界に安全な場所はどこにもないのか。


「ま、今回私が君らと合流したのも、その王様の死と関連した仕事の都合もあってね」

「?」

「天使君、早速だが研究がてら、君に元老院から魔物討伐の依頼がある」

「……また大悪魔を倒せって言われるんですか?」

「いや、今回は生まれてから1〜2年ほどのとても弱い魔物だ」

「弱い? なのにわざわざ倒せと命令を?」

「うん、今回のターゲットは生まれて日が浅く力も弱い、けど知能はそこらの30年ものの大悪魔より高くなかなかに厄介なんだ」


 生まれて日が浅いのに知能が高い。

 なのに王様の死と関連がある。


 なんだろう、この先に続く言葉をすごく聞きたくない。

 なんとなくそれが指し示す先が予測できてしまう。


「その魔物ってのはね」

「……」

「人間が魔物になったものなんだ」


 どうやら自分はこれから、かつて人であったものを殺さなければならないようだ。


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[気になる点] ~ あと1cmでも剣が進めば僕の首は飛ぶだろう。 1cmのわずかな刺激で首が飛ぶ……黒ひげかな?
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