2話
目が覚めると始めに振動と音があった。
視線の先には天井アンド壁。
壁と天井どちらもが布でできていた、床は感触からして木材。
そしてすぐ前方から馬の嘶きも聞こえた。
情報をまとめるに、僕は今馬車に載せられているようだ。
なんで馬車なんかに?
よくわからない、記憶にない、とりあえず立ち上がって周囲を伺おう。
体を横にしてから手に力を込め、上体を起こし立ち上がる。
……と、した所で右手に違和感を覚えた。
針だ。
長い管の付いた針が僕の右手の静脈に突き刺さっている。
針が腕に刺さっている!
なんだこれは!!
急いで抜こうとすると頭の中になにやら情報が響く。
「点滴、血管に針を刺し輸液を行う」
「安全」
針を刺す!? 針が刺さってるのに安全って何ですか!?
頭に流れる情報を無視して針を抜こうと手を伸ばす、すると。
「あーこらこら、まだそれは取っちゃだめだよ」
頭上から制止の声が響いた。
視線を上げると僕の頭の上に雀が一羽乗っかっていた。
「口から食べ物を摂る事ができないほど衰弱していたからね、そいつで栄養を送ってるんだ、まだ取っちゃ駄目だよ」
昨日、意識が途切れる前に見た雀さんだ。
雀さんだ。
雀が僕の目の前で喋っている。
雀が。喋っている。
……どういうことだろう?
ダメだ、理解が追いつかない。
「あぁこの姿かい? 魔物の呪いでこんな姿にさせられてしまってね、一応これでも人間さ」
「魔物の呪い……?」
「そんなに警戒しなくてもいいよ、僕らは教会みたいにいきなり君に何かを強制したりはしないから」
「あ、いやそっちじゃなくて……魔物って何ですか?」
「そうかそれも知らないのか、ならそこから説明しようか」
「……長くなります?」
「五百年前、魔物現れた超強い、人間たくさん喰われた、倒しても倒しても魔物いっぱい人類衰退、以上説明終わり」
「うわぁ短い、短いですけど端折り過ぎて結局よくわかんないです」
「魔物は色んな種類がいてどれも人知を超えた力を持つんだ、私がこんな雀の姿になったのもそのせいさ」
「は……はぁ、なるほど」
かなり不親切な説明ではあったが。
魔物って生き物が一杯いる、そしてそれは強くて人間を食べるからヤバい、というのは何となく伝わった。
それはいい、それはいいとして。
この雀さんは一体どんな人で、どんな思惑で僕を馬車に載せたのだろう?
空腹で倒れていた所を助けてもらったというのは分かる。
けれど、その理由次第ではこの雀さんからも逃げなくてはいけないかもしれない。
「いやぁしかし君の持つ神の権能、素晴らしいね、空間と空間を繋ぐとか。それがあれば交易での輸送費を大幅カット、いやいっそ遠く南西の宝石商とのルートを確保できたり? いずれにしろ儲け話だ夢が広がるねぇぐふ……ぐふふふ……」
「あ、あの?」
「おぉすまない、少々取り乱してしまったね」
信用して良いのだろうかこの人……いや人というか雀……
誰か他に助けてくれる人がいないかと馬車内を見回すが、鎧を着た狼顔の獣人が一人いるだけ。
それも居眠りしてる。
ダメだ、頼りにならなそう。
「私はこの国の荒野全域の難民を支援していてね、どうしてもお金の事になると、その……ね?」
「難民?」
「何に対しての難民か、かね? まあそれは今言った通り……」
「話の途中すまん大将、奴らに捕捉された! 馬車が揺れるぞ!」
雀さんの話の途中で、馬車の御者から大声が上がった。
同時に馬の速度が上がり御者からの緊張した空気が伝わってくる。
未だ狼の人は寝たまま!
「あぁ畜生、先行してた護衛部隊がやられちまった! 俺らも完全にとらえられた!」
「あれ、ちょっと? ベルナドット君も合流する予定じゃ……うぉお!?」
雀さんの言葉とともに馬車の外から大きな音がした。
なにか予想外の事が起こったのだろうか?
「天使くん伏せろ、馬車が倒……」
そして雀さんの言葉が終わるより先に、馬車が横転し天地がひっくりかえる!
大きな音と衝撃の後、さっきまで壁だった布が地面へと変わった!
逆転する天地、地震にも似た衝撃。
何が起こったのか理解した頃には、僕は地面と化した馬車の側面へと横たわっていた。
「大丈夫か天使君?」
「は、はい、なんとか」
横転の衝撃で思いっきり肩を打ち付けてしまった。すごく痛い。
でも立てないほどの怪我では無かったのは不幸中の幸いか。
「天使君、残念なお知らせだ、敵に捕足された、戦闘の時間だ」
雀さんの発言に被せるように、横転した馬車のすぐ近くから人ならざる者の足音が聞こえた。
硬く細い何かが土を踏む音。
助けてくれそうな狼顔の同乗者に視線を向けると、横転の衝撃で頭を打ったのか気絶している。
脇にはナイフが一本転がっていた。
「戦闘って誰と……」
「難民の理由、天使たる君がこの世に生まれた理由、さっき君に説明したけど改めて言わせてもらおう」
「……」
「魔物だよ、人を喰う獣だ」
雀さんの言葉が終わるか終わらないかの段階で、馬車の後方から魔物が姿を表した。
二足歩行、二本の触手、深海生物を思わせる海老じみた頭部、昆虫の如き黒光りする甲殻。
異形の化け物が馬車の後部布を裂いて現れた。
「……獣っていうか、化け物じゃないですか!?」
「言っておくけど僕は戦闘でなんの手助けもできないからね……? 出来ることなんてせいぜいこれくらいで」
そんな事を言いながら雀さんが近場のナイフを拾ってくれる。
刃渡りは8cmほど、ほぼ果物ナイフ。
こんなのでどう化け物と戦えと!
渋々ナイフを受け取ると同時にこちらを視認した魔物が何か蠢く。
第一右腕の跗節から脛節、人間で言う肘から指先までの位置にあたる部分をゴムのようにグッと縮めたのだ。
「まずい、来るぞ!」
「へ、来るって何が!?」
「急所を守るんだ! とにかく動け!」
雀さんの言葉の途中で、風船を叩いてつぶした時のような破裂音がした、次いで顔のすぐ脇を風が駆け抜けた。
虫魔物の縮めた腕が視認できないほどのスピードで発射、大きく伸び飛んできたのだ!
「し、死ぬかと思った……」
虫の腕は僕の頬を掠め飛んだ後、射出時と同じ軌道を描いて収縮した。
雀さんに耳を引っ張られ体が横に動いていなければ確実に頭部を打ち抜かれていただろう。
そして肝が冷える間もなく甲虫じみた魔物は再びその右腕を縮め攻撃態勢を取る。
さらに逆側、左腕はまるで「近づいたらこっちでカウンターするぞ」と言わんばかりにじっと硬めたまま動かない。
決してこちらに近づこうとしない、馬車の中に入ってこようともしない、虫との距離は約4m。
徹底して遠距離からいたぶる算段のようだ。
ナイフなんかでどうしろと! そもそもあの固そうな全身甲殻にこの刃は通るのか?!
「天使君、また来るぞ、対処しなければじり貧だ!」
わかってる!
でも何かするにしてももっといい武器が必要だ!
しかしそんなものどこに!?
考える間に再び空を裂く音が聞こえた、虫の魔物が触腕を銃弾の如く放った音だ。
雀さんが僕の耳を引っぱり体を動かすが少し遅かった。
胴を狙った魔物の触腕は僕のわき腹数mmを掠めてえぐり、赤く鮮やかな血をわずかに散らす。
手に持つちんけなナイフなんか及びつかないほどの硬度の触手の槍が、僕の脇腹から流れた血を浴び赤く染まる。
痛みよりも先に恐怖がくる。
あんな触腕に対抗なんてどうすればいいんだ。
とにかく武器、まともな武器を……
「あ」
恐怖と焦りでぐるぐると蠢く思考の中で、僕の視界に最高の武器が見えてくる。
「武器……見つけた」
魔物の触腕が3度目の空を裂く、紙袋を叩きつぶしたような破裂音が再度響く。
雀さんもまた耳を引っ張るが、今回はその嘴を振り払い正面から触腕を迎え撃った。
胸と心臓、奴が狙ってきた二つの急所を守るように両手を開いて神の権能たる窓を作る。
空間と空間を繋ぐ青い光の神窓が、恐ろしい触腕を拾って別な場所へと繋いでいく。
繋いだその先は。
魔物の直上、頭の上。
岩にハンマーを叩きつけたかのような不快な音、虫の外殻が砕ける破砕音とともに、魔物の頭蓋が二つに割れた。
「やった!」
頭部を撃ち抜かれた虫魔物はしばらく蠢いた後。
やがて手足の動きを止め動かなくなった。
……勝った。
僕は勝ったのだ!
「雀さん、これで外に出れますよ!」
「待つんだ天使君! 迂闊に外に出ては……」
生まれて初めての勝利に勇んだ僕は、迂闊にも周囲の確認もせずに馬車の外へと飛び出した。
外は安全だと根拠もなく信じていた。
あまりに迂闊な行動。
その代償を求めるかのように馬車の外には恐ろしい光景が広がっていた。
外には無数の虫の魔物が押し寄せていたのだ。
馬車の護衛と思わしき人間の死体に魔物達が群がっている。
そしてその無数の虫の視線が、迂闊な僕へと一斉に向く!
瞬きする間もなく、四方八方から虫の触腕が飛んできた。
「ま、窓で……」
思考が完結するよりも先に。
右手が窓を開くよりも先に。
風船をつぶしたような破裂音が四方から響く。
虫の触腕が勢いよく発射され。
そして……
……
……
「……ん、あれ?」
触腕は全て両断され微塵に切れて散り落ちた。
そして触腕を放った虫本体はなぜか皆、首を切り落とされて絶命している。
「な、何が!?」
「すまない大将、遅くなった」
切り刻まれた虫の触腕の破片と共に、全身に甲冑を着込んだ大男が飛来した。
「助かったよベルナドット、危うく死ぬところだった」
銀に輝く大槍がまず目に入った、次に全身を黒ずんだ甲冑で覆った2m近い背丈の大男の姿。
顔はいかつい鉄仮面に覆われていてわからないが、声からして20代後半の男の人だろうか。
「い、今の一瞬で全部斬ったんですか……!?」
全身鎧の鉄仮面さんは答えなかった。
首と触手を切り落とされ、痙攣しながら絶命している虫の魔物達の姿だけがその問いの答えであった。
「ベルナドットは我が集落で一番の槍使いだからね」
「いや、でも、物理法則に反する動きしないとあんな風にはならないような?」
「我が集落で一番の槍使いだからね」
「そんな理由でいいんですか!?」
「しかしずいぶん合流が遅くなったようだが、何か問題発生かい?」
「ああ、少々トラブルが発生してな」
僕の問いかけを無視し、全身鎧の鉄仮面さんは苦虫を噛み潰したような声で呟く。
「村の方が奴らに襲われ滅んだ、見事に壊滅だ」
「ほ、滅ぶ……!?」
「あちゃあ、そりゃ大変だ」
「受け止め方軽すぎませんか!? 村が一つ滅んだんですよ!?」
「まあ滅んじゃったのは仕方ないさ、また作ればいい」
「そんな簡単に!」
「なあに3時間もあれば村一つ作れるさ」
「は……?」
「いや大将、幸いにも今回は人的物的どちらの被害も少ない、2時間ほどで十分だろう」
「!?」
滅んだ村の復興に2時間。
いったい二人は何を言ってるんだ。
虫魔物といい、喋る雀といい、化け物みたいな人間といい。
今日、目を覚ましてからの数十分間、まるで理解が追いつかない。
分からない事だらけだ。
「まぁまぁ落ち着いて、君はまだ知らないだろう? この魔物だらけの荒野で暮らすという事を」
「……それは、確かに」
「まずは知りたまえよ、難しいこと考えるのはその後からで十分さ」
そう言うと雀さんは僕の頭上を離れ空高く飛び上がった。
「見ればわかる、新しい村はすぐそこだ」
雀さんの視線の先、少し小高くなった丘の向こうからは、なんだか人の声が響いていた。
「まさか、本当に村が……」
疑念と同時に少しだけ。
少しだけワクワクとした気分が心を満たした。
ここから先にはどんな風景が待っているのだろうか。
知りたい。
喋る雀へ抱いた不信感すらすっかり忘れ。
僕はこの先の景色を見てみたいと、心からそう思った。
◆
「ほ、本当に村が出来てる……」
「どうだい凄いだろう、生活の知恵というやつさ」
虫の魔物に襲われた地点から馬で10分ほど。
荒野ど真ん中の水場近くにその集落があった。
広さは目測20km²ほどで小さな村程度。
構成人員は獣混じりの人間が多く、壁の中の街とは大きく異なった様相であった。
円錐形の小さなテントと円柱形の大きなテントが複数立ち並び、それらは5分10分と時間が経つ毎にどんどん増えていく。
一つの村が出来上がりつつある最中であった。
「すごい……本当に……」
「では、君の分は自分で建ててもらおうか」
「へ?」
「まさか野宿するつもりかい? それともこの荒野を放蕩生活?」
「どっちも嫌です!」
「ならば君が暮らすテントは必要だ、しかしタダ飯喰らいに分ける資材はない、というわけでそれくらいの仕事は自分でやってもらわないとね?」
「でもテントの作り方なんて」
「なに、私が教えてあげるとも、さぁ実践だ」
「えぇ……」
こうして雀さんの指導の元、唐突に不慣れなテント作りが始まった。
やれ柱の立て方はああだロープの結びはこうだ布の張り方はどうだと指導を受けること約5分。
一旦それなりのものが出来あがった。
初めてにしてはなかなかいい出来な気がする!
「2日くらいで縄が緩んで崩れそうだねぇ」
「そ、そんなにダメですか!?」
たしかに、村に建てられたテントと比較するとなんだか不安定な気がしないでもない。
いや、でもそこまで悪くもないんじゃないか?
これは自作テントに愛着がわいたとかではない、客観的な情報を元に客観的に判断した客観的事実であり決して愛着や執着といった感情的なものじゃ……
「まあ2日後まで暮らせてるとは限らないし気にしなくていいよ」
「そうですか気にしなくて……うん? なにか不吉なこと言ってません?」
「天使君、良い報告と悪い報告の二つある、どちらから聞きたい?」
「え、なんですかそれ」
簡易テントも出来て一段落というところで、落ち着く間もなく今度は雀さんから不穏な言葉が飛び出した。
「嫌な予感しかしないんですが聞かなければダメですか?」
「ダメ」
「……じゃ、じゃあ良い知らせからで」
「シスタージェミネに君がここにいることを捕捉された、昨日君を殺そうとしたシスターだ」
「悪い報告じゃないですかー!」
「というかもうすでにこの集落まで訪ねてきてる」
「最悪極まる報告じゃないですかー!!」
「で、次が悪いほうの報告なんだけど」
「これのさらに下があると!?」
「そこから先は私が説明するわ」
僕の言葉を遮って聞き覚えのある声が飛んできた。
忘れはしない、昨日僕のことを殺そうとした、あのシスターの声だ!!
「やぁ天使君、久しぶり」
「うわぁあ! 出たぁああ! 殺人シスター!!」
「シスタージェミネ、待っているようにと伝えたじゃないか」
「事態は急を要するので」
「に、逃げ」
「どこに逃げても無駄よ、元老院があなたの死刑を決定したわ」
「……死刑?」
そしてシスターからはなんだか肩透かしな言葉が飛び出てきた。
「死刑、ですか? 昨日あれだけ僕のこと殺そうとして今更?」
「結構大きな変化だよ天使君、昨日までは内密に処理しようとしてきたが、これからは表立って行動するようになるんだから」
……?
内密に殺すのと表立って殺す、どう違うんだろう?
どっちにしろ僕は殺されるのでは?
「すいません、説明されてもまだちょっとよくわからないです?」
「今までは審問官だけがあなたを殺しに来たけど、これからは王国の正規軍もあなたを殺しに来るわ、近辺の街にも手配書が回るでしょうね」
「大事じゃないですか!?」
「だから悪い報告だって言ったじゃないか」
手配書が出回るということは各共同体から拒絶されるということ。
それすなわち社会的な死を意味する!
明日のご飯と住む場所はどう確保すればいいんだ!?
「ど、どど、どうすれば! 逃げる? いやでも逃げても無駄!?」
「落ち着きたまえ天使君」
「貴方が生き残るための選択肢は二つよ」
「え!? 死刑になってからでも助かる方法があるんですか!?」
「落ち着け」
「はい」
雀さんの言葉を受けて、一度正座してシスターの言葉を傾聴する事にした。
冷静になり、昨日自分を殺そうとしてきた人の言葉を聞くことにした。
あれ? これは冷静な判断と言えるのか?
「死刑を回避するための選択肢一つ目、この王国を滅ぼす」
「無茶苦茶なこと言ってません?」
「無茶苦茶だね、手伝ってと言われても誰もそんな選択に付き合わないだろう」
「選択肢二つ目、死刑が取り消されるほどの功績を挙げる」
「無茶苦茶なこと言ってません?」
「でもまぁ一つ目よりは可能性あるね、他の人からの助力も得られやすいだろう」
「実質一択じゃないですかー!?」
シスターの言葉の真偽を置いておくとしても、無茶な要求しか言われていないのは確かだ!
国を滅ぼすor死刑が取り消される程の功績、なんて無茶振り以外の何物でもない。
「それにいきなり功績といってもそんな機会が都合よくあるわけ……」
「そんなあなたに朗報よ天使君、都合のいいことに功績を挙げるチャンスがあるわ」
「え、本当ですか!?」
「落ち着け天使君、無茶な要求がさも通って当然かのようにいくつか段階を踏む手口だ、よくある詐欺の手法だぞ」
「詐欺!? シスターという立場でありながら他人を謀ろうと!?」
「南にある森林地帯の村落跡地、そこに虫の魔物共を束ねる大悪魔が一匹確認されたわ」
シスターは僕と雀さんの言葉を無視した。
しかしそれにしてもまた新たなよくわからない単語が出てきた。
「大悪魔……?」
「この荒野に蔓延る魔物の中でも特に厄介な奴らを大悪魔と呼称しているんだ」
「この大悪魔"虫の皇"は50年間王都周辺で人を喰い続け、しかし未だ誰も討伐できずにいる厄介者なの、当然討伐に成功すれば相応の功績が得られるでしょうね」
「50年倒せない魔物……」
虫一匹にすら苦戦する自分にそんな化け物を倒せるのだろうか?
それに……
「シスター、仮に倒せたとしてその後の保障が無いねぇ」
雀さんの言うとおりだ。
つい昨日殺しにかかってきた人達が、それを成し遂げた途端すぐ手の平を返すなんて、そんな事あるのだろうか?
「それに関しては一つだけ確実な保障があるわ」
訝しむ僕に向けて、シスターが一枚の紙きれを渡してきた。
「……なんですこれ」
「法王様のブロマイドよ」
「いやこの紙切れが何なのかを聞いてるんじゃないです、何でこんなものを渡したのかを聞いてるんです」
紙切れにはまばゆい笑顔をした半裸の男性の姿が描かれていた。
筋肉質で健康的なその肌は浅黒く輝くダイヤのようであった。ポージングもキマってる。キレてる。ナイスバルク。何の役にも立ちそうにない。
「裏面を見なさい裏面を」
言われて紙の裏を見ると、そこには直筆らしい荒っぽい文字が刻まれていた。
"審問官たちの追跡を兵の血一滴も流さず振り切り逃げ切ったその器量、見事である。
大悪魔討伐の暁には法皇の名においてその功績を認め、王国における貴公の権利を保護し保証すると約束しよう"
"第53代剣聖法王ディラン・エウ・ゲニウス"
「なんだかよくわからない事しか書かれてませんけど、こんな紙一枚で本当に保証されるんです?」
「法王様の捺印がちゃんと押されているから、教会最上級の命令として必ず機能するわ」
「偽造不可な魔法の捺印だ、教会に所属してる人間ならこの印一つでこの書状に従わせられるからそこは安心だね、ただ……」
「ただ?」
「殺せと言ったり安全を保障すると言ったり朝令暮改甚だしい話だ」
「それは、そうですね」
本当に勝手な話だと思う。
どうしてただ生きることに他人の許しが必要なのか。
「教会と元老院にもいろいろあるのよ、外部の者は知らなくていいわ」
察するに。
教会から天使が逃げ出したのは教会の落ち度ではなく天使が予測より強かったから。
その後なんやかんやでいい感じになり魔王討伐の役に立つようになりました。
という教会の外へ向けた保身用のシナリオでも描いているのだろうか。
教会という組織がこの世界でどれほどの立場なのかは知らないから、根拠もない予測でしかないけれど。
土を食んでまで逃げ延びた努力は、何らかの形で僕へ還元されているのかもしれない。
「シスターはどう思うんですか? 僕を殺そうとした張本人ですけど」
「魔物共さえ殺せるなら他はどうでもいいわ」
「せめて上の命令だから渋々とか言ってくれませんか……?」
「教会に所属する人間は皆こんな考え方よ、魔物が憎い、家族友人の仇が憎い、だから役に立つならなんでもいいし、役に立たないなら取り除く」
「はぁ……」
「集落や他の街に住む人間はここまで極端じゃないからね、一緒だとは思わないでくれよ?」
「そういうことだから、天使君」
シスターは僕の肩を掴んだ。
とても力が強い。怖い。
「魔物を殺しなさい、魔物を殺し続けて己の有用性を示していけば、自ずと教会はあなたの味方になるわ」
「……」
シスターの言葉はいよいよ結論として結びにかかる。
長々と語られた言葉は要約すれば、
「殺されたくなければ虫の皇を倒せ、私の役に立て」の二つ。
シスターの言葉は結局、脅迫めいた命令であった。
「さて、こんな感じだがどうする天使君? 君の意志はどうだね?」
そんな中で選択を迫られる。
実質一択の選択を。
僕の意志など関係のない選択を。
これではだめだ!
「あの、その前にワガママを言っていいですか?」
抵抗だ、この理不尽に抗わなくては。
一番最初、教会で流されるままにいたから殺されかけた。
同じ轍は踏みたくない!
「ワガママ?」
「生まれてまだ2日の人間にあれをやれこれをやれと言われても困ります、魔物とか人類の存亡とか言われてもよくわかりません」
「……」
人類が衰退してるだとか、親しい人が食われてるだとか、正直よくわからないし実感が沸かない。
そもそも親しい人、親兄弟すらいない自分にそれを共感しろって言う方が無理だ。
「だから、シスターに僕から要求です」
「……」
「ご飯をください! 沢山ください!」
「ご、ご飯?」
安全の担保なんてどうせ反故にされる。
なら貰うものは即物的であればあるほどいい。
そしてどうせなら美味しいものがいい!
「空腹なんてゴメンです! 土なんて二度と食べたくない!」
「土を、食べる……?」
シスターは一瞬だけ、眉間にしわを寄せ厳しい表情をしていたが、やがて。
「よくわからないけど……そういうことなら歩合制でいいかしらね、魔物を倒したら倒しただけ貴方に報酬を支払う形で」
これはこれで都合がいい、といった表情で語り始めた。
要求が通ったのだ。
第一歩だ。
小さな抵抗だけど、自分で勝ち取った第一歩だ!
「いいかしら?」
「え? あ……はい!」
いけない、要求が通ったことに感極まって何も聞いていなかった。
しっかりしろ自分。
「じゃあ細かい契約は終わったあとにするとして、まずは早速目的地の説明を……」
そこからの話は実にスムーズだった。
目的地までの地図、馬と馬車、虫の皇の特徴を描いたラフスケッチ。
虫の皇討伐に必要な物が一分とかからず用意された。
周到だ。
このシスターは集落に来た時点で僕を駒として使うつもりだったようだ。
気に食わない。
気に食わないがいいだろう、上等だ、やってやる!
美味しいご飯と自分の命のために!
◆
数分後、集落端の馬小屋。
「……来たか」
「おせーぞノロマ!」
用意された馬車まで向かうと、顔を知っている人間が二人待ち構えていた。
虫魔物に囲まれたとき助けてくれた鉄仮面の人!
……と、馬車で気絶してた狼の人?
何故、どうしてここにいるのだろう?
「大将からの提案でな、我々はお前の虫の皇討伐に協力する事にした」
「素人が虫の皇に向かったって餌になるだけだからな! どうせ増えるなら犠牲より成果、つーわけで感謝しろよ、アタシにな!」
「おぉありがとうございます、気絶してた人!」
「おいー? バカにしてんのかー?」
「痛い! 痛いです!」
馬車で気絶していた人狼さんは僕の頭を抱えると拳をグリグリと押し付けてきた。
すぐ暴力に訴える人だ!
あまり関わり合いになりたくない!
助けを求め、鉄仮面さんに目で訴える。
が。
「コイツの言い分も最もだ、このまま向かっところでお前はすぐに殺され喰われるだけだろう」
「う……」
鉄仮面さんからも言葉の矢が飛んできた。
ここに僕の味方はいないのか!
「だから村落跡地まで約6時間、お前を鍛える事にした」
「き、鍛える?」
「あー……一応説明しとくと、このおっさんの言う鍛えるは"死ぬ寸前まで鍛錬繰り返して体に覚えさせる"だぞ、嫌なら拒否っとけ?」
「し、死に……ッ!?」
「たった6時間しかないからな、座学だなんだをやってる時間はない、体で覚える他にないだろう」
なるほど理屈はわかる。
が、その現実を受け入れたくない!
「だ、だからって」
「安心しろ、これでも回復魔法の心得は十分にある」
「そういう問題ですか!?」
「今から6時間きつい目に合うか、何もせず目的地で死ぬか、どちらからも逃げて教会に殺されるかの三択だ」
「実質一択じゃないですかー!」
提示された三択全てが碌でもない!
抵抗しようにも、一番マトモで理性的なのが鉄仮面さんの教育的指導ルート!
「了承と受け取っていいな」
「まぁ、はい」
「あーあ、了承しちゃった」
「ならば受取れ」
「へ?」
唐突に鉄仮面の人から鉄槍を投げ渡された。
なぜ、なんのために、なんて説明はない。
「構えろ」
「はい?」
さらに鉄仮面さんは、ろくな説明もなしに手に持つ木槍をこちらに向ける。
これから修行をつけるぞ、という意図はなんとなくわかるんだけど、ちゃんと言葉にして伝えて欲しい!
言葉足らずもここまでくると犯罪的だ!
「胴に打つぞ、防げ」
「あの、何、うごぉ!?」
そしてまるで虫魔物の触手のような、目で捉えられない速度の突きが胸に向かって飛んできた。
手に持った槍を構えることもできず直撃を受け、僕の体は後ろに吹き飛ばされた。
穂先の無い、槍とは名ばかりの木の棒でなければ死んでいただろう。
「今のが虫の触手だったら死んでいたな」
「いや、ゴホッ……今、のも、呼吸ができなっ……くらい痛……」
「あーかわいそ」
「ウィルミナ、馬車を動かせ」
「はいよー」
「い、痛……」
「お前は一旦体の力を抜け、治療する」
槍に打たれ動けなくなった僕を担いだ鉄仮面さんは、動き出した馬車に僕を載せると治療を始める。
やわらかな毛布の上、緑に光る魔法を受けた。
回復魔法、というやつだろうか。
緑の光が体に纏わりつくとやがて槍を受けた箇所から痛みが消え、10秒程で青あざすら消えさり何もなかったかのように元の肌になっていた。
これが回復魔法、すごい。
「い、生きかえったぁ……」
「集落跡地につくまでの6時間、ひたすらこれを繰り返す」
「は? へ? い、嫌だっ!」
「逃げてもいいがその先は教会からの死刑判決だ」
「そっちはもっと嫌ー!」
「なら立て、構えろ、そして死ぬな」
治った傍から馬車外に放り投げられ、そのまま合図とともに2回目の刺突が襲いかかる。
「同じ場所にもう一度だ、構えろ」
「は、はいぐほぉ!?」
槍を構えて防ごうとするがまったく位置が合わず、みぞおちのやや上に刺突の直撃を受けた。
「馬車が村を発つまでの1分で2回死亡だな」
「カハッ……おごっ……」
「つまりこのままなら集落跡地までの6時間で720回、死んで生き返ってを繰り返す事になる、虫共の触手を叩き落とす感覚なんぞ嫌でも覚えられるという訳だ」
「クッ……ゴポッ……」
「どうした、それほど強く打ってはないぞ、返事は……」
「……」
「いかん! ウィルミナ、治療手伝え!!」
「えー!? 馬の手綱握ってるのにー!?」
大悪魔へと向かう馬車の中。
鈍い痛みとともに治療の喧騒が遠くへ消えていく。
薄れゆく意識の狭間で僕は思った。
この世界、嫌い。
いつか復讐してやる。