2
新卒で入った会社を3ヶ月で辞めた。
自分がこの社会で、ほかと同じように生計を立てていくということが不可能だということを身をもって知った。
気楽にフリーターやってたまに副業するぐらいがちょうどいい。どっかの誰かも言っていた。働くために生きるのではなく、生きるために働くのだ。
「今日もつーくんのご飯は美味しい!!生きてるって感じ!」
梅雨はとうに明けあっついあっつい夏がやってきた。
「やなぎ、そんなにがっつくと喉詰まらせるよ。」
向かいに座る弟から、まるで母親のような小言が飛んでくる。
「はぁーい、でもすっごく美味しい。また腕あげた?」
「ふふ、そう?ありがとう。まあ、勉強の息抜きも兼ねてるし。」
弟は姉の私が言うのもなんだが、とても美人で物腰が柔らかい。いるだけで癒しをもたらしてくれるなんて、なんて素晴らしいんだ!笑った顔も昔からずっとかわいい。この笑顔を見たくて、弟を必要以上にかわいがっているのだ。
「つーくん、大学もう夏休み?休みの日買い物いこ?」
「うん、でもうちの学部の夏休みなんてないも同然だけど、やなぎとの時間は十分とれるよ」
「やった!つーくんとデートだぁ」
このできる弟め。頭もよくて気も使える。なんて子だ。
もしかすると神様が間違って使わした天使なのでは?お母さんのお腹の中で一緒に育ったとは思えないこの優しさ。なんて、なんてできた子なのか。黒髪もサラサラで天使の輪ができるくらいツヤツヤだし、顔もいい。切れ長の二重の目なんか美術館で大切に保管しておくべきで「やなぎ、声に出てるし、ちょっとホラーだよ。」
「おっとっと、うちの弟が可愛くてごめん。」
「外見で言ったらなぎさも大して変わらないでしょ?二卵性とはいえ姉弟程度には似てるし、たまにやなぎに間違えられるし。」
「うぃー」
「自分のこと興味なさすぎない?」
「うぃーす」
会社を辞めてから近くにある本屋でアルバイトとして働き始めた。
週に平日の3,4日程度、拘束時間も5時間にも満たない。
実家暮らし、気楽に働けるうちは甘えていようとおもう。
アルバイトでは入りたてほやほやの新人の私は品出しを中心に行い、本の分野別に置いてある箇所を覚えているところだ。
ものの上げ下げで割と体力を使うが、お客さんの少ない時間帯。ゆっくりと時間が流れていく感じが好ましく、早くもこのバイト先を気に入っている。
あー、あそこは届かないな、いや、脚立持ってくるの面倒だし、ちょっと頑張れば届くか?
「…っ、よっ…ほ」
入れ替えようとしていた本が軽々と抜き取られていく。
「近藤さん、脚立使ってください。危ないです。」
「あー、はい。すいませんでした。」
軽々と本を取っていったこの人物は田代という。
女性の中では割と高めの身長である私が見上げる位置に顔がある。
この本屋でずっと働いているらしく、同じ時間に勤務が当たることが多い人物だ。
私が頭を軽く下げ、本を受け取ると、田代さんはそのままレジの方へと歩いていった。
その後ろ姿を見ながら私の疑問は確信に変わっていった。
やっぱりピアスめっちゃ空いてる…!透ピで見づらかったけどやっぱりそうだ。開けるとき痛かったのかな。いや、軟骨はぜったい痛いでしょ。すごー。
よし、素直に脚立取りに行くか。
「ただいまー、あ、つーくんの靴あるー」
玄関の靴を脱いで2階の自分の部屋へ向かう。
と見せかけて弟の部屋を経由する。
コンコン、ガチャ
「つーくん、ただいまぁ」
「あ、やなぎおかえり」
弟はPCでゲームをしてたようで、ヘッドフォンを軽くずらしながらこちらに振り向いた。
ああ癒し…。
「ゲームしてたの?私も一緒にやりたいー」
荷物を弟の部屋にドサッとおろして、弟の部屋で充電してある携帯自分のゲーム機を手に取る。
「うん、やろう、夕飯までね」
「やたー」
ピコピコカチカチとゲームの音がなる。
「あ、右壁後ろ敵ね」
「り。こっち敵倒した、あ、味方ダウン。回復使う」
「おっけ、カバーする」
「やったぁ、勝てたぁ、つーくんさすがのエイム力。」
「やなぎもPC買えばいいのに、遅延減るし。」
「いやー、エンジョイ勢にはこっちで十分だしー」
次のマッチングまでの時間にとつとつと会話する。
「…あの、さ、やなぎ」
「んー?」
「…今度、ゲームのフレンドとオフ会すること、に、なって…」
「お、いいねー」
「その人、多分、俺のこと…女、だと思ってるとおもうんだよね…だから若干の行きづらさと、ゲーム外でそのゲームの話できるって言うワクワク感の両方で感情がせめぎ合ってて…」
「お、なんと!それはね、もうね、行くしかないね!!」
弟が、楽しそう!なんて素晴らしい!
こっちを向いた弟の笑顔たるや…!
「よし!じゃあ行きづらさをなくすためにこの私がつーくんをプロデュースしてみよう!女装で!」