史佳は気づかされた
月曜日の朝、部屋から出て来ない私を心配したお母さんが困った顔でやって来た。
「まだ駄目?」
「うん...明日には行く」
扉を開けたお母さんに布団を頭から被り、小さく呟いた。
とてもじゃないが、視線を合わせられない。
「昨日は行くって約束した...分かった、学校に連絡しとくから」
お母さんは少し呆れた声、一週間以上も休んでたら誰でもそうなるだろう。
「ごめんなさい」
「友達には、ちゃんと連絡しなさい」
「は...はい」
私を心配する政志から連絡が入っているけど、どうしても返信出来ない。
政志だけじゃない、クラスの友達からもラインや電話が来ているけど、一回も返せないままだ。
「...はあ...」
母さんの足音に胸が苦しくなる。
私が引きこもるのは中学の時以来、二年振り。
あの時も家族みんなに迷惑を掛けたのに、また...
「...どうしよう」
布団から顔を出す。
頭の中はぐちゃぐちゃで整理が着かない。
「...どうしたら良いんだろ...もう分かんないよ」
隆太からの連絡は一日何度も続いていたが、この数日は数が減り、昨日はラインが2通だけになった。
[そんなに俺がイヤか?]
[今は俺の事なんかどうでも良いんだな]
昨日のラインに返事は書けなかった。
続けて既読スルーをした私に隆太は何も言って来ない、諦めてしまったのだろうか?
もうブロックされたかもしれない。
今さら返事しても...でもまた来たら、どう返して良いのか分からなくて、何もかもが嫌になる。
「ん?」
マンション一階のメインホール入り口にある、玄関インターホンが鳴った。
両親は仕事に出たから、現在我が家に私一人しか居ない。
「どちら様?」
『私です』
「紗央莉...」
マンションの玄関モニターに映るのは、制服を着た今谷紗央莉の姿。
どうして彼女が私の住むマンションを知っているの?
それより今日は月曜日、時刻は午前の10時前、学校じゃないの?
『ここじゃ目立っちゃうから、開けてくれない?』
「は...はい」
思わずオートロックを解除してしまった。
しばらくすると、六階にある我が家の玄関インターホンが再び鳴った。
「思ったより元気そうね」
玄関の扉を開けると、紗央莉が静かな目で私を見る。
その言葉に声がなかなか出ない。
「どうして...なんで私の家を?」
「調べたら直ぐに分かる事でしょ?」
どうやって調べたのか、政志にも教えた事が無いのに。
いつもデートは外だし、送って貰うのは断っていた。
高校の友人に聞いたのかもしれないが、紗央莉がそんな事するだろうか。
だって私は政志の彼女なのだ。
政志の事が好きな紗央莉からすれば、私は邪魔な存在だろうに。
「上がらせて貰っても良いかしら?」
「あ...うん」
「お邪魔します」
私の困惑を他所に、紗央莉は落ち着いた様子で中に入る。
慌てて、来客用のスリッパを出した。
「どうぞ...」
「お気遣いなく」
リビングに通し、ソファーに座ってもらう。
急いで紅茶を淹れ、テーブルに置いた。
「あ...あのどうして今日は?」
「貴女が休んでるからでしょ」
「そうだけど...」
素っ気ない言葉、休んだ位で私の家にまで来た理由はならない。
それほど親しくしていた訳じゃないのに。
「心配してる」
「え?」
「政志がよ、急に連絡も取れなくなったら誰でもそうなるわ」
「...うん、そうよね」
ようやく紗央莉が言ったのは、やはり政志の事だった。
「まあ良いわ、これから史佳はどうするつもり?」
「...どうするって、何を?」
一体何を聞くつもりなのか、まだ何も知られてない筈よ。
「隠し事は止めましょ、私は貴女の秘密は知ってる」
「...秘密?」
いや、まさか?そんなの知ってる筈がない。
「貴女は中学時代に下里隆太と付き合っていた、違う?」
「どうして...それを」
紗央莉の衝撃的な言葉。
どうして?なんで知ってるの?
当時、家族にだって詳しく言わなかったのに...
「三週間前に阿武隈公園で貴女達を見たの、下里と一緒に居た所をね」
「...嘘」
知り合い見られたりしない様、わざわざ遠くの公園にしたのよ?
「あの公園は私の家から近いの、あと政志の家からもね」
そうだ、政志の家はあの公園から程近くにあった。
なんで私は気づかなかったの?
「政志は...その」
もう取り繕う事は出来ない、知らばくれても無駄だ。
紗央莉の目は確信に満ちている、用意周到な彼女は、きっと全てを調べあげて来たのだろう。
「別にその事で私はどうこうする気は無い、でも政志には浮気と取られても仕方ないでしょうけど」
「...脅すつもり?」
何がどうこうする気は無いだ、そんな言葉信じられるもんか!
「脅すなら、とっくの昔に政志へ言ってるよ。
こんなに無駄な時間を掛けると思う?」
「...それは」
確かにその通りだ、今朝も政志から私を心配するラインが入っていた。
「下里との関係を後悔してるんなら、なんで切らないの?
それとも政志と別れたいの?」
「それは...違う...私は政志と別れたくない、だから言えなくって」
私が隆太に言った事まで知っているのね...これはお手上げだ。
「史佳はいつも嘘ばっかりね」
「そんな...違うよ」
「何が違うの?
貴女と下里は似た者同士、お似合いよ」
紗央莉から言葉の刃が胸を抉る、私の何が分かると言うの?
「私は隆太みたいに裏切ったりしてない...」
「違うって言うなら、なんで中学の時に下里と付き合っていたのを政志に隠してたの?」
「それは...黒歴史だから、隆太と別れて私は全てリセットしたかった...」
「あっそ」
ようやく出した言葉に紗央莉は小さく頷いた。
「つまり下里の事は唾棄すべき記憶だと」
「う...うん」
なんとか乗り切らないと、この追及を...
「また嘘を吐いた」
「嘘じゃない!」
本当にそうなんだ、なぜ分かってくれないの?
「どうして学校を休む必要が?
下里と関わりたくないなら、断ったら良いのに」
「あ...あ...それは」
答えが、何とかしないと...
「苦し紛れに嘘を積み重ね、また嘘を吐く。そんなの続かないわよ」
「うるさい...私がどれだけ苦しかったか」
「だから史佳の事なんか知らない、私はただ政志を苦しめたくないだけ」
射貫く様な紗央莉の視線、口調こそ平坦だが、激しい怒りが渦巻いているのが分かった。
「...それじゃ私はどうしたら良いのよ?」
「自分から全てを政志に話なさい」
「出来る筈無い!それが出来たら苦労しないわ!」
「なら私が全部政志に言おうか?」
「ひ...酷いよ」
私が言える筈無いのを分かっていて...
「私が酷い?
まだ言えるでしょ?史佳はまだ浮気してた訳じゃないんだし」
「そうだけど...」
確かにそうだ、私は浮気をしていた訳じゃない、でも...
「安心しなさい、政志には何も言わないであげる。
嘘偽り無く、ちゃんと正直に説明するならね」
「...正直にって、つまり」
...隆太と身体の関係が有った事もなのか。
「どこまで言うかは史佳に任せる、言いたく無い事は言わなくても良いから」
「分かった...」
腹を決めるしかなさそうだ。
「それじゃ私は行くね」
「行くって?」
「学校よ、今日は体調不良で病院に寄ってから行きますって連絡したから」
「そう...気をつけて」
「それじゃ」
紗央莉が部屋を出ていく。
玄関の扉が閉まったのを確認して、私は携帯のアプリを開いた。
「先ずは隆太に...」
ちゃんと説明しないと私は全てを失いかねない。
必死で内容を練り上げながら、文章を入力をした。
次ラスト




