紗央莉は動いた
史佳の密会を見てしまってから二週間が過ぎた。
直ぐに別れ話をすると思っていたが、二人の関係に変化は見られない。
相変わらず昼ご飯は政志と食べてるし、登下校も一緒だ。
ひょっとしたら、史佳は政志と別れるつもりが無いのかもしれない。
「...なんのつもり?」
釈然としない。
史佳は嘘を吐いていたのよ?
今まで誰とも付き合った事ないって政志や私に言ったじゃないか!
公園で見たあの男は?
政志と別れる、そう男に言ってたのに。
これじゃ私がまるで邪魔者みたい。
実際、二人の周りをうろつく私はそう見られているに違いない。
まだ私が政志を好きなのを、みんな知ってるし。
「まずいわね」
これでは、いつか排除されてしまう。
政志だって、いつか私を疎ましく感じるだろう。
あくまで、私は政志にとって昔からの気の合う友人でしかない。
「こんなに苦しいなら、今からでも政志に告白を...」
出来る訳ない。
苦し紛れの告白なんか、上手く行く筈がない。
それに二人は上手くやれてるんだ、万に一つも私に勝算は無い。
ひょっとしたら、史佳は別れる事を翻意したのかもしれない。
でも男に見せた史佳の蕩ける目、あの表情を思い出すと...
「もう一度、調べよう」
あの密会は間違いなく有ったんだ。
証拠はないけど、このまま黙っていたら取り返しのつかない事になる。
政志が史佳を好きだと言った時だって、私は何も言えなかった。
無様で良いから、ずっと前から政志の事が好きでしたと言えば良かったんだ、チャンスは幾らでもあったのに。
「あの隆太とか言う男よね」
史佳の元カレ隆太。
史佳と同じ中学に通っていた知り合いに聞いたが、誰もそんな名前の人間は知らないとの事だった。
分かったのは、史佳が中学時代サッカー部のマネージャーだった事と、一時期派手な格好していた位。
史佳がサッカー部のマネージャーだったなら、隆太もサッカーに関係しているかも。
でも予想に過ぎない。
中学時代に史佳が誰かと付き合っていたという話も聞けなかった。
当然だが、史佳本人から直接聞く訳に行かない。
「...もしかして隆太は別の中学に通っていた?」
だとしたら辻褄は合うが、隆太の正体が誰なのか探り様も無い。
「手詰まりね...」
闇雲に聞いて回るのは控えた方が良い。
史佳に感づかれてしまっては何かと面倒な事が予想された。
「そういえば...確か」
一人の知り合いを思い出す。
中学の時、私が通っていた塾で一緒だった山上栞さん。
彼女は女子サッカー部だと言っていた。
現在の栞は私と違う高校に進んだ。
それから連絡を取り合っていないが、塾に行ってた頃は親しくしてたし、連絡先は今も携帯に残っている。
「もしもし、山上さん?今谷です...」
早速バイトの帰り、栞へ電話をした。
「久しぶりね紗央莉」
「ごめんね急に」
翌日の放課後、私は栞をファミレスに呼び出した。
しばらく他愛もない話をした後、私は本題を切り出す。
「栞って確か中学時代サッカー部だったよね?」
「そうよ、今も続けてるの」
よし、どうやら記憶違いでは無かった。
「隆太って男を知ってる?」
「隆太?上の名前は?どこの中学?」
「それは分からないの」
「あのね...」
栞は呆れた表情。
だけど、それ以上分からない。
「髪は長くて切れ長の目でね、生意気そうな奴なの」
あの日見た隆太の姿を伝える。
「それで分かる筈無いでしょ」
「やっぱりね」
当たり前だな、私だってそう思うもん
「何、その隆太って人が好きなの?」
「そんな訳無いでしょ!!」
冗談じゃない、なんでそうなるの!
「ちょっと紗央莉」
「...ゴメン」
思わず大声を出してしまい、店内の人達をビックリさせてしまった。
「そうよ、紗央莉はずっと好きな人が居たんだったわね」
「うん...」
そういえば栞に言ってたな。
「高校入ったら告白するって言ってたよね、どうなったの?」
「...う」
そこまで話してたのか...
「...ダメだった」
「え?」
「...勇気が出なくて、グズグズしてたら政志は史佳に...隆太って奴が史佳に...史佳はサッカー部のマネージャーでね」
思い出すだけで...涙が...言葉も支離滅裂になる。
「泣かないでよ、紗央莉ごめんなさい」
「良いの...」
無様な姿を晒してしまった。
「で、史佳だっけ?」
「ええ」
「もしかして、萬歩中学の斎藤史佳?」
「そうだけど...」
その通りだけど、なんで栞が史佳の名前と中学を知っているんだ?
「その子美人マネージャーで有名だったからね、ウチの男子サッカー部の奴等も当時みんな鼻の下伸ばしてたわ」
「あっそ」
悔しいが、史佳は可愛い。
なんというか、異性ウケするタイプだ。
だから政志は...バカ...面食い!
「成る程...斎藤史佳か...」
「どうしたの?」
何だろ?栞は何を考えてるんだ?
「さっき隆太って言ってたよね?」
「あ...そうだけど」
「ちょっと待って」
栞は携帯を取り出して何かを調べ始めた。
「ひょっとしてコイツ?」
「そうよ、コイツよ!」
栞の持つ携帯の画面には間違いなく、先日見た男、隆太の姿が映っていた。
「コイツの名前は下里隆太、私達より一歳上。
この写真は三年前の中学県大会のよ」
「どうして分かったの?」
「中学の時、試合でコイツの学校と対戦した時にね、スタンドでコイツを応援していた斎藤史佳を見たの。
試合の後、二人でベタベタしてさ、凄く目立ってたから覚えてる」
「ほう...」
どうやら答えに辿り着いたな。
「コイツって有名なの?」
「まあ、色々と有名だったわ」
「色々?」
「サッカーの実力と女癖の悪さで」
「...へえ」
「県代表になったりで目立ってたから、寄ってくる女の子が絶えなかったらしいわ」
「なるほど」
普通のルックスだが、サッカーで活躍してると格好よく見えるのか?
いや、私のタイプじゃないからか?
「で、今は?」
「知らない、強豪校に推薦で入ったみたいだけど、話は全く聞かなくなったわね」
「へえ...」
「少し上手い位じゃ強豪校で活躍出来ない、全国から選手はスカウトされて来るんだし」
「そういうものか」
なんとなく分かる。
オンラインのゲームだって仲間内で凄くても、地域や全国で考えたら話にならないもんね...
「役に立った?」
「ありがとう、今日は奢るわ」
「本当に?」
「任せなさい!」
バイト代かあるからね、大丈夫だ。
「ありがとう!
ならパフェとケーキセット、後は...ハンバーグステーキも」
「あ?」
どこまで食べるの?
タッチパネルを押す手が震えた。
「紗央莉、本当にありがとう。
下里隆太の事をもっと調べてあげるね」
「本当に?」
「ええ、男子サッカー部の知り合いが下里と同じ高校だから」
「お願い!」
ならば安い...いや相応の対価だ。
その後、私は栞から下里隆太の情報を得る事が出来た。
後は史佳に話を、そう考えた。
しかし、またしても予想外の出来事が起きてしまった。
「史佳、今日も休み?」
「ああ、連絡も取れないんだ」
政志に連絡をしないまま、一週間も史佳は学校を欠席なんて...
「...こんなのは嫌」
チャンスの筈なのに、今こそ史佳の嘘を暴いて、政志に...私は...
...どうしても出来なかった。