史佳は気づかなかった
政志と別れる、隆太にそう言って一週間が過ぎた。
でも踏ん切りが着かない。
だって政志の事は嫌いじゃない。
そもそも嫌いなら、最初から付き合ったりしない。
確かに政志と趣味の合わない所もあるが、基本的に話が合うし、性格も穏やかで一緒に居て安心出来る。
学校でも男女問わず友達が多くて、成績だって上位。
なによりルックスも悪くない。
これだけ思い付くのだから、手放すのは正直惜しい。
別れたら、きっと政志は直ぐに新しい彼女を作ってしまうだろう。
実際、政志を狙っている女子は多かった。
そんな政志の方から告白されたのだから、私が優越感を持つのは当然だ。
でも初恋の隆太を忘れられない。
どうしても隆太と過ごした記憶が頭を離れないんだ。
浮気した最低の奴なのに...
私が隆太と付き合っていたのは三年前からの一年間、切っ掛けは私の一目惚れだった。
当時サッカー部のマネージャーをしていた私は、対戦した中学のエースストライカーだった隆太の姿に心を奪われてしまった。
『付き合って下さい』
『周りに言わないでくれるなら良いよ』
私の告白に隆太はそう答えた。
『何かと知られたら大変なんだ』
『そう...分かった』
地元では有名な選手だった隆太。
注目を集めていた彼の言葉に、私は深く考える事なく頷いてしまった。
それからは隆太に好かれ様と必死だった。
彼に言われるまま、全てを捧げてしまった。
まだ中二だったのに。
それなのに、隆太は私を裏切った
アイツは浮気したのだ。
相手は私の時と同じ、別の中学でサッカー部のマネージャーだった。
どうして分かったのかは、二人がデートをしている現場を偶然見つけたのだ。
『バレたか』
追及する私に隆太は悪びれず、笑った。
『...酷いよ』
『なら別れるか、面倒なのは嫌だろ?』
涙を流す私に隆太の言った言葉。
余りに無惨な恋の終わりだった。
幸いにも私が隆太と付き合っていたのは秘密だったから、誰にも知られなかった。
全てを忘れる為、私は受験勉強に励み、何とか今の高校へ入る事が出来た。
周りは驚いていたが、私自身が一番びっくりした。
「...どうしよう?」
やっぱり無理、隆太と復縁なんか出来ない。
隆太が膝の怪我でサッカーを休んでいる事は先日知った。
きっと不安で、私にすがったのだろう。
なんて弱い人間なのか、自分から私を捨てておきながら。
「でも...」
なんで隆太を忘れられないの?
携帯をブロックすれば隆太との繋がりは終わるのに、どうしても出来ない。
[まだなのか?]
「...隆太」
さっき届いた隆太からのライン。
焦っているのが文面から伝わる。
[まだなの、中々彼が納得してくれなくって]
政志に悪いが嘘を隆太に返信する。
こうするしか思い付かない。
[ふざけやがって、女々しい奴だ]
「....」
怒りが滲んだ言葉に何も言えない。
[ごめんね]
そう書いてラインを閉じる。
こうして長い一日がまた終わった。
翌日、いつもの様に学校へ向かう。
駅に政志が待っていてくれた。
ここから高校まで毎日一緒に登校している。
「どうした、最近疲れているみたいだな」
「そ...そう?
ちょっと遅くまで勉強してるからかな」
「そっか、あんまり無理するなよ。
なんなら一緒に勉強するか?」
「大丈夫、ありがとう」
何も知らない政志の優しさに胸が痛くなる。
本当に私を大切に思う気持ちが伝わって来た。
政志とは身体どころか、キスすらしてない。
どうしても出来ない、自分が経験済みだと知られるのが怖い。
身体を許したら過去がバレてしまう、誰とも付き合った事が無いと言った嘘が...
そうなったら私は立場を失うだろう、政志と私は公認のカップルなんだから。
「史佳、昼に行こうぜ」
「うん」
昼休み、政志は私を誘いにやって来た。
学食で一緒に昼ご飯を食べている。
「私も良いかしら」
「紗央莉...」
教室を出ようとする私達に、今谷紗央莉が呼び止めた。
彼女は政志と小学校の時からの知り合いだ。
綺麗で、運動も勉強も、何事においても私より優れている。
そして政志の事が好きなんだ。
「ちょっと最近忙しくてね、お弁当作れないの」
「なんだよ、バイト入れすぎか?」
「まあね、あとゲームのし過ぎかな?
誰かさんが終わらせてくれないから」
「それはゴメン...」
楽しげな会話をする二人に入っていけない。
紗央莉は政志が未だに好きな事をクラスの誰もが知っているので、驚いている。
今までは私に遠慮していたのに。
後ろめたい気持ちから止めてと言えない。
「しょうがないわね、分かったわ」
必死で愛想笑いを浮かべた。