紗央莉は見た
WSS(私が先に好きだった)
テンプレ、発動!
「遅くなっちゃった...」
牛丼屋のバイトが終わった帰り道、一人家路を急ぐ。
時計は午後の9時30分。
いつもは7時でバイトが終わるけど、今日は引き継ぎの子が急病で、急遽穴埋めするはめになってしまった。
「近道するか」
大通りから公園に入る。
遊歩道を抜ければ、家への近道だ。
夜の公園は怖いから滅多に通らないけど、今日は特別。
帰ったら政志とオンラインゲームをする約束。
明日は休みだから今夜は徹夜かな、楽しみ。
「この時間も結構人が居るんだ...」
夜の公園を利用する人がこんなに居るとは知らなかった。
街灯で中は思ったより明るく、ある人は犬を散歩させていたり、ランニングしていたりと...
「...うわ」
ベンチでイチャつく人まで居るではないか。
遊歩道から少し離れたベンチは周りが少し薄暗いけど、人から見える場所でよくやるよ。
「ん?」
そんな人達を横目で見ながら歩いていると、一組のカップルが目に入る。
女の方に見覚えがあった。
「...あれって史佳だよね?」
間違いない、あれは高校のクラスメイト、斎藤史佳だ。
史佳は政志の彼女なのに、あの男は誰?
まさか史佳が浮気を?
一つの可能性に声が出ない。
気づかれない様に足を忍ばせ、二人が座るベンチの裏側に回った。
「隆太、それで急に呼び出して何の用?」
聞き耳を立てると聞こえる不機嫌そうな女の声、やはり史佳だ。
「...なあ史佳、俺達やり直さないか?」
「はあ?そっちが浮気しといて今さら何?」
「分かってるよ。だからあの子と別れたって、さっき言っただろ」
これはなんたる事、史佳は隆太とか言う男から復縁を頼まれてるではないか!
...いや待て、史佳が政志の前に男と付き合っていたなんて聞いて無いよ?
政志が初めての彼氏だと私に言ってたよね?
「隆太と付き合っていたのは二年も前でしょ?
それに私は今彼氏が...」
そうだ史佳よ、アンタには山内政志と言う彼氏が居るんだ、ふらついては駄目だぞ。
今日の事は政志に黙っててやるけど、一歩間違ったら浮気だよ。
「分かってる...半年前からだろ?
史佳と同じ高校の奴から聞いたよ」
「だったら...」
なるほど、男は史佳と別の高校に通ってるのか。
なら二人は同じ中学の線が濃厚だな。
「史佳を取られて、やっと気がついたんだよ。
俺には史佳しかいないって」
「...無理だって」
なに馬鹿な妄言を、自分の浮気が原因で別れたくせに。
史佳、キッパリ断ってやりなよ!
「頼む!俺には史佳が必要なんだ。
好きだ愛してる!」
「...隆太」
おい史佳、何を蕩けた目をしてる。
お前は政志の恋人じゃないのか?
いくら半年前の告白が政志からだとしても、それをOKしたのだから、ちゃんと責任を持ってだな...
「分かった。
政志とは...ても少し待って」
「ありがとう...史佳...待ってるよ」
ああ!!なんでそうなる?
史佳がこんな軽い気持ちで政志と付き合っていたなら、私は絶対に諦めたりしなかったのに!
「ダメ...」
「そうだよな...ごめん」
史佳を抱き締めようとする男だが、それは止められる。
その辺りは、まだ節度が残っているのか。
「ちゃんと別れたら...また...昔みたいに」
「ああ、続きを...待ってる」
なんだよ昔みたいって?
史佳とはまだキスもして無いって言ってたじゃないか!
...あ、それ言ってたのは政志だったな。
そんな事を政志から聞いた私もどうかしてるけど。
それより、この現場を政志に見せないと駄目だ。
やっぱり夜の公園に、恋人以外の男とベンチで密会なんて、浮気と思われても仕方ないよね?
史佳に対する不信感。
前言撤回だ、政志に黙っててやるつもりは無くなった。
「...政志に」
ポケットから携帯を取り出し、二人の姿を撮影しようとして、手が止まる。
「バッテリーが...」
なんたる事だ!
残りのバッテリーが3%しか残ってないではないか。
慌ててモバイルバッテリーを差し込もうとするが、暗くて上手くプラグに入らない。
「それじゃ行くね」
「送るよ」
二人がベンチを立つ、まだ証拠は何も取れてないのに。
「...あ」
遊歩道から二人の姿が消えて行く。
証拠の写真どころか、音声すら録れなかった。
「ただいま...」
「おかえりなさい紗央莉、遅かったわね何してたの?」
「まあ...ちょっとね」
お母さんには悪いけど、心配の言葉なんか耳に入らない。
急いで部屋に戻り、机に向かう。
ポケットからケーブルが入ったままの携帯を取り出し、政志に連絡を入れた。
『紗央莉、随分遅かったな』
「うん、ごめんね」
政志の声に胸が躍る。
どうして?あんな光景を見たばかりなのに。
『じゃ早速始めるか?』
「...ちょっと待って」
『どうした、まだ準備してないのか?』
「うん...それより少し喋らない?」
『はい?』
政志の困惑している様子が目に浮かぶ。
さっき見た史佳達の話をしたところで、証拠が無ければ政志に信じて貰えないだろう。
悔しいけど今の政志にとって一番信じてる大切な女は史佳なのだから。
私がこれからすべきはただ一つ。
近々フラれる政志の心が、出来るだけ傷つかない様に備える事。
そして新しい恋を見つけて貰うんだ、相手はもちろん、私だよ。
「政志って本当に好きなの?」
『好きだよ、史佳はあんまり好きじゃないみたいだけど』
政志はオンラインゲームの事と勘違いしてるみたい。
「そうね...史佳はあんまりだね」
史佳は政志があんまり好きじゃなかったんだ。
本当は前の彼氏が今も好きで、忘れられなかった。
それが今日、証明されたんだよ...
「私は好きよ」
『紗央莉のゲーム好きは知ってるさ』
「うん好き、10年前からずっと」
『そんな前からの筈ないだろ、始めたのは一年前からだし』
意味が分からない政志は不思議そう。
本当に小学一年から、ずっと政志が好きなんだよ。
まだ素直に言えない。
でも良いの、このまま続けよう。
「ずっと好きなの、他の誰よりもね」
スマホを強く握りしめた。




