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間章 パラドックス

以前のもう一つの下書きです。投稿します。

 親父が見つかった場所は娯楽のない湿気た街の中だった。電車の駅はなく、途中からバスでここまで来た。左に行くか右か行くかを、瞬時に選びことが出来ず、バスが熱を吐き出して去ってゆくのを見送った。舗装されてない道路、錆びた看板、閉じてしまっているタバコ屋、上を見上げると、電線がゆらゆらと揺れている。だが、街の代名詞とも言えるカラスさえいない。何かカラスがいないだけで悲しくなってくる。こんな所に本当にいるのかと、疑問をぶつけながら路地を歩いた。親父は遊び人だった。だから俺はてっきりパチンコ屋とか競馬場とかキャバクラとか、そういうのが集中する地域で住んでいると思っていた。しかし、実際は違った。改心したとは思えないが、改心した可能性もある。だが、俺のやることは変わらない。母の墓前に親父を連れていくだけだ。そして、謝罪させる。気が済むまで頭を下げさせる。力づくでもいいから謝罪させる。

電柱に『この犬捜してます』の貼り紙があった、止まって貼り紙を凝視している自分がいる。郵便局のバイクが通り過ぎた所で意識が正常に戻る。

 『捜したんだぜ?親父?』。裏路地に入れば小さなアパートがある。そこの三階が親父の住んでる部屋だ。近づけば近づくほど足早になると思っていた。

 だが違った、想定と現況の不協和ともいうべきか、近づけば近づくほど足取りは重い。気が滅入りそうだ。俺は親父が憎い。だが同時に怖い。幼い頃に何度も見た光景。ドアを勢いよく閉めて、でも何故か半分くらいしか閉まらなくて、耳を塞いで泣いた。でも声は殺す。肺の中が破裂しそうなくらい、息が喉から漏れる。心が絶叫した。母が抵抗しないのは自分が親父に殴られないようにするためだ。殴られたほうがマシだったかもしれない。自分はあまりにも無力だ。護れない。だから大事なものは全部砕けた。砕けた破片で身体中が痛い。


 幼い頃の記憶が足枷になっていた。俺が人生で一番恐怖した相手が親父だ。姿を見ただけで震えるかもしれない。

 いや、大丈夫だ。俺はあの頃とは違う。強くなった。道場で稽古してる奴をのした事だってある。大丈夫だ。打ちのめせる。いざとなったら拳がある。簡単だ。


―――本当に簡単か?


 簡単だ。


――――10年も決着がついてないのに?


 関係ねえ。


――――出来るのか?


 うるせえ……消えろ。


実際は子供時代、大体でいうと小、中学生くらいに負かされるとかなりトラウマになったりする。しかし、そういう奴は身体も鍛え始めるし、肝が座ったりするので、大人になってしまえば簡単に負けるはずがないのだが、何故か負けるような気がするのだ。それは相手が自分の想像の中で常に鎮座し、想像物として常に勝手に膨れ上がってしまうからだ。だから怖いのだ。実際にいない人間にも恐怖を感じたりするのは人間の脳の悪い所だ。


「ここ……か」


ステンレスの門が変な方向にひしゃげていた。きっと誰かが曲げたのだろう。中は草が伸びっ放しだった。その奥に続いてゆく廊下。すぐ奥に壁があるのに無限回廊みたいな感覚。この世の終わりのような黒ずんだ紫の世界。思い出したくないタイミングで思い出してしまう。芋づる式に記憶を引き出す人間の脳はとても都合が悪い。廊下の板を踏みしめると軋む音がする。一歩、二歩、三歩、数えた所で、親父がいるであろう部屋の前に着く。表札には何も書かれていなかった。部屋番号を何度も確認してから、壊れかけのインターホンを押す。一呼吸遅れて音が鳴った。


 ……………。


何の応答もない。暫く葛藤した。帰ろうか扉を開けようか。葛藤した。

だが結局、扉を開けた。丸いノブの扉には鍵がかかっていなかった。中は部屋の電気は点いていなかった。次第に目が暗闇に慣れてくる。部屋の奥には、路上で暮らしている人間と何も変わらない人間が1人寝転がっていた。頭の中が一瞬で熱くなる。土足のまま奥に突き進むと、その浮浪者同然の人間に掴みかかった。服の襟を握力で絞り込んで両腕で無理やり起こした。

「俺だ。学だ。起きろ!」

「うぃぃぃぃ」

 寝ぼけているようでまともな返答はない。だが寝ぼけていて良かった。これで、訳のわからない恐怖は大分軽減された。にしても酒臭い。アルコールをよくもこれだけ飲めたものだ。日本人はアル中にならないらしい。大抵そうなる前に肝臓を悪くして死ぬ。対して親父は酒豪だった。そして酒乱だった。

 俺は肘に体重をかけて首を圧迫させる。十秒もしないうちに目を見開いて親父の目に精気が戻る。

「気付いたか?」

「おま……学か?おまえ、学なのか?」

「ああ」

「そうか、そうか」

 少し可笑しそうに親父が笑う。だからぶん殴った。顎の骨(斜めの箇所)に拳が入って人差し指と中指の拳付近に鈍痛が走る。いい角度で入った。俺は我慢できずに言葉にした。

「なに笑ってやがんだ?てめぇにはやることがあるんだ。自分の伴侶の墓参りには行ったことないだろ?」

 墓参りには絶対行かせる。そんな想いとは裏腹に、親父は台詞を残酷に言う。

「人間はな、死んだらそれで終わりなんだ。墓参りで慰められるのは死んだ人間じゃなくて、生きた人間のほうだよ。だったら俺の墓参りは何か?自分が救われるための手段か、お前が救われるため手段か」

 俺は大きく否定する。そんなことを思って生きてきたわけじゃない。俺の半生を、そんな簡単な言葉で片付けるなと怒りをぶつける。

「違う!墓前に行くことは行為事態に意味があるんだ。死んだ人間には敬意を示せ!それが出来ない人間は中途半端なんだよ!この際、霊魂だとかはどうでもいい。とにかく墓の前で手を合わせろ」

「お前、何しに来たんだ?」

 答えれなかった。

「墓参りだけじゃないだろ?」

「……」

 答えれない。本当は訊きたいことがあった。物語の根幹。元凶の底。

――――何のために俺を生んだんだ?

 訊いて解決するわけではない。それどころか悪化するかもしれない。俺の中で答えが出てなかった。成り行きで出来た。成り行きで生んだ。そう言われたら、俺はどう生きていけばいいのだろう。

「お前、――――」

 続かなかった。危うかった。自己開示するところだった。そんなことで、解りあえるわけなどないのにだ。代わりに違う言葉をいう。


「お前、何のために生きてきた?楽しければそれで良かったのか?」

「……」

 返答はない。

「いや、もういい」

 帰り支度を始めた俺に、親父がボソボソと1人言のように話し始めた。しがれた声が耳障りだった。

「快楽の中にも苦しみはある。それはギャンブルでも酒でも女でもそうだ。お前も大人になればわかる」

 お前の狂った屁理屈はもういい!と思う。それとも大人になればわかるのだろうか。いや、解りたくない。

「3日後にまた来る。髪を切って髭を剃っておけ。4000円だけ置いておく」

「……」

 返答はない。

「いいか!?3日後だ。覚えとけ!」

  肝心なことは何も言えずに部屋を出た。言いたいことは山ほどあるのに言えない。言って解決しそうにない。


約束は3日後だ。

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