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焼け(下)

12年前の下書きが2つ残ってたので投稿します。編集しながら読み返して思ったのですが、これが中二病というやつですか。なるほど(実感)。

「ざけんなよっ!」

 颯人の怒声がコンクリートの空間でやかましく反響する。続いて、薬入りのボストンバックを放り投げた。バックは回転しながら投げ出されて、沃の足元に衝突する。沃の足元に当たったバックなど気にせず、無言でさらに深く椅子に座り込む。沃の体重で椅子が軋む。その音が、コンクリートの冷たい空気の中で反響した。

「こんな売れねえ薬、まわしやがって!」

 激昂する颯人に対して、沃の反応は早かった。

「売れなかった?お前、いつからそんなに偉くなったんだ?」

 逆に問いかけてくる沃。

「あ?」

 意味を汲む前に、怒りの感情のが先走る颯人。それを見ながら、戸惑う自分がいる。対して颯人は、沃の言葉で当惑させられる。

「俺が売ってこいって言ったら売ってくるんだ。お前らはバカみたいに俺の指示に従ってればいい。悪くはしない。一応、礎にはしてやるぞ?」

「はあ?てめぇこそ何様だ」

 颯人が瞬間的に答えた瞬間、沃の目の前の灯油の空き缶が沃の蹴りでひしゃげた。不快な音がして時間が凍りつく。相変わらず冷たい空気が震えてるのがわかる。

「わかってねぇな」

 続いて、沃は机のビールを手に取り、側面に鉄製の指サックをあてる。位置を決めてからだろうか?そのまま空き缶の側面に力を込めると、ぎちぎちと不気味な音を上げて缶に穴を空けていく。穴が開いた缶から泡が溢れだして、沃の手首と肘から溢れ落ちる。コンクリートの地面にビールの泡がしゅわしゅわと、音を立てて広がってゆく。

「いい加減にしねぇと、この缶みたいな結末になんぞ?いいのか、それで?」

 明らかに脅迫する声色。しかし、颯人はとどまろうとしない。

「やれるもんならやってみろよ?俺はそんな簡単にやられねえところを見せてやんぜ?」

 一触即発の事態に、俺が止めに入ろうとするがもう遅い。

「止めるなよ?」

 先に沃が、このケンカは止めるなと言ってくる。こうなると俺はどうにも出来ない。俺が沃の下にいるのは確かだ。一応、世話にはなっている。それを颯人は解っている。ただ、ずっと従ってれば負けた気がする。子供みたいな存在の自分に腹が立っているのだろう。『いい加減、俺を認めろ』。颯人は、沃にそう言いたいのだ。

「ああ、止めない。続けてくれ」

 投げやり気味に俺が言うと、二人が同時に構えた。 沃は足を軽くステップさせてから姿勢よく構える。対して、颯人のほうは重心を下に持っていき低く構える。顎を少し引き少し前傾姿勢だ。

 この辺で白黒ハッキリさせたほうが、お互いのためかもしれないなどと考えた。

 沃の構えは素人なりにしっかりしていた。颯人はまず構えを崩さないと打撃を入れれない。そうなると気分が高ぶって少し力むのだろう。

「俺はよぉ、昔、いじられっこだったんだぜ?」

 喧嘩の口火は、沃の昔話から始まった。

「てめぇの昔話なんかにゃ興味ねぇな。他の奴に聞いてもらえよ?」

 颯人が鼻で笑った。

「まあ、聞けよ」

 そこで一端、黙る。

「そのいじめられっこは、いじめっこを血まみれにして、病院送りにした。今も病院か?精神的なダメージってのは怖いんだぜ?まさかパンチ一発で倒れるとは思ってなかったんだろうな。たったの1ヶ月で形成逆転。腕力の世界なんてそんなもんだぜ?」

「何が言いてぇんだよ?」

「空を眺めてたと思ってたら意外に意外――――地面を這いつくばることになんだよ!油断大敵ってなあ!」

 沃の蹴りが、颯人の水月にめがけて、怒濤の如く放たれる。颯人は身体を後ろに引いて、両腕で受けた。受けたと言っても、上足底の力を殺すために、拳は敢えて握らずに開いたまま、下に突き落とすように、突き返した。この場合、脚を取られるとまずいが、沃はすぐに脚を引いて元の姿勢に戻る。

 戻した途端に、颯人は脚を踏み込んで、蹴りの間合いに入り斜め下から入る前蹴りで、沃の下腹部に蹴りを入れる。今度は『俺の蹴り』だと言わんばかりに蹴りで対抗する。

 沃は姿勢をすぐに低くして肘で受ける。そのまま横へ薙ぎ払う。体勢を少し崩した颯人は、脚を屈伸させて自分の領域を保つ。沃は見逃さずに突きを放つ。だが颯人は、姿勢を捻って力を逃がした。沃は放った拳を元の位置に戻さず、次々に連打を放つ、気を散らすためか。颯人は対抗するために空間を見付けてストレートを放つ。当てたが当たりが弱い。そして颯人の右拳と左拳を無視して突き抜けた沃の左アッパー。速かった。思い切り颯人のアゴをかすった、そして後ろにのけ反った。チャンスを見逃さない沃。すぐに距離を詰める。かすった颯人は『しまった、』という感じで間合いを空けるために軸足を引いた。颯人が再び前蹴りの間合いに入った矢先、茶化すように沃が言う。

「お前、蹴りは向いてねえからパンチで来いよ?」

「なめんな!」

 焦りながら恫喝する颯人。膝蹴りを放つが膝を掴まれてからに足をひしゃげられてバランスを崩しかける。下がると倒されると思った颯人が反射的に前に進む。隼人はとにかく連打する。リズムを読まれると困る颯人は、矢継ぎ早に次の連打に移る。だが沃の手捌きは見事だった。攻撃の軌道を変えながら、拳は相手のアゴにダイレクトに行くよう構えを変化させていたからだ。イレギュラーに対応出来るよう拳の握りも軽い。

「なんか全然当たらねぇな?」

「うるせえ!」

 鼻で笑われた。

 颯人は息が上がってきていた。連打が影響した。そもそもスタミナがないのだ。それは沃も同じだが。強がりだがパワーに自信がある分、一撃に懸けている。だが

「しゃべりすぎだよ?」

 次の瞬間、鈍い音が鳴った。沃の大振りのパンチが颯人の腹に入った。颯人は効いてない素振りを見せるが、沃のほうは次に頭の髪の毛を掴んで、薙ぎ倒した。そのまま颯人は倒れる。

「ぐっ!」 

 苦悶の声。悔しいと言わんばかりに、颯人は拳を握ったまま床に這いつくばる。颯人の口から唾液が溢れた。

「これがお前だ。みっともなく這いつくばる人間だ」

 沃は追い討ちをかける。

「今更、何を被害者ぶる?お前をこんなにしたのは周りの人間だろ?俺にケンカ売る前に、そいつらの顔潰してこい。この逃げ野郎が」

 沃が俺の方を向いた。

「お前も忘れるな」

 俺は頷く。俺の中に焼かれた、理不尽という名の刻印が疼く。

 世の中は理不尽だ。弱いものが、さらに打ちのめされるんだ。俺は沃に、それを教えてもらった。


―そして―


―――親父が見つかったのは、その日の夜のことだった。俺はすぐに向かった。会いに行くわけじゃなかった。俺の中で確かに見えたのは『贖罪』の2文字だけだ。首に縄をくくってでも、母親の墓前に連れていく。それだけで、そのことだけで頭の中は真っ黒に塗り潰された。

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