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――― 焦げ(下)

 暗い部屋に青いランプが灯された。悪魔の舌のように不気味で妖しい光が、妙に俺達を不安定にさせる。人間は情報の八割を目に頼っているため視覚の情報に弱い。千分の一秒の情報でも知覚し認識してしまう。例えば、一時間の間に前文の感覚で『照り焼き学バーガー』の文字と映像をテレビで流せば、ハンバーガーショップに行った瞬間に『ここで食べます。照り焼き学バーガーセットで……』などと口走ってしまうものだ。CDをかけるはずが画面にMDと表示されてたが為にMDの再生ボタンを押してしまい曲が始まってから思考と認識の亀裂に気付くように、人間の視角及び脳の知覚能力はあらゆる意味で危うい。この青い光は相手を興奮させないための謂わば鎮静剤。俺達を逆らえなくするための餌だ。

「時間通りに来れたな」

 黒いコートに黒いシャツ、革のズボンに革の靴。奴が眠っている間にあらゆる悪夢、邪念、エネルギーが集積するのではないかというほどに真っ黒の青年。ウェーブのかかった黒髪の奥から灰色の瞳を覗かしてこちらを見据えてきた。足を大袈裟に組み替えると革製の茶色いソファーを奇妙な音で軋ませる。

「今日、呼んだのは二つの理由がある」

 俯き加減で眼を細めると沃はいい放つ。

「朝霧は昨日、死んだ。表向きは事故だ」

 冒頭で、いきなり頭に銃弾を撃ち込まれたような衝撃が走った。俺は今まで沃が偽名を使っていたとは思ってなかったからだ。いや、偽名どころか別の人間として生きていたということだ。そして、何かのデメリットを被った瞬間に社会的に抹殺したということだ。

「新聞には目を通してないようだな?それでいい」

 颯人がこちらを一瞥して何かを確認している。おそらく俺が新聞に目を通したか通してないかを確認している。

「俺の把握してる範囲で情報を得る可能性があるのがお前ら二人だった。お前らは腕っぷしも強いが頭も回るからな」

 そこで、沃は颯人のほうに顔を向けて可笑しそうに言い直した。

「いや、違うな。一人は間違いなくヘタレだ」

 颯人がそれを聞いて不機嫌に舌を鳴らす。同時に苛ついて訊く。

「んなこと、どうでもいいんだよ!何でこんな所に呼び出したんだよ?走り回ってるだけでもガソリン食うんだぞ?おまけに時間指定までしてきやがって!」

 また、さらに不機嫌そうに舌を鳴らした。確かに今日は場所がわからなくて散々走り回った。完全に遅刻だと思ったのに遅れて到着したらナビが『時間通り』の表示を示した。『完全に嵌められた』とバイクを引きづりながら愚痴っていたのがつい五分前だ。

「俺には関係ないことだ」

「ああ!そうかい!」

 とりあえず険悪になると困るので話を先に進める。

「それで、二つ目は?」

「よし、持ってこい!」

 腕を振り上げて指示するとが体のいいボディーガードの一人がボストンバックを奥の部屋から持ってきた。この流れはもしかしたら?と思った。沃がチャックに手をかけて丁寧に中を見せる。じぃーと音を立てて開けたバックから大量の小型の針付きの液体。

「当てはあるな?これを売り捌け」

 冷水を浴びせられた感覚に思わず額に手をやる。ドラッグだ。しかも、この量は……。

「新型か?」

 訊くと沃は俺に指を向けて嬉しそうに言う。

「察しがいいな?まだ、法律すら出来てない新製品だぜ?」

「いや、だが……」

 言いかけて沃が制止する。

「いや、わかってるよ。お前らの取り分だろ?」

「ああ」

 苦虫を噛み潰すように答えると沃は言った。その数字を。


―――?


 それに即答したのは颯人だった。

「やらせてくれ!」

 ――――唖然とした。俺は颯人が喜ぶ姿を見て耳鳴りがしたような気がした。深夜につけたままのテレビの電波がなくなったかのようにざあざあと音が鳴った。鳴って、鳴って、鳴って――――切れた。


「何で引き受けたんだ?」

 不機嫌に訊く。危ない橋を渡る寸前の颯人。石橋は叩いて渡れというがこの調子だと関係なさそうだ。

「だって、これだけ捌けば海外にも行けるだろ?」

「そうだな」

 ぶっきらぼうに俺が答える。

「不機嫌そうだね」

 少し沈んだ声で答える颯人の横顔は寂しそうに見える。

「頼むよ、手伝ってくれよ?」

 俺は答えれなかった。颯人の心の叫びがあまりに悲痛で大切な感覚が麻痺しそうだ。いつも颯人が語ってた夢『俺は世界中をバイクで廻るんだ』『まずイタリアかスペインなんか良いよなあ、料理も美味いし情熱的でさあ』

「俺の夢知ってんだろ?これ頑張れば、俺は自由なんだよ?何処にだっていける」

「もし、失敗したら?」

 そう、もし失敗してしまえば、そんな夢はさらに遠くに行ってしまう。そういう意味を込めたのを颯人はわかるはずだ。だが、颯人はそんな言葉では怯まない。

「……失敗なんかしねぇよ」

「そうだな、確かにそうかもな。ただし最低最悪の事態を想定してみろ?今、ドラッグの規制はかなり厳しいぞ。金が動けばケーサツもそれなりに動くだろう」

「んじゃ、どうしろってんだよ!」

 次の瞬間、俺は颯人に胸ぐらを掴まれていた。両手に込められた力はかなり強く。服を絞る音がした。俺は反応しない。ただ、俺より身長の低い颯人を無言で見つめ返す。颯人は俺を睨む。

「お前だって……知ってんじゃねぇか……」

 掠れた声。颯人の人生は色んなものにさらされて変わってしまった。少なくとも颯人はそう思っている。そう思いたい。『……知ってんじゃねぇか……』生い立ちは聞いた範囲で知っている。颯人は昔は親孝行息子だった。親の期待に答えるために運動も勉強も頑張ってきた。だが、その颯人の親がしてきたことは最低のことだった。父親は会社の付き合いだと言っていた毎日の深夜徘徊はキャバクラなどの酒飲み巡りだった。父親から愛を受け取れなくなった母親は颯人に異常な愛情を求めるようになって颯人は恋人を作ることが出来なかった。その当時、仲が良かった女子がいたが母親が過剰反応を示した為に自然消滅してしまった。そして、颯人が学校に行かなくなってほどなくして颯人の学資保険が解約されていた。これで颯人は進学の足を切られてしまった。そして、颯人は全ての意欲をなくした。それから出来た目標が海外に行くこと。それを親との本当の意味での決別するためだ。

「頼むよ……」

 さっきとは打って変わって力を失ったように崩れ落ちる。シャツを掴む颯人の力は脆弱で儚い。そのまま、顔を地面に落としたまま動かない。気のせいかアスファルトの色が少し変わった。黒い水玉が見えたような気がした。気づいたが確認はしなかった。確認しなかったのに俺は確認したときの返事をした。

「ああ、そうだな。二人で売るか」

「ごめん、わがままばっか言って……」

「わがままじゃねぇよ」

 颯人は服の袖で顔を擦ると俺に顔を向けて少しだけ笑った。色んな気持ちが俺を焦がす。このままでいいのかという迷い。颯人の両親への怒り。そして颯人が見る儚い夢が、悲しい叫びが俺の感情を焦がす。そう…焦がす。

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