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ハロウィン小話

ハロウィンの悪魔は夢を見る

作者: 青野菜穂

 黒色のセーターに暗めのジーンズ。その上に黒の革ジャンを着て、頭に赤いツノをつけて、三又の槍を持って、完成。

 悪魔の出来上がり。


「流石に安っぽいなあ」


 ショーウィンドウに映る自分が苦笑いした。

 上下の服は普段着ているもので、頭のツノ付きカチューシャは百均に売っていたもの。三又の槍は私のお手製だ。材料費なんて数百円である。

 本当は悪魔の尻尾も作ろうと思っていたのだが、時間が無く断念。中に針金を入れようとしなければ何とか作れたのに変なところで拘ってしまった。尻尾がただただぶら下がってるのはなぜか許せなかったのだ。少し作りかけてしまった手前、買うのも何となく気が乗らなかった。

 羽に関しては付けるのが嫌だったから最初から無しである。悪魔に必須という訳でもないだろう。悪魔に羽が生えていると、どちらかというと堕天使のように思える。私が目指したのは純粋な悪魔なので必要なかった。純粋な悪魔が何のかは知らないが、少なくとも天使が堕ちた存在ではないと思う。


 そんな考えの元作られた悪魔は、とてもシンプルになってしまった。

 全体的にもう少し凝ればよかっただろうか。でも時間という壁にぶつかって無理だった。そもそも作ろうとしなければ問題は無かったのだが、買うとそこそこする。安く仕上げるためには作るのが一番だ。

 服も本当はこんな感じにするつもりではなかった。しかし、自分が持っている服で黒っぽいのだとこうなってしまう。どうやってもかわいい小悪魔には見れない。下っ端の使いっ走りに見える。

 文句ばかり言ってはいるが、これでもこの悪魔には満足している。小悪魔なんて柄ではないし、ぱっと見わかればいいのだ。多分わかってくれるだろう。頭のツノと三又の槍で判断してほしい。


 さて、私がどうして街中で悪魔の格好をしているのかというと、ハロウィンだからである。


 ハロウィン。十月三十一日に仮装したりお菓子を食べたり、何でもいいからとりあえず騒ぐ日だ。いつの間にやら日本に根付いた西洋のイベントである。あちらでは小さい子向けなのだが、日本では大きい人も小さい子も楽しめるようになっている。

 私も例外ではなく、浮ついた気持ちで仮装の準備をして浮かれた人たちと通りを歩いている。こういうところでは見知らぬ人とも騒げるからいい。

 さまざまな仮装を眺めていると、ハロウィン仕様に飾り付けられた店の軒下に目にいった。

 くるぶし丈のローブにとんがり帽子。手には杖らしきものがある。周りの人たちをじっと観察するように見つめている。

 そこには小さな魔法使いがいた。もしかしたら魔法使いの弟子なのかもしれない。小学生くらいの男の子だ。

 保護者らしき人はおらず、一人だった。


 別に連れてくるのは良いと思う。本来なら小学生くらいの子向けなのだから。ただ、一人で放り出していくのは危ない。イベントにテンションが上がって羽目を外す人もいるのだ。

 今は店の前にいて混雑に巻き込まれてはいないが、いつ巻き込まれるかわからない。小さい子は押しつぶされるかもしれない。

 仮装の群れから離れると私は小さな魔法使いに近づいた。


「君、一人なの?」


 声をかける前から私に気づいていた男の子は、じっと私を見上げた。知らない人に警戒しているというより、何かを見極めようとしている感じだ。

 近くで見ると男の子は思っていたよりも幼かった。小学校低学年くらいだ。健康そうな顔色をしている。帽子とローブはしっかりとした作りのものだった。良いところの子かもしれない。私の仮装よりも手が込んでいる。


「あなたは悪魔ですか?」


 子ども特有の高い声で、男の子は私の質問を無視した。

 賢そうな子だ。もしかしたらもう少し大きい子なのかもしれない。このくらいの子は体格からの判断が難しい。


「うん、そうだけど。君は魔法使いだよね」


 男の子の前にしゃがんで、目線を合わせる。首が痛そうだったのだ。私も見下ろし続けるのは気分がよくない。


「いいえ、ぼくは魔法使いの弟子です。ぼく、悪魔にあったのは初めてです」

「へえ、そうなの。私も魔法使いの弟子に会ったのは初めてだよ。君の師匠はどこにいるの?」


 男の子は魔法使いの弟子だったらしい。どこかにいるだろう師匠、もとい保護者はどうしたのだろう。

 戻ってくるまで一緒にいた方がいいかもしれない。


「ハロウィンだからと騒ぐものたちを見に行きました。ぼくはお師匠に言われて観察しています」


 曰く。ハロウィンにはさまざまなものたちが現れる。ほとんどは無害だが、たまに危ないのもいる。そういうのを何とかしに師匠は行ったらしい。

 弟子の男の子は、仕事の邪魔にならないように待機。ついでに周りのものたちを観察して、目を養っているところらしい。


 設定が凝っている。男の子の保護者は警察関係か、そういうボランティアをしている人なのだろうか。子どもは家に置いておいた方がいいと思うが、何か理由でもあるのだろう。

 とりあえず私はこの男の子と一緒にいることにした。


「お菓子食べる? あ、トリックオアトリートしようか。お菓子あげるから、持ってるお菓子頂戴」

「え、悪魔もお菓子食べるのですか? 人の魂を食べるのだと聞いています」


 男の子が大きい目をさらに大きくした。どうも私が本当の悪魔だと思っているらしい。

 純粋な子なのだとかわいくなった。


「魂、ねえ。物騒だなあ、えっとね、悪魔は別に人間の魂だけ食べるんじゃないよ。お菓子だって何だって食べるよ」


 こぼれ落ちるのではと思うほど目を見開いて男の子は私をじっと見る。

 その様子にだんだん楽しくなってきた。


「悪魔は魂と引き換えに取り引きをするのだと、お師匠は言ってました。違うのですか?」

「うーん、そうだねえ、君はさ、普段どんなもの食べてるの?」

「えっと、パンです。それからお野菜と、お肉も。お師匠は料理が上手で何でも美味しいので、好き嫌いなく何でも食べられます」

「好き嫌いしないのえらいね」


 少し照れたように笑う男の子。とてもかわいいが、ちょっと心に刺さった。

 好き嫌いしない男の子に対して、自分は食わず嫌いだったり偏食だったりした過去を思い出してしまった。

 生野菜は嫌、炒めたのも嫌、茹でたのが良いとか、かなりの難題を押し付けた記憶がある。それももう出来上がった料理の前で。

 この子は本当にいい子だ。


「悪魔も同じだよ。何でも食べられるよ。まあ、ちょっとは好き嫌いしちゃうけど、魂だけしか食べないっていう好き嫌いはしないよ。他のも十分美味しいし、食べたいから」


 今はもう好き嫌いせず、色んなものを美味しく頂ける。

 多分幼い頃の自分だったらクタクタに煮込まれた野菜だけで満足していた。けど、他のものも知ってしまったからにはもう満たされない。

 贅沢者になったものだ。


「そうですね、お師匠のホットケーキはとても美味しくて一番好きなものですが、それだけは嫌です。他のも美味しくて好きだから」


 男の子はこの世の真理を見つけたように何度も深く頷いている。

 好き勝手に思いつくまま喋っているだけだが、男の子を大変感銘させたらしい。この男の子はとにかく保護者のご飯を食べることが好きで、どうやらそこに上手く嵌ったようだ。

 その場限りで話を作るのは得意だ。男の子が大人になったとき、思い出話として語られたら嬉しい。


「ぼく、知らなかったです。ありがとうございます、悪魔のおにいさん」


 とてもキラキラとした目を向けられて、かわいいなあと思っていたらなぜか男の人だと言われた。

 格好は確かにどちらでもおかしくないが、体格とか顔は女のはず。間違いなく生物上女性だ。ついでに心も。

 まさか男性と言われるなんて、かなりの衝撃を食らった。


「えっと、お姉さんだよ?」

「悪魔に性別はないと聞きました……でも、これも違っていたのですか?」


 しゅんと眉を下げた男の子にきゅんとする。かわいい。

 悪魔設定による『おにいさん』発言だった。傷ついた心が一瞬で治った。


「違ってないよ。ただ、女性の姿をしているときは女の人として扱ってほしいな」

「じゃあ、悪魔のおねえさん?」


 首を傾げる男の子にさらにきゅんとした。とてもかわいいし、素直ないい子だ。


「うん、それがいいな。ありがとう」


 笑いかけると男の子も笑顔を返してくれた。かなり心を開いてくれたみたいだ。

 ハロウィンというのはこれがいいのだ。全く知らない人とこの一瞬だけ通じ合える。馬鹿らしいけどそんな気がして、私は仮装してここにいる。


「悪魔のおねえさん、あの、聞きたいことがあります」

「何? もしかして悪魔に何かお願いごと?」


 気分が乗ってきて、三又の槍を軽く振った。見た目はかなり安っぽいものだが、男の子には本物に見えているのか興味深そうに目で追っている。

 しかし、男の子は槍からすぐに目を離した。まるで見てはいけないものを見てしまったように。ちょっと眉を寄せた表情は、少しでも興味を持った自分を恥じているようだった。


「いえ、質問するだけです。お願いごとじゃありません」

「ふーん、そうなの。それで何が聞きたいの?」


 謎に明言された。こちらを本物だと思っているから、騙されたり、揚げ足取られたりするのを警戒しているのだろうか。

 それにしては何かあるような態度をしている。隠そうとしているが、お願いごとに少し心惹かれている雰囲気がある。

 何だろう。


「悪魔のおねえさん。えっと、魂以外でもいいんですよね」

「うん、そう言ったね」

「魂以外でも何かあげたら叶えてくれるんですか。お菓子でもいいんですか」

「そうだけど、でもお願いごとによるかなあ」


 男の子にはどうやら何かしらのお願いごとがあるらしい。まだ子どもだから何か可愛らしいことだろうか。

 しかし残念ながら私は人間だ。対価と引き換えに叶える悪魔ではない。ここは穏便に断りたい。


「例えば、悪魔は君を成長させて大人にするなんてこともできるよ。だけどその分要求するものは大きくなるんだよ。お菓子だけじゃあ足りなくなるの」

「足りないんですか。師匠の美味しいお菓子でも?」

「足りないね」


 驚いたように目を大きく開く男の子に思わず笑ってしまった。

 この子の保護者は料理もお菓子作りも上手らしい。男の子はそれを誇らしく思っているのだ。とても微笑ましい。

 とはいえ、それで叶えられると言ったら私にもこの男の子にもよろしくない。


「あのね、悪魔って交換してるの。願いを叶える代わりに何かを貰う。魂でもお菓子でも何でもいいんだけど、その願いと同じくらい価値があるものでないといけないんだ」

「同じくらい?」

「うーんと、そうだね。願いが叶ったら嬉しいでしょう? でも何か大事にしているものを人にあげたら悲しいでしょう?」

「うん……」

「その嬉しいのと悲しいのが同じくらいってこと」

「同じくらい、嬉しいと悲しい……」


 考え込んでしまった男の子を前にやらかしてしまったと反省した。説明が下手過ぎた。

 そもそも自分はこの悪魔のおねえさんをいつまでする気なのか。そろそろ保護者の人が戻ってきてもおかしくない。

 何か話を変えよう。お師匠さんの料理やお菓子について聞いてみようか。他愛無い話をして保護者が戻ってくるまで過ごそうかな。


「悪魔のおねえさん、お願いごとをします。代わりにこれあげます」


 私が悩んでいる間に男の子は心を決めていた。

 真剣そうな顔で差し出したのは小石だった。つるりと丸くて薄茶色と白色のマーブル模様をしている。とても綺麗だが、河原とかにありそうな何でもない石だ。

 それを差し出している男の子の手は少し震えていた。他人にはわからない価値がこれにはあるのだろう。

 悪魔でも何でもない人に渡すには価値があり過ぎる。


「さっきは、お願いごとじゃないって言ってごめんなさい。でもどうしても叶えてほしいことがあって」


 困った。

 これはどうしよう。まだ幼い子の純粋な心を弄んでしまった。悪魔の振りなんてした私が完全に悪い。

 ちょっとだけ言い訳するなら、男の子が魔法使いの弟子だとか師匠がいるだとか設定が凝っていたからそれに乗ってしまったのだ。なんて言っても私が完全に悪いのに変わりはないが。

 男の子は緊張と期待と不安を混ぜた顔でこちらを見ている。罪悪感がこれ以上なく襲ってくる。悪い大人になってしまった。

 どうしよう。


「これ、とても綺麗だね」

「本当ですか! ぼくが磨いたんです!」

「君が! すごいね!」


 褒められて一気に嬉しそうになった男の子を見て、また昔を思い出した。

 子どもの頃、河原とかの自然の石を拾って綺麗に磨いた覚えがある。自分が見つけて、自分の手で磨いた、この世にたった一つだけの石。もうその石がどこにあるのか定かではないが、当時はそれが宝物の一つだった。

 きっとこの男の子もそうなのだろう。願いを叶えるためにそんな大事な宝物を出してきたのだ。


「じゃあ、これで叶えられそうですか?」

「そうだね、うーん。いやあ、お願いごと聞かないとちょっと叶えられるかわからないなあ」


 こんな宝物は貰えない。このお願いは断らなければならない。

 こちらは悪魔だから気分が乗らないとか理不尽に断ってもいいだろうが、ちょっとでもこの子に対して誠実でいたい。

 願いを聞いて小石では代わりにならないとか、悪魔でもできないことがあるとか、何とか穏便に断ろう。

 そういえば、私はどうして声をかけたのだろう。ハロウィンだからだろうか。イベントに気分が上がって普段しないようなことをしたのか。

 普段しないことはするものではないとこれ以上なく勉強した。


「えっと、ぼくのお願いごとは、」


「ああ、やっと見つけました。私の弟子はこんなところにいたんですか」


 男の子の言葉を遮るように声が振ってきた。

 声がした方を見上げると、魔法使いが立っていた。

 長いローブは紺色で光沢があり、高そうな見た目をしている。その下から見える服も貴族が着てそうな豪華でクラシカルなものだ。よく見るコスプレのペラッペラのものでは無くてしっかりとした作りでお金がかかってそうだった。

 手には身長と同じくらいの木製の杖を持っており、先端には水晶のような物が嵌まっていた。これもとても高そうで、ここまでハロウィンにお金をかけられるなんて尊敬する。

 男の子は慌てた様子で、どうやらこの人がお師匠さんのようだ。確かにこんな立派な魔法使いなら弟子もいるだろうと納得できる。それくらい様になっていた。立派で華やかな衣装に全く負けずに着こなしていて惚れ惚れとする。こちらの格好が恥ずかしい。


「お師匠!」

「一人にした私も悪かったです。しかし移動しないようにとお伝えしたはずですが」

「ごめんなさい。でも色々気になっちゃって」

「やっぱり一人にするにはまだ早過ぎましたね」

「ごめんなさい……」


 魔法使いの衣装に圧倒されている間に、お師匠さんに叱られて男の子はしょんぼりと俯いていた。

 お師匠さんはその姿を見て一つ溜息をつくと、くるりとこちらに体を向けた。


「どうやらお世話になったようで」

「いや、あの、すみませんでした! 一人でいたのでちょっと心配になってしまって……」

「こちらももう少し考えるべきでした。ご迷惑をおかけしました」

「こちらこそ、勝手に本当にすみません……」


 我に返って急いで立ち上がったら少し立ち眩みがしたが、勝手に男の子に近づいたことに謝罪することはとりあえずできた。

 次は男の子に変なこと吹き込みましたと謝らないといけない。どういう風に説明しようかと悩んでいると、お師匠さんが少し笑った。


「ああ、本当にこちらの不手際です。そこまで気になさらないでください」

「え?」

「弟子を心配してくださってありがとうございます。さらには話相手にもなっていただいて」

「いや、あの、その子に変なこと言っちゃったので、そんな良いことしてないですよ……?」

「ですが一人にしないように側にいてくれたのでしょう。感謝します」

「大事にしてるものを私に渡すところでしたし……」

「何か渡そうとしたんですか。それは後で聞いておきますが、まあこの子にとって学びになったでしょうし」


 お師匠さんが親しげに笑いかけてくる。全く私を怪しんでこない。悪魔の振りをしたと知らないからか、微妙に話が噛み合わなくて困った。はっきり言ってしまえばいいのだが、男の子の前で言うのは気が引けてしまう。

 どうしようかと視線を彷徨わすと、男の子と目が合った。気まずそうな顔だ。それはそうだろう。変なタイミングでお師匠さんが来てしまったし、叱られたところも見られてしまった訳だから。


「えっと、魔法使いの弟子くん。あのね、私の相手をしてくれてありがとう。お話できて嬉しかった。けど悪魔は嘘つきだからね。今話したことをそのまま信じたらダメだよ。よく食べてよく勉強して、お師匠さんと仲良くね」


 目が合ったので、男の子にさっきのは嘘だったと伝えておくことにした。また悪魔の振りをしてしまったが、多分この後事情を知ったお師匠さんから教えてもらえるだろう。

 男の子は言われたことがあまり理解できなかったのか首を傾げたが、とりあえず頷いてくれた。後はお師匠さんに任せよう。


「あの、私はそろそろこれで、もう大丈夫そうですし」

「本当にありがとうございます。この子にとって良い経験になりました」

「そうなら、いいんですけど。えっと、じゃあこれで」

「本当にありがとうございました。あ、ちょっと待ってくださいね」


 本当にこのお師匠さんは人がいい。お礼を言われるたびに罪悪感が重くなる。笑いながらその場を離れようとするが、お師匠さんは全く会話を終わらせようとしない。

 もう無理矢理行ってしまおうかと考えていると、何やらお師匠さんが持っている杖が光り出した。


「これはお礼です。元のところに戻してあげますね」


 お師匠さんがにっこりと笑った。


「良いハロウィンを」



 その言葉を聞いた瞬間に、私は目が覚めた。



「は?」


 私は暖かい布団の中にいた。訳がわからない。

 確か私は仮装してハロウィンを楽しんでいたはず。他の人と一緒に歩いたりもしたはずなのに。


「はあ?」


 いや、そんなこと私がするわけない。

 ハロウィンの仮装をする予定なんて立てていない。そもそも小さい頃に何度かしたっきりで何年もしていない。ハロウィンだからと人が集まるようなところに行くような性格でも無い。

 さっきまでの記憶を辿ってみるが、どんどん消えていく。

 確か、私はハロウィンの仮装をして歩いていた。それから小さい男の子と会って何か話をした。そこにその子の師匠の人が来て、お礼に戻すみたいなことを言われた。

 よく思い出そうとしてもどれもはっきりとしない。どの人もぼんやりとしていて、会話の内容も曖昧だ。この感覚には覚えがある。

 夢だ。

 どうやら夢を見ていたらしい。


「はあ」


 納得がいった。寝ぼけて夢と現実がごちゃ混ぜになっていたらしい。安心したのか体から力が抜けていく。柔らかくて暖かい布団の中は気持ちがいい。私は外に出かけるよりも家の中、特に布団の中にいるのが好きなのだ。

 ハロウィンだからと仮装するような人でもなく、賑やかな場所に行くような人でもない。誰かに自分から話しかけて何か楽しく盛り上がるようなことはできない。そんな明るい性格はしていなかった。

 もしかしたら夢で見るくらい深層心理では憧れがあったのかもしれないが、実際にしようとは少しも思わない。

 でも夢の終わりは面白かった。

 師匠の人が『戻す』と言うと目が覚めた。

 まるで本当にここではない、別のところに行ってしまっていたみたいだ。

 所詮私の頭の中で作られたものだとわかっている。


「でも、もしかしたら本当にそんなことがあったりして」


 夢の中で不思議な人たちと本当に会っていたのなら、それはなんて素敵だろうか。

 なんて楽しくなりながら時計を見ると、もう起きないといけない時間で慌てて布団から飛び出した。


 今日は十月最後の日。

 今年のハロウィンは平日で、しかも月曜日。

 今日も頑張ろう。










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ーー-







 悪魔のおねえさんがスッと消えた。

 お師匠が何か魔法を使ったみたいだ。


「これでいいでしょう。無事に元のところに戻せました。記憶も、恐らく大丈夫ですね」

「お師匠、悪魔のおねえさんをどうしたんですか?」

「悪魔? 弟子よ、あの人が何かわかって一緒にいたのではないのですか?」


 お師匠が困ったように聞いてきた。

 あの人は悪魔で、女の人の姿だったからおねえさん。

 魂以外でも何でも食べることができて、あともう少しでぼくのお願いごとを聞いてくれるところだった。

 でも信じるなって言われた。


「えっと、悪魔のおねえさんです。何でも食べます。それから、優しかったです。でも嘘つきだったみたいです」

「はあ、それで……なるほど。あなたにはまだまだ目を養ってもらう必要がありそうです」


 お師匠は難しい顔をして大きい溜息をついた。

 またお師匠を困らせてしまった。


「それから、あの人に何かあげようとしたらしいですね。本当ですか?」

「あの、はい」

「そうなんですか。無闇に人に物をあげるのはあまり良くありません。本当に必要なことなのか、しっかりと考えて行動するように」

「ごめんなさい」


 ぼくはまた間違えたみたいだ。

 早く大きくなりたい。

 お師匠がぼくを自慢だと思えるくらい立派な魔法使いになりたい。

 あの悪魔のおねえさんはすごかった。

 ぼくのお願いごとがわかってた。

 あの時お師匠がもう少し遅く来ていたら叶えてくれたかもしれない。


「……厳しいことを言いましたが、失敗や間違いだらけでいいのですよ。最初から完璧は求めていません。ゆっくりで構いませんのでこれを糧にしていきましょう。あれはなかなかできない面白い経験です。家に帰ったら教えてあげますから」


 でも、お師匠がゆっくりでいいのなら、お願いごとをしなくてよかった。

 無理に大きくならなくてよかった。


「はい! お師匠、ありがとうございます!」


 元気よく返事をしたら、お師匠は嬉しそうに笑ってくれた。







最後まで読んでいただきありがとうございました!

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