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【4】婚約者だと紹介される(アリシア視点)


いつものように王宮に行き、いつもと変わりないお妃教育を受ける。

ただ今日は、本日分のカリキュラムが済んだ後、陛下を始めこの国の政治に関わる人々の会議の場に私の席もあるらしいと聞いた。

それもお妃教育の一貫ということだった。

ただ座っていればいいと言われたけれど、それでも緊張でどうにかなりそう……。


大きな円卓がある部屋に通される。

私はその円卓の後方にある長テーブルの端に案内され、会議に参加する貴族たちが入室してくるのを見ていた。

こうした場では位の低い者から入ってくる。

大方の席が埋まった頃、お父様が入ってきた。

ちらと私に目を向けておそらく驚いただろうが一切それを顔に出さずに、そのまま何事もなかったかのように着席する。

それから成人王族であるアルフレッド殿下とリカルド殿下が着席し、最後に陛下が座ると厳かに会議が始まった。


議題は、南方国シャーリドの第一王子イクバル殿下とドラータ帝国ルチアナ皇女殿下との婚約の儀についてだった。

ドラータ帝国は、我がヴェルーデ王国を含め五つの王国を束ねる大きな帝国だ。

そのドラータ帝国に隣に位置するのがシャーリド王国。

南北に長い我がヴェルーデの南に隣接している。

シャーリド領は、小さな国々や独立していた部族を併呑してできた云わば小さな帝国であり、その領土には砂漠地帯が広がっている。


シャーリド王国の第一王子イクバル殿下は、ドラータ帝国で婚約の儀を行った後、帝国内の王国を外遊するという。

我がヴェルーデ王国も訪問地の一つで、その立地からヴェルーデを最後の訪問地としてシャーリド一行は帰国の途に就く。

今回の婚約の儀に随行するシャーリドの一行は、末端の従者まで含めると百人ほどになるらしい。

そんな大人数でドラータ帝国内の王国を訪問していくのだから、それぞれ受け入れる王国側も大がかりな準備が必要となる。


一行の中に王族は、婚約を交わすイクバル第一王子とバースィル第三王子。

このお二人は確か、シャーリド王の正妃を母に持つ同母兄弟だ。

王族の饗応役は、ヴェルーデの王子であるアルフレッド殿下とリカルド殿下も加わるというところで、急に名前を呼ばれた。


「今日はアルフレッドの婚約者であるアリシア・ノックスビル公爵令嬢を皆に紹介しよう。このたびのシャーリドの王太子殿下饗応役としてアリシア嬢にも協力してもらうことになった」


まったくの初耳だった。

お父様をそっと見てもその表情からは何も読み取れない。

もしかしてお父様も聞いていらっしゃらなかった?


「アルフレッド、婚約者令嬢を皆に紹介してくれ」


陛下に促されたアルフレッド殿下は私のところまでやってくると、


「私の婚約者のアリシア・ノックスビル公爵令嬢だ。此度の饗応役に彼女にも尽力してもらうこととなった。妃教育期間中であるが、陛下からシャーリド王国の案件が終わるまではこちらに集中せよとのお言葉を給わった。私共々よろしく頼む」


アルフレッド殿下がお辞儀だけでよいと囁いたので、それに従い作法通りにお辞儀をする。

殿下に『私の婚約者の』と言われ名前を呼んでいただいて、うっかりドキドキした……。

涼やかな声で私の名前を……。

待って、今はそれどころではないわ。



「これも妃教育の一貫である。机上で学ぶことも大切だが現場で得るものはそれ以上だろう。シャーリドの件の総指揮官であるハワード公爵にいろいろ教えを乞うとよい。

また、アリシア嬢の父であるノックスビル公爵からも大きな助けをもらえるはずだ。

では次の議題を」


陛下の言葉で人々の視線が他へ移ってそっと息を吐く。

ハワード公爵はこのシャーリド王国関連の責任者のようだった。


ハワード公爵家は我がノックスビル家と並ぶ家格だが、その系譜はノックスビル家よりも新しい。

息子が三人いて娘がおらず、奥方の弟である子爵家から養女をひとり取ったという。

その養女をアルフレッド殿下の婚約者にと画策していたところ私がその座に収まってしまった。その令嬢は殿下と同じ学園に通っている。

私がハワード公爵について知っていることはこの程度で、帰ったらお父様にいろいろ尋ねなければ。

何にしてもハワード公爵は私のことをよくは思っていないだろう。

養女まで取って王室と縁続きになろうとしていたのを、邪魔した存在なのだ。

会議の後半はつい上の空でそんなことを考えているうちにすべてが終わり、やっと私は解放された。



「アリシア嬢!」


会議の行われた部屋を出て歩いていると、アルフレッド殿下に声を掛けられた。

まったく心臓に悪いので本当にやめてもらいたい。


「今日は丸一日拘束することになってしまった。お詫びに明日にでも何か馳走したいのだが」


「……お気遣いありがとうございます。ですが明日まではお妃教育のカリキュラムがありますので、お気持だけありがたくいただきます。失礼いたします」


「そうか、それは残念だが仕方がないな」


明日はお妃教育の後に孤児院に行かなければならなかった。

殿下のお誘いを固辞して、帰りの馬車の中でぼんやり考え事をする。

毎日時間に追われ、こんな時しかゆっくり考えを巡らすこともできない。


婚約破棄とその撤回について、アルフレッド殿下が何を考えているのか分からなかったが、今日の会議でなんとなく見えてきた。

陛下からシャーリド王太子の饗応役を仰せつかって、私と一緒にやれと言われた。

それなのにアルフレッド殿下は婚約破棄と私に告げてしまったから、慌ててそれを撤回にきたというところかしら。

あれは冗談だったと、冗談にもならない誰も笑わないつまらないことを言って。


でも本当にそれで殿下はよかったのかしら……。

私との婚約を破棄したい理由があったはずなのに、今日は私のお父様を含むヴェルーデの中枢にいる貴族たちの前で私を婚約者だとアルフレッド殿下自ら紹介をした。

これではシャーリドの件が無事に終わっても、改めて婚約破棄というのは難しいように思えるわ。

もしかしたら……。

その時は隣のフォートナム国の王太子のような手口を使うつもりなの……?

改めてお父様の言葉を思い出す。

たとえ友人であっても幼馴染であっても男と気安く口を利くな、パーティ会場では何も口にするな、お妃教育で王宮に出向く以外は外出するな……。

これを聞いたときは、まさかそんなことがあるわけがないと聞き流したけれど、もしかすると本当に警戒しなければならないのでは……。

憂鬱な気持ちが馬車の揺れに合わせて頭の中で行ったり来たりする。



それにしても、今日のお詫びに明日にでも何か馳走すると殿下が言ったけど、何をご馳走してくださるおつもりだったのかしら。

王宮のお菓子はとっくに全部私のおなかの中に消えてしまっていた。

本当は甘い物ならご馳走になりたかったな……なんて少し思う。

シャーリドの件が終わるまでは、たぶん私に何も手を出してはこないだろうから。

そこまではまあまあ安心して座っていられそうな、ぐらぐらの婚約者の椅子を勧められたようなものね。


そして頭の中のノートに『婚約破棄はいつ?』と書き込んだ。


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