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ぼくの夏やすみ~全身全霊のアイス~

作者: しょう

 俺の名は、洋一郎。しがない営業マンだ。

 

 43度を超える気温に、滝のように流れる汗をぬぐう。

 スクランブル交差点の電光掲示板では、この記録的猛暑の報道が流れていた。

 アナウンサーは深刻そうに話しているが、テレビ局の涼しい部屋の中で何を言っても説得力はない。

 俺は暑さを振り切るように、取引先へ急いだ。


     ◆


 俺の名は、ニートーマス。今自宅にいる。

 20度に利かせた冷房の風にあたり、厳しい日差しをカーテンで完全に遮った部屋の中で、したり顔でつぶやく。


「この世をば我が世とぞ思ふm、あいたっ!」


 部屋の何もないところで転ぶ。

 ふふ、だが問題はない!


「はっはっは~」

 この楽園をもっと堪能したい。

 というわけで冷凍庫をガチャリ。(親が)ストックしているアイスを……。


 ――アイスがないだとっ!!!


 それに気づいた瞬間、俺は走り出した。

 まだ見ぬアイスを手に入れるためにっ!


 自宅警備員が出て行った家では、クーラーの音だけがする。

 静寂と相まって、その空間にまるで白い霜が降りるようだった。


     ◆


 ニートーマスはたどり着いた、第1の難関に。

 見上げれば、そこには天高く続く石段がある。


(ここを通り抜ければコンビニまで近道だ。いざ参る。)


「ん?」

 躊躇なく踏み出した一歩はしかし、いやな靴底の感触があった。

 恐る恐る足元を見れば、ニョロニョロとうごめく青緑のなまめかしい蛇皮が……


「シ”シャァァアアアーー!!」

「生きてるぅぅううーーー!」


 とっさに後方へジャンプ! 

 だけどなぜか、飛び上がって空中にいるままで、妙に時間の流れが遅くなる。

 ――なんだ?

 と思って左を向くと、こっちに向かってくる自転車がいるではないか。


 (死にました。)


 それが正直な気持ちだった。


 俺はいつでもあきらめがよかった。

 親に「今日は何食べたい?」と聞かれた時は、兄弟で意見が食い違わないように気にした。満員のバスに乗る時は、順番をゆずって割り込みされても不格好に笑っていた。

 大学を出てから自宅警備員になったのだってそうだ。


 世の中や自分へのあきらめ。

 そして今まさに危機に瀕しても、そうだ。


(でもせめて、最後にアイスだけでも。)


 あの日の夏の思い出。

 好きだったあの子と帰り道が偶然一緒になって、コンビニで食べたあのアイス。途中で別れてから買って食べた酸っぱい思い出。

 学習塾の帰り道で、星空を見上げながら食べたあのアイス。独りで夜を歩く心細い気持ちを埋めてくれた。

 そして今。過ぎゆく人生の離別に直面して、フィナーレを飾ろうとするあのアイス。


――最後のこの望みだけはあきらめないっ! 今だけは!


「うおおおぉぉおお」


 全身全霊で猫のように身体をひねって両手を地面につく。

 けたたましく近づいてくるブレーキ音をよそに、あせらず両手の力を一瞬だけ抜く。


「キキィィイーーーッッ」

「いくぞっ!!」


 そして、全体重をかけて空に向かってバク転をした。

 自転車の車輪を回避し、運転していた女子高生のギリギリ前を俺の胴体がすり抜ける。

 キスができそうなぐらい近くを互いの顔がすれ違ってドキドキした。


 逆さまになった天地の景色は、アイスのように涼やかに心に響いた。

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