第12話 本当にしてほしいこと、わかってくれるなんて思わなかった。
「この世界は、魔法を使うことのできる人と、できない人がいます。昔はその間に差別があったようですが、いまは、魔法を使える人も使えない人も、平等に過ごせるようになりました。また、この国では、貴族と市民、という名称や仕事の違いはあれど、市民が幸せで満ち足りた生活を送れるようにしています。」
あれ、でも、子供が働いてたりしてたくね?
俺は首を傾げた。
それを辛そうに見るアダム様。
そして続ける。
「戦争もなく、豊かな国として有名になって行き、市民たちの幸せな顔を見ることがとても嬉しくて、もっとより良くする方法を考えていたのですが、」
顔を曇らせる。
「そこへ、魔王が現れたのです。」
「魔王。」
俺はそこで初めて口に出した。
「はい。魔王はたくさんの強い部下を従えています。彼らの目的は、この世界の全てを手に入れることです。」
「そういうヴィラン多いよなぁ………世界の全てを手に入れて、何がしたいんでしょ。」
俺は完璧なタメ口でそう言った。
「はい、私もそう思います。魔王の出現で、各国に影響が出ています。そのせいで、これまで満ち足りていた市民の生活が少しずつ苦しくなってきています。」
「あぁ!なるほど。」
「何がなるほどなんでしょう。」
アダム様は驚いた顔をする。
「あ、いや、俺、王宮に来る前、少し街を歩いたりしてたんですけど、子供が働いてたりしてたので。冒頭のアダム様のおっしゃっていたのと違うなぁ、と思っていたら、魔王のせいだったんですね。」
「はい。街でモンスターが出現したり、農作物が荒らされたり………」
世界を征服しようとしているのに、やることがしょぼい。
………とも、言い切れないか。
農作物が取れなければ売ることもできず、生活も苦しくなる。
食べるものも少なくなるし。
また、モンスターが出現すれば、家が壊されたり、人に危害が加わることもある。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、って感じだな。
「今のところはそれで済んでいるのですが、早急に止めなければいけません。なにせ相手は魔王ですから。これからもし、民たちが死ぬようなことがあったら………」
唇を噛むアダム様。
辛そうで、言葉を続けられそうにない。
すると、フェドさんが続けた。
「それで、勇者様をお呼びしたのです。言い伝えによれば、勇者様は魔王を倒し、この世界を平和に導くお方。それで召喚の儀を行ったのですが、」
「俺はダンジョンに呼び出されていた、と。」
「はい。ダンジョンは魔王が出現させたものなので、魔王の勢力を削るという意味では役に立つのですが、呼び出したはずの勇者様がいなくて、焦りました。」
頭を抑えるフェドさん。
「勇者様、改めてお願いします。」
立ち直ったアダム様が言う。
「私たちを、この国を、この世界を、救ってください。」
「………」
話は、わかった。
つまり、この人たちは勇者として俺を呼び出して、俺にこの世界を救って欲しい、と。
うん。
でもさ、
「俺は勇者じゃないと思います。」
俺はそう言った。
フェドさんもアダム様も、驚いた顔をする。
「でも、勇者様は、あの森でたくさんの魔法を使ってらっしゃったじゃないですか。あんなすごい威力の!」
フェドさんは叫ぶ。
そっか、見られてたんだもんな。
「はい、魔法は使えるみたいです。あんなに威力が出るなんて思いませんでしたけど、俺すげー、ってなりました。」
「じゃあどうしてですか?」
アダム様は落ち着いている。
でも、やっぱり戸惑っているところもあるようだ。
「だって、俺、魔法は使えても、異世界から、日本からやってきても、ダンジョンを攻略しても、勇者にはふさわしくないから。」
勇者って、すごいんだ。
俺が知ってる勇者は、自分が凄い能力を持っていることに最初は気づかなくて、周りがその才能を認めて、ぐんぐん成長して、仲間ができて。
時には落ち込んで、泣いたりする仲間をかっこいい言葉で励まして。
誰より、人の気持ちを考えていて、人のことを思いやって、人を助けたい気持ちに満ち溢れていて。
そんで最後に魔王を倒して、国の王女様と結婚する。
でも、俺はそうなれない。
俺はカッコいいことが言えない。人を励ましてあげられない。
自分のことでいっぱいいっぱいだから。
自分が周りにハブられるのが怖くて陽キャのふりをしてる陰キャに、何ができるよ。
俺は人のことを思いやれない。
人の気持ちとか、そういうのには敏感でいるスキルが、日本にいて付いたけど。
でも、人を助けたい気持ちは、心からの善意じゃない。
誰かに認めてもらいたくて、誰かに感謝されたくてやる救済は、善意じゃなくて、ただのわがままだ。
感謝とかそんなのどうでもよくて、人を助けてしまえるのが、本当の勇者なんじゃないだろうか?
「だから、俺は勇者じゃありません。」
そう言うと、二人はポカーンとした。
なまじ顔がいいだけに、マヌケだ。
そして、フェドさんは口を押さえた。
「ふふ、ふふ。」
「え?」
アダム様も、口を不思議な形に曲げる。
小刻みに肩が震えているところから、笑いを堪えているようである。
「ちょ、ちょっと、なんで笑うんですか。」
「だって、君は本当に勇者向きの性格をしているから。」
「なんでですか?」
すると、アダム様は優しい声で教えてくれた。
「勇者はね、助けたいって気持ちだけじゃいられないんだよ。そんな気持ちでずっと人を救えるのは、本当に、聖人のような人か、神様以外にいらっしゃらない。少しくらい、感謝されたいってわがまま心がないと。
それに、君がそんなに深く、”勇者の定義”に付いて考えて、自分は人を救えない、なんて思っているのは、誰より人のことを思いやってるんじゃないかな?
君のその、『人を救えない』って気持ちは、多分、人のことを思いやりすぎて、こんなやつに助けられるなんて嫌だろう、って思ってるんじゃないかな?」
敬語じゃなくなって、まるで親のようにそう言ってくれるアダム様に。
それに何度も頷いてくれるフェドさんに。
自分のことを、そんなふうに思ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
友達の前でも頑張ってはしゃいで、自分の本当がバレないようにしてたから。
俺の本当をわかっている人はいなかった。
親でさえ、わかってなかったと思う。
だって、俺のことを見てないから。
なのに。
さっき会ったばかりのこの人たちは、誰よりも俺を見て、俺を理解してくれている。
よく映画なんかで見る、「人に理解されたい」って気持ちは、実は、お金持ちになりたいとか、有名になりたい、なんて願いより、人の根底にあるのかもしれなかった。
その願いが叶って。
嬉しくて。
優しさが心にしみて。
俺は幼稚園以降初めて、声を上げて泣いた。
読んでくださってありがとうございます。
今日、お友達に会ったのですが、その子が乾燥して手から血が出ていて、ものすごく痛そうでした。
ハンドクリームをぬれよ………
ちなみに僕は不慮の事故でカッターナイフで指をえぐり、ものすごく痛いです。
皆さんも気をつけてくださいね。
それでは、また二日後にお会いしましょう。