私の大好きなお兄ちゃん
夜も深まり周囲の家々から灯りも消えた頃、俺は未だに寝付けないで居た。
昼間に色々な事が起こり過ぎてそれらを思い返し、俺なりに考え独り悩んで居た。
しかし、それは俺だけでは無かった様だ。
「アヒーナ、どうした?やっぱり眠れないのか?」
「うん……眠いけど何故だろう。全く寝付けないんだよ……お兄ちゃん。手……繋いでも良い?」
俺の横で寝ていた筈のアヒーナだったがさっきから、何度も不自然な寝返りを打っていた。眠って居るにしては直ぐに寝返りを打つアヒーナ。
不審に思った俺は、小声でアヒーナに問うとやはり彼女は寝付けない様で、返してきたのだ。
「あぁ……いいよ。ほら」
俺は左手をアヒーナへと差し出した。
暗がり故にお互いに手弄り合った。
暫くそんな事をしている内に、お互いに手を取り合えた。
小さくて少しひんやりとした手。
細く短い五本の指を掴む様に、互いの指を絡め合う様にして手を繋ぎ合う。
――恋人繋ぎ……だ。
「――ありがとう、お兄ちゃん。うん、大きくて暖かくて……優しい手だね、お兄ちゃんの手。今凄く幸せだよアタシ」
「ははっ。そうか、優しい……手か。何か恥ずかしいなぁ。でもそう言われて悪い気はしないな!俺も幸せだよ……こうして居られるだけでもさ――。ははっ」
俺は照れ臭くなり、小さな笑いが込み上げてきた。
それと同時に俺の顔は熱を帯びる。
仰向けで居た俺はアヒーナの方へと左側へ寝返りを打った。
アヒーナの顔がふと見たくなったからだ。
そう遠く無い距離にアヒーナの顔がぼんやりと見えた。今日は月明かりも無く、何時にも増して室内は暗い。
俺の右側で眠るプリシラに背を向け、アヒーナと向かい合い手を繋いで居る事に少しばかりの罪悪感に苛まれた。
「まだ目が慣れないね。お兄ちゃんの顔……ぼんやりとしか見えないよ。ねぇ……近くで見ても良い?今凄くお兄ちゃんの顔が見たいの。ねぇ?良いでしょ?」
「ん?別に良いけど……見てどうするんだ?」
俺は不思議そうにアヒーナへ問い掛けた。
まだ暗がりに目が慣れていない。周囲も未だ、ぼんやりと輪郭が捉える事が出来る程度だ。
不意に手を繋いで無いアヒーナの右手が俺の顔を頬をまさぐる。
ひんやりとした手の感触が、火照った顔には心地良い。
「んっ――。お兄ちゃんの顔……熱いね。もしかしてぇ……お兄ちゃん照れてるの?だって見たくなったんだもん!見たいんだからしょうがないじゃん!」
「なんだよそれ。ふっ……アヒーナならしいな」
「ほら、ちゃんと見せてよ……お兄ちゃん……」
アヒーナの顔が近付く気配を暗闇で感じた。
気が付くと目の前にはアヒーナの顔が在り、暗がりでもハッキリと表情が見える位の距離に居た。
微かにアヒーナの暖かい吐息が顔に掛かる。
アヒーナが呼吸をする度に掛かる吐息で俺の心臓は激しく鼓動し、息が詰まる思いに苛まれた。
「ア……アヒーナ、ちょっと近過ぎやしないか?その……何だ、アヒーナの息が当た――」
「近過ぎないよ。まだ遠いよ。ねぇお兄ちゃん、アタシの事を"ギューッ"て抱き締めて欲しいな。昼間、プリシラにしてたみたいにさ――」
「昼間?!あ、あれはだな……緊急事態だったし、べべ別にだな――」
「ふふっ。お兄ちゃん何焦ってるの?そんな事言わ無くても分かるよ。あの時は仕方がないって事位はね。お願いお兄ちゃん……抱き締めてくれたら眠れそうな気がする……アタシ、まだ怖いの……お願いだから――」
アヒーナは少し涙声になりながらも俺に懇願する。心なしか、繋いだ彼女の手が小刻みに震えるのが伝わって来る。
「仕方ないな。ほら、こうか?こんな感じで良いのか?」
俺はアヒーナを空いた右手で抱き寄せ、彼女の背中から下にして居る右肩に向け包み込む様にして抱き締めた。
お互いの身体が密着し、アヒーナは俺の胸元に顔を埋める。丁度、アヒーナの頭頂部が俺の口元に重なり、彼女の香りが鼻腔深くをくすぐる。
理性が崩れそうなこの状況に俺は、なんとか理性を保とうと奮闘するがアヒーナは更に、自身の脚を俺の脚に絡めて来る。
それはまるで蛇が木を登る様にアヒーナの脚が俺の脚を捕捉した。
「にゃっはぁ~!お兄ちゃんの脚も……もぉらいっ!今はアタシがお兄ちゃんを独り占めだぁぁいっ!んふふぅ~ん」
「おいおい、そんなテンションでアヒーナ……お前は眠れるのか?」
「大丈夫!大丈夫!お兄ちゃんを抱き枕にして寝ちゃいますので悪しからず!」
ピョコッ!と俺の胸元から顔を出したアヒーナは、ニンマリとしながらそう言った。
「お前なぁ~!まぁ良いか……ちゃんと寝てくれればな――」
「んもぉ~また子供扱いぃ~?でもお兄ちゃんに甘えられるからまぁ良いかっ!では続きを~うひひぃ」
「うはっ!?くすぐったいぞ!ちょっ……やめっ」
アヒーナはグリグリと俺の胸板目掛けて額を擦り着けて来た。
俺は堪らず声を上げる。
「んふふっ!お兄ちゃんそんなに声を出したらお姉ちゃんが起きちゃうよっ!ほれほれ~静かに静かにぃ~っ!」
「無理!無理!アヒーナお前、俺がくすぐりに弱いの知ってんだから……ちょっ……ヤメッ!!」
俺は体質柄と持ち前のスキルによって、身体に対する物理的な事象が効きにくいのだが如何せん、くすぐりには滅法弱かった。
「にゃははっ!相変わらずだねぇお兄ちゃんがくすぐりに弱いのは!……でもさぁ、そのお陰で今日アタシは救われたんだよね。お兄ちゃんのスキルを能えてくれたから。本当にありがとう……お兄ちゃん」
「――んっ……そうだな。ちょっと久しぶりだったし不安な面も在ったけど一瞬でそれを活用しての逆転。俺のスキル何てアヒーナの突破口の切欠に過ぎないよ。それにあの時はもっと早くからお前に与えてやれば良かったのにな……要らん傷を負わせてすまなかった」
「そんな事は無いよ。お兄ちゃんありがとう。でもあの瞬間、あの懐かしい感覚が全身を駆け巡ってさぁアタシ、あの時は『これだっ!今しかないっ!』て感じで全てをお兄ちゃんのスキルに懸けたんだ。下手したらあの時、死んじゃったかもしれないのにね……相変わらずアタシ馬鹿だよね」
顔が埋もれて見えないが今のアヒーナはきっと両目に涙を溜めて居るだろう。
声が少しだけ震えていたから……。
俺のスキル【堅城鉄壁】は俺自身の身体を極限迄に硬質化するスキル。これまでに数多の物理攻撃を受けて来た俺だが現状、スキル発動中で傷を負った事は一度たりとも無かった。
ある日を境に他者を護りたい一心が願いを実を結んだのか、俺の堅城鉄壁を自身が体現するよりは劣ってしまうが、一時的にだが他者に与える事が出来る様にも成った。
それで今回、アヒーナは命を落とす事を免れた。だが俺がもっと早くからアヒーナに能えて居れば良かったと、後悔の念に苛まれたのも事実。
他者を護るべき盾役として失格モンだ。
「あぁ~お兄ちゃんまだ落ち込んでるでしょ?もぉ終わった事なんだしクヨクヨしないのっ!男の子でしょ?ホラッ!!」
そう言うとアヒーナは力ずくで俺に覆い被さって来た。
小柄で細身な筈のアヒーナには何時も力負けしてしまう。筋肉達磨と呼ばれる俺の筋力をしても更々、アヒーナには敵わない。
彼女のその剛力はスキルなんかじゃ無くて、単純に体質らしいのだが……。
「にゃにゃにゃぁ~!筋肉達磨さん弱々だねぇ~こぉんなにも小柄で華奢な女の子にマウントをアッサリ取られちゃって……お兄ちゃんやっぱり可愛いね」
光の無かった室内に絶好のタイミングで月明かりがカーテンの隙間から漏れ、俺の上に乗るアヒーナを美しく照らし出した。
何時もの少女の様な風貌が一転して、妖艶なまでの女性へと変貌する。
初めて見るアヒーナの姿に俺の心は言うまでも無く、一瞬にして虜になってしまった。
「馬鹿っ!変な事を言うなよ!こんなにも暴れたらプリシラが起きっ――――!?」
――チュッ……チュッ。
刹那的衝動か、思いもよらぬアヒーナからの口付けに俺はたじろぐ。
「んくっ……んっ……。ぷはぁっ!五月蝿いお口はこうだからねっ!もう一回っっ!」
そんな俺の事なんてお構い無しにアヒーナは俺をからかうも、その眼差しは真剣そのものだった。
――チュッ!!
「プハァッッ!アヒーナ……お前……?」
「うん。初めて……アタシの初めてだよ。大切な大切な初めてをお兄ちゃんにあげちゃった――」
蕩ける様な目は尚も、眼下で戸惑う俺を見据えて居た。
「――良いのかよ。こんな……タイミングで……」
「うん。良いの……アタシがずっとあげたかったから。大好きなお兄ちゃんに……ね」
愛らしい唇が恥ずかしそうに動く。
ついさっきまで俺の唇に触れていたと考えるだけで俺は、一気に全身が熱くなった。
「でも……俺は初めてじゃ無いんだぞ?」
「うん。分かる知ってるよ……お兄ちゃんの初めては……プリシラだって事。でも良いの……誰が最初とか先とか一番とか……そんな事じゃアタシのお兄ちゃんへの"愛"は揺らがないから……」
アヒーナは艶っぽく、人差し指で自身の唇をなぞりながら呟いた。
「そうか……それ程迄に俺の事を……。ありがとう、アヒーナ。今の俺はこの雰囲気に決して流された訳じゃない。俺は俺の気持ちをひた隠しにして来てしまって居たよ。恥ずかしいな俺は。お前達は本気で俺の事を好いてくれていたのにな。アヒーナ……俺は……姉妹を護り抜く。それは一時の感情じゃなくて……一生の想いとして……だ」
「ふふっ……嬉しいな。幸せだな……次はちゃんとお兄ちゃんの言葉、お姉ちゃんにも伝えてあげてね!絶対だよ!約束……だよ」
「あぁ……分かったよ。必ず伝えるよ」
「ありがとう……お兄ちゃん。私の大好きなお兄ちゃん……これからもずっと、愛してるよ」
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