手配書の女④
【剣聖アヒーナ】
栗毛色をしたショートボブがとても愛らしく、明朗活発な彼女の性格も相まってか、その髪型靡く度に愛らしくも良く似合っている。
流行り事や楽しい事にとても敏感で、まさに年頃の女の子――と言って良い女の子だ。
とは言うものの、俺の二歳年下の二一歳の彼女はまだ、十代半ばと言っても通用する位に童顔で小柄な身体――。
ただし、彼女の特筆すべきは胸……胸だ。
大事な事なので二回も思い浮かべてしまった。
身長がギリギリ一五〇センチ位の小柄な体躯の両胸には、乳房がデカデカと――たわわに実っている。道すがらすれ違う数少ない男性達は御多分に洩れず、アヒーナの胸元へ視線が行ってしまう。
そんな周囲の視線に対して何も気にはしては居ないアヒーナ。昔彼女は「着る服選びが辛い」とそう愚痴を漏らしていた事を俺は思い出す。
だがアヒーナの魅力はそれだけでは無い。
あざとくも挑発する様な言動、本人に至ってはごく普通の事らしいのだ。
それが常に無意識での事なのだから、世の数少ない男性達は数多の女性が居る中でもそんなアヒーナを軽視出来ない……寧ろ【剣聖アヒーナ】のファンは多いと聞くが――。
男の性を誘惑する"小悪魔"的存在だ。
そのアヒーナが今、俺達の前に突如として現れ付きまとう、高額な懸賞金が掛けられた"大罪人"、修道着姿の女へと果敢にも飛び込んで行った。
「ヲロチノカラサヒ、今一度、アタシと"魔"を絶とうねっ! でもぉ二ヶ月ぶりだから加減が効かない……よっとっっ!!」
アヒーナは地面に胸が着くスレスレ迄に身を落とし、異常な迄の速度で近付き、すかさず修道女へ抜刀一閃、斬撃を放つ――。
――サッッッ………ドチャッ………。
刀身が天高く振り上げられ、斬り捨てられた修道女の右腕が無惨にも地面に転がっていた。
「速すぎて見えなかったかな? あぁ~アタシは優しいからさぁ~斬り口はちゃんと止血してあるからねぇ! 凄いでしょ~"金貨一二〇枚女"!」
アヒーナは挑発的な言動を取りながらも、刀身の背で自身の肩をトントン叩きながら余裕と満足気な笑みで修道女を嘲笑う。
そして刀身には一切、相手の血が付着していない。それはアヒーナの技量故か……。
「ちょっとだけ痛いではないですかぁ? これから解体される雌豚風情が生意気ですよ。まぁ腕が無いのならば直せば良いじゃないでしょうかね? "治す"では無く"直す"ですよ」
在るべき部位が無い腕をアヒーナへと女は翳す。
すると斬り口からぼんやりとした幻影らしき不可解な物が腕を形成し、元の姿へと右腕は戻った。
俺は驚きのあまりにまたプリシラを抱き抱えた両腕に力が込もってしまった。
「うん、これでよし! 斬られた服は……仕方がないですね。では次は私の番でしょうかね? 行きますねぇ。雌豚妹ぉ~お覚悟なさいな!」
余裕の表情を浮かべて居たアヒーナへと、彼女程の速度では無いものの、それでも速い動きで迫り斬り付け様と銀色の光を振り翳す――。
左手にはまたしても短剣が握られていた。
「ほいっ!」
ひらりとアヒーナは身を翻して女の攻撃を避けた。街で俺が捌いた斬撃の時よりも速く正確にアヒーナの左手首を狙っていた様だった。
「ちょこまかと良く動き回る豚な事で……デカ乳の分際で嫌味な位に動きが機敏なのですね。でもっ――」
――ヒュァァッッ!
修道女がアヒーナを罵り終えた途端、俺の視界から一瞬で消えた。その時、風切り音が聞こえた気がした。
そしてさっきまで其所に居た証拠として、修道女が居た所だけに土煙が舞い上がって居た。
――ザシュ!
「うっ! クッ――?!」
――ザシュザシュ!!
見えない修道女からの攻撃を必死に凌ぎ捌こうとするアヒーナだったが、彼女の動きよりも更に速く動く修道女の方が上手で在った。
瞬く間にアヒーナの着ている純白のブラウスは無惨にも切り裂かれ、血が純白のブラウスに染み込む。その様は痛々しくも在り、又、修道女の攻撃はアヒーナの事をなぶる様に致命傷を避ける様に次々と切り裂いて行く。
それでも尚アヒーナは、姿の見えない攻撃を捌こうと必死に翻弄して居た。
「アヒーナ大丈夫かぁっっ!」
「くっ……なんとか……。でも攻撃が速すぎる。それに……気配が全く掴みとれ……無いっ! グッ!!」
俺は必死に攻撃を耐えるアヒーナの事を見ていられなくなり、叫ぶもアヒーナは依然として攻撃を防ぐ事しか出来ないで居た。
「おやおや~攻撃を防ぐ事しか出来なくなりましたかぁ? いやいや、防いですら居ない様ですねぇ。うふふっ……あぁこうしてなぶる私の悪い癖。楽しいけれどそろそろ仕留めさせて頂きましょうかね? 私も暇では御座いませんので――」
修道女の声だけが聞こえるも相変わらず姿は見えず、次第にアヒーナの姿は見ていられない程にボロボロになって行く。
既に着ていたブラウスは元の形状からは程遠くなり、ただの血にまみれた布切れがアヒーナの身体に付着しているだけの状態に迄なっていた。
「くっ……アタシ……こんなにも弱かったの? そんな筈は……無い……。アタシは剣聖……剣術において最強で無ければ――」
「あら? まだ諦めないのですか? 剣聖なんかに囚われるからそんな無様な事になりますのよ。さぁ今から楽にしてあげますよ。雑魚豚娘ぇぇぇぇぇっっ!」
「くっ……これ……まで?! ごめんなさい。お姉ちゃん……ガイゼル……。ずっと側に居られなくて――。ダメなお嫁さんでごめんなさい……」
――【堅城鉄壁】
「――展開ッッッッッ!!!!」
俺は叫ぶ――。
俺の想いがアヒーナへ届けとばかりに……。
――グァァギィィィィィィンッッッッッ!!
修道女の一閃がアヒーナの首目掛け放たれるも、けたたましい金属音が周囲に木霊した。
「――ッ?! か、硬――いった……い??」
「フンッ――――!!」
ザシュッ!!!!!!
一瞬、身が固まった修道女をアヒーナは見逃さなかった。
胴体目掛けアヒーナの負けじと一閃。下から修道女の右脇腹から袈裟斬りを放つ。
アヒーナの渾身の一撃。
修道女の胴体は二つに別れ、アヒーナの斬撃の威力が逃げずに二つの塊は宙を激しく舞い、地面へと鈍い音を立てて落ちた。
――ドチャッ!ドチャッ!
「グァァァァァッ! ギャァァァ! 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛い……」
胴体が分離しても尚、修道女は自身が感じた激しい、想像も出来ぬ程の痛みに此方の耳が可笑しくなる程の叫びを上げて「痛い」をただひたすらに繰り返す。
身体が二つに別れたにも関わらず、しぶとくも生きている。
それはまるで呪詛でも唱えるかの様に次から次へと口にしていた。
アヒーナは修道女の片方へとゆっくりと警戒しながら近寄った。
俺もプリシラを抱えたまま、小走りにアヒーナの元を目指した。
「……痛い……痛いよ。酷いじゃ……ないの……こんな仕打ち……私……初めて……よ。こんな……事」
修道女は最後の力を振り絞る様に声を出し、絶命を前にまだアヒーナへと憎しみを込めて良い放つ。
「――ごめんなさい。でも……これは貴女がしようとした事が返って来たのよ。貴女はそれだけ……とても大きな罪をして来たのよ。だから……静かに死んで……よ。アタシ……だって、人間を斬ったの……人を殺したの……初めてなんだから……」
俺がアヒーナの側に着く頃には修道女は息絶えて居た。その垂れた優しげな両目に宿した瞳にはもう、生きた証は無かった。
アヒーナはその場に立ち尽くし、声を上げずに両目からは沢山の涙が溢れ流れ出て居た。
「アヒーナ……お前は何も悪くは無いさ。今は泣け。涙でイヤな事を洗い流せ……」
俺はそう言うと抱き抱えて居たプリシラをそっと下ろし、立たせると二人まとめて強く抱き締めて居た。
プリシラは全てを察したのか何も言わずにアヒーナに寄り添う。
「うぁぁぁぁぁぁぁん!」
アヒーナは緊張の糸が切れたのか、今日一番の大きな声をだして泣きじゃくった。
今の俺に出来る事なんて、優しい言葉で慰めるよりも抱き締める事だけしか出来なかった。
世に謳われた"剣聖"とて、少女と言っても変わらぬ年。かの"魔竜"を倒した英雄と呼ばれてもそれは、人間を斬り捨てた衝撃と責任の重さは違う。
それが悪しき人間相手だとしても……。
人間は人間なのだから――。
………………
…………
……
「落ち着いたか? アヒーナ?」
「うん……ありがとう、お兄ちゃん。大丈夫だよ」
「アヒーナ……私がちゃんとしていれば貴女にこんなにも辛い想いをさせずに――」
「止めてよお姉ちゃん……結局、誰かがやらなければアタシ達は危なかったかもしれないんだよ? それがたまたまアタシだっただけで――」
アヒーナのその言葉に少しだけ救われたと思ってしまった俺自身が、許せないと感じてしまった。
俺はまた護れ無かったと――。
『自己修復』
聞き覚えの在る声。
今、聞こえて来る筈の無い声が俺達の耳に入って来た。
「酷い雌豚じゃない? 自分の犯した罪を美化して、恰かも自分が被害者みたいな面しちゃいましてからに……絶対にぃぃぃ許しませんよぉ!」
抱き合う俺達へと鋭い視線と共に怨念でも宿った様な言葉が飛んで来た。
俺の視界には全裸の黒髪の女性。
見覚えの在る優しく垂れた両目からは殺意に満ち溢れた黒い瞳が此方を睨み付ける様にして見て居た。
「な……ぜ? お前はアヒーナが……」
「あら? 驚きましたか? 驚きのあまりにお漏らしなんてしてませんよねぇ?」
女性は微笑む。
悪意に満ちた笑みを浮かべ――。
「今回は此処までにしておきますね。私とてお馬鹿さんじゃ無いのでね。次はしっかりと準備をした上で雌豚姉妹に今日私がされた事と同じ事をしに参りますので……その日が来るまでは仕方がないけど私の旦那様と精々、限られた時間を楽しみなさい」
「待てっ! お前の目的は……お前は一体……?」
「んふふっ……手を胸に当ててお考えなさい。私の愛しい旦那様ぁ――」
そうとだけ言うと女は消えた。
女がたって居た場所にはまた、土煙が上がり揺らめいていた。
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