第三話
一つ目の街で王国の間者には、皇太子の意思を確認しなけば判断できないこと、そして皇女や第二師団の軍団長がいて現状は王国に敵対心が伺えないこと、それとこれ以上深入りすれば命はないことを告げた。
翌日、また馬車でユリスと二人、馬車で揺られているのだが、間者が付いて来ていないことにはホッとしていた。彼女としても、人を殺めることはしたくなかったのだと判る。
「アイリスお義姉様には帝都に着くまでに帝国のことをお話しておきますね」
「えぇ、助かるわ」
ユリスの話は、本当に帝国の内の話にまで及び、大丈夫かと思うぐらいに深い内容だった。
皇帝陛下は、病に倒れており、あと一年は持たないこと。
帝国内は第二皇太子派、第一皇女派、そして皇太子派の三派閥で次期皇帝の座を争っていること。
現皇帝が亡ぼした王国の貴族達も怪しい動きを見せていること。
隣国であるトルテ王国、エンドレス王国の軍事力の脅威。
「詰まるところ、詰む寸前ですね」
「ご名答」
「予想はしていましたが、ここまでとは。それとも偽の情報で王国に攻めてもらいたい...ということは無さそうですね」
「そうですね。はぁ~、本当に陛下はやるだけやって投げるなんて、信じられないわ! 兄上がどれだけ苦労していることか!」
ユリスが頬を膨らませて怒る姿がリスが餌を頬袋に溜めているようで可愛くて、思わずクスクスと笑ったら、更に怒り出す。
「お義姉様にもそんな余裕ありませんのに!」
「そうね~。暗殺でもすれば、それに乗じて動く輩ばかりね。だからこそのザレハス様と第四師団 軍団長メルファス様がいらっしゃったのですね」
「あら? メルファスがいるなんて仰いました?」
「いえ、初日に罵声を浴びせた方、軍団長様でしょう? 殴られたのに、翌日それ程腫れていませんでしたし、音の割には大袈裟に吹き飛んでいたようなので。それぐらいのことをするなら、軍団長クラス。そして第二皇女がいるなら、第四師団かと。確か第一皇女は軍嫌いで師団を持っていないはずです。違いましたか?」
「ふふっ、兄上が信頼を寄せるだけあって、流石ですね。私もお義姉様に興味が湧いてきましたわ」
「それにしても皇太子の護衛は大丈夫なんですか?」
「まぁ、そこは大丈夫と思いたいけど。兄上も剣術はそこそこの腕ですし、副団長も就いていますから」
いやいや、只の隣国の婚約者に皇女と帝国の軍団長二人なんて過剰だ。私が大爆発となる起爆剤だとしたら、皇太子は核ミサイル並みの余波となる。私だけなら帝国が混乱する程度だが、彼の場合は帝国だけじゃなく、周辺が乱世となり各国が荒れる。
やっぱり私を重要視する意味が判らない。
早く会わないといけないことは確かだと思う。
「早く兄上に会いたくなりました? 妹の私が言うのもなんですが兄は格好いいですよ。帝国の女性も兄上を狙っていますし。終いには寝所に夜這いまでしてきますからね」
「帝国の女性は地位を貪る痴女ばかりなの? それとも女性を狂わせるほど魅惑のある方なのかしら」
「手厳しいですね。まぁ、前者もいますが大方は後者ですよ」
「とすると、よっぽど目がお悪いのね。私のような者を気にいるなんて。あっ、見たこともないから仕方ないか」
「絵姿は頂いていますよ。他国に行ったお二方、そして問題のあったお三方の婚約者の分も。絵姿は私が見せて頂いた限り、誇張もなく写実的でしたね」
「やっぱり目がお悪いようね」
「それ、嫌みにしか聞こえませんよ、お義姉様」
いや、嫌みというか、あの五人の中じゃ一番平凡顔だろうに。よくわからないけど、帝国には美人が少ないかと思い、首をコテリと不思議そうな顔をしていると、ユリスに「天然!?」と言われた。
誰が天然か! 私は立派な喪女だ。三十五歳まで彼氏も居なかったわよ。というか今と合わせれば四十過ぎで経験なんか無い毒女よ!
あっ、悲しい...。自虐そろそろ止めないと、ほんと悲しい...。涙でそう...。
そんな話をユリスとしながら、いくつかの街を経由して帝都の城に着いた。流石、帝国の中央都市だ。王国の二倍はある。だが、予想より活気がないのが気になる。
道中、暗殺者が現れることもなく平穏だった。流石に、間者いや帝国では夜鴉という言うらしいが、それらと師団長二人が居て問題が出るわけがない。
後で聞いたら、ユリスが「暗殺者三組来ましたよ」と平然と言い放つ。なかなかこの子も図太いなと感心したけれど。
城の一室でユリスと四名の侍女の元、身支度を整え、謁見で用意されたドレスで着飾る。「お綺麗ですわ」、「髪や肌の艶もお美しい」とか言われたが、まぁ挨拶のような世辞だ。皇太子が丁寧に扱えと言っているから、それに逆らうようなことは流石にしないのだろうだけだ。
「ユリスは着替えないの?」
「え? 私はこのままで付き添いますよ?」
「本当に私専任の侍女なわけ? 流石に自国の重臣もいるのだから、不味いでしょう」
それでも首を振るユリスに私はこれ以上言えることもないので諦めて、謁見の間に足を向けた。
前には相応の地位にあるであろう役人、そしてユリスと師団長がその後ろに付き従う。
いや、皇族でもない、只の隣国の人質にここまでしなくても、流石にここまで来たら失礼なことなんてしないから見張らなくていいのにね。帝都に着くまでに少しは信用してくれていたと思ったんだけど。
やっぱり皇太子や皇族の前だし、心配か。
謁見の間の重厚な扉の前で私の前を歩いていた役人が頷くだけで、謁見の間の前の護衛が恭しく礼をしてから扉を開いた。
重々しく開く扉の先には立派な皇帝の椅子が正面に、そしてその横にも椅子がいくつかあった。
部屋の右側には帯剣はしていないが、艶のある黒服とマントに身を包んだ数十人の騎士、そして逆側には帝国の重臣と思われる不揃いな年齢の男達がこちらを一瞥もせず、向かいの男達を見ていた。
正面の皇帝の椅子には誰もおらず、その右隣も空席、その隣に金髪碧眼の男性と薄い金茶髪の女性が一人ずつ。そして反対側には黒髪の目付の鋭い男性が肘掛けに片肘をついて顔を顎を載せて、ふてぶてしくこちらを見つめていた。そんな男だが、なぜか目がなかなか離せなかった。黒髪黒目が前世の日本人を彷彿とさせたからだろうか。久しぶりのその漆黒の眼に目が奪われてしまった。
座席から察するに、黒髪の男が王太子アムール、そして他二人が第二皇子ドザムと第一皇女メリーナだろう。それにしてもユリスの話していた皇太子の印象と全く違う。まぁ、兄が好きみたいだから妹の贔屓目みたいなものだろうと思うことにした。
私を先導する役人がここまでという距離のところまで案内され、私は歩を止めて、カーテシーを行う。
「エンドレス王国、サンドラ公爵が娘、アリシアと申します」
周囲の重臣はだんまりだ。陰口ぐらい叩かれるかと思ったが。
「面を上げよ」
その言葉と共にアムール皇太子が近づいて来る足音だけが聞こえ、ゆっくりと顔を上げると直ぐ目の前に立ち、真正面に王太子の顔があった。
ち、近い!
「うん、本物の方が可愛い、いや美人、いややっぱり可愛いが合っているか? しかも胸もあるな」
「なっ!」
胸元を覗く仕草に、流石に掌で王太子の顔に思わず手が出てしまった。出した後に思わず、不味い!と思ったが空振りして態勢を崩す私は、彼に腰を押さえて抱かれていた。そこまでは不可抗力でもあり、赦そう。
「んっ、ん~」
キスまでは聞いていない! 演技でもここまですることは聞いていない! 私の前世からの初キスをこの状況で奪う? ぶち殺す!
先程まで寡黙だった左右にいた男達まで「おぉ~」じゃねーーわ!
しかも長い、く、苦しい...、殺す前に殺される!
『話がある。ユリスにいつもの部屋へと伝えろ』
『え、えぇ』
耳元で深みのある低い声で囁かれる。唇まで奪われたせいか、ぞくりとする。後で絶対ぶち殺す!
「これが一目惚れって奴だな。婚儀も早めるか!」
「あ、兄上、ふざけるな! その女は王国の人質だ! 弄ぶのは結構だが、熱を上げるなら帝国の女にしろ。なんなら、紹介するぞ」
「ははっ、何を言っているドザム。彼女は皇太子妃として迎える。これは決定だ! 婚儀は半年後とする!レーラン頼むぞ」
「ハッ!」
「皆もよろしく頼む!」
「「ハッ!」」
背を見せて第二皇太子に言い返し、臣下に指示を出す彼の声は迫力があった。流石皇太子といったところだ。
キスで動揺しながらもチラリと横目で周囲を窺う。五割は同意。一割は中立派で動揺している。四割はまだ第二皇子や第一皇女の派閥ね。
皇太子妃を迎えれば、皇帝の座に近づかれるのが面白くない連中だろう。ドザム皇子は明らかに不快感を露わにしているし、メリーナ皇女は何かを明らかに企んでいるわね。
「では、レーラン、後を頼む。我が姫をよろしく頼むぞ」
「承りました」
「また後で、愛しのアイリス」
ち、近くで見ると確かに良い男だ。細身だが均整の取れた筋肉のついた身体、そして顔つきも凛々しく、声までイケボだった。なんか悔しい。
そうして私は謁見の間を後にして、部屋に戻る。何が『愛しのアイリス』だ。事前に熱愛を演じろと言いながら、キスまでするとは、絶対奥歯ガタガタ言う程後悔させてやる!
「疲れたわ~、というか話と違うじゃない!」
「兄上、熱烈でしたね」
「なぜ、初の謁見でキスまでするのよ!」
「いや、私もあんな兄上初めて見ました。美男美女のキスシーンなんて絵になりますね! あ~、私も早く愛されたい!」
「はぁ~、帝国ってこんな軽い国なの? いや違うのね。侍女たちの反応みていればわかるわ。あの王太子、あとで絶対泣かせてやるわ」
その言葉に侍女達が更に酷い反応をする。「男性を泣かせるぐらいに大胆に攻めるの?」、「王国の女性って情熱的ね!」、「私も抱かれたい」とか囁く声が聞こえてくる。
いや全部違うし! 王国だってそんな大胆な女性は居るか? いやでも一部だし! 最後の抱かれたいって王太子によね! 私じゃないわよね! ちょっと最後の侍女の目が私に向いているんだけど、やだ、私その気はないから、ノーマルだから。
帝国で初めて身の危険を感じた気がするわ。
あと、一話。穴だらけのチェックしたら投稿します(∀`*ゞ)エヘヘ
午前中には投稿できるはず(。•ㅅ•。)