第二話
二日後、やはり二人が他国の婚約者になることが決まったという報告を受けた。
更に翌日、公爵家に二人を招いて話すこととした。
「まさかね~。侯爵家の私がトルテ王国の第二王子と婚約なんてね」
「私も~、ポルテ王国の第三王子だって。王子様と婚約なんて女の子の夢よね~」
シャノンの言葉に私もマーベラも顔を見合わせる。本当に判っているのだろうか、この子。私達の立場と言うものを。昔からポワンとしていて突拍子もない事ばかり言ったりして周りをオロオロさせながら、「なんで~」と言う子だ。
「あのね。私達三人がしっかりしないとこの国が危険な状態になるのよ? 判ってる?」
「う~ん、お父様にも言われたよ~。とにかく第三王子に気に入られて、うちの国に攻めるようなことは止めてくれって頼めばいいのよね~。うんうん、判ってるって~。もう、プチプチプチプチ、お母様とお父様から耳を貝にしたいくらい呪文のようにいわれたしぃ~」
頬を膨らませて可愛いし! ま、間違ってはいないけど、もう彼女に関してはなるようにしかならないか。
「アイリスは大丈夫なの? ザッハ帝国、皇太子の婚約者、しかもご指名って聞いたわよ? しかもよりによって皇太子って噂じゃ、好戦的で頭が良くて残虐な男らしいけど。周囲の国を軍隊率いて亡ぼしたんでしょ?」
「そ、そうね。頭が痛い...。私にそんなの押さえられないわよ。なんでよりによって私なのよ。容姿だって際立っている訳でもないのに。アリシア達のように綺麗でもないし、マーベラのように頭良くないし、シャノンのような可愛さもない私にどうしろと」
「まぁ、否定はしないけど? ご指名だし」
「ちょっとは否定してよ! 父が言うには卒業式の件が尾ひれはひれがついて伝わったということしか聞けなかったし。どういう風に伝わったか聞きたいところよ!」
「事実は、殿下達の悪ふざけを諫めただけ。しかも自分の恋心を押し隠してね」
ぐぅの音も出ないような事実を突きつけられて思わず項垂れる。
「一番重要よね。一番危ない国だし。貴女が婚約破棄されれば、間違いなくこの国亡ぶし、私の行くトルテ王国も瞬殺、さらには勢いでポルテ王国まで亡ぶかもね」
「え~、やめてよ~、友達でしょ~」
そう言う問題じゃないの! 判って言っているんじゃないシャノン! もう友達と関係なくなるし。たぶん、その状況じゃ、なんかの罪で、私殺されているし!
「そんなこと言われても、私にどうすれと? 今から顔の形変えられないのよ! 性格なんかもっと変わらないわ! 詰んでるじゃない! 後は皇太子が変態で目が悪くて、何故か私だけ綺麗に見える魔法でも掛かってないと無理じゃないの!」
あっ、自分で言っていて涙がでそう...。
誰か慰めてよ!
「変態ではある必要はないと思うけど、目が悪いと助かるかもしれないわね」
容赦のないマーベラの言葉についに涙が頬を伝う。「わーーん」とテーブルに突っ伏す私を前にして、可愛いと頭を撫でてくる二人。いつもこうだ。友人なのに、いつも泣かされてきた。そして最後には抱き着かれて、慰めてくれるのだ。
やっぱり二人は友人だなと思う。
「ぐすっ。私頑張るよ」
「大丈夫よ、アイリスならね」
「うん、うん、私達のアイリスだからね」
「な、何よ、その意味のない自信」
う、嬉しいけどさ。
「ふふっ、なんたってアイリスだから!」
「そう、そう、アイリスだし!」
「はぁ~、二人の笑顔に癒されるわ~。なるようになるよね。もう悩んでも決まってしまったんだし。寵愛は得られなくても生きていればいいわ。この国や他の国は知らな~い」
「そうそう、それで良いんだよ」
「うん、うん、アイリスはそうでなきゃ」
「もぅ、二人共困る癖に!」
三人で笑いながら、この国での最後のお茶会は幕を閉じた。もう三人で会えることなんてないだろう。
これから私達は一週間後に他国に向かい、婚約者として嫁ぐ国のことを学ばなければいけない。
三人で笑顔で別れられたのは、本当に良かった。気持ちもスッキリした。
彼女達も少なからず、不安だったのだろうか。私だけ愚痴を言わせてもらったようで悪い気もするが、これが三人のいつものやり取りみたいなものなのだし、これで良かったのだろう。そう思うことにした。
私はザッハ帝国に向かう馬車に揺られていた。最後にのどかなこの国の風景と雰囲気を味わっていた。もうこの国に戻って来ることはない。
道中、護衛や侍女はいるが、ザッハ帝国に入ると私の荷がある馬車だけが引き継がれ、私だけがザッハ帝国に向かう。長年私に仕えてくれた侍女や顔見知りの護衛とは国堺で引き継がれる。
寂しいが、これも仕方ないことだ。帝国はまだ我が国を信じてはいない。下手をすれば私だって、帝国の思惑の元、あらぬ罪に問われ、戦争の火種とされる可能性だってある。それは友人含め三人とも同じだ。
その疑惑を少しでも晴らすため、身一つなのだ。いや、実際には支度金として国や公爵家から帝国への貢物もある。後は私の私物がほんの少し。
「皆、ここまでありがとう」
「お嬢様...。やっぱり私も...!」
「俺だけでも護衛として!」
嬉しいことを言ってくれる侍女と護衛に涙が出そうになる。大切に護ってくれていたのだと改めて感じてしまう。
「ありがとう、皆。でも、大丈夫よ。行ってくるわね」
最後くらいは笑顔で彼らに挨拶をする。笑顔でいられたかは微妙かな。
「ふん! 我らが付いていて問題あるわけがなかろう。なぜ、エンドレス国の公爵令嬢などに、我らが国境まで」
そんな帝国の迎えの黒い鎧の若い騎士が呟き、公爵家の護衛を煽る。それに怒りを覚える護衛や侍女が怒気を孕むのがわかった。
最後くらい、きちんと別れを告げさせて欲しいのに、心の中で溜息をつきつつ、手で皆を制する。
「貴方、名前は何と言いますの?」
「何故、名前など?」
「二度は言いません。名を名乗りなさい」
私の圧に負けて、不平不満顔で名を名乗る若い騎士。
「貴方の名は、皇太子殿下に告げておきましょう。帝国の騎士は、儀礼も重んじない者がいると」
「ふん、言えるなら言えばいいだろう? 貴様は一時の人質だ。準備が出来れば直ぐに捨てられるだけよ」
「教養もないのですか? 下の者がこれでは皇太子殿下も噂程の方ではないという事でしょうか」
「殿下を愚弄するな!!」
これが帝国騎士の平均、もしくはその上位に居る者だとするなら、本当に帝国は大したことはないのだなと思う。帝国に未来はないだろう。
彼の言う通り私は人質で、用が無くなれば殺されるのはその通りだ。言わなくても判る事なのに。
それが直ぐに出来るなら、こんなことせず、帝国は王国を攻める。けれどそれが少なくとも一年は出来ないから、このような人質を取っているのだ。それも判らない者を護衛に寄こし、あまつさえ、王国の人間の前でそんなことをすれば、軽んじられ、逆に王国に攻められるだけなのに。
そんなことに怒りをぶつけてくる騎士を冷静に見ていると、その男がバキッという音と共に吹っ飛んだ。
「大変申し訳ございません。この護衛の隊長を仰せつかった帝国第二師団 軍団長ザレハス・ゼーレと申します」
四十近くの騎士だが数多の戦場を勝ち残った歴戦の猛者であることには違いない。そして帝国第二師団と言えば、皇太子直属の部隊で、更には軍団長となれば皇太子の側近中の側近のはずだ。
帝国では第一師団が陛下直属、第三師団が第二王子、そして第四師団から第七師団は第一師団から第三師団の更に下の部隊だ。
エンドレス王国で言う、王族の近衛でも側近中の側近と聞いた。
その軍団長が私の前で膝を付いて頭を下げている。少なくとも私を皇太子と同等に近い扱いをするということだ。
「皇太子直属のゼーレ様が何故ここに?」
「ザレハスとお呼びくださいませ。クルード公爵令嬢を丁寧に御もてなししろと皇太子殿下から仰せつかっております。もし、あの者の首でご納得頂けなければ、私の首も差し上げますので、何卒寛大な処遇をお願いする」
「判りました。今回のことは不問とします。ザグ!」
「ハッ!」
「陛下には恙なく引き渡しが終わったと伝えなさい。良いですね」
「畏まりました、アイリス様」
王国の護衛の部隊長もまた近衛であり、王家直属の者でザスと言う。ここで私がこの言葉を発するということは、今すぐ戦争を仕掛けるのは得策ではないということを暗に示している。更に言えば、敵意がないか様子を見るという意味もある。もう、既に王国は戦争の準備を進めているのだ。
その会話を聞いたザレハスが「有難き言葉」と頭を垂れたままだ。
「あの者の処遇は後にして、帝都に参りましょう。ザレハス様」
「ハッ!」
馬車への乗り換えも手を取りエスコートしてくれた。かなりの高待遇だ。
その様子を遠目で王国の護衛や侍女も見ているだろう。馬車に乗りチラリと横を見ると、ザレハスも王国側に礼をしていた。それには流石に驚いた。私の目の前だけと思っていたのだが、彼なりの騎士道なのか、それとも皇太子からのそういう指示なのか、首を傾げたくなるばかりだ。騎士の多くは自分達が一番、他国よりも優れているという自負があるし、自分達の主が一番と考える。ゆえに他国の騎士を軽視する傾向にあるのだ。だからこそ、ザレハスの行動は意外だった。
馬車が走り出し、先程とは異なる黒騎士四人が馬車の両側で周囲を警戒しながら護衛をしていた。その雰囲気に気の緩みなど一切ない。
先程の男は例外かもしれない。
「先程は申し訳ございません。皇太子殿下に変わり、謝罪致します、クルード様」
「貴女は?」
「ユリス・バハートと申します。アイリス・クルード様の今後専任の侍女をさせて頂きます」
「え!?」
思わず素が出てしまったが、聞き間違いでなければユリスは第二皇女でアムール皇太子と同じ母を持つ妹だ。バハートは現皇族の家名で、ミドルネームがザッハとなり、ザッハは帝国の皇族を示している。何より皇族の方の名前は全て把握はして来たのだ。
「第二皇女殿下ではありませんか。何故ここに? というより侍女というのは冗談ですか? それとも...」
「流石、兄が見初めた方ですね。もうバレましたか。でも、専任の侍女は本当ですよ。兄からの指示です。でも、お義姉様が考えられているような見張りではありません。少なくとも兄はですが」
「いえ、見張りは良いのですが、皇女殿下がすることではないはずです。いや、そもそも皇太子殿下の指示? 見張り役ではなく、侍女として仕えろと仰っている意味が全くわかりませんね」
「ふふっ、えぇ、まぁ、そうですね。兄は会ったこともない貴女に何故か全幅の信頼を寄せています。貴女の卒業式での話を聞いただけでです。ちなみにですが、ある程度正確な情報を得ています。三年前から人を入れていたぐらい何故か兄は卒業式まで状況を見て持ち帰れと指示してました。そして、卒業式の結果を聞き、満足しているのです。そして王国との友誼を結ぶため、王女殿下ではなく貴女を求めたのです。私を侍女にしたのも、ザレハスを向かわせたのも貴女を絶対に妃にする為にしていることです。会ってもいないのに普通はそこまで想うなんて考えられません」
ユリスの話を聞いても嘘を言っているようには思えない。三年前から私達の卒業式を警戒していた? 私は前世の知識があったからこそ、あの婚約破棄が現実となれば、王国が弱体化すると考えて危機を回避した。
アムール殿下もその事実を知っていた? 私と同じ前世の記憶を持っていたとしたら、どうだ?
いや、それでも婚約破棄が実効されれば、帝国の国土が広がるという理はある。小説通り事が進むのに喜びはしても、それと反することをすれば歴史が変わり予測出来なくなるはずだ。
つまり、今の私と同じように、予想が出来ない。帝国に理はないはずだ。続編を知っていたとしたら、私は悪役令嬢になるはずだから、それこそ私を指名してまで婚約者とする理由はない。前世の知識がないとしても重要性を考えるなら王女の方が良いはずだ。さっぱり、アムールという人物の考えが判らない。
「貴女でも兄の考えは判りませんか?」
「えぇ、さっぱり判りませんね。うちの王太子の婚約破棄が成立すれば、我が国は混乱するでしょう。それで帝国としては攻めることも力を蓄えることも出来るはずです」
「はい。私もそこが判りません。帝国の理があるはずなのに、それを止めた貴女を気に入るなんて可笑しな話です」
「お会いして話すしかありませんね。私としては、命を捨てる覚悟はしていたので、生き延びられるのなら、それに越したことはないので嬉しいですけど」
諦めたように両の掌を上にあげてみると、彼女もそうですねと納得する。
そして、ユリスが思い出したかのように言葉を続けた。
「私の事はユリスと呼んでくださいね。お義姉様」
「まだ早いでしょ」
「そうでしょうか。まぁ、それはさておき、王国の間者が付いて来ていますが、次の街で引き返してもらうように出来ませんか? それ以上は流石に帝国も看過できません」
「あぁ、次の街まで様子見すると陛下が言っていたからそれ以降ついて来るなら、捨てて良いわよ。一応、今晩、帰るように私からも伝えるけど」
「なかなか容赦ありませんね」
少し驚いた顔をするユリス。私も三女とは言え、これでも公爵令嬢だ。前世の記憶はあれども、今はまだ王国の臣であるし、覚悟は出来ているが無駄死にはしたくない。彼ら間者も同様だ。
現状、自分には帝国を見極めるための価値がある。私が聞いていない任務があったとしても、それは彼らを助ける理由にはならない。
今の私の危険と天秤に掛ければ当然の言葉だ。
「私もまだ皇太子殿下に会う前に死にたくはありませんから」
さて、本当にどうなる事か。危機的状況はなかなか去ってはくれないようだ。
先が気になる等思って頂けたら、ブクマ、★1でも評価を頂け居ると今後の励みになります。
宜しくお願いします。