第一話
全四話のお話です。
できれば、明日中に全話投稿する予定です。
「アリシア・サンドラ公爵令嬢、君との婚約を破棄させて頂く!」
「メリールルス・バッド侯爵令嬢、貴女との婚約をこの場にて、か、解消する」
「サラサリット・サラスナ伯爵令嬢、貴女との婚約は破棄しようと思うんだ」
獅子の鬣のような赤髪で勇猛な眼つきの男性、この国の王太子であるアークドル・エンドレスが覇気のある声で会場の注目を集める。
緑髪で頼りなさそうな一見女性かと思わせ、護ってあげたくなるような美青年の伯爵令息であるグリムス・メンソールが王太子の宣言に続き、つっかえながらもなんとか婚約破棄を宣言する。
青髪が片目を覆い、長髪を後ろで軽く結っている男性、この国の公爵令息でかつ宰相の父を持つエッツィオ・プライムが淡々と最後に宣言した。
三人に相対する女性達は、先程の男達三人にエスコートされて会場に入って来た三人だ。仲睦まじそうだったのに、何がそうさせたのか、聞き入っていた皆は唖然としていた。
確かに最近三組の婚約者同士の仲が悪いのではないかという噂が流れていた。ただ、それはこの学園の卒業の準備で忙しく婚約者同士で一緒にいる時間がないからだと、ただの噂だろうと誰もが思っており、そしてそれを打ち消す様に三組の男女は一緒に入場して来ていた。それがなぜ?と周囲は眉を顰めた。
私は、この目の前で起きている光景を他の人達より唖然としていて眺めていた。
今この婚約破棄の宣言を聞いて、私は夢? いや今とは違う人生を生きていた記憶が目まぐるしく頭の中で展開され、困惑していた。
私はクルード公爵令嬢の三女、アイリス。
なのに今頭の中には雪城雪奈という女性の人生の記憶が頭の中を激走していた。約三十五年の人生をほんの一瞬の出来事のように。
頭が許容量を超えたのか、物凄い頭痛と吐き気すら感じていた。
「だ、大丈夫? アイリス、顔が真っ青よ?」
隣にいた友人が優しく声を掛けて寄り添ってくれる。
「だ、大丈夫よ。い、いや大丈夫じゃないわ。この状況...」
友人であるマーベラも「そうだけど...」と言いながら、この状況に困惑しつつも私を心配してくれて、なんだか心が漸く落ち着いてきた。
雪奈という女性の記憶の中には、この国、王太子とその側近達の名前、更には破棄を言われた令嬢達の名前が一致し、かつこの婚約破棄の宣言が一言一句同じ状況の記憶があった。
雪奈のネット小説の処女作『婚約破棄はざまぁの始まり』という雪奈の黒歴史のような小説だ。
幼馴染の一つ年上の先輩がいて、その先輩と自分は付き合っていると思っていた。頭を撫でてくれたり、お互いの家で同じ時間を過ごす程の親密な距離感、だがそれは雪奈の勘違いだと判った。彼が三年になり卒業式の後に『卒業おめでとう』と挨拶する際に、言われたのだ。
『お前も早く好きな男でも見つけろよ。俺は好きな子に告白して、付き合うことになったんだ。同じ大学だし、思い切って告白したら、良い返事がもらえたんだ』
その言葉を放つ言葉一つ一つに針で身体を貫かれるような痛い想いをした。彼からすれば幼馴染で妹のような存在だったのだと後からわかった。雪奈もはっきりと『好きだ』、『愛している』とは告げていなかった。いつも一緒にいることで満足し、敢えて口にはしなかったのだ。
その大失恋で勢い余って書いたのが『婚約破棄はざまぁの始まり』だ。彼を婚約破棄した王太子、そして婚約を破棄されたアリシアを自分の写し鏡として書いた。
どうせならと仲間として二人ほど婚約破棄される令嬢付きの話だ。
そして、三人の令嬢は親から貴族の恥晒だと別な国に国外追放となってしまう。
王太子達は、実は婚約破棄は学生の冗談で済ませるつもりだった。本当に彼女達が自分達を好きで居てくれるのかを試そうとしたのだ。
実際、現実には本人達が婚約を破棄を口にしたところで、それが実効されることはない。国で貴族婚約は管理され、互いの親の元の承認の元婚約が成立しているからだ。だから、大丈夫だと。
だが、これが令嬢達の親の耳にいち早く入り、現実には婚約破棄となり、三人の令嬢は他国に移り住む事となる。そして、それぞれの国に移り住んだ令嬢は他国の王族と婚姻することとなり、幸せとなる。だがエンドレス王国は王太子とその側近の愚行により、王位継承権剥奪、爵位継承権剥奪となり、国が荒れてしまうという、三流の小説だ。
このままじゃ、王位継承権を持つのが、十二歳の王女しか居なくなる。ここまででお気づきだろう。王女を傀儡にしようとする貴族が群がり、貴族同士の対立が激化、私が居るこの国荒れるのだ。
雪奈(自分)が書いた小説と同じ世界とは限らない。たくさんの人が生きており、それぞれの人生を歩んでいるのだから、本当にそうなるかはわからない。
でも、それでも、ここで雪奈の人生を思い出したのには理由があると思わざる終えなかった。
小説には私『アイリス・クルード』なんて出てきていない。所謂モブという立場だ。
しかし、現実には公爵令嬢という立場。
この婚約破棄を止めるのは私しかいないのだ。
「お待ちなさい!」
六人の向かい合う男女、そして周囲の学生とおろおろとした先生達の視線が私を射る。
こ、怖いな。こんな目立つ状況は雪奈の人生でも、アイリスの人生でも経験なんてない。ゴクリと生唾が喉を通る。動揺を周囲に気付かれぬように、扇子を広げて、口元を隠す。
「王太子殿下、このような公の場で、その発言は冗談ではすみませんよ? 殿下以外の貴方達もです」
鋭く威嚇するような眼つきで三人を見つめる。彼ら三人は冗談で済むと思っているはずだ。小説通りなら。
予想通り、彼らは口を噤み、床を見ている。もう一押しだ。
だが、彼らだけを責め立てて終わるわけにはいかない。三人の令嬢達にも疑われる要因を作った責任はあるはずだ。
「アリシア様、メリールルス様、サラサリット様。貴女達もオドオドと動揺してどうするのですか?
殿下達が、このような冗談めかしたことを思いついたのも、貴女達がきちんと自分の気持ちを口にせず、気持ちが伝わっていないからなのですよ。
『好き』、『愛している』と口で、言葉で、はっきりと言って差し上げなさい」
三人の令嬢は、オドオドと青い顔をしていたと思ったら、今度は頬を赤く蒸気させて、アワアワとしていた。思わず、可愛らしいと思うのは、三十五歳という雪奈の記憶がそうさせるのかもしれない。
それでも、私が『さぁ気持ちを伝えなさい』と促せば彼女達は恥ずかしさに目を潤ませながらも言葉を紡ぐ。
「殿下、いえアーク様、わたくしは貴方の傍に居たくて、貴方だからこそここまで頑張って来られました。お慕いしています、愛しています、アーク様」
ポロポロと涙を流しながら切々と訴えるアリシアは抑えていた気持ちが決壊したかのように涙を流していた。婚約破棄なんて言われて、勇気をふり絞った告白。感情が高ぶっても仕方がないよね。うん、うん、頑張ったね。そんな彼女は本当に可愛い。これでも破棄するような王太子なら全力で潰そうと心に誓う。
「グリムス様、いつも冷静な貴方には嫌われていると思っていますわ。で、でもずっと一緒に過ごしていた本を読む時間は、とても好きで、私の心も落ち着きました。そんな時間をこれからも私に頂けませんか? す、す、すすすきです、グリムス様」
ボッと火が出るような音でも聞こえるかのように顔を真っ赤にするメリールルスの声は小鳥のような小さな声だけど、これも可愛らしさ抜群よね。
でも本を読むのが好きなんじゃということは置いておこう。きちんと最後には好きって言ったようだしね。キツツキのような言葉だったけど...。
「す、好き! なんて言わなくても。あ、愛しているなんて...。皆の前で言える訳ないでしょ!」
その言葉にサラサリットをジロリと睨む。
「わ、わかったわよ。言うわよ。言えば良いんでしょ! そうよ! エッツィオの事を愛しているわ! 頼りなさそうに見えるけど、彼は私をいつも気遣ってくれるし、優しく包んでくれるのよ。だ、だから好きなのよ、婚約破棄なんて言わないでよ!」
最後は恥ずかしさを通り越して、悲しみで号泣しだしたサラサリット、雪奈の言葉を借りるなら所謂ツンデレという感じで、とうとうデレましたという感じだなと、思わずうんうんと納得する私。
さて、三人の告白に情けない男達は、謝りながら彼女達をそれぞれ抱きしめていた。
そして王太子が、会場の皆に騒がしたことを謝罪する。さて、これで私の役目も...、終わりじゃないのだ。
一人の男が私を睨んでいる。
目で見なくても判る。この悪ふざけを考えた当事者がいるのだ。自分の思惑を邪魔されたことで、間違いなく睨んでいるだろう。
ベンジャミン・プランク伯爵子息。これを考えた張本人で、アリシア・サンドラ公爵令嬢を愛してしまった殿下の側近だ。
彼が殿下の婚約を破棄させようと裏で画策していたのだ。悪ふざけを本当の婚約破棄まで導こうとした張本人で、婚約破棄された公爵令嬢を誰も娶ろうとしない公爵家に自分が可哀想な彼女を娶ると言い出す腹積もりでいたが、公爵がその前に他国に追放してしまい、失敗する。本当に姑息で馬鹿な男だ。それにより戦争でアリシアを見初めた他国の王子の軍に真っ先に領地を攻められ、奪われ、一族郎党殺されることとなる。
私は、そのベンジャミンを睨みつける。予想通りこちらを睨んでいた彼を睨み返したようなかたちになり、彼がたじろいでいるのが判る。
公爵家と伯爵家の家格の違いがある。十分な脅しとなるだろう。私は知っているんだぞということが示せたはずだ。これで彼も大人しくなるだろう。
これで一件落着ということかなと独り言ちでいると、友人のマーベラが傍まで来て声を掛けて来た。
「流石、公爵令嬢ね。でも貴女いいの? アリシア様が婚約者の座から失墜すれば、アイリスに王太子妃の座が転がり込んで来たのに。それに貴女、殿下を好きだったでしょう?」
確かにアイリスとしての私は以前まで王太子であるアークドル殿下に熱を上げていた。だけど、雪奈の記憶で、自分をアリシアに投影した結果、復讐としてざまぁしてしまった。今の彼女達のように本音を言葉を出していれば、雪奈の恋心も実ったかもしれいないという後悔の念が今は彼女達を後押しさせたのだろう。
雪奈は何も言わず、結果として言われたことにしょうがないと諦めてしまっていた。つい先ほど、アリシアの状況が正にその状況だった。後悔...、相手に好きな人が出来たとしても伝えたかった想い。彼女達には雪奈の想いを遂げて欲しくなったのは、アイリスとしての人生を送ってきたからかもしれない。
「いいのよ。二人が本当に愛し合っているなら、邪魔しちゃ悪いでしょ?」
まぁ、雪奈という三十五年間の人生経験があると、どうしてもこんなことを実行したアークドル殿下は子供にしか見えない。恋心などその瞬間にどこかにいってしまい、冷めてしまったの云うのが本音でもある。
「貴女が男だったら、惚れてるわ~。でも貴女、婚約者いないでしょ? 家に帰ったら釣書だらけね。でも、政略結婚させるために親が待ちかねているわよ?」
そうだった。頭が痛い。
私は殿下に熱を上げたあまり、父に卒業するまで婚約を待ってくれと言ったのだ。不味い...。
「貴女はだって、婚約者いないでしょう?」
「そうなのよね。家格が吊り合う相手って国内には少ないのよね。いても碌なのがいない」
更に不味い。このままじゃ、隣国に売られることは間違いない。そこで私は整理の追いついていない雪奈の記憶を思い出す。
「あっ!」
「ど、どうしたの?」
更に更に不味いことを...。私、モブじゃなかった。悪役令嬢だった。
くそっ! 前世の私を罵りたい! なぜ、なぜだ!振られた腹いせで書いた『婚約破棄はざまぁの始まり』は短編で終わらせた。終わらせたのに、その後に彼女達アリシア、メリールルス、サラサリットの三人が他国に追放されてからの話を書いてしまっていた。
それぞれの国へ私、マーベラ、シャノンが彼女達が追放された国の王太子、王子の婚約者となって登場し、邪魔をする悪役令嬢として登場する話を...。
何故そんな話を書いたのか。それは短編の感想に、『国外追放になった三人のシンデレラストーリーを書いて欲しい』という読者の要望に答えたためだった。 初めての感想と要望に、読んでもらえた嬉しさから続きを書いたのだ。
青ざめる私、しかも親友の二人も悪役令嬢で落ち役。
「今日の貴女、本当に変よ? やっぱり調子悪いんじゃないの?」
心配してくれる友人が優しい。
で、でもヒロイン達の婚約は維持されたはずだ。
他国で私達を邪魔する新たなヒロインさえ出て来なければ、問題ないはず。
ただ、各国と我が国は緊張状態であるのも確かだ。人身御供なようなもの、いや言い過ぎた。他国にとっては人質、自国にとっては戦争をさせない為の壁となれと言っているのだ。
でも、他国の王族にも婚約者が既にいるはずなのだ。王族なら、幼い頃からいるはずなのだ。しかもまだそんな話にも至っていない。
ちょ、ちょっと落ち着け私。
今考えてもどうにもならない。父に在ったら話そう。そ、そうしよう。
「大丈夫。でも頭の痛い話ね」
「そうよね、シャノンも確かいなかったわよね。あの子おっとり、ド天然で両親も可愛がっているから」
「そ、そうね。心配よね」
やっぱり、三人を追い落として私達がその中に納まれば...、いやいややっぱりダメよね。和平の為に私達も他国と婚約させられたのだから。今はこれが最善と思っておこう。そうしよう。はい、お終い。やめやめ、考えても無駄よ。今は頭の隅に嫌な考えを締め出す私。
恙なく学園の卒業式が終わり、私は今公爵である父と母の前にしてソファに座っていた。恐らく今後の私の身の振り方の話だろう。
「アイリス、お前との約束は守って待った」
「ありがとうございます。お父様」
「もう、良いのか?」
「はい」
もう、こう言うしかできない。貴族の令嬢、しかも三女で公爵家の後継ぎは決まっている。
前世の雪奈の記憶が邪魔をするが、貴族なら政略結婚は当たり前だ。当たり前なのだ。
「他国から王家に王女への婚約の申し出があった。だが王女はまだ十二歳。それに比べて他国の王子や王太子はもう二十歳以上だ。要は幼い王女を人質として側妃にするということだ」
「つまり、三国へのバランスの為貴族令嬢である私や他の令嬢が王女の代わりに嫁ぎ、寵愛を得て他国に攻めさせるなということでしょうか?」
「う、うむ。その通りだ。済まぬが――」
「わかりました。お父様」
「良いのか? 一応国内からも釣書が来ているぞ? プランク伯爵子息からだがな。何もメリットはないが、お前が他国に行くのが嫌――」
やっぱりこうなるのか。少なくともプランク伯爵家はない。姑息で小物キャラは、絶対にない。既に他国に嫁ぐという覚悟はできている。卒業して家に戻ってから調べると、やっぱり、高位の貴族、力のある貴族の子息は婚約済みばっかりだった。やっぱり詰んでた。
「私が他国に行きましょう。どこの国でしょうか?」
「三国から来ている。ポルテ王国、トルテ王国、そしてザッハ帝国だ。そして、実はザッハ帝国の皇太子はお前をご指名して来た。どうやら、卒業式の話が大袈裟に広まったらしい」
「え!? 王女の代わりじゃ? しかもザッハ帝国? しかも皇太子って!?」
ザッハ帝国は我が国の三倍以上の国土を持つ国でそれこそ、攻められれば戦力差は歴然と聞いたことがある。ただ、あの帝国は一気に広がり過ぎた。そのため、今は国力が下がっている。だからこそ、我が国との婚姻を早くして安心したいということなのだろうが、王女ではなく私を指名してきたとは...。
あれ?でも確か雪奈の小説では、アイリスは確かポルテ王国とザッハ帝国の間にあるトルテ国で我が国ほど大きくない王国だったはず。確か両国の仲介となった国だったはずだ。あれ? 話やっぱり違う。確かザッハ帝国の皇太子って一番恰好よく書いたけど、好戦的で陰険で謀略好きなのよね。
自分で書いていて一番嫌いなタイプの男で書いたはず。
更に思い出したのが、実はそれぞれの国で婚約者となり、ヒロイン達が悪役令嬢の私達を退け、三国同盟によりエンドレス王国を滅亡させ、ざまぁ後に幸せになる。だけど、やっぱり私は私だった。やらかしていたのだ。
落ち着いた今なら思い出せる。二回目の失恋で、投稿しなかったが、もう一つ話を書いていた。最終的に大嫌いなキャラであるザッハ帝国の皇太子は他の二国に宣戦布告し、二国とも滅亡させてしまった。その後、ザッハ帝国の王太子も暗殺されて、他の国の残党に殺されると言う、ハッピーエンドも何もないただ破壊衝動だけで書いた小説だ。
私は相次ぐ失恋で心も身体も病んでしまっていた。そしてどうせならと、恋心など二度と抱かないと決め、そんな気持ちを封印したくて、失恋から書き始めたこの小説に出てきた人達をぐちゃぐちゃに壊したくなった。今思うと、どんだけ私病んでいたんだろうか。
昔の自分を殴りたいという想いもあったが、あれを書いたお陰であの時の雪奈としての自分の心は辛うじて保てていたのだ。まぁ、仕方ないよね。書いた小説を投稿しなかっただけでも、良しとしないと。
しかも、前世を持つ自分がその物語と同じような世界で生まれ変わるなんて思わないのだから。
そこまで考えて、私は自業自得で済むが友人二人がどうなるかも気になった。でも一番酷い国に行くのが私で良かったのかもしれない。
「ザッハ帝国以外はどうするのですか?」
「今王家が各貴族に打診しているところだ」
「そうですか...」
恐らく二人になるのだろう。小説の強制力という力が働けばだが。だけど、なんとなく強制力を否定できないだろうことは予感していた。
ブクマ、★1でも評価を頂け居ると今後の励みになります。
宜しくお願いします。