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可笑しさ

作者: 三文字

 とあるショッピングセンターのビルの方向へ、あてどもなく歩いている途中の十字路で、左によそ見をした。すると、何度か見かけて行こうか迷っていたあの公園が見えた。そして今日は行こうと思った。


 その日は寒い事は寒かったが、天気はこの上なく良かった。

 でも、平日だ。それに僕が今までやってきて、今も続けている仕事と言うのは、事務所の中などで年がら年中パソコンとにらめっこしてるような仕事だ。僕はそれを何でもない事だと随分長い間思ってきたけれど、最近実家でたまにリモートワークをしていると、そのキーボードを叩く忙しなさを図らずも目の当たりにした父親が、「異常だね」などとつい口にしてしまったのを見て、やはり40年以上もの世代の差、つまり半世紀にほぼ近い世代の差というものは、こんなにも大きな感覚の違いとなって表れるのだろうな、とふと思った。

 そんな仕事なものだから、あまり天気は関係ない。ただコロナウイルスという感染症が世界的流行を見せる中、うちの会社でも感染対策として換気をしているので、冬場になると肌寒いのが若干不便だと感じる位で、雨にも降られないが、風にも吹かれず陽だまりに居られるわけでもない。

 そしてひたすらに続く業務に追われているうち、余りにも気が急いてしまってか、段々季節の感覚が薄まっていき、時間の流れが速くなる。ただしそれは気にしなければならない事がある方面では大幅に減っているという事だから、全てを鑑みて苦か楽かという判断をするのは簡単に決められる事ではない。

 しかし、それでも一日中平坦な時間と空間に身を委ね続けるのは、何か人間の体内リズムにとって良くないんじゃないかというような気がしていて、それで僕は仕事の忙しさに関わらず、昼の休憩時間には必ず外へ出かける事にしている。でもコロナの拡大に伴って、「三密回避」が叫ばれるようになると、()()()喫茶店や牛丼屋などの飲食店に行こうとする足も止まってしまい、どこに行こうかと考えあぐねている所に丁度良く見えたのがその大きな公園だった。


 公園のベンチに腰を下ろすと、冬にしては、持参した雑誌を読むにはちょうど良い外の気温だった。あたりを見渡すと、同じように遠くのベンチでも新聞やら漫画やらを読みふける人がぱらぱらと見える。同じような考えの人がいるのかなと思った。

 コロナ渦などと言われる時代に、その光景は見た目にはあまりにも平穏すぎて、大した理由はないけれども一種の可笑しさを感じられるような気もした。でも飽き性の僕がいつもの癖で立ったり座ったりしながら雑誌を読み進めていると、可笑しいのはむしろ僕だけのような気もした。


 でもそれも10~15分ほどで、コンビニで何か軽食を買おうと思ってそこを後にした。こんな時でも僕の見えない所で、限界状況の中で追い詰められているような生活苦を感じている人が数えきれないほどいるのだろうと思った。そしてそんな時代の中でこんな何気ない普通な日常を送っている自分はある意味「異常だね」なのだろう、と考えた。

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