いえ、新手の教祖です。
どこまでも続く海原を眺め飛ぶのは私、流浪の美少女魔法使いムノベーちゃんである。ほうきに跨り肩に妖精を乗せ、大空を舞う姿はまさに、まさに…………まあいいや、到着だ。
王都のような城壁はなく、建物が海に沿いながら陸に伸びるよう建てられている。割るように伸ばされた中央通りには人がごった返しており密度で言えば王都以上だ。屋台なども出ておりカイリヤの丸焼きや見たことも嗅いだことも無い料理が売られていた。あれがコタ焼きかな?
認識阻害をかけた後近づき町の入り口に降りて解除、ラスラはかけたまんまだ。
「いやー着いたね、潮風で自慢の黒髪がべとべとだ」
「今回は割と早かったですね」
「そうね、港町っていうから海までどれ位だよって思ったけど。意外と近くて良かった」
朝一で出発しぶっ通しで飛んで丁度昼、嘆いている満腹中枢を喜ばせてやるにはもってこいの時間だ。
「ヨーシ。じゃあ早速ご飯にしよう!コタ焼きってのが名物らしくて、空からさっき町の真ん中辺りでそれっぽいの見たから行けばなんとかなるでしょ!」
「無計画ですねぇ、まあ私もお腹空きましたし早く行くのは賛成です」
さあ行くぞと意気込むと物陰からヌッといかにも盗賊というか蛮族というか物騒な装備をした金髪の男が出てきた、でっかい斧を背負っている。
「なっなあ、お前いま何もない所からいきなり出てこなかったか?」
「いえ、新手の蜃気楼です。それでは」
「蜃気楼!?なわけないだろ!なあお前、もしかして魔女だったりするか?真っ黒いローブ着てるしなんか薬っぽい匂いするし」
「いえ、新手の教祖です。それでは」
「さっきからなんだよそれではそれではってお前は三流の手品師か!なあ魔女なんだろ?実は折り入って頼みが」
「癒解!」
「ぐわっ!」
素早く杖をとんかちに変え文字通り鉄槌を与える。
「これにより貴方の考海は負の思想のリペイントから解脱され天神へと導かれるでしょう、一日十三回私への讃美崇拝とお布施の金貨を怠らないように。アーメン。」
のたうち回る金髪を尻目に町へと足を進める。
「ご主人絶対来世はろくな目に合わないですよね」
「私は輪廻転生なんて信じないわ、己の命尽きる時が世界の終焉でそれが全てよ」
「うわあ」
和気あいあいと女子トークしながらてくてくふよふよと町の中心へ、人を押し押されの大渋滞で目が回りそうだ。磯の香りにどこからかの食べ物の匂い、人の汗の臭いで頭がおかしくなりそうだ。
「ぬーんイライラしてきた、新しい広範囲洗脳魔法を試すときは今なのかもしれない……」
「やめてください。そんなのもうただの災害じゃないですか」
「くっそー、何か面白い事でも起きればいいのに。クラーケンが襲って来るとか」
「縁起でもないこといわないでくだ
どーん、どーん。海の方から鈍く大きな音が、遅れてかーんかーんと鐘の音。
『クラーケンが出たぞおおお!!陸の方へ逃げろおおおおお!!!』
すわ、一斉に人々が私達の進んでいた方向と逆に走り出す。わあー!流される流される!
「ちょっ!やめ!うぎゃあ押すな押すな!きゃあっ!オイゴラァ!誰だどさくさで胸揉んだ奴出てこいぶち殺す!魔女の胸は安くないぞ!」
「そんなことどうでもいいですから早く私達も逃げましょうよ!今なら認識阻害使ってほうきで飛んでいけるんじゃないですか!?」
「そんなこと!?そんなことって言ったな!?ローブで隠れてるけど割とあるんだぞほらよく見てみろ!今まで誰にも触らせて来なかったのに!ママに結婚するまでダメよって言われてたのに!絶対見つけ出して拘束した後週末眠ったら必ず二日後にしか起きれない呪いをかけてやる!」
「ご主人割と純真なんですね」
ぬぬぬ許せん。コタ焼きも食べれないし、クラーケンさえ出なければこんな事にはならなかったのに!ボッコボコにしてやる。
「行くよラスラ!あの怪物丸焼きにして食ってやる!」
「えええ?やめましょうよ!きっとここらの海の主ですよ!?確かに結構ご主人強そうですけど敵わないですって!」
「やる前から諦めてどうする!私は森の薬師、魔女ムノベーだ!魔物なぞ心ごと塗りつぶしてくれる!」
「もう!いいから落ち着いてください!」
返さず認識阻害、杖を出しほうきに変化。跨ってラスラを引っつかみ遠くに見える特大の魔物へ突撃した。
「いたいいたい!もうちょっと優しく持って下さいよ!」
「舌噛むよ!捕まってて!」
胸の谷間(超重要)にラスラを押し込んで戦闘態勢。もう目の前、かなり大きい。赤いぬらぬらとした全身に吸盤がびっしりの八本の足。それがバラバラに動いて近くの小屋や家をなぎ倒している。認識阻害を解き魔力を集中、さて。こいつに並の魔法が効くとは思えない、どうしようかな……
こちらに気づいたらしく長い足を大振りに叩きつけてきた、風魔法を起こして手伝ってもらい大きく横っ飛びで回避。杖をひとふり、人間大の氷の矢を幾つか展開し射出。かなり魔力を込めたが長い足に阻まれパキンパキンと弾かれる、魔道具に込めたような高威力の爆炎や冷気は魔力一発で切れるし多分殺りきれない。こりゃやっぱり私の攻撃魔法じゃ無理そう。
足攻撃を避けつつ今度は得意の洗脳魔法、詠唱無しバージョンの最高の威力の物をぶつける、並のワイバーン程なら一発だけどどうかな。
「ぶううううううっっっ!!!!」
クラーケンが吼える。どこから出してるんだろうその音、てかダメじゃん。
今度は二本の足を使い攻撃してきた、くっそー無詠唱とはいえ私の洗脳が入らないなんて下等生物の癖に生意気だ。残された手は詠唱洗脳魔法だけどあれは風の回避も攻撃もしばらく出来なくなるから今の所手詰まり、どうしようピンチだあ。
「にっ逃げるか……」
「え、さ、さっきまでの威勢はどうしたんですか」
「いや、私洗脳とか変化とかそっちがメインだからこういうバーン!でドーン!な敵はちょっとね……」
「もーう!ご主人が中途半端にちょっかい出すから余計暴れてますよ!何してんですかこのオタンコナス!こじらせ処女!」
「花も恥じらう乙女に何を言うんだ、しかもまだ17ぞ。あんまり生意気言ってると動きだけ封じてデコイとして投げちゃおっかな?」
「ひい、ご主人最高!世界一の魔女!操を守り続ける清楚なお方!」
知ってる、さーて攻撃避けるのも飽きてきたし逃げよ逃げよ。そのうち国が勇者とか呼んできてくれるでしょ多分。
「勇者現れたんですか?」
「らしいよ、王都で歩いてる時ちょろっと聞いたし」
めっちゃ強いらしいからこの町はまあダメかもだけど倒してはくれるんじゃないかな。
「だからね、善良なる一般市民はここで逃げてもいいと言う訳さ」
「善良……?」
杖をふりふり、ほうきへ変化。さっと跨りピカピカ妖精を引っつかむ。
「善良……?」
「うるさいよ」
いざ飛び立たんと力を込めたその時。下品な装備に重そうな大斧を持った金髪の男が横を通り過ぎクラーケンに突っ込んで行った。
「うおおおおお!クラーケン覚悟!」
おお、締まらない口上の割にはあんな重そうな斧を振り回し足を切りつけていくではないか。てかさっきの奴じゃん、いいぞいいぞやっちゃえやっちゃえ。
「今のうちにとっておきのを頼む!はっ早く!」
か、かっこいい。まるで勇者だ。見た目は露骨に蛮族だが勇気ある行動に敬礼、ちょっとやる気が戻ったぞ。
「なんでしょうあの人」
「さあ、でもクラーケンの注意が向いてるしどぎつい洗脳魔法いってみよっか」
「おお、切り札的なヤツですか」
「まあね。私全力の洗脳魔法を見れるなんてそうそうないぞ?有難く拝んでおくように」
「早くしてください」
「結構ラスラ言うようになったよね」
杖をナイフに変化。ぐっと刃を握り血を地面に垂らす、よし。杖に戻し懐に入れ、代わりに特性呪札を一枚取り出す。しっかと持ち血を染み込ませてえへんと一息、噛まないように「あー」「えー」と発声練習、いくぞー。……これ唱えるの割と恥ずかしいんだよね…ぶつぶつぶつと呪文を唱える、一句毎に感じる脱力感。手に持つ呪札がじりじりと焦げ落ちていく、あと半分…
「ギャーッ!」
ああっ。蛮族勇者が吹き飛ばされてしまった、ヤダー!こっち見るな見るなもう!お、奥の奥の手だ!
『ラスラ!光ってクラーケンの前で高速移動しろ!』
「うぎゃ!」
「あがっ!」
激しい頭痛、吹き出る鼻血。と同時に突如太陽のごとく輝きものすごい速さで前に飛び出したラスラ、そのままクラーケンの目の前をがくんがくんと明らかにおかしい挙動で動き回っている。
「ひいいーっ!」
「ぶおおおおおおおおおん!!!!」
ハエを払うようにして足を振り回すクラーケン、ピカピカ光りながらウロチョロするラスラに心底お怒りのご様子だ。が、
「へっへっへ、よーし行け!」
間に合った。全て焼け落ちた呪札の煙が滴り落ちた血に吸われどす黒く変化する、一瞬鈍く光ったかと思えば蛮勇君のつけた傷に勢いよく入り込んでいった。
「がはは、勝ったな」
瞬間、ピタリと動きを止めたクラーケン。足をズシンと下ろしそのまま項垂れてしまった、うまくいってなにより。
「はーっはっはっは、ワタシの勝ちだよにゅるにゅるくん。さあどうしてくれようか」
三日三晩かけて作ったとっておきの呪札を使ったとびきり強力な洗脳魔法だ、耐えれる奴はとびきり強力な魔王しかいまい。クラーケン恐るるに足らず!
「ぐえええー!だずげでー!」
未だピカピカカクカク撹乱ダンスを繰り広げてるラスラ、そこが君のダンスフロアだったのか。
「『解除』ごめんごめん忘れてた」
「きゅう」
目を回してポトッと落ちてしまった、かわいそうに。かわいい。