とってもなステキなファーストコンタクト
魔女が旅するやつが流行ってるらしいので参考にしつつ便乗しました
ここはスットコドッコイ村、ピーマンときゅうりが特産なのんびりとした田舎だ。総勢100人程の知り合いはほぼ親戚という閉じた村なので、結婚の際は近隣の村などからお嫁さんを探し、嫁いでもらうという形を何年も取っていた。
ここでは時間がゆっくりと流れていく、家畜の鶏の声と共におはようと目覚め、家長の腹減ったなあと言う声と共に昼飯を腹に収め、日が暮れれば仕事は終いだと言う声と共に家に帰る。会話と言えばピーマンの実りがどうだとかきゅうりの色艶は今年いいだとか、そういえばお隣さんの家畜が増えたからこちらの若いのを一匹譲って老いたのを貰い肉にしようだとかそんな話である。
そんな平和とも退屈とも取れる村の外れ、有事の際には薬師としても頼られている一人の魔女、もとい少女がいた。名をムノベー、何とも可愛らしくない名前だろうか。名付け親は世紀末レベルのクソセンスに違いない。
物語は少女ムノベーが最近の趣味である、村で寝ている住民の意識を盗み朝まで家畜の豚の脳と接続し仮想自我を持たせ発狂寸前で元に戻すという可愛らしいおままごとをしている夜に始まった。
「ムノベーちゃあん!夜遅くにすまない!緊急の用事があるんだ!」
なんだ、こんな夜更けに。使い魔のカラスもすっかり寝てる時間だぞ。しかも自我接続の時に気をそられたから失敗してしまった、ほら見ろ農夫のサッチョン氏に豚の意識が入り込んでしまったぞ、しーらない。ガチャっとドアを開ける。
「なによ」
「おおよかった!外からまだ明かりが見えたから起きてると思ったんだ!早速だがこいつを見てくれ」
コイツは確か猟師のラインハルト、完全に名前負けしているハゲにヒゲのテンガロンハットを被った勘違いスットコ野郎だ。往来でいつも見られてるとも知らずにハゲてて恥ずかしくないのかコイツ。
ラインハルトが持っていたカゴの蓋を開ける、その中には黄金色の光を放つ、小さな妖精が布に横たわっていた。
「どうしたんだこれ、盗んだの?あんた昔から筋肉モリモリマッチョメンの女性でしか抜けなかったじゃない。ジョブチェンジ?」
「違うよ!夜銃の整備して倉庫から出たらこの子がふよふよ浮いてたんだ!見てたらぽとっと落ちちゃうから助けてここに連れてきたんだ!」
はあ、妖精がね。妖精は森の奥や海の底、火山や洞窟を好んで人目を避けて暮らす生き物だ。見た目も然る事ながらその真髄は存在している周辺の効果である。
赤い精霊周囲を熱し、青い精霊周囲を冷やす。緑の精霊地を豊かにし金の精霊に寄り添いしものその懐を温めんと伝われている通り、そこに存在しているだけで色に応じた効果を及ぼすのだ。
この精霊は見事な金色、金の成る木そのものに間違いない。何としても傍において置かなくては……なんか弱ってるし回復薬でも飲ませてやるか。
「まあだいたい分かった、弱ってるしとりあえずこっちが面倒見るよ。だからムサい男はホラさっさと帰った帰った」
「おお良かった、助けてくれるか。こんな綺麗な見た目なんだ、扱いが悪かったらバチでも当たるんじゃないかと思ってな」
ケッケッケ、こいつに学がなくて助かったわ。精々私が有効活用させてもらおう。ああ神様精霊様だ。
「じゃあ帰るよ。夜遅くにすまねえな」
「二度と来るなよ」
「当たりが強くないか?じゃあな!」
当たり前だ、お前のせいで無実の農民が豚の飯を食う羽目になってるんだぞ。まあ後で直せるんだけど今はこっちが最優先だ。
「作るのたるいんだけどな…」
金には変えられん、森から取ってきた薬草、蜘蛛の目蛇の目イノシシの目とオマケに魔女の血を人垂らし。三日三晩火を入れ続けこしたら完成の一品である。怪我人にふっかける時のためにストックしたのがいくつかあったのでそれを飲ませる、スポイトを使ったらいい感じに飲んだ。おお顔をしかめているそうだろうそうだろう不味いだろう。良薬口に苦しだ。
気つけにはなったようで後は飯でも食べさせれば大丈夫だろ、ムノベー特製トマトスープを作ってやろう、後で億倍にしてら返してもらうからな。こちらも無理やり、と思ったが自分からちょっとづつ啜ってきた、美味いだろう美少女の手料理ぞ。当然である。
後はまあほっとけば勝手に起きるだろ、さあ寝よ寝よ、早寝早起きが美貌のコツってね。
『アサ!アサ!オキロゴシュジン!アサ!アサ!オキロ…』
だん!と目覚ましカラスを引っぱたく、ノリと勢いで契約したはいいけどいい加減ちょっとうるさいな…そのうちカラスの照り焼きにでもしてしまうか。と、横を見ると同時に起きたらしい。眩い光を放ちふよふよと飛び起きる妖精の姿があった。
「や、元気?」
寝起きでぼやぼやした顔は私に話しかけられた事で驚きの顔に変わった。
「ぎゃあ!に、人間!たったっ食べられる!羽もがれてフルコースの前菜にされちゃう!もしくはカゴに入れられて一生見世物にされて奴隷商をたらい回しにされちゃうよお!」
うるさいな…杖をひとふり、禁口の魔法だ。急に喋れなくなった妖精はみるみる真っ青に、いや未だ光輝いているが恐怖を顔に貼り付けて今にも逃げ出そうとしていた。禁動の魔法もえいっ。
ぽとっとテーブルに落ちた妖精を見下ろす、うるさかったしちょっといじめたろうか。
「さーて静かになったし朝食の準備しようかな、今日はお肉の気分なんだよね」
と杖を大振りの包丁に変化させワクワク魔法通販サイトで買った(決して騙されてなどいない)擦り付けるだけで研げる魔法の(?)砥石を擦りしゃりんしゃりんして近づいた。おお露骨に怯えている、かわいい。
今にも失神しそうな妖精を持ちまな板の上へ、さすがに可哀想だし辞めるか。
「ウソウソ、昨日倒れてたらしいから助けただけ。食べないよ、魔法解くからすぐ逃げないでよ?」
杖を元に戻しふりふり、妖精は身動ぎ「あっ…」と声を漏らした。
「ドーモ妖精さん、私はムノベー、村外れに住むピチピチ17才の魔法使いサ☆よろしくね」
「ヒッ」
あっこれ知ってる。好物である珍しいお魚を取り扱い始めたと噂の王都の店に行ったら売り切れてて憂さ晴らしに店主を魚に変えた時の娘さんと同じ顔をしている。そんな目で私を見るな。
「ホントホント、信じてってば。ホラ体元気になってるでしょ?それ治したの私だって」
サッと杖を振り鉈に変え自分の指を切り落とす。
「うぎゃああああぁぁぁ!!痛いいいいい!!」
「きゃああ!?」
近くの回復薬を振りかけ、飛んでった指をくっつけたあと魔法で補助する、ハイ元通り。
「はっ、はっ、はぁ。フウ、ほら信じてくれた?」
「あっ、あの。はい」
よかった。やっぱり千の言葉より一の行動である、家訓にでもしておこう。
「という訳でさ、君金の精霊でしょ?もしかして近づいてるだけで私にお金ガッポガッポだったりする?」
「あっはい、しますよ。でも一つの場所に留まると加護が薄れるので何日かおきに動いてないとですが」
「まっマジかあ…まあいいや、なら君私と旅しよっか!」
「えっ、あっあの」
「助けて貰った恩返しだと思ってさ、キミもどうせ暇でしょ?」
「まあ暇ですけど」
「じゃあ決まり!準備するから待っててちょ」
杖を変化、体ほどの大きな杖に。ちょうどいい。さっき吹き出した血を触媒にして我が家の設備をカバンに一括する。
鍋や薬品、キッチンや風呂までも光に包まれカバンに吸い込まれていく、これ使うの久々でちょっと楽しいな。
「あっそうだ、あんた名前は?」
「私?妖精に名前なんてありませんよ。もし付いてたらそれは契約妖精になって従ぞ」
「じゃあ命ずるわ!貴方は今日からクラッスラ!金の妖精クラッスラよ!略してラスラね!よろしくぅ!」
その瞬間、自分の右目に火傷の比ではないほどの痛みを感じた。
「うぎゃああああ!!!!」
「わあ!何やってんですか!それ契約の魔眼ですよぉ!?」
痛みが引いた、特に景色が変わった様子はないけど……
「なに契約の魔眼て」
「精霊に屈服又は同意を得させて名前を付けると契約者の片目が魔眼に変わるんです、知らないんですか?」
知らないよ……
「で?どういう効果なの?」
「さあ、人と妖精の組み合わせで変わりますし。使うには左目閉じて魔眼だけで見て意識をするんです」
ほう、左目を塞ぎ魔眼に意識を集中させた。当たりを見渡す。
……なんか……何となくだけど意識して見た物の価値が分かる気がする、ふわっと、何千ポコ単位だけど。
「なんか物の価値がふわっと解るっぽい」
「何らかの成長か長い年月使い続けることで強くなるとも言われてます、気長に成長を待っては?」
そうなんだ。……気になって姿見を見る。おいコラ、椅子を見た時よりも安く見えるぞ。この目腐ってんじゃないの?
「どうしました?」
「や、なんか私がそこの椅子より安く見えるから」
「オー、さすが金の精霊の魔眼。精度バツグンじゃないですか」
やはりコンビーフにでもしてやればよかったか。
「まあいいよ、荷物まとめ終わったし行くよラスラ」
「はいはい、全くなんでこんな目に」
「目的地はとりあえず王都ね、美味しいお魚食べに行こ」
杖をほうきに変えまたがる、肩に乗るラスラ。
「まあしばらく付き合ってあげます、退屈な人ではなさそうですしね」
「妖精のお眼鏡にかなうなんて光栄ですわ」
ふわりと飛び立ち目指すは王都、その名もクーゲルシュライバー。
待ってろよお魚。早くこいこいお金の話。
傍若無人、無礼無遠慮、無作法者で不届き者の魔女、ムノベーはこうして世に放たれたのだった。
魔女が村から消えて以来、呪いにより人が豚のような言動をするようになったと言い伝えられるようになったのはまた別の話