左弦
ここは左弦の大陸間移動装置がある森の中、静かな森の中で大陸間移動装置が光り出す。
「ん?景色が変わってるぞ?」
青竜は、辺りをきょろきょろと見回しながらそう言った。
「左弦に着いたんだよ。」
光輝は、くすりと笑いながら言った。
「もう着いたのか?今さっき右弦の方の装置に乗ったばっかりじゃねぇか。」
「あはは。右弦に着いたばかりの私と同じ反応してる。」
と凛は笑いながら青竜に言った。
「さぁ、出発しようか。」
「うん!」
「おう!」
と、光輝の言葉に凛と青竜は息を合わせる様に返事を返した。そして、丸い祭壇から降り、少し歩くと急に霧が立ち込めてきた。
暫くすると、突如光輝の後ろから何者かが襲って来た。
「移動ぐらいゆっくりさせろよなっ!」
そう言いながら光輝は、後ろの相手に水面蹴りをした。相手の両足を刈る様に蹴った為、光輝から見て右に倒れた。すかさず光輝は、右手を相手に向けながら言った。
「何者だ?」
しかし返事は無く、霧が代弁する様に晴れてきた。
そして同じ頃、青竜は光輝と同じく戦闘をしていた。
「はぁ、なんなんだよ。っておい!」
今まで前からの攻撃を捌いていたが、捌いてる途中に突如後ろから斬撃の様なものが繰り出されたのだ。それを何とか横に跳ぶ事で躱し、着地と同時にウ゛ァッサーを鉄砲水の様にして放出した。が、全く効いて無い様で、その答えを出す様に霧が晴れていった。
同じ頃凛は、謎の敵に追い詰められる様な形で防戦していた。
「一体何者?周りには光輝達の気配も無いし。ったくもうっ!」
と、左からきた蹴りを脇腹で受け止め、左手で掴み、そしてそのまま左足で相手の左足を払う様に蹴り倒した。
「いつでも倒せるんだから、調子に乗らないでよね!」
そう言ったのと同時に、霧が晴れてきた。
霧が晴れると、そこには自分自身と同じ姿の者が居た。青竜と同じ姿のその者は、ただ右手をこちらに向けて立って居た。そしてその右手から発してるオーラも青竜のそれと一緒だった。
「おいおい。能力ごと一緒かよ、まるでドッペルゲンガーと戦ってるみたいだな。」
と、溜め息をつく様に力無く青竜は言った。すると、その者は突如霧の様に消えた。その刹那、青竜の頭を目掛けて後ろから攻撃が飛んで来た。
「ふん。」
と青竜は首を左に傾け、その攻撃を避け後、ゆっくりと体ごと振り返った。
「なるほどな。道理で敵が何人も居るように感じる訳だ。それは能力か?」
それには答えず、再びその者は霧散しようとしだした。とその時、パチンッと青竜が指を鳴らした。それと同時に、その者は首だけを残し他は凍りついた。
「霧は水だからな。今の俺にはそれを凍らせるなんざ容易い事だ。さぁ、答えろ。それは能力なのか?それとお前は何者だ?」
そう言いながら、近づく青竜。その問いに答える様にその者は、ニヤッと笑い跡形も無く氷ごと霧散した。
「ちっ!こっちを見るだけかよ。」
そう言い、森の中を闊歩して行った。
霧が晴れ、そこに居たのは光輝自身だった。しかし、決定的に違う所があった。それは、背中に刺青が無いのだ。
「何だこいつ?ひょっとして今の俺を模倣してるのか?だったら俺には勝てないぞ?何故なら、お前には背中の刺青の真の力が使えないからな。」
そう言って、光輝の背中の刺青の鳥が鳴き出した。その瞬間光輝は、相手の背中に回り込み、赤く仄かに光る左手で心臓を貫いた。そして、光輝の姿をした敵はどさっという音を立て、倒れた後に霧散した。
「ふんっ。他愛も無い。しかし、この刺青が完成してる状態の奴が凛の前に現れたら… 」
そう言いながら、光輝は空を見上げて居た。
その頃、凛の前に現れた敵は、光輝が懸念した通りの刺青を背負った者だった。
「何この感覚?まるで災仔と対峙してる様な感じ。」
すると、敵はゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。その無表情さに、不気味さを覚えた凛は思わず後退りしていた。
「くっ!私に攻撃系の能力が有れば…」
そう言いながら凛は、インビジブルを使い敵の背後に回ろうとした。が、敵は見えない筈の凛に向かってウインドと言う風の能力を使い、かまいたちを放った。
「なっ!」
そう言いながら凛は、辛うじて避けたが、衣服が破れ皮一枚分の裂傷を負った。
それから凛は、インビジブルを解き、何とか近づこうとしたが、ウインドに阻まれ身体中に裂傷を負って居た。
「はぁはぁはぁ、どうすれば良いの?」
凛は体力こそ残っているが、近づく事の出来ない状況に気力が大幅に消耗していた。そんな時である。凛の心の奥底から、懐かしい声が聴こえて来た。
(久しぶりだな。正かこんなに早く力を貸す時が来るとはな。)
「誰?この声は災仔…?」
(くくく、正解だ。)
「何で生きてるの?光輝に吸収されて、消えたんじゃ?」
(まぁ、その話しは時期に教えてやろう。)
そう聞こえた途端に、凛の背中には孔雀の様な羽根が生えていた。その色は、燃える様な朱色をしていた。
(行け、その状態なら奴の能力を無効化出来るぞ。)
「その言葉信じてるわよ。」
そう言い凛は敵に向かい走り出した。
凛にかまいたちが当たる寸前で、羽根が凛を包み込む様にして守っていた。そして、凛と敵の距離がお互いの手の届く位置に迄近づいた。
「やっと来たわ。」
敵は凛に右手で殴り掛かろうとした。が、凛はそれを屈んで避け、起き上がる反動で右肘を敵の顎に打ち当てた。その衝撃で敵の体は少し後退りしたが、凛は左肘を相手の脇腹に当て、直ぐ様左腕を掴み右手と肩を使い関節を極めながら投げた。敵はあまりの速さに、受け身を取る事が出来ず左腕が有らぬ方向に曲がっていた。
(お主綺麗な顔の割には、えげつない技を使うな。)
「そりゃ、必死だしね。でも、アイツの刺青に、私に生えてる羽根みたいな特殊な効果を持った何かが有ったらどうすんの?」
(それは心配無い。あれは所詮偽物だからな。本物はこの世で唯一、我と光輝の完全一体化の時だけにしか存在しない。)
「光輝との完全一体化?」
(そうだ、元々我と光輝は一つの存在だったのだ。まぁ、青竜が良い例だな。おっと、敵が立ち上がるぞ?)
「はぁ、話の途中で起きないでよね。」
敵が立ち上がり、凛の方を見た瞬間にはもう時既に遅く、凛の右足が鳩尾を蹴っていた。その衝撃で50センチ程吹き飛ばされた敵は、例によって霧散した。しかしその顔は苦痛に歪む事無く、ただ凜を見ていた。
「気味が悪い。さぁ、話の続きを。」
(うむ。まずは、我々の正体について語ろうか。まぁ、薄々と気づいているだろうが、我々は四方を護りし神なのだ。)
「四神ってやつね。」
(そうだ。つまり我と光輝は南方を守護する朱雀なのだ。)
「なるほどね。それで光輝の背中には鳥の刺青が有るのね。じゃあ、精神世界の中で見たあの鎖の様な物は?」
(元々光輝は知恵を、我は力を分け合い、別れる筈だったのだが、何故かは分からんが、光輝はただの人間になって居たのだ。しかし、神の体を持って転生した光輝にしか、この力を受け入れる事が出来なかった為に我は光輝の精神世界の住人になったのだ。そして、お主が見た光輝の体に有った鎖は、あの時現在で我の力が上回っていた為、朱雀の力を使えなくする為に封印していたのだ。)
「何故?封印なんてしなくても、受け入れる器なんでしょ?」
(あの時の光輝にはまだ、精神的そして肉体的にもまだ力を使うには早すぎたのだ。例えるなら、芽が出たばかりの状態だな。しかし、成長すれば強く太い幹になる。だから使っても、器が耐えきれずに光輝は死んでいたやもしれん。まぁ、その時は我が全力で止めるがな。)
「じゃあ、あなた達の目的は何?」
(それはこの世界の中心にある[望月]に行き、我らの神を復活させる事だ。)
「神?神はあなた達でしょ?」
(我らは万能なる神によってその御身体に同化され、そしてそこをある科学者によって御身体ごと強制切除されたのだ。つまり今の我らは四神であって四神では無い状態なのだ。)
「つまり、あなた達は[望月]と言う所で一つになり、その神を復活させるのが目的なのね?」
(そうだ。そしてあの世界に戻りあの科学者を断罪する事が最終目的だな。)
「あの世界?どういう事?」
(あの世界とは元の世界だ。つまり、あの科学者は爆発と見せかけて、我らごとこの世界に空間移動させたのだ。即ちこの世界はもう一つの世界。所謂パラレルワールドと言うやつだな。)
「にわかには信じられないけど、嘘を言ってる風じゃなさそうね。じゃあ、何故私は生きてるの?」
(それは、最初は光輝が汝の体に入り、死んだ細胞の代わりをしていたが、あの時精神世界から出た時には、我が代わりに入って今に至るのだ。)
「何故?何故光輝は、私を生かしたの?」
凛は涙ながらに聞いた。
(それは恐らく、汝を愛しているからだろう。確かに生死の境目をねじ曲げる事は許されない。ましてやそれが神なら尚更だ。だが、それでも光輝は汝を助けたかったのだろう。)
「光…輝…」
凛はそう言うと、全てを悟った様に泣きじゃくった。
(我の知恵と力を汝に授ける。これからは汝が光輝の片割れだ。宜しく頼むぞ。あれは、ああ見えて人間の様に脆い所が有るからな。では、光輝の事宜しく頼んだぞ。)
そう言い災仔は精神世界から消えていった。
暫くして凛は、涙を拭き、ただ前に向かって歩いて行った。
歩き続けてもう三十分はたったであろうか、青竜はやっと生き物の気配のする場所までやって来た。と言っても、人が居ると言う訳ではなく鳥獣の類が居る場所まで来ただけで、人の居る場所にはまだ時間が掛かりそうだった。
「一体いつになったら、左弦の主の所に着くんだよ。」
はぁと溜め息を吐きながら青竜は言った。それから少しすると、前方に開けた場所が見えてきた。
光輝は、一足先に開けた場所に着いて居た。どうやら光輝の進み方が近道になっていた様だ。光輝は、近くにある1メートル程ある岩に飛び乗り、そこに座りこんだ。どうやら、この場所で残りの二人を待つつもりらしい。
(はぁ、もう災仔は凛と融合したか…。俺の予定では、もうちょい先の筈なんだがなぁ。)
溜め息を吐きながら光輝は、そう心の中で呟いた。
しかし、何故光輝は災仔の事を理解しているのか?それは自分の半身であるため、常に精神が繋がってる様な常態にあったからだ。それが突然何かの中に溶け込む様な感じで消え、その後に他の意識と繋がった様な感じになった為に、理解したのだった。
そんな事を考えてると、前方から何者かが歩いて来るのを光輝は見た。
災仔と融合してからの凛の神経は、常に研ぎ澄まされた状態にあった。まるで身体中にセンサーが付いてる様に、周りの状態を察知し続けて居た。それが今の凛の常態であった。
(何だろ?どうして、迷う事無く前に進めるんだろう?災仔の力の影響かなぁ?あぁ、早く光輝に会いたいな。)
その時後ろから何者かが近づいて来る気配を感じ、凛はインビジブルを使った。それは、銀髪で肌の白い細身の青年だった。
「あれ?おかしいなぁ?誰か居たと思ったのになっ!!」
そう言ってその青年は、凛の腹部に貫手を当てた。
「な…何故?」
凛は膝から崩れ落ち、そして気を失った。
「何故?この地で俺に気付かれずに居れる方が何故だよ。」
青年は冷笑を浮かべながらそう言った。そして凛を能力で浮かせた後、凛と共にその場から消え去った。
青竜のまえに現れた景色、それは、とてつもなく大きな岩の様な物がその開けた草原の半分程、長さで言えば横幅が50メートルで縦幅が10メートルはあろうかと思う程の大きさだった。そして青竜はその岩の様な物にゆっくりと近づいて行った。その岩の様な物は人一人分の隙間が有る、二つの岩だった。しかし、その岩も良く見ると左はあまり見馴れない材質で出来た岩で、右に至っては鱗の様な模様が有るのだ。
(何か怪しいな。)
(私は貴方の影。そして、この場所の番を務める者。さぁ、私を消してみなさい。)
そう言い右の岩、否それは形を変え、青竜と同じ姿になった。
「俺の真似しても、良い事無いぞ?俺に潰されるからな。」
そう言いながら青竜は、背中の桜吹雪で切り掛かった。が、相手も同じく抜刀し、受け止めた。キンッと言う音と共に火花が散っていた。それでも青竜は臆する事無く、右から左から時には下からも攻めたが、全て受け止められていた。
(ったく、行動迄もが一緒かよ。戦いづらいな。)
はぁと溜め息を吐いた途端に、青竜の目の前に桜吹雪の切っ先が迫っていた。
「っ!」
辛うじて首を左に曲げ、避けたが完全には避けきる事が出来ず、頬からは赤い血が涙の様に顎まで流れ落ち、そして地面にぽたぽたと落ちていた。
「油断大敵ってやつだな。今からは真面目にやるよ。」
5メートル程の距離を取り“桜吹雪”を頭上に掲げてそう言った。すると、“桜吹雪”から白い桜が噴き出し、辺りを濃霧の様に視界を奪いだした。
「我が奥義“白楼”(はくろう)を受けてみよっ!」
そして、桜が散ると其処には血塗れの青竜が佇んで居た。
「…な…ぜ…?」
ぐふっと吐血し、青竜はその場に倒れた。その様子を冷酷な瞳で敵は見つめて居た。
光輝は反射的に隠れた。その者の姿は余りにも分かりづらい姿をしていた。それは、フードを被り顔が見えなかったのである。それはまるでフードの中から闇が発生してる様な感じだった。辛うじて分かるのは身長が170センチ程だという事だけであった。しかし、光輝が隠れた一番の理由は、目視は出来るが気配を全く感じ無いからである。余所見をすると見失うかと思うと、光輝はその者から目を離す事が出来なかった。
(不意討ちを仕掛けるか?否、それでも相手が倒れずにしかも見失うと、こっちが不利になる。しかし、このまま膠着してても相手には気付かれるだろうし…)
そう考えてる内にその者は、光輝の視界から消え、目の前に現れた。くっと光輝は後ろに飛び、岩から3メートル程離れた場所に着地した。
(いつの間にあんな所に移動した?全く気付か無かったぞ。)
「つまらん。」
その者は、溜め息を吐き一言そう言った。その声は低いが良く通る透明な声色だった。
「つまらん?何がつまらんと言うのだ?」
光輝は、怒気を含ませそう言った。
「貴様のレベルが低すぎてつまらんと言ったのだ。現に今尚貴様は俺の気配を感じれて無いだろう?」
その者は呆れ口調で言った。
「言わせておけば調子に乗りやがって、後悔すんなよ?」
「それはこちらの科白だ!」
その者の動きは、弾丸ですら肉眼で捉える事の出来る光輝の視力を持ってですら見えなかった。
「弱いな。」
「それはどうかな?」
光輝の後ろに周り込んだその者は、光輝の四方から出てきた燃え猛る炎に身を包んだ鳳凰に包まれ燃やされた。
「ふんっ!他愛も無い。がっ、こいつは一体何者なのだ?凛と青竜は大丈夫なのか?」
光輝は居てもたっても居られず、其処から走り出した。
走り出して5分程たった頃、光輝は得体も知れぬ虚脱感に襲われ、その場に片膝を付いた。
(何だ?もしかして、凛の身に何かが?)
光輝は思い出していた。それは、ハーゲン国での事である。
あの時、光輝は凛を助ける為に自分自身が凛の中に入り助けた。しかし、その一ヶ月後。光輝の精神世界で光輝は災仔と会話をしているのである。あの時光輝は、災仔に内緒で凛を助けた為にまだ気付かれるのは時期尚早と判断し、その時の光輝の力の半分を凛の身に宿して居たのである。災仔がこの事実に気付いたのは凛が精神世界に入ってきた時である。
光輝はその時の反動が来てるのか、それとも凛の身に何かがあったのかを考えて居た。何故なら光輝の今の力は、本来の三分の一程度しか無く、刺青の力を使っても半分程である。つまり理由次第では、これからの戦い方が変わる事を分かっている為、原因を考えて居るのだ。しかしそんな光輝の周りを先程のフードを被った者が囲んで居た。
(絶体絶命ってやつだな。)
光輝は心の中で自嘲気味にそう言った。
気が付くと目の前には、鉄格子があった。どうやら牢屋らしいと凛は理解した。とりあえず格子を破壊しようと歩き出したが、上の方でじゃらという音と共に両腕を引っ張られた感覚がしたので、上を見ると手錠で拘束されている事に気付いた。
「はぁ、そうだよね。そもそも気付いた時から立ってるこの状況に疑問に思わないとね。」
凛はそう言いながらも辺りを見回した。そこは五メートル程の四角い部屋で、闇の様に黒い壁が三方を囲み、他には何も無く、強いて言えば目の前にある鉄格子があるぐらいだった。そしてその中央に凛は居た。
(簡素な部屋ね。気味が悪い)
そう思っていると、かつんかつんと此方に向かって来る足音が聞こえてきた。
凜の前に現れた者、それは凜を攫った青年だった。
「お目覚めのようだな。」
青年は冷笑を浮かべながらそう言った。
「あなた何者なの?私を攫って何が目的なの?」
「いきなり質問責め?元気だなぁ。」
嘲笑を浮かべながら言ったが、目は全く笑ってなかった。少しでも妙な動きをすれば即刻息の根を止める。そんな狩人の様な目だった。
「質問に答える前に先にこっちの質問から答えてもらおうか。君は何者だ?何故四神の力を持っている?」
青年の目は疑いと殺意の入り混じった目になっていた。
「何故?貰ったからよ。さぁ、答えたわ。次は私の質問に答えなさい。」
「貰った?どっちにだ?」
「言わないわ。言えばあなたはあの人を狙うでしょう?」
「くくくっ。面白い子だな。まぁ良い質問には答えよう。俺の名は白軌白虎様のお力を授けられし者だ。君が何者で何の目的でこの地を訪れたのか知りたくて攫っただけだ。」
白軌は平然とそう言った。
フード姿の者に囲まれた光輝は、とりあえず何もせずに様子を見ていた。すると、前に立ってる者がこちらに向かって何かを投げた。それは全身血まみれの青竜だった。
「なっ。まさかお前が?」
光輝は今にも爆発しそうな気持ちを理性で押し付け、そう聞いた。
「この者は試練に失敗した。が、流石は四神が一柱だな。この程度で済むとはな。」
とその者は言った。
「試練?」
「そう。我らが神。白虎様の御座す所。その門の試練に失敗したのだ。」
「お前らは何者だ?」
「白虎様を守りし者。タイレンが一人虎月。」
「じゃあ、周りの奴らはお前の部下って訳か。」
「ふっ。未熟者め。」
白軌は凜の前に立ち、顔を覗き込んだ。
「へぇ、美人な顔立ちだねぇ。でも、残念だね。死んでる女に興味は無いな。あっ、一度死んでるの間違いか。」
と凜に向かい嘲笑した。
「こっちこそあんたみたいなのは願い下げよ。」
と凜は白軌の臑を蹴った。
「元気だねぇ。でも突然蹴っちゃ駄目だよ。」
白軌は何事も無かった様に、表情一つ変えず凜の右頬を叩いた。その数秒後、凜の口からは一筋の鮮血が流れ出した。
「じゃあ、また来るよ。」
白軌は、殺意の籠もった瞳のまま笑顔で牢屋から出て行った。
周りのフード姿の者達が、ブラックホールに吸い込まれる惑星の様に虎月と一つになった。
「部下じゃなくこういう事だ。分かったかね?」
そう言い、虎月は両手の肘を90度曲げ、手首を横に曲げ、さらに肩を竦め、呆れた顔を横に振りながらそう言った。
「くっ」
と光輝はそう言った後に青竜を見た。
(今の俺の力じゃ勝てそうも無いな。それにこんな奴が後何人居るんだ?ここは青竜に賭けるしか無いな。満身創痍だろうがすまない。)
光輝の背中の刺青が光り出し、その力を青竜に注ぎ込んだ。
刺青の力を得た青竜の身体から、青き龍が出て来た。そしてその龍は虎月を飲み込む様に突撃した。その速度は弾丸よりも早かったが、全長が長い為何とか姿は見えた。その衝撃は周りの木々をざわめかせる程であった。そして龍が通り過ぎた後には地面が半円に削れてるだけで何も残っていなかった。
「やっ…た。」
光輝はそう言い、気を失いその場に倒れ込んだ。そこへ先程の青き龍が戻って来て、光輝と青竜の二人を優しく包み込んだ。その時、がさっという音と共に現れたそれは虎月だった。
「くっ、何て力だ掠っただけでこれほどまでとは。これは、戻って白虎様に報告せねば。」
辛うじて避けていた虎月は、朦朧とした意識の中能力を使い消えていった。
白虎が居る場所に何とか戻った虎月は、着くなりそうそう倒れ込んだ。そして、前方からコツコツと音を立てながら白軌が歩いて来た。
「やれやれ。あんな程度の奴等に負かされるなんて、それじゃあ白虎様を守る資格は無いな。」
そう言い、白軌は虎月の頭の前で左膝を付き、右手を貫手の形にして虎月の心臓目掛けて振り下ろした。
「待てっ!」
そう後ろから声が聞こえ、白軌は動きを止めた。後一センチ程で虎月の体に当たる寸前だった。白軌はその場にすっと立ち上がりゆっくりと振り向いた。
「何故止めるのです白虎様。」
声の主は白虎だった。その姿は影に隠れて良く見えないが、辛うじて見える口元からは上から生える二本の牙が見えた。その牙を覗かせながら白虎は言った。
「朱雀と青竜の二つの力を使った技を受けたのだ。いくら掠っただけとはいえ、戻って来れただけでも賞賛に値する。」
「奴等にそんな力が…分かりました。ではこいつを休ませて来ます。」
そう言った後、虎月を抱き上げコツコツと音を立てながら白軌は闇の中に消えて行った。
凜は試しにインビジブルを使い、その性質を利用して手錠から抜け出そうと試みたが、敢えなく失敗した。
「この手錠は次元までも作用するの?どうしよう?…使えるか分かんないけどやってみるか。」
そう言い、凜は目を瞑って精神統一をし、そして小さくこう言った。
「朱雀の力よ力を貸して。」
すると、手錠にフォイアーが纏わりつき溶け出した。が、凜は熱を感じる事が無かった。ほんの数秒で手錠は跡形もなく溶けきった。相当な熱量だったのだろう。自由になった凜は、早速フォイアーを使い鉄格子を溶かし、牢屋から出た。
「確か白軌はこっちに行ったから、逆に行こうかな。なんだかんだであいつは強いし。」
そう歯軋りをしながら凜は左に曲がって行った。
(こっちは失敗かしら?白軌とは比べ物にならない力を感じる。ひょっとして、白虎って奴?それなら、光輝の為に情報収集しなきゃ。)
気配を殺しながら凜はその力に向かって行った。
白軌は凜の居る牢屋の前で怒りを露わにして立っていた。
(あの小娘こんな力を隠していたとはな…折角俺のペットにしてやろうと思っていたが、殺す!)
白軌の殺気が圧力の塊の様になり、鉄格子がひしゃげ、そして牢屋の中に吹き飛んだ。
(恐らくあっちに行ったな。…しかし何故あんなにきれいに気配を消す事が出来るのだ?どう考えても、ついさっき力を使える様になった筈だ。何かがおかしいな。)
凜が向かった方に歩いて行った。
(あれ?気配が消えた…おかしいな?確かにこの辺で凄まじい力を感じたんだけど…)
そう凜が思ってると、声が聞こえてきた。
「汝が朱雀の片割れか。それも一度死んだ人間に見えるが?」
「誰?あなたが白虎?」
「そうだが、私の中の四神の力が分からないのか?」
「分かる訳無いでしょ?私は人間なんだから。と言うより、姿ぐらい見せなさいよ!」
そう怒気を含んだ声で白虎に言った。
「ふっ、そういえばそうだな。失礼した。改めて私が四神が一柱、西方の白虎だ。」
突然その場が明るくなった。いつの間に入ったのか、そこは優に10畳はある白い部屋だった。そしてそこには扉など無く、いつの間にかこの場所に転移された様だった。そして、白虎の姿は透き通る様な白い肌に蒼い眼、爪と髪は長く牙は二本。しかし、牙と言うよりは犬歯に近い長さだった。そして、女性としては魅惑的で官能的な容姿だった。
「白虎って女なの?」
凜は驚愕した。四神は全て男だと思っていたからだ。
「四神が女だと不服か?」
と苦笑しながらそう言った。
「ちょっとビックリしただけ。」
「そうか?」
「ええ。あなたは私達の敵じゃないの?」
「ふっ。敵どころか同士だろ?」
邪気の無いその言葉を凜は信用した。
青き龍が消えたその場所には、全快した光輝と青竜が立っていた。
「さて、それじゃあ岩を壊しに行くか。」
光輝はそう言ったが青竜はいまいち気が乗らない様だった。
「どうした?」
「あいつをどう破壊する?対策はあんのか?」
「ねぇよ。この目で見てないのに。」
「そんな行き当たりばったりで倒せるのか?やられた俺ですら、どうやって倒されたか分かんないんだぞ?」
「ふーん。まぁ、何とかなるさ。」
「お前、焦ってないか?凜なら大丈夫だろ。」
「やっぱり焦ってる様に見えるか?でも、そんな事は関係無しに倒せるよ。」
そう言い、歩き出した。そして、先程の岩の前に立った光輝と青竜の二人の耳に言葉が聞こえてきた。青竜にとっては二度目の言葉である。
(私は貴方の影。そして、この場所の番を務める者。さぁ、私を消してみなさい。)
そう言い、それはまたもやその姿を変えた。今度は光輝と青竜の二人に変化した。それを見た光輝は、あるか無しかの笑みをその口元に浮かべながら言った。
「へぇ。これはミラーの力を持ったスライムだな。」
「ミラー?ってあの攻撃を反射するあれか?」
「そうそれ。ただの防御系の能力だが、使い方によっては鉄壁の能力だろうな。」
「しかし、ミラーなら10の力が10で返って来るだろう?でも、少なくとも2倍になって返って来たぞ?」
「そこがスライムの力だろ。恐らく遺伝子操作で、ミラーの能力にパワーの能力を乗じさせ、反射時の力を2倍にしてるんだろう。」
「なるほどな。しかしスライムなぁ、あんな対象物と同じにしか成らない奴より、もうちょっとマシな奴の方が番には良いと思うけどなぁ。」
「それが白虎らしい所だろ?」
「ふん。確かにな。ならこいつをどう攻略するんだ?」
「攻略?そんな大それた物はねぇよ。いいか?」
そう言い光輝は青竜に耳打ちした。
「それだけ?」
青竜は怪訝な表情を浮かべながら言った。
「俺が思ってる通りならな。」
それだけ言うと光輝は二体のスライムに向かい歩き出した。その横を青竜が歩いている。それと同時に二体のスライムも歩き出した。そしてすれ違い様二体のスライムは二人に襲いかかって来た。しかし二人は動じる事無く前に歩いて行く。すると二体のスライムは霧散し消えていった。そして声が聞こえてきた。
(あなた達を知恵の門をくぐり抜ける資格のある者達と認識しました。どうぞお通り下さい。)
すると岩が消え、そこには高さ10メートル程の白い門が現れた。
「さてと行くか。」
二人が門をくぐり抜けると門は自動的に閉まり、そして跡形も無く消えた。その後には、砂漠が広がっていた。
「あの小娘何処に行きやがった。」
白軌は行き止まりになっている通路でそう呟いた。
「くそっ。こんな失態が白虎様にバレたら、力を取られちまう。それだけは避けねば。」
そう言い、踵を返し虎月の元に向かって走って行った。
「ここは?」
「ここは私の部屋だ。」
白虎に誘われ着いた先は白虎の部屋だった。そこは質素な部屋だった。左手に人が一人乗るだけの広さしかないベッドが有り、窓は無く、中央に金属製の台座があり、上部には肉食獣の爪を象った金属製の物が四本あった。そこに、透明な水晶が捕らえられた獲物の様に挟まっていた。
「あの水晶は何?」
「あれは私の部下の動向を見る物だ。尤も、部下共はこの部屋の存在も水晶の事も知らんがな。」
「自分の部下を信用してないの?」
「あいつらを信用するより、凜、汝を信用した方が価値がある。奴らが結託し、私に反旗を翻せば私に勝ち目は無いからな。」
「何故?今は光輝達も居るし大丈夫よ。」
「ふんっ。虎月如きに手こずる様では駄目だな。あいつは私が居なければ、他の部下共に力を奪われ殺されてるだろうからな。如何せん心が弱い。」
そう物憂げな表情で白虎は言った。
知恵の門を抜けた先は岩場だった。そこに、主の様に立つ者が居た。
「ん?何だあいつは?」
青竜は言った。するとその言葉が聞こえたのか、その者は此方に向かって歩いて来た。
「我はタイレンが一人、牙畏。貴様等を試す者也。我を倒せば白虎様が御座す場所に行けるぞ。さぁ、かかって来い。」
「はぁ、また出たよ。見ろよ光輝、あいつ戦化粧してるぞ。」
そう。牙畏の姿は白軌や虎月とは明らかに違う姿だった。下は迷彩柄のズボンに、上半身は裸だった。肌は浅黒く、顔には戦化粧が施されていた。一番の特徴は右目を縦断するように描かれた、白い牙の様な化粧だった。
「その右目は、ここ左弦を表してるのか?」
光輝は聞いた。
「ほう。そっちの馬鹿と違い、お前は頭が少しは切れるみたいだな。と言う事は知恵の門は、お前が解いたな?」
「まぁな。」
そのやり取りを聞いていた青竜は、静かに光輝の右肩に手を置きこう言った。
「光輝。こいつは俺がやる。」
「青竜?」
「おい。牙畏だか餓鬼だか知らねえが誰が馬鹿だ誰が。もう後悔しても遅いぞ。」
怒りに震える青竜の背中から、あの青き龍が陽炎のように揺らめいていた。
水晶には青竜と牙畏の戦いが始まろうとしていた。
「ほら見てみな。今丁度、青竜と牙畏が戦う所だ。」
「牙畏?これもあなたの部下なの?」
「あぁ。私の親衛隊のタイレンが一人だ。」
「そのタイレンって何人いるの?」
「全部で四人だ。四方を護るには、どうしても必要だったんだ。おかげで、私の力は五分の一さ。」
「つまりあなたはここで、タイレンの監督と身の保全を図ってたのね。」
「そう言う事だ。」
青竜は颯爽と間合いを詰め、ウ゛ァッサーの力を含んだ左拳を当てた。
「やっぱりな。」
まるで予期してた様に、青竜は毛程の傷を与えれて無い牙畏を見て微笑を浮かべた。
「弱いな。」
牙畏は初動作を見せず、左拳を青竜に当てにいった。が、それを紙一重で避け、青竜は距離を取った。そして、背中の桜吹雪を取り出し頭上に掲げた。辺りに濃霧の様に白い桜が舞いだした。そして、桜が無くなるとそこには青竜と血まみれの牙畏が立って居た。
「これぞ白楼。桜が体内に入り込み、体中の細胞をずたずたにする技だ。その間に俺は好きなだけ攻撃出来るしな。知恵の門の時は違和感が有ったから、直ぐに止めたのが功を奏したがな。」
「恐ろしい力だ。流石は四神。我では無理か。ならば。」
そう言い、牙畏は両腕、両足、背中に一メートルはある大きな刃を生やし、額にはその半分程の大きさの刃を生やした。その両腕、両足で青竜に向かい斬りつける様に動かした。その力が具現化し、青竜の四方を囲み、まるで檻の様な状態にした。
「我が究極の奥義、牙陣を受けてみよ。」
牙畏はアルマジロの様に丸まり、体当たりを仕掛けて来た。
「ふん。」
青竜は牙陣に触ったが、手の平がずたずたになっていた。
「出れないか…」
青竜は迫り来る牙畏に向かい両手を向けた。
「我が力の源の青き龍よ敵を喰らい尽くせ。」
すると、青き龍が前方の牙陣を破り牙畏に口を開けたままで突撃した。牙畏には龍が神風特攻隊に見えただろう。
「うおぉぉぉぉ!」
そして、牙畏が青き龍に飲まれて数分。牙陣は消えた。それは牙畏が死んだ事を意味する事だった。
「ふんっ。他愛もない。馬鹿が。」
青竜は微笑を浮かべながら、そう言った。
「お前はそんなに馬鹿って言われるのが嫌か?」
光輝は笑いながら、そう言い続けてこう言った。
「牙畏って奴はどうなったんだ?」
「牙陣ってのが無いんだから、死んだんだろな。あれで生きてたら、あの青き龍と同じ力か、殺せる力を持たなければ助から無いしな。」
「少しずつ力が馴染んできてるみたいだな。」
「まぁな。世界が変わると、力の分離をしなければ暴走しそうだったしな。おかげで、馴染ませるのに時間が掛かりやがる。」
「恐らく、この世界に飛ばされた時に力に垣根を作られたんだろうな。」
「なるほどな。なら白虎は何故こんなに分離させてるんだ?」
「虎の警戒心の強さが招いてるんだろな。」
「相変わらず下らん女だ。」
と青竜は嘲笑を浮かべながら言った。その時、景色が変わり、目の前には白い城が現れた。
その城の門は鉄製で、その門扉の横の石製の柱の上には、鋼鉄製の像が有った。その像は、遠吠えをしている虎の姿をしていた。それは真に迫る造りをしていた。まるで本物の虎で型を取った様な躍動感を感じ取れた。そして光輝はその門を右手で押し開けた。その重さは鉄製なのにも拘わらず、羽の様な軽さだった。
「なっ。」
「何だ?どうした?」
「いや、扉が軽すぎてな。」
青竜は、呆れ混じりの表情でそんな事かと溜め息を吐いた。
「鉄製の門扉が軽いって事は、白虎が弱ってるって風に感じ無いか?」
「あいつが弱ってようが、どうでも良いよ。死ぬ訳じゃないのに。」
「凄い信頼関係だな。」
「ふん。そんな事より早く行くぞ。」
そう言い、先に城に入って行く青竜の後ろを光輝は付いて行った。
城の中は明かりが無く真っ暗だった。二人は辺りに意識を集中しながら、目が暗闇に慣れるのを待った。
「居るな。」
と、口を開いたのは光輝だった。
「ああ。これは、タイレンとかいう奴らの気配か?」
「だろうが、何か気持ち悪い気配だな。なんかしつこく、粘つく様な感じだ。」
「ふん。襲って来る気配も無いし、とりあえず進もうぜ。」
暗順応したのか、二人は警戒を怠る事無く奥に歩を進めた。
「しかし、無駄に広いな。」
城の中は階段も扉も無く、ただ真っ直ぐに廊下が続いていた。それも暗闇で先がはっきり見えない為、呆れながら青竜は悪態を付いた。しかし、明かりが有ったとしても恐らく端は見えないであろう。何故なら、歩き始めてかれこれ15分は経っているからである。
「まぁ、確かに広いな。ちょっと調べてみるか。」
そう言い光輝は床に手を当て、ウィンドと言う風の能力を使い、かまいたちを発生させ辺り一面の床をばらばらにしたが、下に落ちる事は無く、まるで宙に浮いてる様だった。
「やっぱりか。」
光輝は微笑を浮かべなから、そう言い立ち上がった。
「やっぱりって何だよ?」
と、青竜は立ち上がった光輝に聞いた。
「ここは城の中から空間ごと隔離されてやがる。いや、正確にはこの空間自体が、この気持ち悪い気配のタイレンなんだ。だから、こいつが俺達に道を開けなければ、元の空間に繋がらないんだ。」
「…何か案は有るのか?」
暫し考えた後、青竜は聞いた。
「うーん。床を壊しても空間に歪みが無かった。と言うことはここは体内とかの類いじゃないな。後は思い付く限りでは、一か八かしか無いな。」
「一か八かって何だ…っておい。」
光輝はその場で結跏趺坐をし、瞑想を始めた。
「あぁ、その手があったか。」
青竜はそう言い、その場に座り込んだ。
(凛!凛!聞こえるか?)
「光輝っ!」
「どうした?突然大きな声を出して。」
白虎は、突然大きな声を出し、勢いよく後ろに振り返った凛にそう言った。
「今、光輝の声が聞こえたの。光輝はどこ?あなたなら分かるんでしょ?」
凛は白虎に今にも掴み掛かる勢いで、言い寄った。
「今朱雀と青竜は、我がタイレンの一人の結界に囚われている。」
(凛。白虎を見つけ、こいつをどうにかするように言ってくれ。)
「ねぇ、その結界を解放してあげて。お願い。」
凛は涙を浮かべながら、白虎に言った。
「今の我の力で、制御出きるかどうかは分からんがやってみよう。」
(凛。白虎に言ってくれ。牙畏の力を使えと。)
「白虎。光輝が牙畏の力を使えって言ってるわ。」
「戻ってきた力は牙畏のか。分かった。それならいける筈だ。」
そう言い、白虎は目を閉じ、精神を統一しだした。
白虎は結界を作ったタイレンの精神世界に入り込み、辺りを見渡した。そこはまるで剣林地獄の様な場所だった。
「我が分身の中に地獄があるとはな。さて、先ずは呼んでみるか。」
白虎は目を閉じ、戻って来た力を解放し自分がここに居ることを教えた。その力の圧力に負け、周りの木々達は吹き飛ばされた。その葉は近くの木に食い込み、幹は他の木にぶつかり、白虎の周りはまるで木のバリケードが出来た様だった。
「ふむ。反応無しと言うことは、この世界の中心で結界に集中してるな。」
微弱な、気を抜けば分からなくなるような力を頼りに白虎は歩いて行った。
一刻程歩いた頃、辺りはいつの間にか砂漠地帯に変わっていた。そして、白虎の目の前に一人の女が座って居た。
「何故邪魔をするのです?」
女は剣樹で切り傷だらけになっている白虎にそう聞いた。
「朱雀こそが我等を、いやこの世界を救い得る唯一の存在だからだ。さあ、今すぐ結界を解け。」
白虎は淡々とした口調で言った。
「私は貴女を守る為だけに、創られた存在。私が結界を解けば貴女を守る者は居なくなります。」
女は目を開け、立ち上がりながらそう言った。
「朱雀の力が有れば、争いも無くなる。それに私はお前達から力を返して貰い、望月に行かねばならぬ。」
「そんな確証がどこにあると言うのです?私はこの世界に貴女が居なければ、存在意義が無くなるのですよ?誰がそんな分かりきった答えに応ずるものですか。」
「ふう。分身と言うのは、ほっとくと個に成ろうとするものなのか。恐ろしいな。」
「何をぶつぶつ言っているのです?私は他の奴らと違い貴女を守って来たのに。何故?何故私を私だけを見てくれ無いのよー。」
その瞬間。女の理性は吹き飛び、白虎に襲いかかった。
白虎は右手を前に向け、一言こう言った。
「シュネー」
その刹那、女は凍りつきそして絶命した。
「馬鹿が。」
白虎は今にも泣き出しそうな顔でそう一言言い、現実世界に戻った。
「凛。行くぞ。」
白虎はそう言い、光輝達の元に歩き出した。
「くくくっ。さっさと行って出来るだけ痛め付けて来いよ。」
白軌にそう押された影は、こくりと頷き歩いて行った。
「あの女…」
そう言った白軌の目は狂気に満ちていた。
「…き……こう……き…光輝!」
光輝は精神統一を解き、自分を呼ぶ者の方を見た。そこには虎月に圧されてる青竜が居た。
「……」
しかし、そこに居る虎月は前に会った虎月とは別人のようであった。それは、全体的に力が上がってる事と性格がまるで違うのだ。両方ともこの短時間で変わるものではないが、特に性格に至っては、まるで魂を抜かれたように感じた。
「光輝!ぼーっとしてないで、手伝えよ!」
手伝う様子も無く、ただ傍観してる光輝に苛立ったのか、青竜の言葉には無意識にトゲが含まれていた。
「えっ?あぁ、すまない。」
そう言い両手の手のひらを前に、虎月に向かって突き出した。
「スネークファイア。」
そう言った刹那に光輝の突き出した両の手のひらから、青白き炎に包まれた翼の生えた、一メートル程の大きさの蜥蜴が虎月に襲いかかった。
虎月はその場からすぐさま離れ、十分な距離を取ったが、執拗に蜥蜴は虎月に襲いかかっていた。
「……」
虎月は表情一つ変えず右手を蜥蜴に向かって伸ばしたが、蜥蜴の突進をくらった。
「何かおかしいな。」
「ああ。」
蜥蜴の突進のせいで起こった土煙を見ながら、怪訝な表情でそう言った光輝の言葉に青竜は相槌を打った。その刹那に前方の土煙から一筋の光が光輝に向かって放射された。
「ちっ。」
その速度には如何な光輝と言えども、上体を仰け反らし且つ、首を右に曲げて避けたが、微かに左頬を掠めていた。
「何だよあの速度は。」
上体を戻した光輝はそう言った。その左頬からは血が滴っていた。
「……」
前方の土煙が晴れ、そこには右手を前に向けてる虎月が立って居た。
「最後の攻撃だったのか…?」
青竜はそう言ったが
「いや、まだ生きてる筈だ。まだ視線を感じ…」
まだ口上途中の光輝に青竜はウ゛ァッサーを仕掛けた。
「てっ」
その攻撃を光輝は右に転がって避けて回避した。
「突然何すんだ!」
「ちっ、何なんだよ一体。」
そう言う青竜の視線の先には、先程光輝立って居た場所に虎月が無表情で立って居た。
「バカな、全然気配を感じなかったぞ。」
光輝は信じられないと言う様な顔で言った。
虎月は歩こうと右足を出したが、ウ゛ァッサーによるダメージで右足が有らぬ方向に曲がり、その場に倒れ込んだ。
「こいつは…何だ?何故動こうとしてるんだ?」
青竜は信じられないと言うような顔で虎月を見ていた。
その時、虎月の体が光輝き一条の光となって次は青竜に向かって突進した。
「ふん。」
青竜は一度見ていた為か、目の前で発光仕出した為か、難なくそれを避けた。その後ろには、光を失い倒れ込んでいる虎月が居た。
「燃え散れ。」
光輝はそんな虎月に全力で炎舞を繰り出した。その熱量によって虎月は塵も残さず燃え散った。
「あの光は魂の光か。許さねぇ。」
光輝には、虎月をこんな目にしたものが許せなかった。
白虎と凜は歩いていた。光輝達の場所は分かってはいた。だが、何故か警戒を緩める事が出来なかった。結果としては逸る気持ちを抑え、歩くしか無かった。恐らく白虎だけなら走れただろうが、有事の際に凜と一緒に光輝達の元に行ける自信が白虎には無かった。
「ごめんね白虎。私が弱いから、守って貰う事になって。」
凜は悔しさと情けなさで泣きそうな顔をしていた。
「何を言ってる。神が人間を守るのは当たり前だろ?それにあの朱雀が掟を破ってまで生かして傍に置いてるんだ。ここで私が守ら無ければ、私が朱雀に焼き殺されてしまうじゃないか。それに凜、お前の存在は私からすれば羨ましい反面驚きの事実だぞ。」
白虎は凜の頭を荒々しく撫でながら笑顔で言った。
「そうなの?」
凜はぐちゃぐちゃになった髪を戻しながら、そう聞いた。
白虎は昔を懐かしむような顔で、歩きながら語り出した。
「あぁ。昔の朱雀は血気盛んで、直ぐに怒りを露わにしてたもんだ。朱雀は炎系の力に長けていた為、怒れば火山が噴火すると言うのも度々有ったしな。今までに一体幾つの島々を潰してきたか…。それでも奴はちゃんと神の仕事をしていたし、如何な聖人君子が死のうとも火葬をし、ちゃんと再生の道を歩ましていた。その仕事を奴は誇りに思っていたから、死者を蘇らすなんて禁忌を冒すとは信じられん。が、その信じられない事態が起こっているんだ。先ずは今の朱雀を見てどんな変化をしたのか見なければな。」
「光輝が短気だったなんて、意外かも。で、白虎は何で羨ましいの?」
「ん?それは私が朱雀に惚れてるからだが?まぁ、嫉妬と迄はいかんから安心しろ。」
「光輝に思いを伝え無かったの?」
「伝えはしなかったが、優しく断られたよ。我等は四方を守る神だから、仕事に私情を持ち込みたくない。ってね。まさかあの朱雀が神の禁忌を破り、その上自分の中の禁忌まで破るとはな。」
「伝えれ無かったから、白虎の時間はその時から止まっちゃってるのかもね。でも私は人間だから最初に寿命がやって来るんだし、白虎にもまだまだチャンスはあるわよ。私の寿命が切れたら、その時は白虎に光輝の事を任せるわ。」
「ふっ。あははははは。まさかただの人間に慰められる事が有ろうとはな。分かった。お前が死んだ後の朱雀の事は任せろ。ちゃんと私が貰っといてやろう。」
白虎は笑い過ぎと嬉しさで出た涙を、指で拭いながら言った。
「やぁ。」
と光輝達の前に現れたのは、白軌だった。
「お前もタイレンとか言う奴達の一人か?」
と言う青竜の横で静かに光輝は言った。
「お前か?」
「何がぁ?」
へらへらと笑いながらそう白軌は答える。
「虎月をあんな目にしたのはお前かと聞いている。」
「あぁ。そんな事か。てか、お前からすれば敵なんだし、そんな事どうでも良いんじゃないの?」
「…そうか。」
光輝がそう言った刹那に、白軌は炎に包まれた。
「一体いつの間に仕掛けたんだ?」
青竜が聞くのも無理が無かった。何故なら、青竜と光輝は歩いている所で白軌に会ったからだ。そんな時に時間の掛かる大炎舞を仕掛けれる訳が無かった。
「分からん。が、仕掛けようと頭で思った時には既に炎に包まれて居たんだ。」
「少しずつだけど、本来の力を取り戻してきてるみたいだねぇ。」
「なっ!」
光輝達はとっさに声のする方と逆に、つまり前方に跳び、声のする方に向かい合うように着地した。
「何をそんなに驚いてるんだい?」
光輝達が驚くのも無理が無かった。大炎舞が起こった事自体が、光輝には予想外の事態だったのにも関わらず、白軌はそれを回避し且つ、光輝達に悟られる事無く後ろに回り込んでいたからだ。
「しょうがないから、種明かしでもしようか?」
白軌はやれやれといった感じでそう言った。
「炎が上がる直前に、空気が俺を囲む様に収束して行くのが感じ取れたから、お前等の後ろに回っただけだよ。分かったかい?」
そう言い終わると白軌は光輝達の頭上に移動し、能力で作り出した光の槍を光輝達に向かって落としていた。
白虎と凜が着いた頃には土煙が上がり、そこには生物の気配すら感じる事が出来なかった。
「一体どこへ?」
白虎がそう言いながら、晴れつつある土煙に向かい歩いて行く。
(何だか地面の凹凸が多いな)
そう白虎が思いながら歩いていると、土煙が完全に晴れ、凹凸になった地面の謎が分かった。
(これは、未完成とは言えホワイトファングの後じゃないか。白軌の奴やはり虎月を…)
「白虎ー!こっち来てー!」
白虎が考えてると、後ろから凜の声が聞こえた。
「どうした?」
白虎は凜に向かって駆け寄ってそう聞いた。
「これ。この腕、誰のか分かる?」
そう指指した先には、白く華奢だが筋肉質な血まみれの右腕が落ちていた。その右腕を拾い上げ、白虎は意識をその右腕に集中させた。
「何だと。馬鹿な。」
信じられ無いものを見たように白虎はそう言った。
「何が見えたの?」
そう聞く凜に白虎は、その右腕を凜に向け言った。
「こいつに触れて意識を集中してみろ。私と同じものが見える筈だ。」
その言葉に従い凜は右腕に触れ、意識を集中した。すると頭の中に映像が浮かんできた。
「ちっ。」
上から落ちてくるだけだった光の槍は変化をし、まるで獣の牙の様な形に成り、あらゆる方向からも襲ってきていた。なんとか避けてはいるが、軌道と避ける方向等が一回一回変わる為、流石の光輝達も苦戦を強いられていた。
「くっくっくっ。どうしたの?この程度で反撃も出来ないなんてさ。」
白軌は近くにある木に凭れ、笑いながら言った。
「はっ!」
と光輝は突如自分と青竜の周りに炎の壁を作った。
「止まっ…た?」
「いや、あの技は光の性質を持っているんだろう。だから、炎で遮っただけだ。」
「炎で光を遮れるのか?」
「所詮は白虎の力の一部しか無い奴だからな。不完全な力の奴にそうそう負けるかよ。」
「なかなかオモロいやっちゃで。」
攻撃の止んだ気配がした為、炎を消しその声の方を見ると白軌だけが居た。
「まだ仲間でも居るのか?」
そう聞く光輝の質問に白軌はこう答えた。
「仲間?はんっ。仲間なんか元から居らへんわ。俺と虎月はな、白虎様の裏の顔なんや。やけど力が強すぎるさかいに更に2つに分けたんや。おかげで言葉使いまで変わってもうたで。」
そう笑いながら返した。
「白虎は俺達と一緒に北へ向かわねばならんし、白虎も分かってる事だ。さぁ、今すぐ白虎に力を返せ。」
光輝はそう言いながら、白軌に向かって歩いて行った。
「返す?お前アホちゃうか?今なら俺が本物の白虎に成れるかも知らんねやぞ?なんであんな臆病な女に力をやらなあかんねん。」
「こんな奴には何を言っても無駄だ。」
光輝の肩をぽんと叩いて青竜は言った。
「なんや。おどれら殺されたいんか?」
そう言う白軌の体に著しい変化が起こった。爪は肉食獣の爪に。目は猫科の目に。そして両頬には黒い線が横に三本浮き出てきた。まさに虎の気迫を出していた。
「面白い。ならば我等も変化しようか。」
その青竜の言葉を合図に光輝と青竜の体は変化した。光輝は紅き目の姿に、青竜は全身に鱗が生えた姿に成った。
その姿が合図になったように、白軌は襲いかかって来た。光輝は大炎舞に匹敵する熱量の球を作り出し、それを白軌に放った。が、白軌はそれを軽々と避け青竜にその爪で攻撃をした。
「甘いな。」
青竜はそう言い、左手で攻撃を受け止めた。そして、すぐさま右手にウ゛ァッサーの力を込めた拳を放つ。それをまともに顔面に受けた白軌は5メートル程吹き飛び、近くの木にぶつかった。その衝撃でぶつかった木は、白軌の後ろに折れて倒れた。
「自分強いな。」
白軌はそう言いながら、口元の血を左手で拭った。
「ほなら自分はどれだけの強さや?」
白軌は次に光輝に襲いかかる。光輝は先程作ったのと同じ球を、防御技として使おうとし、右手でその球を作った。
今度は爪に光の槍の力を加え、白軌は襲いかかった。
「あんさん遅いで。」
光輝の右手の球を紙一重で避け、右腕の付け根からばっさりと切り落とした。
「ぐあぁぁ!」
光輝は思わず膝を付き、左手で右肩を押さえた。
「てめぇ!」
それを見た青竜は怒りで髪が逆立ち、両腕を白軌に向け、一回転させると蒼き球体が白軌を包み込んだ。その球体の中からは蒼き小さな竜がまるで地獄の餓鬼のように、白軌を喰らい尽くそうとしていた。その光景はまさに地獄絵図だった。
「大丈夫か?」
青竜が光輝に走り寄る。
「逃げ…ろ。こいつは白虎しか…」
そう言い光輝は倒れ込んだ。
「お、おい!大丈夫…かっ。」
突如、青竜の背中に鈍痛が走った。そして倒れ込む寸前に青竜は見た。光輝の右腕が無い事。それから、蒼き球体がいつの間にか消えてる事を。
「まさ…か…」
青竜は白軌の秘密に気づいてしまったが、時既に遅し。そのまま瞼と言う名の帳に視界も思考も遮られてしまった。
「これだけじゃ分かんないよ!光輝は何処なの?」
凜は怒気を含ませ、そう言った。
「…この腕の中だ。」
「何言ってるの?どうやって腕の中に人が入れるのよ。」
「言葉が適切では無かったな。正確にはこの腕の持ち主である朱雀の世界だ。」
「何でそんな事が分かんのよ。」
「良く思い出せ、青竜が作った餓竜玉が無くなってた事、無くなってた筈の朱雀の腕がここにあること。それはつまり、空間を歪ませ餓竜玉を葬り、腕を奪い青竜を気絶させた後、白軌は朱雀と青竜を腕が放つ朱雀の力を辿り、その世界に入り込んだのだ。だから腕だけが残っているんだろう。それに腕からは、幽かに私の力が漏れている。」
「じゃあ、何故光輝は白虎しか倒せないって言ったの?光輝の世界なら光輝の思うままじゃない。」
「確かにな。だが、白軌はこの私の力の及ぶ場所であれだけ簡単に空間を歪める程の力を手に入れているのだ、朱雀の力より私の力の方が強い世界にしてる筈だ。だから朱雀は私にしか倒せないと言ったんだろう。白軌が私の力を使えるのは、私の領域内だけだからな。」
「成る程ね。じゃあ、白軌って奴を倒しに行こ。それしか道は無いんだしさ。」
「そうだな。」
白虎はフッと鼻で笑い、白軌が居る世界に移動した。
そこは赤土の大地が延々と広がっている場所だった。遠くには大小様々な山が見え、目の前には高さ五十メートルは有ろうかという程の木が立っていた。
「この木は?」
「これは再生の木。どうも見た感じだと、朱雀の力は半分程しか侵食されてないみたいだな。」
白虎が凜にそう言うと後ろから、声が聞こえてきた。
「流石は白虎様。これだけの情報で分かるとは、侮れませんね。」
白軌は手を軽く叩きながら、歩いて来た。
「凜。再生の木を登れ。」
「えっ?でも…」
「早くしろ。上には朱雀が居る。最悪、奴なら何とか出来る筈だ。」
凜は白虎のその言葉に頷き、再生の木を登り始めた。
「あんな小娘に再生の木を登れると思いで?」
嘲笑を浮かべながら言う白軌に対し白虎は、白軌の目を見据えながら一言、ああと言った。
「ならば、白虎様を倒してからあの小娘をペットにでもしますかね。」
と白軌が言った刹那に白虎は四方を純白の虎に襲われていた。
「はっ。」
と気を外界に向け発散させたと同時に純白の虎達は消え、白虎は白軌の後ろに回り込み、左足を脇腹目掛けて叩き込んだ。流石の白軌も防御に手一杯だったようで、左腕で防御をしたが、衝撃を吸収仕切れず5メートル程先まで、地面に白軌の足の轍がくっきりと残っていた。
「流石は、我がオリジナルやな。虎月の野郎の力が無かったら、今ので終わってたで。」
白軌の口調と身に纏ってる気が変わった。それを感じ取った白虎は、雪の上級能力[シュネー]で鎧のように身を守っていた。
「ふん。下手くそな言葉遣いだな。」
白虎がそう言うのと同時に、白軌は氷で出来た牢に閉じ込められていた。
「そらしゃあないで。だってまだ俺は不完全なんやからな。」
白軌は笑いながら右手を前に出し、氷に触れた。その刹那に氷の牢は粉々に砕け散った。
「何!?金剛石よりも硬く、水よりも軟らかい氷の牢をいとも簡単に砕いただと?」
「そらそうやで、何たってこの世界は殆ど俺のもんやからな。」
白軌は哄笑しながら、ゆっくりと歩いて来る。
(早い。)
白虎はそう心で呟いた。それもその筈である。幾ら朱雀である光輝が弱っていようが、もう既に白軌は再生の木を残した全てを侵食していた。この力の謎が白虎には分からなかった。
「まだ分からんの?じゃあ問題。青竜はどこでしょうか?」
「…まさか貴様。」
「御名答。俺と一緒に別の次元に居るで。」
そう哄笑しながら白軌は速度を上げ、既に白虎に襲いかかっていた。
その頃凜は、再生の木の頂上に到達しようとしていた。
「…んしょ。」
頂上に手を掛け、幹に立ったそこは真ん中に人が二、三人は入れる程の大きさの鳥の巣の様な物が有った。
「これは?」
凜はそれに向かって歩き、そして立ち止まりそれに触れた。その刹那に凜の頭に直接声が響いた。
(凜、ここに入るな。入れば戻れなくなる。)
それは光輝の声だった。
「光…輝?」
凜の瞳から雫が零れ落ちた。
(今のままじゃ、凜を生き返らせれないんだ。)
「それでも良い!最期に光輝の顔を見れるならそれで。」
言い終わると同時に、雫が幹に落ちた。すると、そこを中心に波紋が起き、世界が波打つ様に揺れた。 そして凜は光輝の元に歩み出した。
凜が歩み出すと巣を形取っていた木々は左右に開き、通り過ぎると閉じた。まるでモーゼの十戒の様だと凜は思った。そして、巣の中心部に着くと二人の男が居た。一人は仰向けに眠り、もう一人はこっちを向いて居た。その目は燃える様な朱い目をしていた。
「光輝!」
凜は朱い目をした男。光輝に抱き付いた。光輝は何も言わず凜を抱きしめた。
「光輝。もう私を消してくれて良いよ?だって、光輝の腕の中で死ねるんだもん。」
「凜は死なないよ。凜は生き返れるんだ。」
「えっ?それってどういう事?」
凜は驚いた表情でそう言った。
「凜が流した涙が幹に落ち、それを伝って俺に本来の力が戻って来たんだ。何故かは分からないけどな。ただ、凜は人間の身で朱雀の一部の力を使える状態で蘇生出来るんだ。だから、さっきまでの凜よりは弱くなってるけどね。」
「…何でも有りなんだね。」
暫く驚きで固まってた凜は、やっと口を開きそう言った。
「確かにな。」
光輝はそう言い、くすりと笑った。
「さて、行くか。」
光輝がそう言ったと同時に再生の木は蒼き炎に包まれた。
「青竜はどうするの?」
「この炎は蒼炎[そうえん]癒やしの炎だ。だから、暑くは無い。青竜は今この炎で回復をしてるんだよ。だから大丈夫。」
その言葉通り青竜の体は蒼炎に包まれていた。そしてその光景を背中に光輝と凜は再生の木から飛び降りた。
「すんなりと降りれたね。なんの衝撃も無いし何か不思議な感じ。」
「まぁ、この世界は俺の物だからな。衝撃無く着地ぐらい造作も無いさ。ただ、この光景は想像も付かなかったがな。」
そう言う光輝の眼前には、大地よりも赤い血を流しながら倒れている白虎が居た。
「白虎!?大丈夫なの!?」
急いで駆けつけた凜はそう白虎に問い掛けた。
「すま…な…い朱雀…私の力の全てを…。」
震える左手を光輝に伸ばし、言葉を伝えようとする白虎に光輝は一言、分かった。とそれだけを言い、白虎を蒼炎で包んだ。
「すまない凜。白虎の傍に居てやってくれ。」
「光輝、私も一緒に…」
駄目だと言う様に、光輝は両手を目の前に突き出し、そこにある空間を左右にこじ開けた。突如ばりばりと凄まじい音が辺りを支配したが、その音が止むとそこに光輝の姿は無かった。残されたのは、白虎と居る凜。蒼炎で火柱と化した再生の木の頂上で、治癒されている青竜。そして光輝の怒りを表す遠くの山々の噴火だった。
次元の違うそこには、足元から消えて行く虎月と、その額に薄ら笑いを浮かべながら右手を置いた白軌が居た。光輝に気付いた白軌は態勢を変えず一言やぁと言い、光輝が喋ろうとした途端虎月が口を開く。
「白虎…様。世界を…お救い下…さい。」
そう言い残し虎月は消えた。
「虎月をどうした?」
光輝の声は、今までに聞いた事の無いぐらいの低く殺意のこもった声だった。
「さっきまで白虎の相手してた俺は言葉が雑だったろ?だから虎月の屑野郎の力と俺の力を合わせるんじゃなくて、俺の物にしたんだよ。だから言葉も雑じゃないだろ?」
白軌は言い終えると、哄笑した。
「そうか…。ならその力を元の鞘に戻さねばな。」
「はっ?何でわざわざあんな女に返さなきゃいけないんだよ。まぁ、あの女は力だけ貰って飽きるまで遊ばしてもらうけどな。」
「下衆が。」
「はっ?」
白軌は次の句を告げる事無く殴り倒された。
「立てっ。お前の体に痛みを教えてやる。」
光輝の目は何よりも紅く染まっていた。
「なんだよてめぇは!何でこの短期間でこんなに強くなってやがんだ!」
白軌は立ち上がり、左手で口元の血を拭きながら言った。
「その原因はお前だ。お前が俺の右腕を落とし、俺の世界に連れて行ったからだ。それも凜達を招いてな。」
「凜?あぁ、あの女か。あの女がどう関係…あの女は死んだって事か?」
「一度揺れたろ?あのおかげで、凜は生き返ったし俺は力が戻ったんだよ。ありがとな白軌。お前の悪巧みが無ければ、こんな状態にはなって無かった。」
「揺れ?あぁ、あれのせいか。俺もあれのおかげで白虎を葬り損ねたよ。」
白軌は初動作を見せず、右足で前蹴りを放った。
光輝はそれを紙一重で後ろに避け、その踵を持ち、上に放り投げる様に振り上げた。
「ちっ。」
「甘いな。」
白軌はその勢いに任せ、後方宙返りをし着地した。
「流石は朱雀だな。ならばこれはどうだ?」
白軌は両手を横に広げた。その刹那に光輝の視界は白く塗りつぶされた。動じる暇もなく光輝の左頬に鈍痛が走った。
「ぐっ。」
何とか踏ん張り、倒れる事は無かったが、今度は全身に凍傷が起こり出した。
「古い手を。」
光輝は鼻で笑い、右掌を右頬の横にまで上げ外側に向けた。それと同時にぱしっと乾いた音が響いた。
「白虎のシュネーはこんなもんじゃない。目眩まし程度にしか使えんとは所詮は下衆だな。」
言い終えると同時に、光輝の背中から朱雀が現れた。すると吹雪は止み、そこには左手を捕まれている白軌の姿が現れた。
「何故分かった?」
力を込めてる為か、白軌の掴まれている左手はぶるぶると震えていた。
「昔、白虎にやられたからな。お前みたいに気配を消す事の下手な奴の動きぐらい分かるさ。まぁ、最初は油断して食らったけどな。」
そう言うと光輝は右手を離し、左手で白軌の右頬を殴った。
「くっ!そう言えば、俺のシュネーが未熟みたいな事を言ってたな。しかし俺は白虎を絶命一歩手前まで追い詰めたんだぞ?」
光輝はふっと一笑し、答えた。
「ならば聞くが、白虎はお前にシュネーを使ったのか?」
「それは使わなかったんじゃなく、ただ使えなかっただけだろうが!」
白虎は言い終わると同時に左足で光輝の脇腹を狙う。しかし、白軌の左足は突如現れた炎を切り裂いただけだった。
「お前は虎の慈愛を知らない。」
突如白軌の後ろに現れた光輝がそう言った。刹那に、先程現れた朱雀が白軌に向かって落ちてきた。白軌は避ける事も出来ず直撃した。白軌のシュネーを消し去る程の熱量を持つ朱雀の直撃は、核爆発に匹敵する威力を持っていた。
再生の木の上から蒼き龍が降りてきた。龍は地面にとぐろを巻き凜達を見た。
「な、なに?」
「青竜だ。やっと復活したみたいだな。」
驚く凜の横でいつの間にか目を覚ました白虎は言った。
「白虎いつの間に起きたの?ってあれが青竜?」
蒼き龍は消え、そこには蒼き瞳の青竜が立って居た。
「今のが俺の本当の姿だ。驚いたか?」
「そりゃ驚くわよ。敵かと思ったじゃない。」
笑いながら言う青竜に凜は呆れながら言った。
「さて、出るか。」
「ああ。そうだな。」
「出るってどうやって出るつもりなの?」
白虎はそう言う凜の手を繋ぎ、簡単だと一言言った。その刹那に凜の目の前にあった景色は元の世界、つまり光輝の右腕が落ちてる場所に戻って居た。
「えっ?嘘…。」
「嫌、現実だそ?」
凜の呟きに白虎が冷静に答えた。
「ほんと、あなた達四神は何でもありね。」
凜は苦笑いを浮かべながら言った。
「ん?朱雀の右腕が消えていく?」
言ったのは青竜だった。そして他の二人も釣られて見たが、確かに色が薄くなりそして消えた。
「きっと、我等が戻ったから持ち主の元に帰ったんだろうな。」
白虎は微笑を浮かべながら言った。その言葉に凜はそうねと相槌を打った。
じわじわと白軌を追い詰めていた光輝の右腕が突如光り出した。
「戻ったか。」
右腕をさすりながら光輝は呟いた。
「今の光は何だ?次は何をする気だ?」
至る所に出来た火傷と裂傷で、血を流しながら白軌は言った。
「ん?俺の右腕が戻っただけだ。今迄はフォイアーで擬似的に作り出してた右腕だったからな。さて、じゃあ最後に地獄の業火でお前の罪を清算してやろう。」
光輝は戻ったばかりの右腕を白軌に向けた。すると、白軌の体が黒き炎に包まれた。
「ぐっ。…!何だこの炎は!?全然凍らないじゃねーか!ちきしょう!」
白軌は光輝に抱き付き、道連れを図ったが、炎の勢いの方が強すぎた為に足は既に灰になっていた。
「ぐっ。ちきしょーーーーーー!!!」
全てが灰になる寸前、白軌は自分が白虎を追い詰めた時の事を思い出していた。
「ふん。四神の力何てこんなもんかいや。わいの一方的な攻撃で終わりみたいやな。口ほどにもない。ほな、その力貰たで白虎様。」
哄笑しながら近づいて来る白軌を白虎は、憐れみの目で見ていた。
「何やその目は?わいに手も足も出んかったくせに、目だけはいっちょまえに反抗するんやな。まぁ、もうじきそんな目も出来ん様になるけどな。」
白軌がとどめをさそうとしたその時、世界が突如揺れた。
「何や。精神世界のくせに地震なんかあるんかいや。ちっ。このままやと、力の供給もままならんで。しゃあない戻るか。」そう言うと白軌は陽炎の様に消えた。
「白…軌。」
体を覆うシュネーの鎧が砕け散り、露と消えた。程なくして、上から光輝達が降りてきた。
バリバリと凄まじい音と共に次元が割れ、そこから光輝が現れた。
「お待たせ。ってうわっ。」
凜に抱き付かれ、態勢を少し崩した光輝を見て青竜と白虎は
「凜も蘇生したし、後は上弦に行くだけだな。」
「望月も行かないと駄目だろうが。」
「そんな事はお前に言われずとも分かってるよ。」
「朱雀。礼を言う。ありがとう。」
「無視すんな。」
青竜の言葉を無視しながら白虎は光輝の前に立ち、そっと頬に口付けをした。
「ちょっ。白虎!」
「本来なら口にするとこだが、今は凜と言う恋敵が居る事だし、抜け駆けは止しといてやる。」
「俺の気持ちは?」
「お前の気持ちなど何百年掛かっても手に入れるさ。何より私は恋敵と言う存在を楽しむつもりだしな。」
「それなら、私が死んだ後にしてよ。私の方が寿命短いんだし。」
「お前ら無視すんな。だから白虎は嫌いなんだよ。空気を読まない奴が。」
「ん?奇遇だな。私もお前の事は嫌いだ。それに空気を読まないのはアイツだろ?」
言い争いをしてる白虎と青竜を見ながら凜は光輝に言った。
「何だか、楽しくなってきたわね。」
「そうだな。ほらお前ら、喧嘩してないで行くぞ。」
光輝は手を叩き場を制し、先に進んで行く。後ろではまだ、喧嘩をしてるがちゃんと付いて来てるし、何より凜が楽しんでるので良しとするかと心の中で光輝は呟いた。