第141話 - ティア対ドラゴン -
毎度毎度ご無沙汰してます。
先日多忙の中引越しをしまして、ようやく落ち着いてきたので執筆ができました。
まだ過労で異世界へと旅立ってはいませんのでご安心ください。
ーー時は少し戻り、ラギアとヴィールがいる狙撃ポイントーー
『決着はついたわ…ね。』
彼と魔族の戦闘が始まってから、木々や岩の影に隠れてしまって僕は見ることが出来ていなかったけど、千里眼のスキルで視ていたお母様は唐突に腰を上げた。
だけどその表情は悲痛な…何故か悲しそうに見えた気がしたんだ。
「お母様…?」
『…ラギア、私は闇の子の所へ行ってくるわ。』
「えっ?!魔力はもう大丈夫なのですか!?」
つい先程まで魔力欠乏によって、戦闘はおろか移動ですら困難だったお母様が突如、戦場のど真ん中に行くと言い出したのだから心配しない訳がない。
『あちらの戦闘はもう終わりよ。危険はないわ。』
「だとしても…」
そうは言っても戦争自体はまだ終わっていない。どこに危険があるか分からないのだ。
『大丈夫よ。ヴィラとベイラも居るし、それに闇の子もいるわ。私がその場で戦闘の終わりを見届けなくては意味が無いわ』
「それは…そうかもしれませんが…」
『心配しなくて大丈夫よ。行って帰ってくるだけの魔力は回復したわ。万が一があっても逃げて来られるもの。』
「……分かりました。」
確かにお母様の魔力回復は尋常じゃない速さだけど…魔力が回復したと言っても本当に多少だろうし不安でしかない…
確かに向こうにはヴィラもベイラもいる。そして彼も。最早こうなってしまったお母様は間違いなく意見を変える事はない。そして誰も止められない。
『ああ、多分大丈夫だとは思うけど、念のためハスカータの所を見といてね。あなたの気になるあの子も頑張ってるから。何かあったら助けてあげるのよ?』
「…っ!お母様!行くなら早く行ってきてください!!」
僕を茶化すような事を言ったお母様の表情は、先程までの影を落としたような、悲痛な表情はもう無かった。
『はいはい。では行ってくるわね。』
そう気楽に手を振りながら転移して行ったヴィールだったが、転移先では凄惨な殺戮現場を止める事になる。だが、その様子をラギアは照準器で覗いても樹々に隠れて見えないのだから、惨状など知る由もない。
「まったくもう!お母様ったら!」
顔を真っ赤にしてそう言いながらも、彼は愛銃に載せた照準器で未だにドラゴンと戦う少女に視線を向けた。
ーーそして今、ティアとハスカータはドラゴンと戦闘中ーー
「ティア!」
「んっ!」
もう何度目かになるこのやり取りは、ハスカータがドラゴンの攻撃を受け持ち隙を作り、ティアはその隙にドラゴンの脚を斬る合図だ。
とは言え対するドラゴンも低知能ではない。むしろ、どの魔物よりも高い知能を有する。
ハスカータを攻撃しつつも、執拗に狙われる足の腱をあえては無防備に晒し、そこを狙ってくるティアに対して、巨大な尻尾で叩き落とそうとする。
ティアも流石にその行動を初見では対処できず、視認外の尻尾に叩き落とされ、大怪我を負った。
高くジャンプした所を尻尾により地面に叩きつけられ、身体が冗談の様にバウンドした時は流石のハスカータも本気で焦ったが、全身に大怪我を負いながらもヨロヨロと剣を杖代わりにして立とうとするティアの姿を見て安堵した。
ー怪我なら治せるー
今でこそ引退した身であるが、かつては歴戦の防衛隊を纏める隊長であり、無詠唱魔法使いとして魔法使いの頂点とも言われたハスカータは、瞬時に無詠唱で極大回復魔法を飛ばす。
回復魔法に助けられたティアはみるみる傷や怪我が修復し、再び戦闘に加わる。
というのを何度か繰り返し、ティアは今となっては尻尾が降ってくる角度やタイミングを冷静に見極める事ができていた。
そして今も降ってきた巨大な尻尾を避け、残った左足の腱にまた一太刀入れる事に成功した。
「そろそろ足が止まる。その時が勝負じゃな。」
その様子を見て独り言を呟いたハスカータは、戦闘中は魔法で身体強化をしているが、基本的にドラゴンの攻撃を刀で受ける事はせず、全て避けている。ミスリルの防具をも切り裂くドラゴンの爪による攻撃で再び刀が破壊される可能性がある為だ。
それでもティアに攻撃させる為、ドラゴンを受け持ちつつ隙を作り出す役割を全うしていた。ドラゴンの注意がティアに流れれば大魔法で気を引き、自身に降りかかる攻撃は紙一重で避ける。いわば避けタンクといった所だ。そして無詠唱魔法を飛ばし、回復役も兼ね備える。
一方のドラゴンは、右足の腱を斬られてからというもの、時には空中に飛びながら2人の攻撃を回避するが、ブレスを吐けない藍鉤翼竜は空中から地上への攻撃手段がかなり限られる為、空からダイブ攻撃をする以外は基本的に地上で爪や尻尾を尋常ではない速度で振り回している。だが、腱の切れた足では本来の力は出せず、次第に高硬度を誇る鱗や、残った左足の腱に切り傷を負っていた。
「ハスカータ」
「くっ…なんじゃ!」
ミスリルをも切り裂くドラゴンの爪を避けているハスカータに落ち着いている余裕はない。ましてや不意に声をかけられたら集中力が途切れ、大声にもなってしまう。
「次で…斬れる」
ティアからの言葉は、次の一太刀で残った左足の腱が切れる、というものだった。ハスカータの見立てと同じ。流石はフウガの弟子である。手応えだけで分かるとは。と、今もドラゴンの爪を避けながら、ハスカータはニンマリとしながらティアに問う。
「ほう…!ではティアよ!足の止まったドラゴンはその後どうすると思うかの!」
ブレスが吐けるならば空中から森ごと、と言っていたかもしれないが、この藍鉤翼竜はブレスを吐けない。それゆえにわざわざ地上で2人を相手取っていた。
が、地上での機動力が無くなってしまったのならば…残された選択肢は一つしか無い。
「空から攻撃してくる?」
「正解じゃ!空中にいる時は手が出せぬ、つまり空に飛ぶ瞬間か、空からダイブで攻撃してきた時がチャンスじゃ!ドラゴンとて生き物。首を落とすか、顔面に致命傷を与えられればお主の勝ちじゃ!今のお主の最高の技をくれてやるがよい!」
「ん。やってみる」
「分かっておるとは思うがまずは足の腱じゃ、確実にのう!」
「ん!」
期間の短い師弟関係ではあるものの、息の合ったコンビネーションでドラゴンを翻弄する二人。
魔族が倒された今、残る主戦場はこの二人に託される。
その様子を離れた安全地帯から見る一人の男。
「すごい…戦闘をしているのに…とても優雅だ…」
その男、ラギアは匍匐姿勢のまま自身の相棒である大型の魔法銃に搭載した照準器越しに2人を見ていた。
『…妖精みたいな?』
「いや、そんな物じゃない…あの優雅さは…そう、物語のお姫様だ…」
『姫かぁ………。まあ…なんだ…確かに見た目は悪くはないんだよなあ』
「え"っ?」
咄嗟に照準器から目を離し、声のした右を見ると、同じ姿勢で寝そべっている彼と目が合う。
「うわぁぁああああああ!!!」
『うるせえっ!!』
「あだっ!?」
ベルゼが至近距離にいた事に気が付かなかったラギアは、驚きのあまり大声を出してしまい、耳元で大声を出されたベルゼは反射的に加減したチョップをお見舞いする。
「なん…で…」
『なんでって耳元で大声出すからだろ。反射的に手が出たわ!』
頭を押さえながら若干涙目のラギアは信じられないと言った目でベルゼを見る。
「友人に手を上げるのは…そうじゃなくて!なんでここに!?」
『いや、まだお前と友達になったつもりはねえけどな?…ヴィールから伝言を預かってきた。"こっちは片付いたから私は戻ってるわね。彼と仲良くね"だとよ』
「お母様、無事で良かった……いやいや!待ってよ!だからと言って、音もなく隣に居るっておかしいでしょ!!いつからいたの!?」
この森の中で、精霊もいる中で、すぐ近くに居るのに僕が気が付かない訳がない。と、ラギアは付け加える。
『そう言われてもな?精霊は俺を見た途端消えてったけどな。敵なら確実に殺られてたぞお前。"戦闘しているのに…とても優雅だ…"よりはずっと前からいたしな。』
「敵なら確実に死んでるね!むしろ恥ずかし過ぎていっそ死にたい気分になってるけどね?森は僕の味方なのに全く気が付かなかったよ!精霊達も!ベルゼ君にビビって逃げてるんじゃないよ!」
一息に文句を言ったラギアだったが、ベルゼがこの森に来た時の事を思い出した。精霊達が「魔王が来た!」と囃し立て、それで勘違いしたラギアがベルゼを狙撃した際、数キロ離れた所から一瞬で背後を取られたのだ。確かにあの時も全く気が付かなかった。
「はぁ…君には尊敬を通り越して恐怖を覚えそうだよ…」
『俺が怖かったら、優雅なお姫様に助けて貰えよ?』
「っ!はぁ…全く。良い性格してるね君も。この事は彼女には言わないでよ…ね?」
『さあ、覚えてたらな。つか、マジでティア狙いなのか?』
「……!う…うん。他人を…ましてや女の子の事をここまで想う事は初めてだよ………でもさ…彼女は…君と……」
途端にしおらしくなり俯きモジモジとするラギア。
お母様は彼女の恋人は彼ではないだろうと言ってたけど、実際あれだけ仲が良いのだ。
おおおお付き合い…とはいかなくても、そういうき、気持ちが有ってもおかしくななないだろうし……
ラギアはティアを見る度に抱いたのは確かに恋心だった。だが、同じくらい不安も抱いていた。だが、そんなラギアの不安をベルゼは一蹴りにする。
『あ?ティアはただのパーティメンバーだぞ。俺には大事な大事な天使がいるからな。…あぁ…早く帰りてえな…早く帰って………』
話の後半から自分の世界に浸ってしまったベルゼをよそに、ラギアは内心で歓喜した。お母様の予想は正しかったのだ、と。
「そ、そうなんだ。はは、そっか…!」
最大の難所を突破した!!……あ、いや。まてまて、まだ油断は出来ない。あれだけ強く、美しいのだ。ベルゼ君と恋仲ではないだけで、冒険者ともなれば他の屈強な男達が放っておく事は無いはずだ…
『ああ、ちなみに今ティアに彼氏はいねーはずだぞ』
「!!!…(大勝利した!!女神様が微笑んでくれた!!!今すぐ喜びの舞を踊り出したい!!なんと素晴らしい情報なのだ!やはり持つべものは友…!!)」
今度はラギアが自分の世界に浸ってしまったが、そんな嬉しさが全身から溢れ出てしまっているラギアを見たベルゼは"コイツ本気なんだな…"と理解したものの、ティアの過去を思い出し、歯切れ悪そうに告げる。
『まあ…嬉しそうな所にアレだけどな、あいつ男に興味はあると思うが……誰かと付き合うつもりがあるかは分からねえからな…』
ティアは過去に、彼氏を奪られているのだ。田舎から一緒に出てきた友人とやらに。その腹いせに潜っていたダンジョンでベルゼ達は知り合ったのだが、潜っていた階層と魔物にぶつける怒りは相当なものだと見受けられた。それを考えると、次の恋愛が簡単にできるとは思えなかったのだ。"また裏切られる"と思ってしまうからだ。
だが、ティアとて年頃の女の子であり、ベルゼとリエルの営みを極々まれに盗み聞きしにきている事は探知魔法を発動していた時に発覚している。ベルゼは色々考えた末、リエルにも言わず、慈悲で見て見ぬフリをしたが、冷静に考えれば三人のパーティでうち二人がそういう関係ならば、気にならない方が嘘だろう。以上の点から、そういう事に興味が無くなっている訳ではないのだろうとベルゼは推測する。
「それなら問題はないよ!!なにせ僕にもチャンスがあるって事…!スタート地点は違ってもゴール同じであるならば、僕は何だってしよう!!!」
『お、おう…頑張れよ…』
どん!と言い切ったラギアはやる気に満ち溢れていた。その気迫に押されたベルゼは少々ヒキ気味ではあるが、こういう奴ならティアも安心出来るのかもしれないなとぼんやり考えながら、視線を当の本人に向ける。
『さて…決着の前にそろそろ動くのか?』
ベルゼの意味深な独り言は、浮かれに浮かれたラギアの耳には届く事なく、森の中に消えていった。
本日もご覧頂きありがとうございます!
ブラック勤めな作者を応援のブクマと高評価して下さったら嬉しい限りです…笑
次話もよろしくお願いします!!




