第132話 - 克服と異変 -
「魔力を増やす魔法を使う前に、奥義を先に見てみたい。」
とは、ティアの言葉だった。
彼女の持つスキル【舞動透写】は動作や技など、全ての物理行動を模写する事ができる。
まずはハスカータに奥義を見せてもらい、魔力を使用せずとも技をコピーできないかと思ったのだが、ハスカータが実演した奥義は、動きだけなら確かに真似ができた。
が、魔法の無いその奥義は、ベルゼ的に言い換えるなら"麺の無いラーメン"、"蛸が入っていないタコ焼き" とでも言う感触だったが、ハスカータは初見で動きだけでも真似できたのは称賛した。
やはり、本物の奥義には魔力を増やす魔法を。と言うことになり、ハスカータは家の前の広場に魔法陣を描き始める。
「ん、なんで魔法陣?」
「少しでも成功する可能性をあげるのよぉ〜」
「?」
魔法がてんでダメなティアは、隣に座って描かれている魔法陣を眺めていたベイラに尋ねる。
「魔法って言うのはねぇ〜理論に基づいて構成されてるのよぉ。詠唱は、その理論に魔力を乗せて詠唱句を述べる事によって魔法が構築されて、その構築の過程で魔法陣が展開されるように設定されているのぉ〜」
「ん、んん??」
「私も理論は分からないけどぉ〜、ハスカータをはじめ、無詠唱の使い手はその過程を自身の中だけで構築から完結まで至ってるらしいからぁ〜魔法陣の精度も自分自身次第って聞いたわぁ〜。理論に基づいた魔法陣を描くのは精度を確実に高めるらしいわよぉ〜」
「ん…ん…???」
頭からプスプスと白煙が立ち込めるティア。その時、魔法陣を描き終わってこちらに向かってきたハスカータが、その様子を見かねて話を簡易化する。
「要は無詠唱の魔法の精度を高めるのじゃ。」
ならば詠唱をした方が良いのでは。と思わなくもないが、ハスカータは数百年単位で無詠唱を使っており、詠唱など疾うの昔に破棄してしまっているため、実質このやり方が1番の精度を出せる。
「ん。」
「出来たのねぇ〜!」
「うむ。ほれティア、魔法陣の中心に立つのじゃ」
「ん!」
嬉々として腰掛けていた岩から飛び上がり、魔法陣へと歩いていくティア。
魔法陣の上に立ちハスカータが魔法を発動しすれば、その後の運命は死か魔力増加か。これから待っている壮絶な苦しみ、そして死の恐怖すら何とも思っていないように感じさせる振る舞いは、覚悟を決めたハスカータですら、不安にさせる。
ティアの楽天的な考えではあるが、ここで万が一死ぬようであるならば、あの男への復讐どころか私はその程度の運命だった。とさえ思っている節がある。
だが、亜人として生まれ、獣人族や人族の排斥を逃れ、母と共に生き延び、良い師に巡り合い、冒険者として生計を立て、今では亜人を差別しない友人と共に歩んでいる。そんな運命を辿る事ができた私ならば、こんなところで死ぬ訳がない。そうも考えていた。
ましてや尊敬してやまない師匠の師匠の魔法。これ以上に頼もしい事などそう無いだろう。ゆえに、今のティアに死の恐怖など無く、ハスカータやベイラを不安にさせる程に飄々としていられるのだ。これから魔力を増幅し、師匠の遺した技を覚える為に。だからこそ、力強くこう言ってのける。
「ハスカータ、よろしく。」
「うむ…」
覚悟を決めたとは言え、飄々としているティアに不安が募るハスカータである。彼女は己が愛した弟子の忘れ形見。自分の孫弟子にあたる存在。会ったばかりとは言え、可愛くない訳が無い。もし、自分の魔法で殺してしまうような事があったら、フウガに顔向けが出来ない…という気持ちが胸につかえてしまうが故に、ティアの力強い言葉に尻込みしてしまう。
そんなハスカータの気持ちを察したのか、ティアは魔法陣の上から言葉を投げる。
「私はここで死ぬ運命じゃない。もしここで死ぬ程度なら、師匠に出会う前にとっくに死んでる。師匠との出会い、そしてハスカータと出会う事が出来た私は、魔力も師匠の技も手に入れて強くなる。そしてあの男に復讐をして、私を大切にしてくれるパーティメンバーと一緒に剣が振れなくなるまで冒険する。だから大丈夫。」
何が大丈夫なのかはよく分からなかったが、勇気づける事を言いたかったのだろうとハスカータは苦笑いする。
「それに、師匠はいつも私の身体を触りたがってた。もし、ハスカータより先に死んだら、あの世で師匠と楽しくやってるから」
「……それは許せないのう。」
「ん。」
ニヤリと笑ってピースサインを送るティア。
そんな事を言われたらハスカータは是が非でもティアを先に逝かせる訳にはいかないだろう。むしろ今すぐにでも、どういう事か問い詰めたい所である。
「…よし。もう妾に気の迷いなど無い。覚悟は良いか?」
「ん。」
「あいわかった!ティアよ、この魔法が発動しすれば、お主の身体は蝕まれる様な壮絶な痛みが襲う。死ぬほど辛いと思うが気を確かに、心を強く持つのじゃぞ!」
「ん!」
「ではいくぞ!」
「ん!!」
「すぅ…… 《魔換交差包》!!!」
その瞬間、魔法陣が眩い光に包まれ、一瞬ティアの身体は白の世界に消失する。と、次の瞬間にはその光はティアの身体へと吸い込まれていく。
「ゔぐっ!!」
思っていた以上に痛みが強く、苦悶の声が漏れ出すティア。
「ぐぁあっっ!!」
光が身体へと更に流入するにつれ、想像を絶する痛みがティアを襲う。もはや既に苦悶どころの騒ぎではなく、立つ事も出来ず、魔法陣の上をのたうち回りながら痛みに耐えきれず苦痛の叫びをあげる。
「あぁぁぁぁああああ"あ"あ"あ"!!!!!!!!」
この全身を襲う壮絶な痛みは、僅かな時間でさえティアの心を折るには十分すぎた。いくら強い心を持って挑んだとはいえ、この痛みに耐える事は常人では不可能。「無理」「もうダメ」「死ぬ」と弱い気持ちが続き、次第に意識が薄れていく。
「がぁ………ぁ……………」
痛み過ぎてもはや叫び声すら出す事は出来ず、魔法陣の上で横たわる身体は、もはやビクンビクンと痙攣するだけだった。
「「ティアよ!我らが桜月流は、辛いといって途中で投げ出す事は許さぬぞ!!!」」
その時、魔法を発動している最中のハスカータからゲキが飛ぶ。恐らくハスカータは、その事など知らずに言葉を投げただけかもしれないが、ティアにはその思い出のある言葉はハスカータの声と誰かの声がダブったように耳に届いた。
ギリギリの、本当に気を失う直前のティアに届いたその言葉は、師匠が自身を弟子として認めてくれた時に言った言葉と同じだった。
「ぐぁあ…師匠…」
そうだ、師匠の意志を技を受け継ぐんだ。と言わんばかりに意識は少しずつ覚醒していく。
そして、自分が手も足も出なかった魔族に立ち塞がって守ってくれたリエル、その魔族を倒したベルゼ。
いつまでも、金魚のフンではいたくない。今度は私が彼らを守る。その為に必要な力は今ここで根こそぎ手に入れる!!
「がああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
痛みをものともせず、とは無理な話。全身が引き裂かれるような、気絶しかける程の痛みなのだから。
それでも意識が戻ったティアは、強い意志で死力を尽くし再び魔法陣の上にゆっくりと起き上がり、そしてよろめきながらも立ち上がった。
「……フウガよ、見ておるか。お主の弟子は見事じゃった。良い弟子を持ったのう。」
立ち上がったティアを見たハスカータの魔眼は、どこか潤んでいて、そして遠い目で独り言のように呟く。
この時、もう魔法は発動されていなかった。いや、既に終わっていたのだ。発動した魔法が完結したのだ。それもティアが立ち上がるのと同時に。
「にっ」
どんなもんだ。と言わんばかりの表情を浮かべるティアだっだが、次の瞬間フッと気を失い身体が崩れ落ちそうになるも、ハスカータが行使した風の魔法で受け止められた。
「ベイラよ!我が弟子を!!」
「はいはい〜!ティアちゃんよく頑張ったわねぇ〜!」
ベイラが浮かべるその笑みは、先ほど自宅での気まずさなど嘘であったかのように、自分がこの少女へ好感を持った事に対してなのか、はたまた、ハスカータがティアを弟子と呼んだ事なのかは本人にしか知り得ないが、彼女らはティアに対し各種回復魔法と手厚い処置をした後、ハスカータのベッドへと優しく運ぶのであった。
ーーーアールヴ執務室ーーー
「ヴィール様、宜しいでしょうか。」
『なにかしら?』
「森から大量の魔物がアールヴの入口へと押し寄せて来ている。と、見張りに出ている部下から報告がありました。」
『あら珍しいわね』
ヴィラはアールヴの執務室へと再び戻って来ていた。首長であるヴィールへ〈ある報告と、確認〉を願う為だ。
だが、報告を受けたヴィールは「なんだそんな事か」と言わんばかりの反応であった。
それもそのはず、このアールヴにはヴィールの手によって魔法の結界が施されており、人はおろか、魔物が結界内へと侵入する事は不可能であるからだ。
初めの頃の魔物は結界というもの理解していない為、結界に触れ、塵となっていたが長い年月をかけた末、結界に近づくと体調が悪くなるという事を、更に結界に触れると死ぬという事を理解し、近年では結界に寄ってくる魔物はほとんどいなかったのだ。
「ええ。ここ50年は結界の近くに寄った魔物はほとんどいませんでしたからね。ですが、今回は大量の魔物がアールヴの入口付近の結界へと進行している模様です。」
『何か怪しいわね。それでどの方角なの?』
ヴィールは監視者として、このアールヴを守っている。スキル千里眼は何処に居てもどこでも視る事ができる為、すぐさま状況を視ようとヴィラに位置を尋ねる。
「全てです。」
『え、なに?』
戸惑った様子のヴィラが言った方角が聞き取れなかったのか、ヴィールは聞き直す。
「東西南北の4つの入口全てに魔物は押し寄せているそうです。」
『なんですって?』
流石におかしい。ヴィールはそう直感し、すぐに【千里眼】を発動する。
魔物がご丁寧に入口に攻めてくる事などあり得ない。それも4つの入口全てにだ。経験上そんな事は無かったし、普通に考えて魔物程度の知能であれば、|入口ではない〈一見何もない》所から入ってこようとするものだ。つまり、普通ではない何かが起こっているとしか考えられない。
『数は400程度。それに……魔族が3人ね。北と東、それに西にも1人ずつ。』
彼女の《眼》は、アールヴの入口より少し離れた所でコソコソと隠れて何かをしている彼らの姿を捉えていた。
『なんと、魔族か。珍しいものよ』
『今更ただの魔族がたった3人来たとて何も出来まい』
《水の大精霊》は、数十年ぶりの魔族に驚き、《炎の大精霊》は、何時でも消し炭にできると言わんばかりの態度を見せ、他の大精霊も今更何をしに来たのだと首を傾げる。
アールヴを侵略するつもりであれば、中級どころか上級魔族ですら難しい。それこそ本当に落とそうとするなら魔王が出張って来なければ意味がないからだ。
『中級程度の魔族が3人でやってくるなんて、確かに変だけど…あの身につけている石は?…えっ!?』
【千里眼】で見えた彼らが身に付けていた石、それは主に山岳地帯に生息するグリフォンの瞳から作られる魔法無効化の効果がある魔道具。
だが、そんな事よりも彼女の頭に警鐘を鳴らしたのは、コソコソ何かをしていると思った彼らの方だ。
北、東、西で隠れながら魔法の詠唱を行なっていたようで、同時展開された魔法陣に見覚えがあった。
その魔法はかつての魔王が、人族、獣人族を巻き込んだ大戦中に、獣人族が有利になるように戦場において "魔王" が初めて行使した魔法。
その際、エルフ族は中立を保っていたため戦争に赴き、その魔法を直接見た者はいなかったが、終戦後、人族の偉い魔法使いから禁忌魔法として各国に通達された魔法…
【魔法無効領域】
『ヴィラ!魔法無効領域が発動されるわ!!すぐに戦いの準備を!魔法は効かないから魔法弾ではなく実弾の配備を!かなりの数の魔物よ!』
「はっ!!」
矢継ぎ早に出された指示に従いヴィラは音もなく執務室を飛び出した。いきなりの事で困惑もしただろうが、「何故」とも聞かず彼女は部屋を去っていった。
執務室に留まり「え?え?なんでですか?」などと戸惑う者であればヴィールの側近として、アールヴのNo2として成り立たない。そんな事は警備の詰所に向かう道中、走りながら考えれば良い事。それこそが彼女が出来る女たる所以なのだ。
『マズイわ。完全に失念していたわ。』
この平和な時代に禁忌魔法を、それも結界が張ってあるこのアールヴで使う馬鹿がいるなど全く想定していなかった。
魔法無効領域がアールヴを囲うように発動してしまえば、自身が張った結界魔法が無効化されてしまう。
そうすれば現在各方角に押し寄せて来ている魔物がアールヴ内へと容易く侵入できてしまう。そうなれば甚大な被害に見舞われる事になろう。
『くっ…』
自身の甘い想定に歯噛みしながら、対抗策を練るヴィールと大精霊達であったが、ベルゼであれば「その程度の想定もしてなかったのかよこのポンコツエルフ…」とでも思っていたに違いないだろう。
『最悪、私が出るしかないわね…』
様々なケースを想定し、最悪の想定は監視者たる自身が監視の任を一時放棄し、戦場に出る事なのだが、可能な限りそれは避けたいところであったが、
『いえ…よく考えるとそれもアリかしら…?』
何やら閃いた彼女は、すぐさま行動に出るのだった。
本日もご覧頂きありがとうございました。
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